それ以外はゆとりちゃんが中心です。
Side はやて
ピピピッ ピピピッという聞き慣れた電子音が部屋に響く。
「・・・・・・うーん、熱下がらへんなー」
「あうぅ・・・・・・」
体温計に表示された数値を見て顔をしかめると、ベッドで寝ている姉ちゃんが申し訳なさそうに呻いた。
あの日、私が図書館へ、姉ちゃんがお爺ちゃんお婆ちゃん達と一緒に遊んだ日から、今日で一週間が経つ。
家に帰ってきた姉ちゃんが少し疲れていた様子だったから、薬を飲んで早めに温かくして寝てもらったのだが、見事に熱を出して、それからずっとベッドから離れられずにいた。
今私達がいるのは、いつも一緒に寝ている私の部屋の隣。
姉ちゃんの、八神ゆとりの部屋だ。
普段はほとんど私の部屋かリビングにいるので、この部屋はあまり使う機会がないけど、今のように姉ちゃんが風邪を引いた時とかに、私に風邪を移さないようにと使っている。
「姉ちゃん、ちゃんとお薬飲んどる?」
「うん、苦いの我慢しとるよ」
「私が看取らん時に、外に出かけたりしとらん?」
「むー、そんなことしてへんもん」
私の質問に姉ちゃんは拗ねたように唇を尖らせた。
もちろん本気で言っている訳ではないし、姉ちゃんもそこまでおバカさんじゃない。
姉ちゃんが熱を出して倒れる事も多少風邪が長引く事もよくあることで、そんな姉ちゃんをこうして私が看病してあげるのもいつもの事。
ちゃんとお薬を飲んで、しっかり寝ておけば、近い内に治るはずだ。
まあ、それでもやっぱり心配になってしまうけど。
「汗を拭いたるから、服脱いで」
「・・・・・・うん」
持ってきたタオルを風呂桶のお湯に浸して絞っている間に、姉ちゃんは着ていたワイシャツを脱ぎ、下着一枚の姿になってこちらに背を向けた。
ほかほかのタオルで、ゆっくりと姉ちゃんの背中を拭き始める。
「どうですかーお客さん?」
「うーん、めっちゃ気持ちええわー」
冗談混じりに言葉を交わす。
風邪を引いている間はお風呂に入れないから、今まで体がべとべとして不快だったのだろう。言葉にはしないが、目を細めて気持ちよさそうにしている様子からわかる。
まあ、女の子なら誰でも嫌だろう。私も嫌だ。
「それにしても、姉ちゃんの肌は相変わらずきれいやなー。色白やし、ぷにぷにして柔らかくて気持ちええし、肌触りも最高や」
そう言うと、照れたのか恥ずかしいのか赤くなり、少しもじもじし始める。
その反応が我が姉ながら可愛すぎてしょうがない。でも―――、
「でも、このおっぱいはだめや。前見た時よりもちょっと大きくなっとるやん!」
「うひゃあ!?」
たった一歳の違いとはいえ、この姉の胸の成長速度は少なくとも同年の女の子よりも上だろう。
まだ手のひらに収まるサイズとはいえ、このままいけば将来は確実に
羨ましくて、つい胸を鷲掴みにしてしまった私は悪くないと思う。
「なんでこんなに、胸が、成長するねん! 同じ、食事を、食べとるはずなのに!」
「わぁ、ひゃっ!? ちょっ、はやてちゃん!? 何して、く、くすぐったい・・・・・・!?」
「わかった! 姉ちゃん、私に隠れてこっそり何か食べとるやろ?」
「そんなの、し、知らな、あ、あはははっ、そ、そこはあか―――くしゅんっ!」
「あっ、ごめんな姉ちゃん」
つい胸を揉むことに集中しすぎて、姉ちゃんが今半裸の状態だったことを忘れていた。
慌ててタオルを絞り直し、これ以上体を冷やさないよう手早く残りの部分を拭いていく。
「んっ」
「ちょい強すぎやった?」
「ううん、大丈夫や。それより、何であんなことしたん?」
「いや、こう女としてのプライドが・・・・・・いや、何でもあらへん」
「???」
姉ちゃん、自分の体や容姿に無頓着なところがあるからなー。たぶん、言っても理解してくれないだろう。
不思議そうに首をかしげる姉ちゃんを見ると、またもう一度揉んでやろうかと思うが、さすがにもう自重する。
私が看病しとるのに、私が原因で風邪が悪化したら本末転倒やからな。
と、そこで胸関連の連想からふと気になる事が出来た。
「それにしても、姉ちゃんの胸も大きくなってきたし、そろそろブラを着けた方がええんちゃう?」
そう言うと、姉ちゃんはきょとんとした顔になり、
「ブラって・・・・・・まだ必要ない思うんやけど」
「そうなんかな?」
自分でも急な話題転換だったためそれほど深く考えて言った訳ではないが、一度気になり始めると止まらなくなる。
しかし、上の下着なんて私にとってまだ無縁の領域なため充分なアドバイスなんてできない。これは困った。
「うーん、今度石田先生に聞いてみるわ。それで必要やったら一緒に買いに行こ? 私が可愛いのを選んであげる」
「うん、お願いなー」
結局この話題は次回に持ち越しということに決まったところで、ようやく私も姉ちゃんの体を拭き終わった。
「・・・・・・はい、これで終わりや。着替えは私のパジャマでええよね?」
脱いだワイシャツを回収し、代わりに持ってきた私のパジャマを差し出す。
受け取ったピンクのパジャマを見て、姉ちゃんがちょっと不満そうな表情になるが我慢してほしい。
姉ちゃんがいつも着ているお父さんのワイシャツは数が多いわけではなく、汗をかく度に着替えさせていたから、洗濯に出してある分が乾かないともう着る物がなくなってしまうのだ。
幸い、まだ子供だから私と姉ちゃんの身長にそれほど差はない。
しぶしぶといった様子でパジャマに着替えた姉ちゃんを布団に寝かせ、寝冷えしないように布団を整える。
「お腹すいとる?」
「うん、少しだけなら食べれる」
「ほな、お粥を作ってくるから待っとってな。他に何かリクエストがあったら聞いたるよ?」
「・・・・・・りんごの、えっと」
「うさぎさんのやつやな」
「・・・・・・うん」
言いたい事を察してあげると、姉ちゃんは恥ずかしそうに布団で顔を隠した。
風邪を引いている時の姉ちゃんは、ちょっとだけ甘えん坊さんになって、私に甘えてくれる。
それがちょっとだけ嬉しく思う。
せっかくの姉の甘えに応えるために、意気揚々と私は部屋を出て行った。
Side out…
★★★
私は熱を出した時、決まってある夢を見る。
それはほんのちょっと昔の、お父さんとお母さんが生きていた頃の夢だ。
最近でこそ外に遊びに出ていけるが、昔の私は今より病弱で、熱にうなされて家から出れない日が何日も何週間も続いていた。
同じ年の子たちが外で元気に走り回っている声を聞きながら、私はいつも不機嫌そうに自分の部屋の窓から見える景色を睨んでいたことを今でも覚えている。
どうして私は他の子みたいに外で遊べないの?
何でこんなに苦しい思いをしなければいけないの?
そんなことをいつも考えていて、でも私には足の不自由なはやてちゃんがいたから、姉である自分が我がままを言ってはいけないと思い、ずっと暗い部屋の中で一人声を出さずに泣いていた。
そんな私を暗闇から出してくれたのが、お父さんとお母さんだった。
体が大きくて、誰よりも力が強くて、ふて腐れた私を見て笑いながらお父さんは抱っこしてくれて。
優しくて、料理が上手で、ちょっとドジな私と同じ白い髪に青い瞳を持ったお母さんは頭を撫でてくれて。
泣いている私を見つけて、「甘えていいよ」と言ってくれた。
我慢していた理由を話したら、「偉いぞ」と褒めてくれた。
夢の中の二人は、いつも優しく私に微笑んでくれている。
大きな手で頭を撫でてくれたり、一緒に寝て絵本を読んでくれたり。
私はそんな両親が大好きで、でも夢から覚めたら二人ともどこにもいなくて・・・・・・。
「―――ん」
それが嫌で仕方なくて、
「―――ちゃ―――ね―――ちゃん」
こんなに悲しい思いをするなら、私も―――
「姉ちゃん、起きてえな。お粥冷めてまうで?」
目を開けると、私の顔を覗き込んでくるはやてちゃんの姿があった。
最愛の妹。唯一残った私の家族。
心配そうにこちらを覗きこんでくるはやてちゃんの顔を見ていると、さっきまで見ていた夢を思い出し、同時に胸の奥が苦しくなって、目頭がカッと熱くなるのを感じた。
慌ててはやてちゃんから目を逸らしたけど、鼻の奥がツンと痛くなり、溢れそうになる何かが漏れ出さないようにと必死で我慢した。
はやてちゃんが困惑する気配を感じたけど、今は自分を抑え込む事に精一杯だから・・・・・・。
と、いろいろと限界に達しそうになった所で、ふと何か良い匂いがした。
何気なしに匂いの元を辿ると、その先にははやてちゃんがいて、その手には土鍋があり、中から美味しそうな匂いを漂わせている。
とたんにくう~とお腹が鳴り、恥ずかしくて顔が赤くなるのを感じた。
「ふふっ、お腹減ったんやね。ほら、ふーふーしてあげるからたくさん食べてなー。はい、あーんや」
「あぅ・・・・・・///。は、はやてちゃん、私自分で食べられるよ?」
「あーん」
「えと・・・・・・あ、あーん///」
いくら言っても聞いてくれそうにないので、大人しく口を開いて食べさせてもらう。
味はしっかり整っているし、お粥全体に熱が行き届いているから、とてもおいしい。私のことを考慮して量も少ないから、残さず食べることができる。
最後にはやてちゃんの剥いてくれたうさぎさんりんごも食べ終えて、ようやく一息ついた。
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした。全部食べてくれてよかったわ」
「はやてちゃんの料理は美味しいから、残すと勿体ないやん・・・・・・あふっ」
「ん? 眠たくなったん?」
お腹がいっぱいになったおかげで、今度は眠たくなってきた。
「寝てええよ。家のことは私がやっとくから」
「うん・・・・・・はやてちゃん」
「ん? どないしたん?」
優しい眼差しが私を見据える。
単純って言われるかもしれないけど、それだけでさっきまで私の中をぐるぐる回っていた嫌なものが、全部無くなっていく気がしたから、もっとはやてちゃんを感じていたくてつい我が侭を言ってしまった。
「手、繋いでてほしい」
「うん。姉ちゃんが寝るまで繋いどるから、安心して休んでええよ」
何の躊躇いもなく、はやてちゃんが手を繋いでくれる。
伝わる温もりが弱っていた私の心を癒してくれて、瞼が重くなり、意識が沈んでいく。
「・・・・・・はやて、ちゃん・・・・・・ずっと、一緒に・・・・・・」
「うん。私はずっとゆとり姉ちゃんの傍におるから、安心してな」
「・・・・・・う、ん」
その日はもう、嫌な夢を見ることはなかった
ということで、今回ちょっとのシリアスとゆとりちゃんの内心の一部が露になりそうになったの巻きでした。
熱が出た時って不思議と弱気になりますよね。
ヤシロさんにもそんな時がありました。
だるいから動きたくない。
だるいから働きたくない。
ん? あれ? これいつものことじゃね?
ということはヤシロさんは年中風邪を引いているということになるのでは。
つまり、風邪をうつしたらいけないから、他の人に気を使いつつも合法的に休暇を取れるという理論がっっ!!?
はやて「まあ、頭が沸いてるのは確かやね。それとそれは弱気やのうてやる気やから。まあ、そこでしばらく頭冷やしとくように」
ゆとり「うー・・・・・・はやてちゃぁん」
はやて「あ、姉ちゃんが呼んどる。ほな、またなー」
ヤシロ「・・・・・・(返事がない。まるでニートのようだ)」