基本的にほのぼのとシリアスを織り交ぜていきたいと思っています。
さっそくお気に入り登録してくれた人、ありがとう^^ノ
目を閉じる。心を済ませる.
聞こえるのは風に揺られて擦れる葉の音と、空を飛ぶ鳥の鳴き声。
深呼吸をして体から余計な力を抜き、自然体へと近づけていく。
そんな少女の姿を、周りの大人達は固唾を呑んで見守っておる。
何人かは自分の子を見守るように、また何人かは宿敵の実力を見定めるように。
少女が目を開け、蒼い双眸が現れたと同時に風がやみ、いくつかが動いた。
まずは少女。小さな体で全身を使って動かし、両手で握りしめた獲物を大きく振りかぶる。
次に大人たち。無駄のない動作で動く少女の姿に、思わず重い腰を上げ、期待に目を見開く。
最後は頂点に達した少女の持つ獲物が振り子の如く半円を描きながら、地面に置かれた球体を容赦なく打ち抜いた。そして―――。
カツンッという小粋な音と共に、転がったボールは吸い込まれるように地面に立つ旗の下へと転がり込み、ほぼ真下で停止した。
『おおおおおおおおおおおぉぉおおおおおっっ!!』
沸き起こる歓声。
傍観していた者も、敗者も関係なく、少女に賞賛の拍手を送る。
そんな周りの大人、お爺ちゃんお婆ちゃん達に褒められ、少女は思わず赤面した。
「照れるわー」
八神ゆとり 十歳 ゲートボール暦三年
本日初の白星を上げた瞬間だった。
「いやー、見事なもんじゃった。わしでもあそこまで綺麗なフォームはなかなかできんぞ」
「あの小さかったゆとりちゃんが、ここまで。くぅっ、嬉しいねぇ」
「ふん、あれが常にできんと意味ないわい。まだまだひよっこじゃ」
「ほれほれ梅さん。そう言いつつも口元がにやけてますよ?」
「こ、これは違う!そうだ、このお茶菓子が美味いせいで、断じてゆとりちゃんの成長が嬉しいわけじゃ」
「ふぉふぉふぉっ、語るに落ちとるよ。梅さん」
「照れるわー」
平和な午後の一時。
八神家からさほど離れていない場所にある公園に老人達が集まり、老後の小さな楽しみを分かち合う中に、八神ゆとりの姿はあった。
行きがけにはやてちゃんに持たされた弁当を食べ終え、入れてもらったお茶を飲みながら周りのお爺ちゃん達の話に耳を傾ける。と言っても、先ほどから午前最後にようやく勝ち取ったゲートボールの一ゲームを代わる代わる褒められて、赤面をしっ放しなのだが。
私の日常の一つがこれ。
近所のお爺ちゃんお婆ちゃん達と楽しい一時を過ごすこと。
ゲートボールを一緒にしたり、料理を教えてもらったり、普通にお喋りしたり。
あまり激しい運動の出来ない私にとって、さほど体力を必要としないゲートボールはぴったりのスポーツだったし、お婆ちゃん達から教えてもらえる家事などの豆知識は生活に役立てるものばかりで嬉しい。
なにより、このほのぼのとした時間が私のお気に入りだった。
「さて、そろそろ休憩もいいじゃろう。どうじゃゆとりちゃん、もう一戦するかい?」
「うーん、どないしようかな・・・・・・」
お爺ちゃん達から期待の視線を向けられ、少し迷う。
今日は体の調子はいい方だけど、午前中はゲームに参加してたから少し疲れもあって、まだ遊びたい気持ちもあるけど、これ以上は後が怖い。
「だめだよ、直さん。これからゆとりちゃんは私達と遊ぶんじゃから」
「むぅ、妙さんか」
悩む私とお爺ちゃん達の間に入ってきたのは、お婆ちゃん達の中でもリーダー的存在で、私がもっともお世話になっているお婆ちゃんの妙さんだ。
気付けば、他のお婆ちゃん達も談笑を止めて、こちらに注目している。
「午前中にもう充分遊んだじゃろ? それにゆとりちゃんを少し休ませてあげないとね」
「それもそうか。ゆとりちゃんが倒れても困るからのぅ」
「ごめんなー、直さん」
「いやいや、謝ることないよ。ゆとりちゃんと遊べて楽しかったからのぅ。さて、もう一戦頑張ってくるとするか」
「直さん、頑張ってなー」
「うむ! ゆとりちゃんの声援があれば百人力じゃわい。どれ、元海兵の実力を見せてやろうじゃないか!」
応援されて嬉しそうに意気揚々と戦場へと赴く直さんを見送ると、妙さんは持っていた紙袋からいくつか毛糸玉を取り出した。
「今日は前に約束してた編み物を教えてあげるからね。ちょっと難しいけど大丈夫かい?」
「うん、大丈夫や。頑張ってはやてちゃんにマフラーを作ってあげるんよ」
「そうかい、はやてちゃんに。それじゃあ、たくさん頑張らないとねぇ」
道具を受け取り、お婆ちゃん達の慣れた手つきを参考にしつつ、助言と注意をもらいながら二本の編み針を動かしていく・・・・・・のだが。
「・・・・・・あぅ」
やってみてわかった。やっぱり難しい。
気を抜くとすぐに解けてしまうし、形も上手く整わない。
集中力が必要で、意外と手も疲れてくる。
そんな悪戦苦闘している私を置いて、着々と確実に作業を進めていくお婆ちゃん達の姿を見ていると、なんだか自信がなくなってくる。
頑張ってはやてちゃんの誕生日までに完成させたいけど、これは無理かもしれへん。
「落ち込むことないよ、ゆとりちゃん」
「ふえ?」
まったく上手くいかずに沈んでいると、見かねた妙さんが話しかけてきた。
「初めから上手くできる人なんて、誰もいないんだよ。だから、落ち込まなくてもいいよ」
「・・・・・・妙さんも、上手くできなかったん?」
「そりゃあね、最初なんて酷い物で、やっとの思いで完成したマフラーを雑巾と間違えられたよ」
語られる失敗談に、思わず嘘じゃないかと疑ってしまう。
私の知っている妙さんは、なんでもできて、いろんな豆知識を教えてくれる私にとって師匠のような人なのだ。だから、その酷い失敗談は到底想像できる内容ではなかった。
「そ、そんなに酷かったん?」
「ええ、あの時はもう二度と手編みなんてしないなんて言ったものさ。もっとも、懲りずにこうして今もやってるんだけどね。おかげで夫に手編みのセーターをあげられたよ」
「あたしなんて、開始五分で逃げ出したさ」
「アンタ、そりゃあいくらなんでも・・・・・・まあ、ウチも同じようなものだったけどねぇ」
妙さんの言葉に続き、まるで自慢話のように周りのお婆さん達も自分の失敗談や経験を懐かしそうに語りだし、どれも今の私と同じくらい下手くそだったと言う。
「ほらね。ここにいるみんな、初めから上手になんてできなかったんだよ。でも、みんな諦めなかった。だから、こうして上手にできるようになった。なら、ゆとりちゃんにもできるようになるよ」
「・・・・・・ほんまに?」
「ほんまほんま。さあ、頑張ってはやてちゃんに素敵な贈り物を作ってあげようね」
「うん!」
「いい返事だね。それじゃあもう一度最初から始めようかね。まずは肩の力を抜かないと、すぐに手が疲れるよ」
再び指導を受けながら、手を動かしていく。
はやてちゃんの誕生日には間に合わないかもしれないけど、それでもいつも頑張ってるはやてちゃんにプレゼントをあげたいから。
待っててな、はやてちゃん。お姉ちゃん、頑張るから!
★★★
side はやて
私は今、図書館に来ている。
足が不自由で車椅子なしでは満足に移動もできない私にとって、本を読むことは何よりの楽しみなのだ。
あ、でも姉ちゃんと一緒に遊ぶのも好きやよ。あと料理することも。
「うーん、どれがええやろうか・・・・・・」
そんな私が今探している本は、料理の本。
最初はこの前見つけた主人公が良い感じに三角関係に翻弄される内容の恋愛小説でも読もうかと思っていたが、ふと今朝姉ちゃんが新しい料理を覚えたと言っていたことを思い出して、ちょっと対抗心が燃えてしまったのが始まり。
かれこれ一時間近くも、手当たり次第に料理の本を見て回っているが、あの姉ちゃんをあっと言わせるコレだと言うものが見つからないのだ。
「和食か洋食か・・・・・・いっそのこと中華でもええかもな」
幸いと料理スキルは昔から姉ちゃんに鍛え上げられてきたので、一通りの食事は頑張れば作れると思う。
選び放題というわけだが、逆に言えば、それだけ姉ちゃんを驚かせる料理が少ないということ。
あんまり難しいのを選んでもたぶん上手くいかない。かといって、簡単すぎても「まあ、こんなもんやね」とか言われたら立ち直れない。
もっとも、姉ちゃんならどんな下手な料理でも「はやてちゃんの料理、めっちゃ美味しいわー」とにこにこしながら、全部食べてくれるだろう。
しかし、一主婦(小学生だけど)として、八神家の台所を預かる一人として、何より姉ちゃんの妹兼弟子として、下手な物を出すなんて私のプライドが許されへん!
といった感じで、さっきから頭を悩ませているのだ。
「はぁ・・・・・・これもあかんわ」
目ぼしい料理が見つからず、思わずため息が出る。
本を元の位置に戻しつつ、他にないとわかると次の本棚へと移動する。
「そういえば、姉ちゃんはどっから料理なんて覚えてくるんやろうか?」
ふとそんな事を思う。
お姉ちゃんの料理は和洋中、どれでも作れるが、そのほとんどが名前を聞けば「ああ、あれね」と思い出すような一般的な物ばかりで、逆に高級なフランス料理に出てきそうな『○○の△×風』とか難しい名前がつく珍しい料理は出てきたことがない。
ただ、どの料理にもちょっとした工夫がしてあるだけなのだが、その工夫が料理の味を大きく変えている。
その工夫がなんなのかが、はやてにはわからない。
前にどうやったら料理が美味しくなるのかと聞いてみると、「料理には愛情をたーっぷり入れるんやよ。あとは秘密や♪」と素敵な笑顔で返されてしまった。
その秘密が知りたいんやー! と思うが、姉ちゃんが秘密だというなら、絶対に教えてくれないだろう。
なら、自分の舌で確かめるしかない。
そんな感じで試行錯誤して姉ちゃんに追いつこうと頑張っているが、その背中はまだまだ遠い。
「私としては、姉ちゃんには楽にしておいてほしいんやけど・・・・・・」
体が弱いくせに、いろいろと無茶をしがちな姉。
両親がいなくなってしまってから、たった一人で自分の事を守ってくれた大切な姉。
熱を出して弱っていく姉の姿を見るたびに、自分の無力さを痛感させられる。
本当は辛いはずなのに、無理に笑顔を使って私の事を安心させようとするゆとり姉ちゃんが大好きで、私が一番幸せになってほしいと思っている大事な家族。
だから、そんな姉ちゃんを喜ばせるためなら、私は労力を惜しまない。
「でも、まずは姉ちゃんを驚かせる料理を探さんと。ええっと、どれがええやろう―――あっ!」
本を選んでいると、ついうっかり一つだけ飛び出ていた本に手が当たり、落としてしまった。
「失敗失敗と。ごめんな、落としてもうて・・・・・・ん?」
そんな事を言いながら落ちた本を手に取り、内容を見て固まった。
落とした本は料理ではなく、お菓子を専門とする本。
それを見て、そういえばお姉ちゃんがお菓子作りするのを見たことないなと思い出した。ついでに以前私がプレゼントした甘いお菓子を美味しそうに食べていたことも。
「・・・・・・お菓子か」
ああ、わかる。
今、私に神が降りてきたわ。
私、八神はやては姉である八神ゆとりをついに越える時が来たようです。
ふっふっふ、楽しみに待っててな姉ちゃん。必ずあっと言わせたるからな!
Side out…
★★★
「な、なんや? 急に寒気が?」
編み物に集中しているとなにやら急に背筋に冷たいものが走り、思わず身震いする。
何かこう、立ってはいけない何かが立ってしまったような気がした。
「どうしたんだい、ゆとりちゃん?」
「えと、よくわからへんのやけど、なんだか寒気がして」
「もしかしたら、少し体を冷やしたのかもね。まだ夜は冷えるし、ただでさえゆとりちゃんの体は弱いからね。よし、今日はここまでにしよう」
「え、ええっ!? わ、私はまだ大丈夫やよ?」
「そう言って無理して風邪を引いたら、はやてちゃんも私達もみんな悲しむよ」
「あう、でも・・・・・・」
本音を言えばもう少し続けたい。
良い感じに集中できていたのだからと渋ってはみるが、周りのお婆ちゃん達も次々に道具を片づけ始めてしまった。
「ゆとりちゃんは頑張りっ子じゃけど、今日はお終いにしよ?」
「根を詰めすぎても、良い物は作くれんしのぅ」
「基本的なところは出来てきたし、あとは家に帰って自主練習だね。わからないところがあったらいつでも聞きに来ていいから。今日は終わりにしようね?」
「う、うん」
藪蛇だったと思うが後の祭りだ。
もうこうなっては教えてくれないだろうから、素直に道具を片づける。
時間を見ると、あれから結構時間が経っていたらしく、作業をしている内は気付かなかったが、少し疲れで体が重くなっていることがわかった。
手元には、五センチ弱まで編み込まれた物がある。
今日の成果の証だ。
一度崩れればやり直し、形が崩れればもう一度と繰り返して、ようやく形が整った物がこの五センチ。まだまだ目標には遠い。
「今日はありがとうございました」
「ゆとりちゃん。一人で帰れるかい?」
「大丈夫やよ、妙さん。家はすぐそこやから」
「そうかい? 昨日、知り合いの動物病院で事故があったばかりだからね。車に気をつけるんだよ」
「またおいで。また一緒にゲートボールしよう」
お爺ちゃんお婆ちゃん達に見送られて帰路に着く。
いつもよりちょっと早い時間だけど、その分を夕食の準備に使おう。
編み物の練習もあるし、やることもやりたいこともいっぱいある。
「うん、頑張ろう。おー!」
気合いの声を上げて、私は家に向けて歩き出した。
補足として、ゆとりちゃんは別に運動が好きというわけではないです。
どちらかというと遊びに近い感覚なので、激しい運動はあまりやりたくない派ですね。
ヤシロさんも家に引き篭もってた方が好きです。落ち着きます。
というか働きたくない。外で無駄に動きたくない。無駄良くない。無駄ダメ、つまりこれはエコ!
そうエコなんだ! エコは周りに優しい。環境にも優しい。
結論 → 働かないは正義である。
よし、完璧な理論だ。
ヤシロ「ねー」
ゆとり「ねー」
はやて「いや、あかんやろ」