気付いたらお気に入りが1000人を超えてた!
ありがとうございます!
Side シャマル
世界を旅する魔導の本――『闇の書』。
他者から魔力を蒐集し、666ページにも及ぶ全ページを埋める事で完成するこの魔導書は、遥か昔から続く永い時の中で、幾つもの世界を巡り、幾人もの主の手に渡ってきた。
国の発展を願う国王。
真理を追究する研究者。
根源へと至ろうとする魔導師。
全てを手に入れようとする野心家。
闇の書の機能の一部である私達は、主を守る防衛機構『守護騎士プログラム』ヴォルケンリッターとして、様々な事情と思惑を抱えるたくさんの主達の為に戦禍を駆け抜け、守り続けてきた。
摩耗して擦り切れた記憶の中で思い出せるのは、戦いの日々ばかり。
薄汚れた灰色の空。死にゆく大地。鼻を衝く火薬の臭いに、終わりゆく命の断末魔。
闇の書の力を奪おうと、本を完成させるためにと繰り広げられた戦いの記憶は、既に正確な記録として残せない程、混ざり、消えてしまっている。
前回の主すらも、朧気にしか思い出せない。
だけど、そんな私達でも分かる事はある。
闇の書が再び開かれた時、新たな戦いが始まるのだと。
主の願いを成就させる為に己を剣であり盾として、仲間の騎士達と共に苛酷な戦場へと赴くのだと。
浮上していく意識の中で、覚悟を決める。
私は風の癒し手 湖の騎士シャマル。
他の騎士達のような、一騎当千の戦舞は舞えない。
それでもこの命が尽きるまで、死力を尽くして戦い抜いてみせる。
そう思ってたんだけど・・・・・・。
「さあ、みんな。遠慮せず食べてなー」
『・・・・・・』
そう笑顔で私達に告げるのは、闇の書の新しい主、八神はやての姉である八神ゆとりと名乗った少女だ。
その隣では、我らが主がニコニコと微笑みながらこちらを窺っている。
どちらも、まだ幼い子供だ。
仲間の騎士の中で唯一子供の姿をしている、鉄槌の騎士ヴィータちゃんと外見年齢はそれほど変わらない。
聞いた話では、我らの主はまだ9才。あまりにも幼過ぎる。
こんなに小さな子供が闇の書の主に選ばれた事は、過去に一度もなかった。
「どないしたん? はよ食べんとご飯が冷めてまうで?」
前例のない状況に戸惑うばかりで、一向にテーブルの上に並んだ料理に手を付けない私達を不審に思ったのか、主はやてが首を傾げる。
向けられた視線に乗る感情は、純粋に私達の事を気遣った、まるで親が子供に向けるような温かいもの。
戦場に行くものだと思っていた。
命令され、闇の書の完成の為に命を燃やすのだと考えていた。
そのどれもが外れ、何もかもが想像の外を歩いていく。
居場所は戦場ではなく、食卓を囲む椅子の上。
目の前に広がるのは多彩な料理で、剣を握るはずの手には、箸という一対の細い棒状の器具を持たされている。
一緒にご飯を食べようと、そう言われた。
「え、えっと、あの・・・・・・主様?」
私達は戦わなくていいのか。
私達に戦えと命令しないのか。
そう問いかけたかったが、それよりも先に主はやてが口を開く。
「もう、シャマルさん。朝にもお願いしましたけど、私の事は主やのうて名前で呼んでください」
「えっ、あっ! も、申し訳ありません!」
「あ、謝らんでも大丈夫ですよ。私は全然怒っとらんし。せやから、あんまり固くならないでください」
「は、はい。わかりました、主、じゃなくて・・・・・・はやてちゃん」
「はい!」
呼び方を変えただけで、はやてちゃんは嬉しそうに笑う。
まただ、と思う。
こんな風に自分の呼び方にこだわった主は一人もいなかった。
食事をする二人の警護に就こうとした時も、そんな事しなくていいから一緒に食べよと。
足りない椅子の代わりに、態々ソファーを動かしてまでみんなで一つのテーブルを囲む事を望み、そのせいで少し窮屈に感じるほど手狭になってしまった事を逆に楽しんでいる。
まるで家族に接するかのような気安さが、私達を戸惑わせる。
今まで出会ってきた、どの主とも違う。
戦火の臭いも、悲壮な緊張感も、なにもない。
昔、どこかで、戦場から帰る途中で見た、平和を願って幸せそうに過ごす家族の団欒が目の前にあった。
「姉ちゃんの料理は絶品やから、きっとみんなの口に合うと思います。それに、ご飯は温かい時が一番美味しいんですよ?」
「・・・・・・分かりました。お前達も」
はやてちゃんの言葉に、真っ先にそう切り出したのは烈火の将シグナム。
頼りになるリーダーが先陣を切ってくれたのを見て、私の中でも何かが吹っ切れたのを感じた。
私達の主が一緒にご飯を食べようと言ってるのだ。
例え戦いとは関係のない望みでも、務めるのが騎士の本懐。
・・・・・・それに実はちょっとだけ、少しだけ美味しそうだなって思ってたりして。
ごくりと、無意識に喉が鳴った。
スープの香ばしい香り。肉汁が滲み出るお肉。色とりどりのサラダ。
こんな料理を食べれるのは、いったいいつぶりだっただろうか?
初めて見る料理が多い。お茶碗に盛られた温かな白い粒はお米というらしい。
胸に溢れる期待と、まだ残る困惑。そして久方ぶりに感じた空腹に後押しされて、いざ料理へと箸を進めようとして――、
(・・・・・・こ、これはどう使えば?)
手に握る二本の棒きれの扱い方が分からず、ぴたりと止まる。
助けを求めて周りを見渡すも、みんな私と同じような姿勢で固まっているのが見えた。
箸。それは日本人が日常的に扱う、食事の器具。
知識としては知っている。
闇の書は覚醒の際、その世界に適応する為に主から記憶の一部を読み取る。当然、闇の書の一部である私達にもその情報は共有されるから、物の名称やその世界の常識をもある程度理解することが出来る。
はやてちゃんの言葉が分かるのも、この機能のおかげだ。
しかし、だからといって万能というわけでもない。
【これ、どうやればいいんだ・・・・・・?】
隣に座るヴィータちゃんが、念話で助けを求めてきた。
(た、たぶん、こういう持ち方のはずなんだけど・・・・・・)
頭に浮かぶ知識と照り合わせて、指と指の間に箸を挟み込むが何故か上手く動かない。
形は合っているはずなのに、気を抜くと箸が指の間から抜けてしまいそうになる。
・・・・・・む、難しい!?
ちらりとはやてちゃん達の様子を覗き見ると、まるで自分の手の指を操るように、スムーズに箸を動かして食事を摂っている。
その手慣れた洗練された美しい箸使いは、ある到達点に至った武人の剣舞に通じるものがあるように見えた。
そう、闇の書が読み取るのは知識だけ。体験まではどうにもならないのだ。
【落ち着け。主の前だ。無様を晒すな】
(・・・・・・し、シグナム!)
将の叱咤に、はっと我に返る。
【いや、でもよー。難しいぜ、これ?】
【確かに、これは私でも持て余す】
やはりシグナムとはいえ、初めて扱う複雑な動きが用いられる箸には苦戦を強いられているらしい。ヴィータちゃんに至っては、もはや諦め始めている。
【しかし、ここで私達が慌てたところで事態は好転しないだろう】
【じゃあ、どうするんだよ? いい加減、腹減ったんだけど】
【幸いにも、主はやてが我らの見本になってくださっている】
(な、なるほど!)
言われてみれば、手本はすぐ目の前にあるのだ。
しっかりとよく見て、動きをトレースしていけば不可能という事はない。
さすがはシグナムだ。こういう時、リーダーの存在は心強い味方となる。
動きを見る。指使い。力の入れ具合。箸捌き。
単純なように見えて、しかし奥深い。
じっと見つめる。
「え、えーと、どないしたんやろうか・・・・・・?」
と、そこではやてちゃんが私達の視線に気づいてしまった。
箸の動きに注目し過ぎた!
自分達の失敗を悟った時には、もう遅い。巧みに動いていた箸は止まり、今度ははやてちゃんがこちらの動きを見守ってしまう。その隣で遅れて気づいたゆとりちゃんも、箸を止めてこちらに注目する。
攻守が入れ替わった。形勢は逆転した。
冷や汗が流れるのを感じながら、シグナムへと助けを求めて視線を送る。
【落ち着け。主はやての動きはしかと目にしただろう】
(それはそうだけど・・・・・・)
【ならば出来るはずだ】
私達に、そして自身に言い聞かせるように言う。
「なんでもありません。お食事を続けてください」
「そ、そう? あ、シグナムさん達も」
「はい、いただきます」
これ以上はもう留まる事は出来ない。
はやてちゃんに促されるまま、私達は一斉に料理に箸を伸ばす。
動きは見様見真似。完璧には程遠い。
【思い出せ。私達は騎士として数多の戦場を、危機を乗り越えてきた】
厳しくも、仲間想いの将が誰よりも先に料理に手を付ける。
【最善を尽くし、常勝を志し、主の剣となり苦境を切り開く】
狙うのは、茶色い衣に包まれた料理――唐揚げ。
【主が望み、願いを託してくださるのであれば――、】
そっと摘まむ一対の箸は静かに優しく、刺突を終えた剣を戻す流麗な動作を用いて、唐揚げを挟んだ箸を口へと運んでいく。
【――我ら騎士に、不可能はない】
口を開けて一口。ぽろりと。
「あ」
直前で箸から零れる唐揚げ。指からすっぽ抜ける箸。
乾いた音を響かせて、テーブルへと、そして床へと全てが転がり落ちてく。
空気が凍った気がした。
(・・・・・・シ、シグナム)
あまりに痛い沈黙に、口を開けたまま微動だにしなくなった将。
不意に聞こえてくる、ボキリッという嫌な音。
視線だけ向ければ、ザフィーラの持つ箸が中ほどから真っ二つに折れていた。
(・・・・・・ザ、ザフィーラ)
歴戦の仲間達の無残な敗北に、頭が真っ白になる。
果たして、今までにこれほど苦しい戦いがあっただろうか?
「・・・・・・も、もしかして、箸を使うのは初めてやった?」
「・・・・・・はい」
おずおずと聞いてくるはやてちゃんに、消え入りそうな声で答える。
ここで死ねたらどれだけ楽か。
いっそのこと、恥を忍んででも箸の使い方を教わればよかったなんて、今更ながらの後悔が押し寄せてくる。
「それはこっちの配慮が足りひんかったなぁ。ちょっと待っててな、今フォークを持ってくるから」
「あっ、いえっ、それは私がやりますから・・・・・・っ!」
これ以上、恥を晒す訳にはいかない。というか、主の手を煩わせてはならない。
慌てて台所に向かうはやてちゃんを追いかけようと立ち上がり、そして、
ガンッと。
机の脚に、足の小指をぶつけた。
「~~~~~っ!!?」
想像を絶する痛みが体を駆け巡り、声にならない悲鳴を上げて蹲る。
これは痛い。いくら騎士でも痛いものは痛い。
「えと、大丈夫?」
「・・・・・・だ、大丈夫れす」
「顔青いよ?」
「大丈夫です、からっ。本当に、元気!」
駆け寄ってきたゆとりちゃんに、痩せ我慢をしながら答える。と、そんな私を心配した仲間達からの念話が届いた。
【無様を晒すな、シャマル】
【主達の手を煩わせるな、シャマル】
違った。お叱りだった。
というか、ズルい! 自分達だって失敗したくせに! 私の失敗を隠れ蓑にして、自分達は誤魔化すつもりなのねっ!?
しれっと仕切り直している仲間達の裏切りに戦慄する。
二対一の不利な状況。こうなれば唯一の仲間に頼るしかない。
一人だけ騒ぎに参加してなかったヴィータへと視線を送れば、我関せずと手に持つ箸を二本ともまとめて握り、唐揚げへにぶすりと一刺し。そのまま豪快に口まで運んで、一言。
「・・・・・・ウマ」
この後、はやてちゃんが持ってきてくれたフォークを使い、無事に食事は終了した。
初めて食べる料理はどれも美味しくて、安心する味でした。
だけど、何故だろう。
ほんの少しだけ、しょっぱい気がした。
Side out…
闇の書は覚醒の際、その世界に適応する為に主から記憶の一部を読み取る。←オリ設定だけど、なんかありそうな気がしたので。そうじゃないと辻褄が合わないところがいくつも・・・。
箸。使えるのが日本人だけって聞いた事があるから、これ絶対やらかすだろうと思って書いてみた。
オチ担当はシャマル。仕方ないね。
日常編の最初の方は、八神姉妹とヴォルケンズの交流を細かく書きたいのでちょっと分割していきます。
一日分の話を数話に分けたりするかもだけど、許してくださいオナシャス!