八神ゆとりの日常   作:ヤシロさん

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本日連続投稿・・・ならず(/ω\)!

A's編開幕。



第十九話 終わる世界

Side はやて

 

 

 ポッポッと規則的なリズムを刻む機械。

 柔らかくないベッド。

 何度来ても慣れない薬品の独特な匂いに、無機質で真っ白な病院の天井。

 

 もうちょっと可愛くしたらええのにって思うけど、ここは私の部屋じゃないから誰にも言わず、胸の内で呟くに留める。

 

(・・・・・・退屈なぁ)

 

 昔から何度も同じような時間を過ごしてきたけど、この検査の時間だけは好きになれそうにない。

 動けないし、話し相手もいない。

 大好きなお姉ちゃんも近くにいてくれない。

 姉ちゃんは今何やってるのかなーって、せめてもの慰みに考える。

 

 浮かんでくるのは、上機嫌で台所に立ち、お気に入りのエプロンをつけて料理をしている姉の姿。

 姉ちゃんは家事の中でも料理が好きだ。特に私の為に料理してる時を心底楽しんでる様だから、ニコニコと笑顔で食材と遊んでいるのだろう。

 きっと鼻歌を歌っているに違いない。

 本人は気づいてないようだけど、姉ちゃんが台所に立っている時に、時折聞こえてくる歌声。

 綺麗な旋律で、でも何処か音程が外れていて、いつまでも聞いていたいって思わせる懐かしいお母さんの子守歌。

 

 姉ちゃんにお願いしたら、ちゃんと歌を聴かせてくれるやろうか?

 なんとなくだけど、顔を真っ赤にして逃げてしまいそう。

 

 でも、今日は私の誕生日。

 せっかくの特別な日なのだから、それを理由にすれば聴かせてくれるかもしれない。

 

 頬を赤く染めて、照れながらたどたどしく歌う姉ちゃん。

 

(・・・・・・ありやな)

 

 早速帰ったらお願いしてみよう。

 そう心に決めて、他に何かリクエストしてみようかなと考えていると、不意に部屋の中に人の声が聞こえてきた。

 

「はやてちゃん、お疲れ様。今日の検査は終わったわよ」

 

 声のした方に目を向けると、私の主治医である石田先生が検査室の中へ入って来ていた。

 体に取り付けられてた機械が外されるのを待ってから、体を起こす。

 別に長い時間拘束されてたわけじゃないのに、痛む節々を揉み解しながら、石田先生に手伝って貰って車椅子へと移った。

 

 後ろから押される車椅子の背もたれに身を預けて、振り返って石田先生に話しかける。

 

「どうでしたか?」

「うーん・・・・・・、悪い所はなかったわよ」

 

 つまり、良くもないと。

 何度も繰り返してきた会話。予想できた返事だったけど、今日ばかりはちょっとだけ残念に思う。

 動かない私の足。

 原因不明の症状で一向に改善する兆しがないとはいえ、ちょっとでも良い報告を誕生日の今日に姉ちゃんにしてあげれたら、自分の事のように喜んでくれただろう。

 新しい記念日や! なんて言い出しそうだ。

 

 外れてしまった未来に、つい肩を落としてしまうのも仕方ない事だ。

 

「ごめんね、はやてちゃん」

 

 そんな私を見て、石田先生が頭を下げる。

 しまったと思った時にはもう遅い。今からでも、ちゃんとフォローをしなくては。

 

「そ、そんな謝る事ないです! 石田先生にはたくさんお世話になっとります」

「でも、今日は特別な日なのに・・・・・・」

「えとえと、確かにそやけど、でも、私は本当に元気やから・・・・・・」

 

 慌てる様子の私に、くすりと石田先生が笑う。

 それで自分がからかわれただと気づき、むーっと頬を膨らませた。

 

「先生、ひどいわー」

「ええ、ごめんなさい。はやてちゃんがあんまりにも落ち込むものだから、ちょっと私も焦っちゃったのよ」

「そ、そんなに落ち込んどりませんよ」

「あら、でも顔には残念ってしっかりと書いてあったわよ?」

 

 思わず頬を触れてしまう。

 その行動をますます笑われ、今度は恥ずかしくて顔が熱くなる。

 

「確かに前の時とあんまり症状に変化はないけど、でも悪くなってないっていうのは本当よ。他におかしな所も出てないから、そこは安心してね」

「・・・・・・はい」

「今の方法をもう少し試してみて、それでもダメだったら別の方法でアプローチしてみようって、他の先生とも相談してるの。はやてちゃんにはもう少し待ってもらう事になるけど、必ず治してみせるから。期待しててね?」

 

 それが私を安心させるために言っているって分かるから、幾分か気が楽になる。

 しかし、からかわれら事に変わりないんだから、仕返しはしたい。

 

「ええんですか、そんな大口言ってもうて? 私、期待しちゃいますよ?」

「もちろん。私はお医者さんなのよ? 患者さんを不安にさせるような事はしません。先生に任せなさい」

「それお姉ちゃんの真似ですか?」

「あら、バレちゃった?」

「うーん、頼りになるお姉さん感が出過ぎとる。20点」

「・・・・・・ゆとりちゃんが聞いたら泣いちゃうんじゃない?」

 

 顔を見合わせて笑い合う。

 今日の検査は私だけで来てるから、いくら姉ちゃんをネタにしたところでバレる事はない。

 診察室に入り、軽く診断と世間話をしてたら帰る時間がやってきた。

 

「それじゃあ、次の検査日は決まったら連絡入れるわね。あと、来週はゆとりちゃんの検査日だから逃げずに来るようにって伝えておいてくれるかしら?」

「はい、ちゃんと責任もって私が姉ちゃんを連れてきます」

「対ゆとりちゃん包囲網も新しく考えてあるから、安心してね」

「・・・・・・本当に、お姉ちゃんがお世話かけます」

 

 注射が嫌で、神懸った逃走を見せるお姉ちゃんには手を焼かされる。

 楽しそうに姉ちゃんを捕まえる計画を話す石田先生を見ていると、もの凄くいたたまれない気分になってきた。

 いっその事、首輪でも付けた方がええんやろうか?

 

 犬耳をつけた姉の姿を妄想していると、思い出したかのように石田先生が言う。

 

「遅れちゃったけど、誕生日おめでとう、はやてちゃん」

「・・・・・・・・・・・・、」

「あら、どうしたの?」

「あ、いや、その・・・・・・そういえば、今日初めてお祝いされたなぁって」

「え? ゆとりちゃん、まだ言ってなかったの?」

 

 一瞬思考が止まった私を怪訝に思ったのか、心配そうに顔を覗き込んでくる石田先生に訳を話すと不思議そうな顔をされた。

 

「あー、そのー、姉ちゃんはめっちゃ言いたそうな顔をしてたんですけど・・・・・・」

 

 思い出すのは今朝の事。

 珍しく、本当に珍しく私よりも早起きしてた姉ちゃん。

 明らかに今日が私の誕生日だから頑張って起きてくれたのだろうけど、本人はその事を秘密にしたいようで、必死に顔に出さないようにしてた。といってもあれでバレないと思っているのか。

 

 『誕生日おめでとう、はやてちゃん!』

 

 そう顔に書いてあった。むしろ、声に出して言いたそうだった。

 だけど、長年姉ちゃんの妹をやっている私には分かる。

 きっと姉ちゃんは、私の誕生日会の席で満を持して言いたいのだろう。

 

 結果として、今日一番初めにお祝いを言う権利を石田先生に取られてしまったわけだが。・・・・・・たぶん、姉ちゃんは最後まで気づかないんやろうな。

 

「ふふっ。そう、だったら悪い事しちゃったわね」

「悪いのは姉ちゃんやもん。お祝いの言葉、確かに受け取りました。ありがとうございます」

「はい、確かに送りました。それとこれ、忘れないようにね」

 

 そう言って渡されたのは、綺麗な赤と青のラッピングが施された紙の箱。

 私の手にはそれなりに重く、箱の中からかすかに漏れる甘い香りがこの後のパーティーをもっと楽しみにしてくれる。

 

「預かっておいてもらって、ありがとうございます」

「いいのよ。逆サプライズだっけ? 成功するといいわね」

「はい!」

 

 箱の中身は、今日まで試行錯誤して作り上げた自分の誕生日ケーキ。

 自分で自分の誕生日ケーキを作るのってどうよと思わなくもないけど、料理の得意な姉ちゃんをびっくりさせたくて、密かに作っておいたのだ。

 しかし、不用意に冷蔵庫に入れておけば姉ちゃんに見つかってしまう。

 そこで前日に作っておいたケーキを石田先生に預かってもらい、今日の帰る前に渡してもらえるように計画を練っていたのだ。

 

 石田先生に見送られて、病院を出る。

 バスが来るのを待ちながら、手の中にあるケーキの箱を見て、つい笑みが浮かんでしまう。

 

「姉ちゃん、喜んでくれるやろうか?」

 

 その答えは、帰ってからのお楽しみ。

 

 早くもゆとりお姉ちゃんの驚いた顔が浮かんできて、笑ってしまうのであった。

 

 

side out

 

◆◆◆

 

 コトコトと煮える鍋。

 トントンとリズムを刻む包丁の音。

 

 出来たばかりのオニオンスープの味見をしてから、満足出来る完成度に一つ頷く。

 塩水に漬け込んでおいたレタスを手に取って、サラダの盛り付けはどうしようかなーなんて考える。

 出来れば華やかなのがいい。目に見て楽しめるのがいい。

 そうして喜ぶ妹の姿を想像するだけで、顔が綻ぶのが止められない。

 

「はやてちゃん、喜んでくれるやろうか?」

『大丈夫なんじゃない? それだけ準備してたんだし』

 

 私の独り言に律義に答えてくれたのは、私のケータイ。正確にはその向こう側にいるアリサちゃん。

 お昼頃に突然電話がかかってきたから、ケータイをスピーカーモードにして会話している最中だ。

 

『っていうか、料理作るの早くない? それって食べるのは夜でしょ?』

「そうなんやけど、私、料理作るのあんまり早くないんよ。それに今日はご馳走をいっぱい作る予定やから、今から準備せんと間に合わへんのや」

『ふーん、まあ、冷めたら温めればいいだけだしね』

 

 そう言ってくれるけど、声色はまだ納得がいってなさそうだ。

 気持ちもわかるし、出来れば私も出来立てほやほやの料理を食べてほしい。だけど、体力のない私は途中で何度も休憩を挟むから、人よりも倍に時間がかかってしまう。

 だから、まずは冷めても問題ない料理から作って、はやてちゃんが帰ってくる直前にすべての料理が完成する予定で仕込みを含めて順番に作っているのだ。だから問題なし。

 

「それよりも、長電話してても大丈夫なん?」

 

 今はちょうど学校はお昼休みくらいだと思うけど、電話してきた時間からしてお昼休み開始直後から電話してきたのだと思う。

 電話越しにお弁当を食べてそうな気配があったけど、友達との交流はいいのだろうか?

 

『私だったら問題ないわよ。今日はなのはもすずかも一緒じゃないし』

「そうなん?」

『なのはは風邪でお休みだし、すずかは用事で来れないし。だから、仕方なくゆとりに電話してあげてるんじゃない』

 

 なるほど。この時間帯にアリサちゃんが電話してきたのは初めてだから、何事かと思ってたけど、そういう理由だったのか。

 ふむふむ。

 

「アリサちゃん、寂しかったんやなー」

『ぶっ!?』

 

 電話の向こうから、アリサちゃんの咳き込む声が聞こえてくる。続けてくるのは、元気いっぱいの怒鳴り声。

 

『だ、誰が寂しいですって!? 別にそんな事ないわよ!!』

「一人で話す人がおらんかったから、私に電話かけてきたんやないの?」

『ち、違っ・・・・・・~~っ! べ、別に一人でご飯を食べるのが嫌だったからとかっ! ゆとりの声を久々に聴きたかったとかっ! そんなんじゃないんだからね! 勘違いしないでよねっ!?』

「ほな、そういうことにしとくなー」

『・・・・・・・・・・・・今度会った時が楽しみねぇ』

 

 ぼそりと呟かれた言葉に、背中がゾクッてした。

 よく聞こえなかったけど、不吉な響きがあった気がしたけど、聞き返さない方がいい気がして、手を動かす作業に集中する。

 

 サラダのトッピングはプチトマトに薄切りの焼いたベーコン。粉のチーズを薄く振りかけて、薄味のドレッシングを疎らに加えていく。

 いろんな野菜を足して、見た目も気を使って整えてから、最後の仕上げに入る。

 両手でハートマークを作って、

 

「美味しくな~れ、美味しくな~れ、はぁー!」

『・・・・・・さっきから疑問に思ってたけど、なんなのその掛け声?』

「料理が美味しくなる呪文やよ? こうやって料理に気持ちを込めてるんよ」

『それって効くの?』

「めっちゃ効く!」

 

 一拍置いて、

 

『ギャグかと思ってたわ』

「ひ、ひどいわー。ちゃんと料理が1、3倍くらい美味しくなるんやよ」

『なにその微妙な効果・・・・・・』

「微妙なんかやないもん!」

 

 ちょっととはいえ、美味しくなるのはとっても大きい。

 これやると美味しく感じるってみんな言ってくれるし、はやてちゃんにも喜んでもらえるからやらない理由はない。

 

「むーっ、疑うんやったら今度会った時に食べさせてあげるからね!」

『あら、そう? それじゃあ、次遊ぶ時を楽しみにしておくわ。せっかくだからパパとママも呼ぼうかしら?』

「えっ」

『ふふっ、うちのシェフとどっちが美味しいのか、今から楽しみだわ』

「あ、あう・・・・・・」

 

 挑戦的な言葉に、しかし、冷や汗が止まらない。

 アリサちゃんの家って、あのもの凄く大きな家だよね? お金持ちの家だよね?

 

「あ、アリサちゃんだけやないの?」

『あら、私のパパとママが一緒なのは嫌だって言うの?』

「嫌やあらへん、けど・・・・・・その」

『もしかして、自信ない?』

 

 そう言われると、なんだか胸の奥からカーッと熱い何かが流れてきた。

 料理には自信がある。はやてちゃんにだって負けない、私の特技。

 気づけば、叫んでた。

 

「ま、負けへんもん! アリサちゃんがびっくりする料理を作ってあげるから、楽しみにしててや!」

『うん、楽しみにしてる』

 

 何か取り返しのつかない事しちゃった気がする・・・・・・どうしよう。

 い、いや、大丈夫。根拠はないけど、大丈夫だと思っておく。

 

『そういえば、遊ぶって事で思い出したんだけど・・・・・・』

 

 こちらが覚悟を決めている内に、いつの間にか話題が変わったらしい。

 耳を傾けると、アリサちゃんから意外な質問が来た。

 

『ゆとり、最近灯と連絡取ってる?』

「灯ちゃん?」

 

 高町灯ちゃん。

 私と同い年の小学四年生でアリサちゃんの親友の一人、高町なのはちゃんって子のお姉ちゃん。

 この前アリサちゃんと一緒に遊びに行った時に、途中で寄った『翠屋』っていう喫茶店で出会ってから友達になった女の子だ。

 

 しかし、何故唐突に灯ちゃんの話題になったのかが分からなかった。

 確かにタイムリーな質問だけど、さっきの話とまるで繋がる要素がない。。

 

「んー、ちょい前まで風邪引いとったから電話とかもしてないけど・・・・・・それがどうかしたん?」

 

 二週間以上も寝込むほどの熱だ。

 誰かに電話するくらいの余裕はなかったし、治った後の体力低下に伴う無気力感にさえなまれて、はやてちゃん以外の人と会話する気も起きなかった。

 それがどうしたのかと聞くと、ケータイから聞こえてきたのはやっぱりと言いたげな溜息。

 

『私が言うような事じゃないかもしれないけど、あの子ってけっこう不器用なのよ。気遣いの仕方とか、人との接し方とか、妙に極端な所があるじゃない?』

「んー、そうやね」

 

 初めて会った時の灯ちゃんは、学校に友達と呼べる子がアリサちゃん達しかおらず、クラスで孤立していた。

 私はそこまで気にしてないけど、人によっては表情の出難い灯ちゃんは不愛想で、口数の少なさから無口な子。そして、そんな自分を変えられないと誰にも相談できずに諦めていた所を、周りの人は無頓着なんだと思われているみたい。 

 

 そんな事、ないのになー。

 

 あの日出会ってから、今日まで何回も電話やメールのやり取りをしてきた。

 メールは基本的に一言の事が多いし、電話も長くする方じゃない。

 だけど、その日あった悩みを相談してきたり、嬉しかった事を報告してきたりと、ちゃんと喜怒哀楽のある女の子なんだって私は知ってる。

 

 今だって、クラスに馴染もうと努力してると聞く。上手くいってないみたいだけど。

 そんな不器用な灯ちゃんに、新たな悩みの種が出来たらしい。

 

『それで、あー、何ていうか・・・・・・実はゆとりが風邪で寝込んでた時に、灯からお見舞いに行った方がいいかって相談を受けてたのよ』

「お見舞い? 灯ちゃんが?」

『私は一応、体調が良くなるまで我慢しなさいって言っておいたんだけど、灯的には納得出来なかったみたいで、事あるごとに私にゆとりの様子はどうだって聞いてくるのよ。それも毎日』

「えーと・・・・・・」

『それでいい加減鬱陶しくなって、そんなに気になるならお見舞いに行って来たらって言ったんだけど・・・・・・それであの子、テンパっちゃったみたいで、結局何もしなかったみたいなのよ』

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 ちらりと振り返る。

 特に何も言ってこないから、とりあえずケータイへと視線を戻した。

 

『まあ、それならそれでいいんだけどね? ゆとりの話を聞いてると本当に体調が悪かったみたいだし、お見舞いに行っても相手出来なかっただろうし』

「せやね。ちょいきつかったかもしれへん」

 

 下手したら、顔も合わせられなかったかもしれない。

 それは失礼だし、風邪を移したら大変だったからある意味良かったと思う。

 

『だけど、灯はその事で悩んでるみたいなのよ。何も出来なかったーって。そんなの仕方ない事だし、気にし過ぎなのよあの子は』

「私も同じ意見やよ。気にしてないし、むしろ、それだけ気にしてくれてたのが嬉しいのと、なんや悪い事してもうたなーって思うし」

「・・・・・・」

『そうよね。普通はそこまで悩まないわよね。そんなに気にするなら、さっさと謝ればいいのに・・・・・・あのバカ』

 

 不貞腐れたように言うアリサちゃんに、ちょっと笑ってしまう。

 口はちょっと悪いかもしれないけど、そこに込められた心配と優しさはちゃんと私達に届いていた。

 

「優しいんやね、アリサちゃん」

『!? そ、そんなんじゃないわよ! 灯が元気ないとなのはやすずかまで元気なくすし、それにいつまでもうじうじしてられるとこっちまで嫌な気分になるのっ。それだけっ!!』

「ほな、アリサちゃんはどうしてほしいん?」

『別に、何も・・・・・・。ただ、少しだけ、体調良い時でいいから灯と会って話してあげてくれない? たぶん、それで気が済むと思うから』

「んー、それやったらもう大丈夫や」

『は?』

 

 振り返って、笑いそうになる。

 だって――、

 

「灯ちゃんなら、私の隣におるよ?」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?』

 

 闇に溶けそうな綺麗な黒髪をリボンで括り、真っ白な学校の制服の上に私の予備のエプロンを装着した少女、高町灯ちゃんがそこにいた。

 黒い髪の間から少し恨めしそうな赤い瞳がこちらを見てるけど、赤くなった頬が照れてるだけだと如実に語っているから怖くない。微笑ましさまで覚えてしまう。

 

『・・・・・・ごめん、ちょっと待って。いろいろ整理するからちょっとだけ待って』

「了解や」

 

 返事だけ返して、手にした芋の皮を包丁で剥いていく。

 灯ちゃんの方を見ると、既にお願いした分の野菜を一口大に切り分けて、それぞれボールへと移し終えていた。

 

「ん。ゆとり、終わった」

「灯ちゃん、めっちゃ早いなー。もう終わってしもうたん?」

「うん。父さんから刃物の扱いを習ってたから」

「お母さんやなくて?」

「刃物だったら、父さんが一番」

「そうなんやー」

『・・・・・・ねぇ』

 

 そんなとりとめのない話をしている内に、アリサちゃんが回復したらしい。

 

「アリサちゃん、まとまった?」

『ええ。言いたい事はたくさんあるけど、その前に一つだけ言わないといけない事があるわ』

 

 一呼吸吸って、

 

『なんでそこにいるのよおおおおおおおおっ!!?』

「わっ」

「アリサ、うるさい」

『うるさいじゃないわよ! アンタ、いつからそこにいるの!?』

「ちょっと前から」

「正確にはアリサちゃんから電話かかってくる、三十分くらい前やね」

 

 そろそろ誕生日会の準備を始めようかなって思ってた時に、突然灯ちゃんが家に来たのだ。

 初めはびっくりしたけど、久しぶりの友達との再会に舞い上がって、ついそのまま家に上げてしまった。

 それからいろいろお話したり、早めのお昼ご飯を一緒に食べて、ついでに料理を手伝ってもらってたら今に至る。

 

『どうしているのよ!?』

「ゆとりに会いたくなって」

『行動力の化身かっ! アンタ、つい昨日まで「ゆとりと合わせる顔がない」って悩んでたじゃない!?』

「悩むのがめんどくさくなって」

『自由かっ! てか、学校は? 授業はどうしたのよ!?』

 

 灯ちゃんの顔をそっと窺う。

 実は私もすごく気になっていた。

 彼女があまりにも自然体でいるものだからスルーしてきたけど、平日の今日は灯ちゃんはまだ学校にいなきゃいけない時間なんじゃないだろうか?

 アリサちゃんの話を聞く限り、やっぱりここに灯ちゃんがいるのはおかしな事のようだけど。

 

 そんな私の視線を受けてか、灯ちゃんは私の目を見て、安心させるように一つ頷いた。

 

「実は今日は創立記念日で――」

『アンタは、私と、同じ学校でしょうがっ!!』

 

 間髪入れずに鋭いツッコミが、灯ちゃんを襲う。

 

「・・・・・・ダメ?」

『ダメに決まってるでしょう! さっさと戻ってきなさい、怒られるわよ!?』

「ダメ?」

「うーん、私も戻った方がええと思うなー」

 

 捨てられた子猫みたいな瞳で見ないでほしい。

 言い分に関しては完全にアリサちゃんが正しいのだ。それに灯ちゃんが怒られるのも、私的には嬉しくない。

 

「でも、料理の途中・・・・・・」

「そうやけど、ここからやったら私一人でも大丈夫やよ」

「むぅ、ゆとりは病み上がりなんだから、無理は禁物」

「うん、わかっとるよ」

 

 今までずっと私の体調を気に掛けてくれてたのだろう。

 自分が悪い事をしてるというのに、それでも私と一緒にいようとしてくれるのは、それが不器用な灯ちゃんの優しさだからだ。

 

『いい? ちゃんとすぐに戻ってくるのよ? 戻ってこなかったら士郎さんに言いつけるからね?』

「と、父さんに言うのはダメ」

『桃子さんでもいいのよ?』

「・・・・・・母さんはもっとダメ」

 

 両親の名前を出された灯ちゃんが、顔を青くして震える。

 怒られるのがそんなに怖いのだろうか? 士郎さんも桃子さんも顔を合わせたのは一度きりだけど、二人とも優しそうな人達だった。

 

 さすがに灯ちゃんもそれ以上抵抗する気はなかったようだ。

 アリサちゃんのお小言に背中を押されて、持ってきた荷物をまとめて学校に戻る準備を済ませる。

 来た時のように玄関に立つ灯ちゃんは、名残惜しそうにこちらを振り返った。

 

「ゆとりは、大丈夫?」

「うん。もうばっちりや」

「それと、ごめん・・・・・・」

「謝られる事なんてあらへんよ。ちゃんと会いに来てくれたやん。それだけですごーく嬉しかったわ」

「次はすぐに会いに行く。ちゃんとお見舞いするから」

「ほな、楽しみにしとるね? って、それやとまた風邪引かんとあかんくなるなー」

「あっ、そっか。・・・・・・むう」

 

 難し気な顔で悩む灯ちゃん。

 そんな友達の様子につい笑ってしまい、釣られるように灯ちゃんも頬を緩ませる。

 ほら、ちゃんと笑える子なんよ、灯ちゃんは。

 こんなに可愛く笑えるのに、みんな知らないなんてもったいないなー。

 

「ゆとりが・・・・・・」

 

 ポツリと言う。

 

「ゆとりが一緒だったら楽しいのに・・・・・・」

「・・・・・・うん」

「ゆとりは来ないの?」

「・・・・・・私は、無理やから」

「・・・・・・そっか」

 

 何がとは言わない。

 どこへとも言わない。

 お互いに言いたい事はわかる。

 そして、事情があって難しい事も。

 

「今度は私から会いにいかせてもらうね」

「待ってる。父さんも母さんも、みんな会いたがってるから」

「うん、ほな、またなー」

「バイバイ」

 

 玄関から出て、角を曲がって姿が見えなくなるまで、何度も振り返る灯ちゃんを見送ってから台所に戻る。

 予定よりも、大幅に作業の進んだ料理。

 家族以外と初めて一緒に台所に立った。と、思う。

 覚えていない、懐かしい記憶が刺激されて心が躍った。

 

 再び刻む包丁のリズム。くつくつと煮える鍋の音。

 気づかない内にお気に入りの歌を口ずさみむ。

 

 はやてちゃんが帰ってくるのを待つこの時間は、何よりもかけがえのない時間なんだって思えた。

 

◆◆◆

 

Side はやて

 

 

「はやてちゃん、誕生日おめでとーう!!」

「ありがとなー」

 

 テーブルいっぱいに並べられた、いつもよりも豪華な料理たち。

 色彩あふれる誕生日仕様に彩られたリビング。

 満を持して、今まで溜め込んでいた分を開放するかのように、大げさに盛り上がる姉ちゃんを見てつい笑ってしまう。

 

 めちゃくちゃ張り切ってるなー。

 

 二人ではとても食べきれない量の料理は、明らかに後の事を考えてないだろう。

 部屋の飾りつけは、いったいいつから準備してたのか。

 姉の張り切り具合に苦笑してしまうが、どれも愛情が伝わってきてしまうのだから、どんなに我慢しても嬉しさが止まらない。

 石田先生にもおめでとうって言われたけど、姉ちゃんのおめでとうは何百倍も嬉しかった。

 

「さあさあ、いっぱい食べてなー。今日ははやてちゃんの好きな物がいっぱいあるよ! はい、あーん」

「姉ちゃん、ご飯くらい自分で食べられるから」

「ええの! 今日は私がはやてちゃんにご奉仕するの!」

 

 張り切り過ぎやないかなぁ。

 テーブルを挟んだ体面に座り、私の分まで料理を盛ってくれてたのに、いつの間にか私の隣に移動して、料理を食べさせようとしてくる姉に頬が引き攣る。

 どこまで今日の事を楽しみにしてたんだろう。もしかして誕生日の主役以上に楽しみにしてたのかもしれない。

 嬉しいけど、ちょい困ってしまうなー。

 そんな贅沢な悩みを抱えながら、大人しく口を開いて食べさせてもらう。

 

 パリパリとした衣に柔らかく肉汁の詰まった唐揚げ。

 塩漬けした野菜に、さらに絶妙な味付けで旨さを底上げした色とりどりなサラダ。

 体の芯から温まる、隠し味が何かが分からないオニオンスープ。

 etc、etc・・・・・・。

 

 どの料理も副菜に至るまで、姉の実力が果敢なく発揮されており、どんな高級な料理店よりも美味しいんじゃないかって思えてくる。

 少なくとも私の中では世界一、いや宇宙一だ。

 

「これも食べてー」

「もう、そんなにいっぺんには食べられへんよ。それに姉ちゃんもちゃんと食べてな」

 

 今日から二人でこの量を消化しないといけないのだ。

 もしこの特性料理がダメになってしまうのなら、それは神様をも恐れぬ蛮行。

 それだけは絶対に阻止したい。

 

 でへでへへ、とだらしない笑みを浮かべる姉ちゃんを見ながら、この幸せを噛み締める。

 ああ、でも、この幸せは私だけのものなんやもん。

 

 二人揃って緩みっぱなしの表情。でも、今日はいいのだ。

 だって、今日は私の誕生日。一年で一番幸福になっていい日。

 

「ほな、そろそろプレゼントの時間や!」

「おー!」

 

 食事がひと段落するタイミングを見計らっていた姉ちゃんがそう宣言して、取り出したのは可愛いリボンのついた赤い袋。

 姉ちゃんが初めて友達と買い物に出かけた日に買ってきた物だけど、ずっと姉ちゃんは袋の事を私に隠してた。

 いや、はっきり言ってバレバレやったんやけどね。

 姉ちゃん、嘘下手やし。隠し事してたつもりで何度も口を滑らせるから、わざとやないかなんて疑ってしまうほどだ。

 でも、中身がなにかは知らない。

 あれだけ私が驚くのを楽しみにしてる姉ちゃんを見てたら、そんな野暮な事出来るはずがない。

 

「はい、はやてちゃん。ハッピーバースデー!」

 

 受け取った赤い袋を、早速紐解いていく。

 中身が気になって、楽しみにしてたのは私もなのだ。

 ワクワクする心のまま袋から取り出したプレゼントを見て、思わず感嘆の声が出た。

 

「わぁ・・・・・・!」

「えへへ」

 

 そんな私を見て、嬉しそうに姉ちゃんが微笑む。

 

 綺麗な装飾が施された、赤い腕輪。

 一つの填められた赤い石が、まるで宝石のような輝きを持っており、見てるだけで吸い込まれてしまいそうだ。

 感動と、喜びと、驚きと、少しだけの戸惑い。

 だって、こんな美しいプレゼントなんてされたのは初めての事だったから。

 なんて言っていいのか分からず、姉ちゃんを見ると、嬉しそうに微笑んで自分の手を差し出す。

 

「はやてちゃん、これ!」

「青い腕輪?」

「うん! お揃いやよ!」

 

 嬉しそうに語る姉ちゃんを見て、全部どうでもよくなった。

 嬉しいから嬉しいのだ。

 今が幸せで、今が最高だから、きっとそれだけで充分なんだ。

 

「ありがとう、ゆとりお姉ちゃん」

 

 パーティーは大成功だ。私が保証する。

 そんな功労者の姉の為に、私ももっと頑張らなければいけない。

 来年こそは、これよりも凄いのを必ず・・・・・・!!

 

 そう決意するのと同時に、考えていた意趣返しを決行する事に決めた。

 驚いてくれるだうか?

 喜んでくれるだろうか?

 さっきまでの楽しい気持ちが一転して、不安になる心を押し留めながら、今日最後になる私からのサプライズを始めた。

 

「姉ちゃん、実は私からもプレゼントがあるんよ」

「はやてちゃんから?」

「ちょう待っとってな」

 

 首を傾げる姉ちゃんに背を向けて、玄関に隠し置いてあったケーキを取りに行く。

 震えるのは緊張からか。

 こんなの久しぶりだ。

 だけど、いつまでも待たせるわけには行かないから、覚悟を決めて姉ちゃんの元へと戻っていく。

 

「はやてちゃん、それは・・・・・・?」

 

 早速気づいた姉ちゃんが、ケーキの入った箱に注目してくる。

 なんだろうと少しワクワクした様子の姉を伺いながら、そっと姉ちゃんに向けて箱を差し出した。

 

「ハッピーバースデーや、姉ちゃん!」

「あう? わ、私? はやてちゃんやなくて?」

 

 ああ、違った。

 

「サプライズやよ、姉ちゃん!」

「サプライズ?」

 

 ?マークを頭に浮かべながら、何度も私の顔と箱を見比べる。

 

「今日の為に新しい料理を作ったんよ。せやから姉ちゃんに食べてほしいんや!」

 

 声が震えてないか、心配だった。

 バクバクと今までにないほど鳴っている心臓の音が、姉ちゃんにまで伝わってしまうんじゃないかって。

 今まで私は教わる側だった。

 料理は姉ちゃん直伝で、その背中はすごく遠い。

 ちっちゃな背中。弱い体。そんなハンデをものともせずに乗り越えていく姉は、私の世界一の自慢だ。

 そんな姉ちゃんに今日、初めて誰にも教わらずに、自分一人で作り上げた料理を食べてもらう。

 

 大丈夫、ちゃんと味見をした。

 大丈夫、絶対美味しいはずだから。

 

 そう自分に言い聞かせても、不安は残ってしまう。

 料理上手の姉の元で育った妹の宿命だ。死なねばもろとも、さあ、いざ尋常に勝負!

 

「料理?」

 

 受け取った箱の重さを確かめるようにじっと見つめてた姉ちゃんは、

 

「そっか」

 

 そう呟いた。

 

 ああっ、と。

 崩れ落ちそうになる体を支えるのが大変だった。

 泣きそうになるのを堪えるのに精一杯だった。

 

「そっかぁ」

 

 だって、あんなに幸せそうな顔をしてくれたんだから。

 まだ食べるどころかどんな料理かも見てないくせに、もうそんな表情をするなんてズルい。

 努力が報われてしまったじゃないか、どうしてくれる。

 文句を言いたかったが、声が出ない。

 

「ありがとなー、はやてちゃん」

 

 ちゃんと食べてから言って欲しかった。

 そしたらもっと幸せな気分になれたのに。ああ、でも、これ以上幸せだと嬉しすぎて死んでしまうんじゃないかな? それは困る。

 

「箱を開けてもええ?」

「うん」

 

 そのために頑張ったんだから。

 早く、早く。そう急かしたくなる想いを隠しながら、一秒ごとに期待に胸を膨らませていく。

 ラッピングが解かれ、箱の中身が露わになる。

 

 ほっぺが落ちそうな甘い匂い。

 真っ白な雪のように生クリームがスポンジを覆い、その上を載るたくさんの果物が白いキャンパスに描かれた一枚の絵のように輝いて見えた。

 私の、私だけの、初めての料理。

 

「・・・・・・!? ・・・・・・!?!?!?」

 

 ちらりと窺った姉の顔は、言葉を失うほど心底びっくりしたようで、それを見て心の中でガッツポーズを取る。

 どうや? さすがに予想外やったやろ?

 姉ちゃんの反応が面白過ぎて、ドヤァ顔が止められない。

 さて、次はどんな表情を見せてくれるだろうと期待を込めて見つめる。

 

「・・・・・・う、」

 

 驚きから、ようやく戻ってきた姉ちゃんは、

 

「わぁー、どうしたんこれ! はやてちゃんが作ったん!?」

 

 興奮したように、喜んでくれた。

 すごいわー、さすがやーとちょっと大げさやないかなって思うくらいに騒ぐ姿を見てると、照れて顔が赤くなってしまう。

 こんなに喜んでくれるなんて思わなかった。

 作ってよかった。

 

 パシャパシャッとケータイでケーキの写真を撮り始めた姉ちゃん。いつまでも嬉しそうな姉を見てたいけど、やっぱり食べて感想を聞かせてほしい。

 さっそく切り分けようと包丁を手に取ると、何故か姉ちゃんに止められた。

 曰く、勿体ないんだと。

 でも、食べてもらわないと今日を終われないのだ。

 

「ええー、勿体ないわー」

「でも、包丁で切らんと食べられへんよ?」

「せやけど、せっかく作ってくれたのに食べるのが勿体なくて・・・・・・その」

「もう、せっかく作ったんやから食べてへんと意味ないやん」

「そや! このケーキを八神家の家宝にしよ? 永久保存ものや!」

「はい、おバカな事言わへんとちゃんと味わって食べてなー」

「・・・・・・はい」

 

 切り分けらけて小皿に移し替えたケーキを見て、姉ちゃんは残念そうに肩を落とす。

 そこまで嬉しかったのだろうか? だとしたら作った甲斐がある。

 じっと見つめる先で、フォークを手に取った姉ちゃんはすごく真剣な顔でゆっくりとケーキを口に運んでいく。

 あんまりにもゆったりとした動作だから、再びぶり返してきた緊張が私を襲う。

 

 一口、食べた。

 もぐもぐと咀嚼される私のケーキ。

 緊張がピークに達した時、姉ちゃんの表情が崩れた。

 

「甘くて、めっちゃ美味しい!」

「ほんま!?」

「ほんまやよ。こんな美味しいケーキを食べたのは初めてや」

 

 その言葉に、天に召されそうになってしまった。

 パクパクと次々にケ―キを口に運ぶ姉ちゃんの姿に、緊張が解かれると同時にどっと安堵の溜息が出た。

 

「よ、よかったー、ちゃんと出来てて・・・・・・」

 

 疲れ気味に呟く私に、姉ちゃんは笑いかける。

 

「大げさやなー、はやてちゃんは」

「そないな事言われても、姉ちゃんに食べてもらうんやもん。やっぱり緊張してまうよ」

「はやてちゃんの料理が不味いわけないやん」

「むー、その信頼が怖いんやて」

「そうなん?」

「そう!」

 

 そう言って笑いあう。

 私も見てないで、自分の作ったケーキを食べる。

 

「ん~、甘いな~」

 

 味見した時よりも、ずっと美味しく感じる。

 それはやっぱり姉ちゃんが隣にいてくれるおかげで、一緒に幸福を分かち合ってくれる家族が近くにいてくれるから。

 美味しいって言ってくれる事が嬉しくて。

 笑ってくれる笑顔が幸せで。

 そんな簡単な事が何よりも尊いって、ちゃんとわかってるから。

 

「姉ちゃんたくさん食べてなー」

「うん!」

「まだまだケーキはたくさんあるからなー」

「・・・・・・うん!」

 

 せっかく1ホールもあるのだ。

 いっぱい味わって食べてほしい。

 そんな事を願いながら、私の誕生日会は過ぎていったのであった。

 

◆◆◆

 

 幸せだった。

 夜も更けて、もうすぐ日付が変わる。

 

 幸せだった。

 いつもなら眠っている時間だけど、今日だけはなかなか寝付けなくて、ベッドの上で寝ころびながら一人でこの幸福を噛み締める。

 

 幸せだった。

 隣ですぅすぅと寝息を立てる姉ちゃんを見て、また笑ってしまう。

 大好きな人がこんなにも近くにいてくれて、安心出来る時間が私は好きだ。

 

 あの後、いつもよりもたくさん食べて、いつもよりも張り切っていたお姉ちゃんはベッドに潜るとあっという間に寝てしまった。

 ちょい食べさせ過ぎやったかな? 

 時折うーんと苦しそうに唸る姉ちゃんが心配だったけど、目の端に涙を浮かべてまで喜んでケーキを半分も食べてくれたのを思い出して、どうしても嬉しくなってしまう。

 無理し過ぎやよと頭を撫でてあげると、ちょっとだけ表情が穏やかになった。

 

 幸せだった。

 時計が秒針を刻む。

 

 幸せだった。

 あとちょっとで日付も変わり、特別な一日が終わってしまう。

 

 幸せだった。

 それが残念で、でも、そんな贅沢を言える今が好きで。

 

 幸せだった。

 お父さんも、お母さんもお祝いしてくれてるかななんて考えたりして。

 

 幸せだった。

 こんな幸せな毎日が続けばいいって、そう願って、

 

 

 幸せだった。

 幸せだった。

 幸せだった。

 

 

 確かに私は、幸せだったのだ。

 

 この日までは。この時までは。

 

 時計が進む。今日が終わってしまう。

 

 幸せな世界が、終わってしまう。

 

 

 闇が、溢れた。

 

 

 何が起こったのかわからない。

 何が起きてるのかもわからない。

 

 宙へ浮かぶ、不吉な黒い本。

 自身を縛る鎖を弾け飛ばし、白紙のページだけを紡ぐ。

 

「闇の書の起動を確認しました」

 

 炎が駆けた。

 

「我ら、闇の書の収集を行い、主を守る守護騎士でございます」

 

 風が吹き荒れる。

 

「夜天の主のもとに集いし雲」

 

 光が舞い踊り、

 

「ヴォルケンリッター。なんなりとご命令を」

 

 終わりを告げる鐘の音が鳴る。

 

 

 幸せな時間があった。

 続いていけばいいと願っていた日々があった。

 大好きな姉と二人で過ごす、幸福な未来を夢見ていた。

 

 

 それも、終わり。

 

 

 これから始まる物語を、私はまだ知らない。

 この物語を辿る結末を、私は知る由もない。

 

 未来は破棄された。

 日々は焼却された。

 世界は終焉を迎えた。

 

 目の前に現れた、見知らぬ四人組の男女を呆然と見ながら思うのは一つだけ。

 

 お姉ちゃんだけは、守らないと。

 

 そんな決意を胸に秘め、私の意識は暗闇へと閉ざされていった。

 




シ「ようやく我らの出番か・・・」
シャ「ええ、頑張らないと」
ザ「・・・」
ヴィ「いや、なんか言えよザフィーラ。てか、待たせ過ぎじゃね? いつからこの小説書いてんだよ」
リ「そして私の出番はまだ先なんだろうな・・・」

は「みんなこれからよろしくなー」
ゆ「A's始まりやー」

全『で、これからの予定は?』
ヤ「・・・・・・頑張ります☆」

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