書くのが遅くてすいません。
この話だけで半月掛かった。凹む。
ちょっと休憩回です。
フェイトちゃん達とお別れしてから、もう二週間が経った。
無理に無理を重ねた結果、やはりというか案の定風邪を引いてしまい、高熱を出してこの二週間をほとんど私室のベッドの上で過ごすことになった。
熱のせいで息苦しく、頭がガンガンと痛み、意識が朦朧としていたおかげで、あんまり考え事が出来なかった事が唯一の救いだろう。
二週間という時間が、胸の内から湧き上がってくる罪悪感とか、後悔とか、そういった暗い感情を洗い流してくれるだけの時間にもなってくれた。
そして現在、
「僕は思うんだよね。学校というのは世間の悪しき慣習が生み出した、忌まわしき邪教の巣窟なんじゃないかって」
近所に住む中学生の男の子に絡まれていた。
「・・・・・・えと、」
「ああ、いいよ答えなくても。僕には分かる。ゆとりちゃんも同じ考えって事が、ね?」
「・・・・・・んと、」
「そもそもいったい何為に大人たちは学校なんて作ったんだと思う? 勉強するため? 友達を作るため? いいや、違うね。本当の目的は僕たちのような善良な子供を、この怠惰な社会に溶け込ませるように洗脳するためなんだ」
「・・・・・・」
「だってそうだろ? 教師共はみんなと違った事をするのは悪だと無意識の内に教え込み、集団で行動する事こそがまるで正義だと振る舞う。そう、例えば体育の時間に『はーい、仲のいい子同士でペア組んでね』とか、理科の実験中に上手くいかないと『なんでみんなと協力出来ないのかなぁ』って言うんだぜあのヤロウッ!?」
「ふーん」
もう桜も散ってしまい、五月も終わり。
ぽかぽかと温かかった日差しもちょっと強くなってきて、私の苦手な夏が近づいてきてる今日この頃、お出かけするために家の前ではやてちゃんの支度が済むのを待っていた。
「別に好きな奴がいなくてもいいじゃないか! 同い年の子が百人いたって誰とも仲良くできない子がいるんだってあいつらは理解できないんだ! なのに、大人はみんな僕達に『みんな仲良く』を強いてくるんだ、そんなの間違ってるっ! 集団が個人よりも優先されるなんて事あってはならない! だから、僕は思うんだ。学校は爆発しろっ! てね☆」
「あ、猫さんや。にゃーん」
「・・・・・・あ、あの、ゆとりちゃん? 僕の話、聞いてる? おーい?」
そんな時に出会ったのが、このヒキタニ君。
あんまり話した事なかったけど、ヒキタニ君のお母さんにはよく旅行帰りのお土産を貰ったり、夕飯のお惣菜を分けて貰ってたから挨拶したんだけど、その後、なんでか長いお話が始まってしまったのだ。
「ふっ、ゆとりちゃんにはまだ難しい話だったようだね」
「ヒキタニ君には友達がいないって話?」
「ち、違うわいっ! あと僕の苗字は風谷だ! 断じてそんな引きこもりを象徴する名前なんかじゃない!」
「え? そうなん?」
「わざとじゃない!? え? 本当に僕の名前知らなかったのか!?」
「う、うん。みんなヒキタニ君の事を風谷さん家のヒキタニ君って呼んでたから、てっきりヒキタニ君なんやって」
「NO! 誰だよ、そんな不名誉なあだ名をつけた奴! 僕は絶対に許さないぞ!」
「風谷さんやよ」
「お、OKAN!?」
崩れ落ちるヒキタニ君、改め、風谷君を見ながら思う。
相変わらず、騒がしくて、賑やかな人やなーって。
一人でぼーとしてるのもつまらなかったし、はやてちゃんが来るまでちょっと寂しかったんだけど、ヒキタニ君が一人で盛り上がってくれるから、そんな気も起きなくなってしまった。
何言ってるかは、よく分からなかったけど。
「ぐぐっ、こ、この話は帰ったらオカンとしないと。そ、それはともかく!」
「あ、まだ話続くん? 私、雲の数を数えとるから、終わったら教えてなー」
「僕の話ってそこまでつまらないかなぁ!?」
「んー、つまらん言うより、ちょっとよく分からんかも。あ、でも、話のオチには期待しとるよ?」
「微妙にクオリティを求められてる!?」
「このままつまらんままやったら、罰ゲームやよ。それが八神家のルールや」
「すごい初耳! 八神家は修羅の一族かなにかなのか!? え? ていうか、その八神家ルールって僕にも適応されるの?」
「だって、ここ私の家の前やし」
「納得しかけたけど、よく考えるとものすごく理不尽な理由だった!!」
うーんと悩み始めるヒキタニ君。
お父さんが決めたルールなんやけど、やっぱり変なのかな?
よくお母さんが罰ゲームのデコピンされて、涙目になっていたのを覚えてる。お父さんが一番強くて、二番目がはやてちゃんだった。関西の血がなせる業らしい。
でも、最近はあんまりやらなくなって、ちょっと寂しいかも。
そんな事を考えている間に、ヒキタニ君は覚悟を決めたらしい。
無駄にキメ顔をしながら、高らかに独白し始めた。
「いいかい、ゆとりちゃん! 僕は確かに友達がいないかもしれないけど、それは決して悪なんかじゃない。何故なら、友達なんていうのは、所詮は他人同士の馴れ合いでしかないのだから! そんな欺瞞に僕は負けない!」
「ふむふむ」
「独りだからこそ、僕は強くなれる。一人だからこそ、真に大切なものが見える人間になれるんだ。そう、僕のように! そして、ゆとりちゃん、君もだ!」
「ふむ?」
「僕達には友達がいない。だからこそ、分かり合える。そう、馴れ合いなんかじゃない。嘘偽りのない真の仲間、いわゆる同士! 僕らはそんな関係になれるんじゃないか? どうなんだい、ゆとりちゃん!?」
「私、最近友達出来たんやけど?」
「ウソダドンドコドーン!?」
あ、また崩れ落ちた。
「あんなー、ヒキタニ君の話を聞いて思ったんやけど」
「ぼ、僕は風谷ですぅ。で、な、なに?」
「まず、私にははやてちゃんがおるから元から一人やないし」
「ふぐっ」
「あんまり仲良くないヒキタニ君と仲間って言われても、よくピンとこんへんし」
「ひぎィ」
「友達がいないのと、友達が作れないのは別やないかな? って思うんやけど?」
「はぎゅぅ」
「そもそも話がつまらんかったから、罰ゲームやね。0点や」
「ひぎゃあああああああああああああっ!!??」
そこまで言うと、ヒキタニ君は地面に倒れこんでしまった。
ちょっと厳しく採点し過ぎたかな? でも、ヒキタニ君のお母さん、風谷さんからは息子には厳しくしてあげてねってお願いされてたから、仕方ないよね?
ああ、でも、落ち込むヒキタニ君を見てると、やっぱりやり過ぎたんじゃないかなって思う。
こういう時はどうすればいいんだっけ?
確か、前にテレビで厳しくしつけた後は甘く接してあげるとチョロいって言ってたような・・・・・・。なんの番組やったか覚えてないけど、試してみよう。
「ヒキタニ君、大丈夫なん?」
「・・・・・・ふぐ、えぐ、だ、大丈夫だ。このくらい何ともない。だって、僕は孤高の人だから」
「そうなん? なら、このまま放っておいた方がええんやろうか?」
「嘘ですごめんなさいもっと構ってください! 一か月ぶりに家族以外の人と会話してるんですぅ・・・・・・!」
ぽろぽろと涙を流して懇願する年上の男の子がそこにいた。
とりあえず、頭を撫でてあげよう。よしよし。
「私も少し前まで友達がおらへんかったし、ヒキタニ君の事は少しは分かるんよ?」
「ほ、本当? 僕の気持ちが分かるのかい?」
「ほんまやよ。知らない子に話しかけるのって、ちょっと勇気いるもんやから、何話していいのか分からんくなってまうもんなー」
私の場合、積極的なアリサちゃんの方から率先して話してくれるし、口数の少ない灯ちゃんとはスキンシップでコミュニケーション取ってたから、何となく上手くできたと思う。
でも、最初にこちらから声を掛ける時に、時々なんて話したらいいのか分からなくなる時もある。
「そ、そうだよな。いきなり話しかけられても、なんて反応したらいいかとか分からないよなぁ。誰も教えてくれないし」
「せやね。それに、上手く口が回ってくれへんくて、言いたい事がちゃんと伝えられへんかったり・・・・・・」
「ああ、あるねぇ。僕も焦ると何言ってるか分からなくなるんだよ」
そういう時は、はやてちゃんだったら、何となく察してくれる。
アリサちゃんだったら、落ち着けとほっぺを引張った後に、改めて聞いてくれる。
灯ちゃんやったら・・・・・・どうなんやろうか? まだそこまで話てないけど、なんとなく黙って待っててくれるんやないかな?
そういう人達が近くにいてくれて、私は本当に恵まれてるなって思う。だから、
「それでな、私思いついたんよ」
「?」
「ヒキタニ君、私と友達にならへん?」
「ひょえっ?」
浮かんだ名案をそのまま口にした。
「あんな、私もヒキタニ君もあんまり話し上手やないやん。せやから、私達が友達になって、いっぱいお話すれば、きっと他でも上手くお喋りが出来るようになると思うんよ」
「は、はひ」
「私もまだ、友達がどういうのかは分からへんけど、でも、一歩ずつ頑張っていけば、いつか胸を張って友達と遊ぶ事が出来ると思うんよ。どうやろか?」
「ど、どうって? にゃ、にゃにがだい?」
今まで話してたけど、一向にこちらを見ようとしてなかったヒキタニ君と今日初めて目が合った。
だから、私もちゃんとヒキタニ君の目を見て、はっきり言う。
「私と、友達になってくれへん?」
「びょ、僕とゆ、ゆゆとりちゃんがと、友達?」
「ダメやろうか?」
さすがに安直すぎたかな? って思ったけど、ヒキタニ君は首を横に振ってちゃんと答えてくれた。
「ダメじゃ、ないです。ぼ、ぼぼ僕も、ほんとは友達、欲しいです」
「ほんまに!」
「ひゃい! ぼく、きみ、ともだーち」
「ともだーち」
おかしなテンションできゃっきゃと騒ぐ。
お互いに気恥ずかしかったし、初めての異性の友達が出来るかもしれないから、ちょっと緊張してしまった。
って、そうだ。忘れるところだった。
両手を広げて、いつでも受け入れる体勢になる。
「ヒキタニ君、はい、ええよ」
「いいって、何が? あと、風谷ね」
「せやから、友達になったんやからぎゅ~ってするんよ」
「・・・・・・・・・・・・ふぁ?」
「ヒキタニ君、友達おらんから知らへんのかな? 友達になったら、その証にぎゅ~って抱きしめあうんよ」
「ふぁ~~~~~っ!!?!?!???!??」
なんやろう?
急にヒキタニ君がピクリとも動かなくなったと思ったら、急にマッチ棒みたいに顔が赤くなった。今にも火を噴きそうな勢いで。
「どどどどっ、じょうゆうごどにゃの!?」
「どうしたん? これやらんと友達になれへんよ?」
「しょうなの? それが普通にゃの!?」
なんやろか? 何かおかしな事言ったやろか?
首を傾げて考えるけど、よく分からなかった。
「もしかして、私が何か間違ってたやろか?」
「いえ何も間違ってないです」
妙にキリっとした顔で断言された。
自信ありそうだし、ヒキタニ君の方が年上なんだから、やっぱり間違ってないし、変でもないって事だよね?
「ほな、ぎゅ~ってしよか」
「は、はい。あ、言っておくけど、これでドッキリだったら僕は泣くからな! 後でセクハラ扱いされても、僕は法廷で最後まで戦う覚悟があるぞ!」
「??? よく分からへんけど、大丈夫やよ?」
「・・・・・・・・・・・・ほんとに?」
「ほんまやよ」
そう言うと、ヒキタニ君は私と同じように両手を広げて近づいてくる。
そんな光景を見てて、ふと思う。
平日のお昼に、
人気のない住宅地で、
年上の男の子が年下の女の子に抱き着こうとしてたら、
みんなはなんて思うんだろう?
・・・・・・やっぱり仲の良い兄妹かな?
なんだか違う気がして、変に照れてしまいそうになるのは何故だろう。
もうお互いの熱が伝わる程まで近づいて、そして、
「それじゃあ、失礼して。はぎゅぅ~―――、」
「ひき逃げアタ――ック!!」
「ひぎゃあああああああああああああっ!!??」
真横から突っ込んできた車椅子がヒキタニ君を吹き飛ばした。
私の目と鼻の先にいた男の子が突然消えて、目を白黒している間にも事は進んでいく。
「私の、お姉ちゃんに、ナニしとるんや!!」
「げぇっ!? はやてちゃ――どふっ!?」
はやてちゃんが乗る車椅子が、その長年培ってきた無駄な技術を無駄に存分に生かして、急加速からのターンスピンで、見事にヒキタニ君を再び吹き飛ばす。
綺麗な放物線だった。それ以外の感想は湧いてこなかった。
「・・・・・・は、はやてちゃん?」
「あ、ゆとり姉ちゃんはちょっと待っとってな。今すぐこの汚物を処分するから」
「ひ、酷い。僕がナニしたっていうんだ!」
「ほっほう、私の目には私の大切なお姉ちゃんに昼間から堂々とセクハラかます、凶悪な変態さんしかおらへんのやけど、自分には何もやましい事はあらへんと?」
「や、やややややましい事なんて、な、なにも――あべしっ!? い、痛いよ、はやてちゃん! 車椅子のタイヤで僕の足を踏むのは止めるんだ!!」
なにか凄い事になってるけど、もしかして私のせい?
あ、でも、はやてちゃんは妙にいい笑顔だし、もしかして、ただのスキンシップなのかな?
それにしては、少々バイオレンスな気もするけど。
「む、無実だ! 僕は無実を主張する!」
「却下や! 八神家裁判は被告人に発言権はない、よって死刑や!」
「八神家ルールが理不尽すぎる!!」
でも、さすがにそろそろ止めた方がよさそう。
「な、なあ、はやてちゃん。ちょいやり過ぎやないかな? ヒキタニ君、痛そうやよ?」
「そんな事あらへんよ。なあ、ヒキタニ君?」
「痛い。めっちゃ痛い。ごめんなさい、許してオナシャス!」
「・・・・・・ヒキタニ君、泣いちゃいそうやで?」
「このくらい大丈夫やよ、男の子なんやし。それにこれはえーと、そう、罰ゲームやから」
「んー、なら仕方ない」
「ゆとりちゃん!? もうちょっと頑張ってもいいんじゃないかなぁ!?」
わーわーぎゃーぎゃーと騒いでいる内に、押し合いを続けていた二人の均衡が崩れた。
力と体格で勝るヒキタニ君が一瞬の隙を付き、はやてちゃんの車椅子を押し退けてひき潰される運命を回避してみせる。その勢いのまま、こちらに背を向けて猛然と逃げ出した。
「あ、こらっ、待たんかーい!」
「す、すいませんでしたーぁ!!」
「ヒキタニくーん!」
「あっ、ゆとりちゃん、続きはまた今度で」
「私の罰ゲームがまだやよー?」
「いえ結構ですどうもありがとうございましたぁーッ!!」
あっという間に遠くなる背中を見送り、一息つく。
賑やかだったなぁ、と。
今年の春ごろから、ヒキタニ君が家から出て来なくなったって噂を聞いて心配してたけど、あれだけ元気なら問題なさそうだ。
キコキコと車椅子を操って、こちらに向かって来るはやてちゃんに向き直る。
「姉ちゃん、大丈夫やった? 何か変な事されてへん?」
「私は大丈夫やけど、はやてちゃんはちょいやり過ぎや。いくらヒキタニ君と仲が悪いいうても、挨拶もせんといきなり喧嘩はあかんよ」
「あれは喧嘩やあらへん。いらない雑草の駆除みたいなもんやから」
はやてちゃんとヒキタニ君は相性が悪いらしい。
前にあった時も似たような騒動を起こしてるし、はやてちゃん曰く、近づくな危険人物という認識だそうだ。
別に危ない人だとは思わないし、話はいまいちだけど面白い人だし、ちゃんと話せばはやてちゃんとも結構いい感じに仲良くできると思うんやけどなー。
「それはそうと、姉ちゃんはもうちょっと警戒心を持ってもらわんと。もうちょいこっち来て?」
「どないしたん?」
「そいっ!」
「あうっ!?」
デコピンされた!?
え? なんで? とちょっと混乱しつつ、おでこを押さえながらはやてちゃんを見ると、その眼は少し険しい。お説教モードだった。
「ええか、お姉ちゃん。不用意に男の子に近づいたらあかへん。男はみんなオオカミさんなんよ。迂闊に近づいたら、変な事されてまうで?」
「変な事って?」
「そ、それは、その・・・・・・~っ、へ、変な事は変な事や! いきなり体をくすぐられたりとか、スカート捲りされたりとか、そんな感じ!」
「それは大変やなー」
スカート捲りがあかんのは当然として、こちょこちょは私の弱点だ。
やられたらそれだけで体力を大幅に削られてしまう。
「せやけど、ヒキタニ君はそんな事する人には見えへんよ?」
「まあ、そんな度胸もないやろうけど・・・・・・でも、さっきは思いっきり姉ちゃんに抱き着こうとしてたで? あれはどう説明するん?」
「ああ、さっきのやったら問題あらへんよ。仲良しの証にぎゅ~ってするやつやからね。ほら、はやてちゃんにもよくやってるやん」
「ぶっ! あ、あれやろうとしてたん!? また変な事覚えてきたけど、今回のは役得やと思って放置しとったのに、まさかこんなことになろうとは・・・・・・不覚や」
ぼそぼそと小声で何か言ってたけど、内容までは聞き取れなかった。
ものすごく葛藤してる様子だけど、どうしたんだろう? 心配して声を掛けようかと思ったけど、その前にはやてちゃんが声を張り上げた。
「姉ちゃん、もうぎゅ~は禁止や!」
「え? なんでなん?」
「なんでもはなんでもや! 特に男の子にするのは絶対あかんからね!」
「あう。・・・・・・せやけど、仲良くなる証やし、別に問題ないと思うんやけど」
「あっかーん! お姉ちゃんはアレや・・・・・・レベルが足りへん!」
「レベル!?」
「そう、友達作れるレベルや。お姉ちゃんが異性の子と友達になろう思うたら、まだまだレベルが足りてへんよ!」
「そ、そうなん? 私ってレベルいくつくらい足りへんの?」
「今の姉ちゃんのレベルは3! そんでもって男の子と友達になるにはレベル80は必要や!」
「私、レベルめっちゃ足りへんやん!?」
愕然とする。
そこまで開きがあったとは、今までのヒキタニ君との行いが無知で無謀な挑戦に思えてきた。
ただ友達作ろうとする事が、そこまで困難な事だとは思わなかった。
残念だけど、ヒキタニ君と友達になるのは諦めるしかない。
「せやから妹命令や。もう絶対やったらあかん! 次やったらまたデコピンするで!」
「う、うん、わかった」
お冠なはやてちゃんの気迫に負けて、つい頷いてしまう。
そっかー、ぎゅ~は禁止かー。
あれやると体も心も温かくて好きやったのに、ちょい残念。
納得した私を見てはやてちゃんも安心したのか、心穏やかないつものはやてちゃんに戻ってくれた。
「ほな、そろそろ行こか。姉ちゃん、帽子被った? 最近は太陽さんも強くなってきたから、ちゃんと被らんと、またお肌真っ赤になってまうよ?」
「ばっちりや」
そう言ってはやてちゃんから渡された麦わら帽子を被りながら、はやてちゃんの後ろ側に回り、目的地の公園目指して車椅子を押してあげる。
キコキコとゆっくり進む車椅子の音と、機嫌が直った様子のはやてちゃんの鼻歌を聞きながらふと思う。
「そういえば、はやてちゃんの友達作れるレベルはいくつなん?」
「500や」
「レベルカンストしとるやん!?」
驚愕の事実に、今日一番驚いたのであった。
◆◆◆
出かけようと言い出したのは、はやてちゃんからだった。
二週間も風邪で寝込んでいたものだから、体力が落ちに落ちて、治ってからもしばらく何もする気が起きずに、部屋でダラダラしてた。
そうして体力が戻るまで無気力に過ごしていると、ふとした拍子にあの日のフェイトちゃん達とのやり取りを思い出してしまい、頭を悩ませてしまうという悪循環。
そんな私を見かねたのか、朝から惰眠を貪っていた私の元にはやてちゃんが強襲してきて、告げたのだ。
「姉ちゃん、そろそろ表出よか?」
ちょっとだけ怖かった。
ア、ハイと二つ返事で頷いてしまうくらいには。
辿り着いたのは、いつもの公園。
平日だから人も少なく、休みの日になると子供達で埋まってしまう遊具も、今は誰も使っていない。つまり、私達が独り占め、じゃなくて二人占めしても誰も困らない。
遊びたい放題や!
「なにするん? はやてちゃん、何して遊びたい?」
「おおう、姉ちゃんが急に元気になりおった」
「だって、今子供は私達だけやから、めっちゃ遊べるよ。ワクワクやん!」
「ええから、ちょい落ち着いてなー。まずは荷物置いてからや」
公園のベンチにはやてちゃんが用意してくれた荷物を置いて、いざゆかん。
何して遊ぼうかなーって目星を付けておいた物に、はやてちゃんを誘ってみる。
「なあなあ、はやてちゃん。ブランコやらへん? 私が後ろから押してあげる」
やっぱりやるなら公園の中でも一番人気の高い、ブランコからやろ。
いつもは列が出来ていてあんまり遊べないんだけど、今なら貸し切り。こんなことは初めてだから、楽しみで浮かれた心はぐんぐん上がっていく。
だけど、何故かはやてちゃんはあんまり乗り気じゃなかった。
「・・・・・・ブランコは止めとかへん?」
「えー!? なんでなん?」
「だって、姉ちゃんが後ろから押してくれるんやろ?」
「うん、お姉ちゃんに任せてな!」
ぐっと拳を握ってアピールする私を見て、微妙そうな顔をするはやてちゃん。
「姉ちゃん、前に一緒にブランコした時の事をもう忘れたん?」
「?」
「前やった時も姉ちゃんが私の背中を押してくれたんやけど・・・・・・姉ちゃんの力が弱すぎて、逆に吹っ飛ばされたやん」
「あう」
そ、そういえばそうだった。忘れてた記憶が走馬灯のように流れていく。
迫る愛しい妹の背中。押してあげようと両手を前に突き出す私。そして、何故か回る視界と見上げる空。はやてちゃんの悲鳴が遠くなっていく。
首を振って嫌な記憶を追い出した。
「せ、せやったら、滑り台やらへん? 一緒に滑ろ?」
「滑り台なー・・・・・・」
はやてちゃんの視線が上へと向かっていく。
釣られて視線の先を辿ると、そこにあるのは滑り台の天辺へと続く階段。
「私には無理やね」
「あ、あう。わ、私がはやてちゃんをおぶって、上まで行けば、その・・・・・・」
「階段の途中で二人仲良く転がり落ちると。そんな未来しか見えへんわ」
「・・・・・・せやね」
どう考えても、私の力だとはやてちゃんを支えきれない。
「わ、私がもっとムキムキやったら良かったんやけど・・・・・・ごめんなー」
「いや、謝らんでも。っていうか、そんな姉ちゃん嫌や」
私はあんまり力のいる遊びは出来ないし、はやてちゃんは足が動かない。
二人で遊ぶためにはちゃんと考えないといけない。
「それでこれに落ち着くんやなぁ」
「あうぅ、ごめんなー、はやてちゃん」
二人で遊べる遊具。安全な遊び。
そう条件付けして園内を探して選んだのは、いつも通りのシーソー。
一枚の板の真ん中の軸を支点にして、両端に乗って片方を上下させて遊ぶ遊具。
ギッコギッコと上下に動く。
動かない足で器用にシーソーに乗るはやてちゃんのために、私が率先してシーソーを動かしていく。
足がついたら、地面を蹴って上に。
上まで来たら、体重をかけて下に。
そしたら、また上に行って、下に降りて、上に行って、下に行って、上に、下に、上に、下に・・・・・・、・・・・・・。
「あのね、はやてちゃん」
「ん? どないしたん?」
「・・・・・・酔った」
「姉ちゃん!?」
「あと、疲れた。吐きそう」
「あ、あかんよ。ここで吐くのはあかん! っていうか、さすがに体力無さ過ぎやない!?」
私もまさか上下運動してるだけでダウンするとは思わなかった。
体力落ちたなって思ってたけど、ここまでとは。
はやてちゃんに誘導されて、木の木陰があるベンチに横になる。
気分はあり良くないけど、ぽかぽかの陽気に涼しい風、枕代わりになったはやてちゃんの太ももがすべすべのぷにぷにで、ちょっと役得を感じる。
「姉ちゃん、大丈夫? どこか苦しくない?」
「うん、ちょい疲れただけやから。それより、ごめんなー、いきなり倒れてもうて」
「もう、謝らんでもええって。せっかくお出かけしたのに、無理してまた寝込んでもうたら悲しいだけやん。無難にしとるのが一番やて」
「むー、せやけど、久々に来たんやから、何か特別な事やりたいと思わへん?」
「思わんでもないけど・・・・・・私はこうやってのんびりするのが好きやからええかなって」
「はやてちゃんは無欲やなー」
「そうでもあらへんのやけどねー」
頭を撫でてくれる妹の手が気持ちいい。
はやてちゃんとのんびりするのは、私も好きだ。だけど、こういう情けないのは嫌。もっと頼られる姉になりたい身としては、なかなかに複雑な気分になる。
「もうちょい我儘を言うてくれてもええんやよ?」
「我儘ならいつも言わせてもろうとります。せやから、姉ちゃんももう少し妹の私に甘えてもええんやで?」
「・・・・・・私、お姉ちゃんやし」
「妹に膝枕されとる、ちょい頼りないお姉ちゃんやけどなー」
「あうぅ、・・・・・・わ、私はもう大丈夫やから」
「はいはい。わかったから、まだ顔色悪いんやし寝とらんとあかんよ」
両手で頭を押さえられ、身動き取れないようにされてしまう。
力は込められてないけど、小さな手から伝わる優しい想いのせいで払う気になれない。
結局、妹に膝枕されるという状況を甘受しなくちゃいけないのだから、頼りない姉というのはしばらく払拭出来ないのだろう。私も最近ちょっと自信をなくしてる。
しばらくじっとしとく。
心地いいけど眠気はなくて、のんびりとした平和な時間。
体の力を抜いて、何も考えずにぼーとしていると、不意にはやてちゃんがぽつりと呟いた。
「・・・・・・頼りないってのは、嘘や」
「はやてちゃん?」
「ちゃんと嘘やから。姉ちゃんがいつも頑張ってくれてるのは知っとるから、そんなに落ち込まんといて」
震える声に、どうしたんやろうと視線を投げかけた。けど、その前にはやてちゃんの手が私の目を覆って、視界が暗くなる。妹の顔が見えなくなる。
「ほんまの事言うと、さっきのは意地悪なんよ。せやから、ごめんなさいするのは、私の方やねん」
「意地悪なんて、されとらんよ?」
「ううん、したんよ。公園に来てから、ずっと意地悪しとったもん」
そう言われても、思い当たる事なんて何一つない。
心底分からないと首を傾げる私に、はやてちゃんは苦笑しながら続きを話す。
「さっき姉ちゃんとヒキタニ君が楽しそうに話しとったやん。それは別に良かったんやけど、その、仲良しのぎゅ~をやろうとしてたって聞いて、ヒキタニ君と友達になろうしとる姉ちゃんを見て・・・・・・ちょいやきもち焼いてもうた」
「やきもち?」
いきなり聞き慣れない単語が出てきて、眉を上げる。
やきもちを焼く。つまり、嫉妬したという事なのかな? でも、私とヒキタニ君が友達になろうとしただけなのに、どこにはやてちゃんが嫉妬する要素があっただろうか。
「最近、姉ちゃんはすごく頑張っとるなー、って思うんよ。昔と比べて外に出かけるようになってくれたし、家事だってたくさんやってくれてる。・・・・・・それに、私の知らん間に友達まで作っててびっくりしたんやで?」
「・・・・・・」
「ほんまに、びっくりやった。私が何もしてない間に、いつの間にか姉ちゃんはどんどん先に、遠くに行ってもうて。たくさんの人と会って、『友達になろう』って言えるくらい強くなっとった」
「そんなこと、あらへんよ。私は強くなんて・・・・・・それに、こうやってはやてちゃんの近くにおるよ?」
「うん、近くにいてくれとる。私が一人にならへんようにって、私の事を見といてくれとる。お陰様で、毎日が寂しくなくてすんどるよ。でも――、」
込められた言葉は、どれだけの我慢があったのだろうか。
「姉ちゃんに、友達が出来てもうた」
たぶん、はやてちゃんは私に顔を見せたくないのかもしれない。
「私以外の人が、出来てもうた」
合わせる顔がないから、自分の手で見えなくしてるのかもしれない。
「それが、ちょっとだけ嫌やった」
思い返せば、心当たりはたくさんある。
フェイトちゃんとアリサちゃんと出会った日、遅くまではやてちゃんに心配をかけてしまった。
アリサちゃんとお出かけの日、はやてちゃんを置き去りにしてしまった。
あの日も、はやてちゃんは一人だった。
もし――、
「もし、はやてちゃんが嫌やったら、私は――、」
「それはあかん!」
口に出そうになった言葉を、はやてちゃんが遮る。
「それだけは絶対あかん。そんな事させたら、私はもう姉ちゃんの妹であれへん! せやから、それだけは嘘でも言ったらあかん!」
「・・・・・・うん、ごめんなさい」
「ううん、ごめんなさいするのは私の方や。私、全然無欲やなんてあらへん。姉ちゃんが頑張っとるのを応援せなあかんのに。姉ちゃんに友達が出来た事を喜ばなあかんのに。姉ちゃんが私以外の子の事で必死になっとるのが嫌やって。姉ちゃんを独り占め出来る時間が少なくなっていくのが嫌やって思うてまう。・・・・・・私は悪い子や」
手を伸ばす。
触れた妹の頬は柔らかくて、温かくて、ちょっとだけ湿ってた。
お姉ちゃんとして、私はどうすればいいんだろうか?
妹の告白を、私はどう受け止めればいいんだろうか?
考えて、考えて、どれだけ考えても、行き着く答えは一つだった。
「はやてちゃんは、良い子やよ」
目を覆っていた手を優しくどけて、ちょっとぶりに再会した妹の顔を見る。
潤んだ眼。赤くなった頬。今にも泣いてしまいそうな、私のはやてちゃん。
咄嗟に私から顔を背けようとしたはやてちゃんの両頬を掴んで、逃げられないようにする。
真っ直ぐに見返される瞳はきれいで、そこにちゃんと写る私の姿に安堵を覚えた。
「はやてちゃんは、良い子やよ。悪い子なんてこと、あらへん」
「そんなこと」
「あるもん。お姉ちゃんが保証したるから、安心してええよ?」
はやてちゃんは、寂しがり屋さんだ。
「ごめんなー、はやてちゃんの事を独りにしてもうて」
はやてちゃんは、我慢してしまう子だ。
「ありがとなー、私の為に我慢してくれて」
自分の事よりも、私の事を優先してくれる優しい子で、なかなか本音で甘えてくれない可愛い子で、いつも私の事を見ていてくれる大事な妹。
私ははやてちゃんが大好きだ。
その答えに、一切の揺らぎはない。
「私、悪い子やもん」
「そんなことあらへんよ」
「こんな我儘言うたらあかんもん」
「いくらでも言って欲しいよ」
「お姉ちゃんの負担に、なりたくないんや」
そこの言葉に、つい笑ってしまう。
むっとしたはやてちゃんが、私の頬をぷにぷにと指で押してくる。
「なんで笑うん?」
「だってしょうがないやん。はやてちゃんが嬉しい事ばっかり言うんやもん」
きょとんとするはやてちゃんを見て、もっと笑顔になってしまう。
大好きな妹の我儘は、全部私の為にあったのだから。
「なあ、はやてちゃん。もっと我儘を言って。もっと文句を言って。意地悪もたくさんしてええから、もっとたくさんお話ししよ。ちゃんと全部聞くから。私はどこにも行かへんから」
だって――、
「妹の我儘を聞くのは、お姉ちゃんの仕事なんやよ」
そう言って笑うと、恥ずかしそうにはやてちゃんは目を逸らす。
「そんなん、ズルい・・・・・・」
「むっ、ズルくないよ」
「めっちゃズルいわ」
「ズルくないー」
いつの間にか、二人とも笑顔だった。
一緒に笑って、流れそうになる涙を拭って、ちゃんと相手を見て。
「お姉ちゃん、私、悪い子や」
「むむっ、まだそんな事言うん?」
「言う。めっちゃ悪い我儘言うから、ちゃんと聞いてな」
これが、はやてちゃんから聞いた、最後の心からの我儘。
「幸せになって」
「――」
「無茶せんといて」
「――」
「あと、私とずっと一緒にいてな?」
一拍置いて、しっかりと頷く。
「うん、わかった」
「約束やよ? 破ったら怒るで?」
「うん、大丈夫やよ」
ちょっとだけ思ったのは。
「はやてちゃんとずっと一緒におるから、安心してなー」
今度は私が泣いてないか、それだけが心配だった。
二人のちょっとした喧嘩と仲直りの回でした。
関西弁は練習中。会話に変なところがあったら教えてください。
次回から、A'sに入ります。