八神ゆとりの日常   作:ヤシロさん

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第十五話 彼女が頑張る理由

Side フェイト

 

 これは・・・・・・夢だ。

 

 夢を見ている。

 懐かしい記憶、まだ小さい頃の思い出。

 

 気持ちの良い快晴の空に、見渡す限りの緑豊かな平原が広がっている。

 人工物は存在せず、そんな平原の中に一組の親子が一本の木の下で寄り添うように座っていた。

 

 これは、そう。

 いつも仕事で忙しい母さんが時間を作ってくれて、一緒にピクニックに行った時の記憶だ。

 

 何日も前に計画を立てて、前日には楽しみでなかなか眠る事が出来なかった。

 一緒に作ったお弁当をお腹いっぱい食べて、日頃の寂しさを全部解消する勢いでたくさん遊んで、母さんのために花飾りを作ってあげたりして。

 母さんがとても優しい笑顔を浮かべてくれるのが嬉しかった事を、今でも覚えている。

 

 

 なのに、どうしてだろう?

 胸が温かくなるのに、とっても幸せな思い出のはずなのに。

 

 どうして、こんなに寂しくなってしまうんだろう?

 

 

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 

 

 トントンと規則正しい音が聞こえてくる。

 どこか懐かしい音。

 ずっと昔、確か母さんが台所に立っていた時に聞こえて来た音で、私はその音を聞きながら夕飯が出来るのを楽しみに待ってたんだっけ・・・・・・。

 

 浮上しつつある意識の中、まどろみの中でそんな事を考えながら目を開いた。

 

 どうやらいつの間にか夜になっていたらしい。

暗くてよく見えないが、ここは私達がこの管理外世界で拠点にしているアパートの一室らしく、私は一番奥にある寝室で眠っていたようだ。

 

 まだ体が少し重い。

 寝ている間にかいた汗がべとべとして、ちょっと不快な気分になる。

 

(・・・・・・確か、私はあの管理局の人に)

 

 寝起きのせいでなかなか働かない頭を動かしながら、なんとか記憶がなくなる前後の事を思い出す。

 

 確か、私はジュエルシードを取ろうとして、あの黒い魔導師の男の子に撃墜されてしまったはずだ。

 それから記憶にないがここに戻って来ているという事は、きっとアルフがなんとか逃げてくれたんだろう。

 

 自分の不甲斐無さにため息が出るが、その前に助けてくれたアルフにお礼を言わないと。

 体を起して、そういえば近くにアルフの気配がしない事に気付く。

 

「・・・・・・アルフ?」

 

 名前を呼んでも、返事はない。

 でも、微かに空いたドアの隙間から洩れてくる光と音が、部屋の外に誰かがいることを証明している。

 

 なんとなく不安になった。

 

 普段なら一般的な(?)不審者くらいなら、魔法を使わずにでも勝つ自信はある。

 だが、今は怪我や疲労から来る体の弱体化に引き摺られて、心まで少し気弱になってしまっているのだ。

 近くにいつも一緒にいたアルフの姿が無い事も、一つの要因になっていた。

 

 恐る恐る、ドアの隙間から部屋の外を覗き込む。

 不安に揺れる瞳が部屋の外を見渡そうとし、そして―――、

 

 

―――超至近距離でこちらを覗き込む青い瞳と目が合った。

 

「~~~~~~~~~っ!!!??」

 

 声にならない悲鳴を上げて驚く。

 初めて経験する、ガチで心臓が止まりそうになるほどの驚愕に思わず尻餅をついた。

 

 バックンッバックンッと口から飛び出るんじゃないかと思うほど鼓動を繰り返す心臓を押さえながら、そんな私の様子を知ってか知らずか、聞き覚えのある声が聞こえて来た。

 

「フェイトちゃん、目が覚めたんや!」

「・・・・・・え?」

 

 驚いている最中は余裕がなかったせいか、部屋のドアが開いた事に気付かなかった。

 そして、そこに見覚えがある女の子が立っている事にも。

 

「えっと・・・・・・ゆとり?」

「うん、そうやよ。久しぶり、フェイトちゃん」

 

 そこにいるのは確かにゆとりだ。

 何故か水色の質素なエプロンに身を包み、真っ白な髪を頭の後ろで一括りにしているが、その姿は少し前に知り合った不思議な女の子で間違いない。

 

「もう起きても平気なん? どこか痛い所とかない?」

「う、うん、ないよ。ありがとう」

 

 差し伸ばされた手を握って、起き上がる。

 予期せぬ人物の登場とさっきの驚きの余韻からまだ抜け出せないが。

 

「ど、どうして・・・・・・?」

「よかった・・・・・・ほんまによかったぁ。アルフさんにフェイトちゃんが大怪我したって聞いたから、ほんまに驚いたんよ?」

「え? アルフに?」

「フェイトちゃんは血だらけやし、すごく苦しそうやったし・・・・・・ぐすっ、全然目を覚ましてくれへんし・・・・・・もしかしたらって思って・・・・・・ひっく・・・・・・」

「あっ、ご、ごめんね。大丈夫、私はもう大丈夫だから泣かないで、ゆとり」

 

 良かったと連呼しながら涙を流すゆとりを宥める。

 まだ混乱していて状況が把握できないけど、きっとすごく心配をかけたんだ。ゆとりにも、アルフにも。

 心配をかけて申し訳なく思うけど、同時にちょっと嬉しく感じる私はたぶん悪い子だ。

 こんな私のために泣いてくれるのが嬉しいなんて、絶対変だよね。

 

 でも、この数分後に買い物袋を持って帰って来たアルフが私を見るなり泣いて抱きついてきて、そしたらもう少しで泣き止みそうだったゆとりが貰い泣きしだして、結局二人を泣き止ませるのに三十分以上もかかっちゃったんだけど・・・・・・。

 

 ・・・・・・なんでだろう?

 起きた時に感じた不安も寂しさもどこかにいった代わりに、胸がぽかぽかして、それがとっても心地よかったんだ。

 

 

Side out…

 

 

 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・

 

 

 カチャカチャと食器が鳴る音が部屋に響く。

 四角いテーブルを私とフェイトちゃん、アルフさんの三人で囲み、作ったばかりのシチューをそろぞれのペースで食べていく。

 

「ゆとり、おかわり!」

「あ、アルフ、ちょっと食べ過ぎだよ?」

 

 今ので四杯目。ちょっと多めに作ったはずのシチューを食べ切るような勢いのアルフさんに、さすがに目に余ったのかフェイトちゃんが注意する。

 しかし、再び大盛りに盛られたシチューを見て目を輝かせるアルフさんは、ご主人さまのお叱りを流すことにしたようだ。

 嬉しそうに尻尾を振る姿は何だか喜ぶ子犬を連想させ、見ているだけで怒る気も失せてしまう。

 

「だって、こんなに美味しいんだよ? フェイトだっておかわりしてるじゃないかさ」

「そ、それはそうだけど・・・・・・」

 

 事実を突きつけられて、フェイトちゃんが言いよどむ。

 フェイトちゃんが食べているシチューは今ので二杯目で、最初は怪我が治ったばかりのフェイトちゃんの事を考慮して小盛りにしておいたんだけど、初めの一口を食べた後は主従揃って手を休める事無く完食。さらにおかわりまで至ったのだ。

 

「ええんよ、フェイトちゃん。なくなったら、また作ってあげるから」

「ほら、ゆとりもこう言ってるし。あ、おかわりお願いね」

「もう、アルフ! ごめんね、ゆとり」

「謝らんでもええって。まだ残っとるからフェイトちゃんも食べてなー」

「う、うん・・・・・・」

 

 美味しそうに食べるのを再開したアルフさんに釣られるように、フェイトちゃんもちょっと複雑そうな顔をしながらまた食べ始めた。

 作った側の私としては嬉しい限りだから、本当に遠慮なんてしなくてもいいのに。

 実はそろそろシチューの量が心配で、明日の分も合わせて作ったはずだったんだけど・・・・・・まあ、いいよね。二人が喜んでくれるなら。

 

 そんな二人を見ながら、ちょっと前にアルフさんから聞いた事を思い出す。

 

 フェイトちゃんがこの世界に来た理由。

 寝る間も惜しんで、怪我してなお頑張ろうとする理由。

 そして、その過程で二人ともジュエルシードを探すという目的を何より優先していたから、食事は腹を満たせればいいくらいの意識しかなく、けっこう疎かにしていた事。

 

 これまで二人の食事はコンビニで売っている弁当や菓子パンなどばかりで、聞いているだけで不健康な食生活を送っていたという。

 実際に確認してみたけど、冷蔵庫の中は空っぽ。ゴミ箱にはカップ麺やコンビニ弁当のゴミばかりで、台所にあった料理器具には手をつけた形跡が一切ない。

 

 これにはさすがの私も言葉を失ってしまった。

 フェイトちゃんが頑張る理由も、気持ちもわかる。

 だけど、それとこれとは別だ。

 

 ご飯を食べるのは生きていく事の中でももっとも重要な要素で、今日も明日も頑張る元気をつけるのも、病気にならないような健康な体を保つのにも必要なことで、それを誰よりも私がよくわかっている。 

 

 だから、そんな話を聞かされて、現状も見てしまった以上、放っておくことなんて出来るはずが無い。

 ついその場でアルフさんにお説教してしまったけど、後悔はしてない。

 お金はあったみたいだから急いでアルフさんに夕飯の材料を買いに行ってもらって、私もちょっと本気になって一番得意なゆとりスペシャルシチューを作ることにした。

 

 結果は大成功。

 二人ともとても喜んでくれたし、ちょっと食べ過ぎな気もするけど、それを苦に感じた様子も無いから、私も安心しておかわりを盛ってあげられる。

 

「ゆとり、もういっぱい!」

「えっと・・・・・・私も、いいかな?」

 

 ・・・・・・うん、まあ、普段の生活だと考えられない速度で鍋の中身が減っていくんだけど、むしろもう底が見え始めちゃったんだけど・・・・・・どうしよう、足りるかな?

 

 そんな感じで賑やかな食事時間はあっという間に過ぎていった。

 結局この後もアルフさんがさらに二回、遠慮がちだったフェイトちゃんも食欲には逆らえなかったのか四杯目のおかわりをして、鍋の中を見事に空にして見せたのだった。

 

「「ごちそうさまでした」」

「お粗末さまです」

 

 満腹の二人はしばらく動けないだろう。

 ちょっと食べ過ぎで苦しそうだけど、こんなにたくさん食べてくれたのだ。今まで摂ってこなかった栄養を一気に補給したのだと考えれば、満足できる。

 

 さて、あとは片付けだけだ。

 フェイトちゃんも手伝うと言ってくれたけど、さすがに今動くのは辛そうだったから、大人しく食後のお茶を飲んで一息ついてもらうことにした。

 

 さて、ちゃっちゃと終わらせおう。

 

 そう意気込んで、私は重い体を台所へと向けた。

 

 

◆◆◆

 

 

「ねえ、フェイト・・・・・・」

「どうしたの、アルフ?」

 

 台所にゆとりが引っ込んだのを見計らうと、不意にアルフが真剣な表情で口を開いた。

 

「もう、やめようよ・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 その一言でアルフが何を言いたいのか理解できてしまう。

 絞り出すような声に胸が締め付けられるが、それを悟らせないように俯いたフェイトは静かに首を振った。

 

 

「時空管理局まで出て来たんじゃ、もうどうにもならないよ・・・・・・逃げようよ、二人でどこかにさ・・・・・・」

 

 すがるような、泣きそうな声で訴えかける。

 でも、その案は決して受け入られるものではない。

 

「それは、ダメだよ」

 

 アルフとしても、当然その答えは分かっていた。

 だからこそ、余計に腹が立つ。

 

 大好きなフェイトを守れない自分に対して、邪魔ばかりする白い魔導師の少女と管理局に対して・・・・・・なによりフェイトを傷つけるプレシア・テスタロッサに対して。

 

「だって! あの管理局の魔導師は一流なんだよ!? ゆとりが助けてくれなかったら、今頃どうなってたかも分からないんだよ!?」

 

 脳裏に浮かぶのは血に染まって苦しそうに呻く主の姿。

 押し寄せる後悔と悲しみが、今まで溜めていた鬱憤を全て吐き出す勢いで口から出る。

 

「あの鬼婆は訳の分からないことばっかり言うし! フェイトに酷いことばかりするし!!」

 

 感情が制御できない。ゆとりが近くにいると頭でわかっていても、声が大きくなるのが止まらない。止められない。

 

「・・・・・・母さんの事、悪く言わないで」

「言うよ! フェイトが悲しむと、私も胸が痛くなるんだ!」

 

 アルフとフェイトは主と使い魔という絆で精神が少しだけ繋がっている。

 だから、アルフにはフェイトの痛みも悲しみも直接伝わってくるのだ。

 

「私はフェイトに笑って、幸せになって欲しいだけなんだ!」

 

 ゆとりと一緒にご飯を食べていた時のフェイトは、本当に楽しそうだった。

 いつも思い詰めた顔ばかりしていたフェイトが、アルフとゆとりに泣かれて焦ったり、ゆとりが作ったご飯を食べて驚いて、なにより嬉しそうに笑ってくれた。

 それが堪らなく嬉しくて、フェイトがいろんな表情をしてくれるのが楽しくて、つい困らせるためにたくさんおかわりを要求してしまった・・・・・・もちろん美味しかったからもあるけど。

 

 今日一日で分かったんだ。

 フェイトはあんな危ない場所じゃなくて、もっと安全で平和な所で生活するべきだって。

 美味しい物を食べて、友達と遊んで、そんな楽しい日々を送るべきだって。

 

なのに、なんで、どうして分かってくれないのさ!?

 

 そんなアルフの声が、心に響く。

 自分の事を心の底から心配し、真剣に考えて言ってくれるアルフの想いが痛いほど伝わってくる。

 

 でも、私は―――、

 

「それでも、私は母さんの願いを叶えてあげたいんだ。これが終われば、きっと昔みたいに楽しかった日々が戻って来る。だから、もうちょっとだけ頑張ろう?」

 

 ああ、なんて卑怯なんだろう。

 こう言えば、アルフが首を立てに振ってくれるのを知っているから。

 優しいパートナーが、受け入れてくれるのをわかっているから言ってしまう。

 

 酷い自己嫌悪が湧いてくる。だけど、これだけはどうしても譲れないから。

 たった一人のお母さんを、娘の私が支えてあげたいから。

 

 またみんなで笑って暮らせる日々を取り戻す。

 

 それが、私の唯一で絶対の望みだから。だから―――。

 

「フェイト、私は―――『パリンッ』―――!?」

 

 続けようとして、突然響いた物が砕ける音に声を止めた。

 

 聞こえたのは台所がある方向。

 そこには、確かゆとりがいたはずだが。

 

 それに思い至った瞬間、先に動いたのはフェイトだった。

 まだアルフとの話が終わってないけど、嫌な予感がして体を台所に向けて走り出す。

 

「ゆとり、どうしたの―――ゆとり!?」

 

 見たのは、床に散らばる皿の破片。

 今まで食器を洗っていただろう流し台は、いまだに水が流れ続けている。

 

 そして、その流し台に寄りかかるように、ぐったりと力尽きて倒れたゆとりの姿があった。

 

 

 




気づけばお気に入りが500越えてた。
びっくりした。 何が起こったかわからなかった。

こ、この喜びはしばらく留まることがないよう願ってやまない。
これで次回も頑張れる!

ヤシロ「ありがとう! 応援よろしくね!」
ゆとり「ありがとなー」
ヤシロ「さて、ジャンジャンバリバイ書いていくぞ!!」
ゆとり「うん、私も頑張る!」

フェイト「ということで、次回無印最後です」

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