八神ゆとりの日常   作:ヤシロさん

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遅れました投稿です。
今回主人公以外の視点で行きます。


第十二話 こうして彼女と彼女たちの日常は過ぎていく

Side 灯

 

 休日最終日を翠屋の手伝いを終えて、家に帰る。

 店の後片付けは父さんと姉さんが二人でやってくれるため、私と母さんは先に帰って、一緒に夕飯を作り始めていた。

 

「いつも手伝ってくれて、お母さん助かるわ」

「それは言わない約束」

 

 ちょっとした冗談を交えて雑談しながら、慣れた手つきで灯特製の味噌汁を作っていく。

 ダシを取って、味噌を入れて、食材を投入して煮る。

 一見簡単そうだけど、入れる味噌の量を間違えると辛くなったり薄くなったりするし、あんまり材料を切り過ぎると、あとで煮崩れしてしまうから注意が必要。

 ちゃんと味見をして、母さんに今日も合格をもらってから、味噌汁を茶碗に移す。

 母さんは母さんで、この短い時間でいつの間にかおかずを三品も作って食卓に並べているのだから、私はまだまだ母さんには追いつけそうにない。

 

『ただいまー』

 

 料理を並べ終えると、ちょうど玄関から家族の声がした。

 先頭が父さんと姉さんで、その後ろから兄さんと妹のなのはがぞろぞろと居間の中に入って来て、並べられた料理を見て自分の席に座っていく。

 

「あら、みんなで一緒に帰って来たのね」

「ああ、途中で恭也となのはに会ってね。そのままみんなで帰って来たんだ」

「わー、美味しそう!」

「あ、今日の味噌汁は灯お姉ちゃんが作ったんだ」

「なのは、美由紀。食べるならいただきますをしてからだ」

「「はーい」」

 

 一気に騒がしくなる食卓。

 まあ、六人家族なのだからしょうがないか。

 

 今日あった事や、何をしていたのかという話を聞き流しつつ、黙々と食事に専念する。

 ご飯を食べている最中はあんまり喋らない方だから、それを理解しているみんなはいつも私に話題をあまり振らないが、今日は違ったようだ。

 

「そういえば灯。ゆとりちゃんと友達になったんだって?」

 

 そんな姉さんの質問に、口の中にあったご飯を食べながら頷く。

 

 八神ゆとり。

 今日初めて出会った同い年の女の子で、綺麗な白い髪に澄んだ青い瞳を持つお人形のような可愛い女の子。

 

 最初は珍しくアリサがなのはやすずか以外の女の子と一緒にいると少し興味が出て、母さんに頼んで料理を運ばせてもらった。

 不思議な雰囲気を持つ子で、話なんてほんのちょっとしかしてないのに、何故か学校で会う子達よりも話しやすくて、つい本音で話してしまっていた。

 

 本当に不思議な子。

 別に仲良くなる気はなかったのに、気付けば友達になっていた。

 休憩所で友達になって欲しいとお願いする時は、心臓が破裂するんじゃないかと思うくらい暴れて、友達の印と抱き締め合った時の温もりはとても温かかった。

 

 強いて言うなら、携帯を持っていなかったのが悔やまれる。

 もっとお話ししてみたかったんだけど、またの機会を待つしかないか。

 

 そんな事を考えていると、何故か一人だけゆとりの名前に強く反応した。

 

「ゆとりちゃんって、もしかして八神ゆとりちゃんのこと?」

「うん、そうだよ。今日アリサちゃんと一緒にお店に来てくれたんだ」

「そ、そうなの!?」

 

 どうしたんだろう?

 なんだかすごく羨ましそうな顔をしているが、何かゆとりに用事でもあったのだろうか?

 

「わ、私もゆとりちゃんに会いたかったの・・・・・・」

「仕方ないでしょ。なのははお店の手伝いしてなかったんだから。私なんて、ゆとりちゃんとお話しちゃったんだから」

「にゃああっ! 羨ましいのっ!」

「それに灯はゆとりちゃんと友達になったんだよ」

「と、友達!? お姉ちゃんが!?」

 

 それさっきも言った。

というか、なのはよ。なんだ、その信じられない!と言いたげな顔は。

私だって、友達の一人や二人くらい作れる。

 

「灯の場合は、友達を一人か二人くらいしか作れないのよね」

「確かにな。この調子でどんどん友達が増えるといいんだが・・・・・・。あ、男友達ができたら紹介するんだぞ? お父さんが灯に相応しいか見てあげるからな」

「あらあら士郎さんったら」

 

 人のすぐ隣で両親がすごく失礼な会話をしている。

 でも、これから新しい友達を作っていくのも悪くないかもしれない。

 少し難しいけど、頑張ってみようかな。

 

「灯、そのゆとりちゃんとは仲良くできそうなのか?」

 

 兄さんの質問に、家族の視線が集まる。

 ゆとりとは会ってからまだ一日も経ってないし、交わした言葉も少ない。

 でも、今度会えたらもっといろんな話がしてみたいから、

 

「ゆとりと仲良くなりたい」

 

 自然と言葉が口から出ていた。

 

 

Side out…

 

 

★★★

 

 

Side すずか

 

 現在私は自室のベッドの上でぐったりしている。

 ゴールデンウィーク最終日の今日は、一日中お姉ちゃんに会食につき合わされ、知らない大人とたくさんお喋りしなくちゃいけなかったから、とても疲れた。

 最近の経済とか将来の月村家の発展の話をされても、全然わからないよぅ~。

 そういう話は今後必要になってくると分かっているが、小学三年生の私に聞かれても困る。

 しかも、私が必死に質問に答えているのを、隣にいたお姉ちゃんは助けてくれずににやにやと見ているだけだから、余計に疲れた。

 

 何より、せっかくゆとりちゃんに会えるチャンスだったのに!

 アリサちゃんにお出かけに誘われた時は、天にも舞い上る気分だったのに!

 

 前から決まっていた事を忘れていた私も悪かったけど、あまりの落胆に精神的ダメージは計り知れなかった。

 

「はぁ~、アリサちゃんはいいな」

 

 あの積極的な性格が羨ましく思える。

 すでにゆとりちゃんとは友人関係にあり、電話でよく連絡を取っているらしいし、今日なんて一緒に町へ買い物に行ったのだ。

 

 それに比べて、自分はどうだろうか?

 

 まだ一度も顔も合わせてない。声すらも聞いた事がない。

 アリサちゃんにアインを助けてくれた女の子の話を聞いた時から、お礼を言いたくて何度もコンタクトを取ろうとしているのに、神様が意地悪をしているのではないかと思ってしまうくらい都合が合わない。

 私自身もお稽古や家の用事があるし、ゆとりちゃんは体が弱くて月に何度も寝込んでいるから、面識のない私が会いに行っても困らせるだけだと思うし、最悪風邪を悪化させてしまうかもしれない。

 

 そんなこと考えている内に、もうアインを助けてもらってから一カ月が経とうとしている。

 

 自分の不甲斐無さに益々落ち込んでしまうが、ここで落ち込んでいても何かが変わるわけではないから、どうすればいいかを考えてみることにした。

 

(んと、家の場所はお姉ちゃんが調べたから、もう分かってる。なら、直接会いに行ってみる?)

 

 なかなか良い案だと思うが、もし訪ねた時に風邪で寝込んでいたら申し訳ないから、行く時はアリサちゃんにお願いしてゆとりちゃんに連絡を取ってもらおう。

 

(どうせなら、アリサちゃんにゆとりちゃんの連絡先を教えて貰おうかな?)

 

 そう考えてみたが、すぐに却下する。

 私自身、面識のない人が自分の携帯番号を知っていたらすごく怖いし、とても嫌だ。

 ゆとりちゃんなら大丈夫かもしれなし、アリサちゃんに頼めば教えてくれるかもしれないが、自分の嫌がる事を他の人にやろうとは思わない。

 

 考えれば考えるほど、良い案が浮かばなくなってくる。

 

 こういう時、なのはちゃんやアリサちゃんなら迷いなく、ゆとりちゃんに会いに行くのかな?

 

 若干失礼な考えだと思うが、今の自分に足りない物はそれだと思う。

 でも、その性格がすぐに治せるとは思えないから、どうすればいいのか本気で悩む。

 

「とりあえず、明日アリサちゃんにでも相談してみよう」

 

 残された手はどうせそのくらいしかない。

 それならもう今日は寝て、明日に備えようとベッドに潜ろうとした時、充電中の携帯が鳴った。

 

「アリサちゃんからだ。えーと・・・・・・メール?」

 

 ちょうどいいから、今からでも相談に乗ってもらおうかなと何気なくメールを開いて、思わずベッドから落ちた。

 

 背中がすごい痛いが、もうなんかどうでもいい。

 それよりも、このタイミングでこれは狙っているのではないかと、つい邪推してしまう。

 

「すずかちゃん? 何かすごい音がしたけど大丈夫―――って、きゃあああっ、すずかちゃん!? どうしたんですか? 怪我はないですか!?」

 

 音に釣られて様子を見に部屋を訪れたファリンが私を見て驚いているけど、ごめんね、今は返事をする気力も残ってないんだ。

 

 そう心の中で謝罪しながら、携帯のディスプレイに映る写真を見て、もう一度ため息をついた。

 

 画面には、アリサちゃんとゆとりちゃんが二人並んで仲良さそうに笑っている写真が映し出されている。

 

 うぅ、早く私もゆとりちゃんに会いたいよー!

 

Side out…

 

 

★★★

 

 

Side 鮫島

 

「お嬢様、お風呂の準備が整いました」

「うん、ありがと。よし、これで送信完了と」

 

 アリサお嬢様の部屋に入ると、ちょうど携帯からメールを送り終わった所らしい。

 きっと友達思いの優しいアリサお嬢様のことだから、今日一緒に行けなかったすずか様のために、今日取った写真の中で一番写りの良い物を送ってあげたのだろう。

 そう予測しつつ、お嬢様をお風呂場まで送る。

 さすがに中には入れないから、後の事は侍女達に任せて私は自室に戻り、机の上に並べられた資料に目を通した。

 旦那様への報告書に聖祥大付属小学校のプリント、屋敷の警備からの報告書やアリサお嬢様に危害を加えそうな組織の調査書など、日常的な報告書から人に見せられないものまで多種多様な書類に目を通して全ての書類を短時間で捌いていく。

 

 連休最終日とだけあって、いつもよりも書類の量は多いが問題ない。

 異常なしと書かれた警備からの報告書をすでに見終えた書類の上に置き、次の書類に手を伸ばした所で手が止まった。

 

『八神ゆとりとその周囲に関する調査報告書』

 

 そう書かれた書類を手に取り、先ほどよりもゆっくりと見落としが無いよう報告書に目を通す。

 

 八神ゆとり。

 アリサお嬢様の新しい友人で、私の古い友人の娘。

 

 初めて見かけた時、まさかと自分の目を疑ったのを今でも覚えている。

 泥だらけであちこち汚れていたが、その姿はまるで生き写しのようにそっくりで、あの子が再び現世に戻ってきたのではないかと思ったほどだ。

 

 あの美しい白い髪に、濁りのない綺麗な青い瞳。

 何より、人に安らぎを与えて惹き付けるあの独特の雰囲気は、間違いなくあの子の娘であることを確信させるのには充分で、私はアリサお嬢様がゆとりお嬢様と友達になった時も驚く事はなかった。

 

 相性が良いというのもあったのだろう。

 強気で面倒見の良い積極的なアリサお嬢様と、どこか頼りないが包容力のあるゆとりお嬢様。

 ゆとりお嬢様の体が弱いというのにも、アリサお嬢様がゆとりお嬢様を気にかける要因になっていると思う。

 

 今日のお出かけが決まった時のアリサお嬢様の嬉しそうな表情は、今でも思い出せる。

 

 現在、バニングス家当主の旦那様は会社の急な仕事の都合で家を空けているおり、この連休はアリサお嬢様一人で過ごしていた。

 と言っても、連休初日から高町家と月村家合同の温泉旅行に御同行なされたし、屋敷には私や侍女達、それにアリサお嬢様が可愛がっている犬達もいるから一人というわけではないのだが、それでも連休くらいは家族と過ごしたかったのだろう。

 特に初日の温泉旅行は旦那様と一緒に行けると喜んでいただけあって、急なキャンセルにはとても悲しんでいた。

 頭の良いアリサお嬢様は、自分がそんな顔をしていれば周りの者達に心配をかけると分かっているから、顔には出さないようにしていたようだが、長年執事として仕えてきた私は時々見せる寂しそうな表情を見逃すことはなかった。

 

 しかし、今はどうだろうか?

 

 ゆとりお嬢様との買い物から帰ってきたアリサお嬢様は、始終にこにこと機嫌が良いようで、暇があれば侍女達に今日の出来事を自慢したり、時々思い出し笑いをしていることもあった。

 旦那様と連休を過ごせなかった悲しみは、どこに行ったのやら。

 できれば、これからもゆとりお嬢様にはアリサお嬢様と仲良くしていただきたいと思っている。

 

 だから、書類を読み終わった後、頭が痛くなるのは当然のことだった。

 

 ゆとりお嬢様はすでに両親を亡くしている。

 そう聞いた時からアリサお嬢様の願いもあって調査を進めて来たのだが、調べれば調べるほどおかしな点が浮き出てくる。

 

 まずゆとりお嬢様は、今までどこかの学校に在学した経歴がないという事実だ。

 

 これは、どういうことだ?

 ゆとりお嬢様の年齢なら義務教育が適応されるから、学校には席を置かなければならない。

 確かにゆとりお嬢様はお体が弱いし、それに少しの運動だけで熱を出すような虚弱体質だから、休学しているならわかるが、在学していないというのはどういうわけか。

 報告書には近隣の小学校を片っ端から調べたところ、どの学校にも八神ゆとりという女の子が通っていたという事実はない。それどころか、妹の八神はやての名前すらなかったという。

 

 そして、次の報告が一番おかしなことだ。

 

 現在、八神家には八神姉妹以外の誰も住んでいない。

 

 もはやおかしいを通り越して、異常だと言える。

 まだ小学生の子供が二人だけで生活している事もそうだし、何よりゆとりお嬢様の体は弱く、熱で寝込む事も多いし、妹のはやてお嬢様は足に障害を持っていて、車椅子なしでは生活を送れない。

 近くに保護者の大人がいるわけでもなく、正真正銘二人だけで生活をしているのだ。

 その事実に、むしろ報告書が嘘なのではないかとすら思えてくる。

 

 周りの大人は何をやっているんだ?

 こんな子供二人だけで生活をしているのに、誰も気がつかなかったのか?

 

 そんな疑問を浮かべながら、さらに調査を進めて行くと、父方の友人と言う名義で二人を支援している人物が浮かび上がってきた。

 

 ギル・グレアム。

 

 この人物の事を知ったのは本当に偶然で、しかし、名前以外の素性が何一つ分からない謎の男。

 

 バニングス家の情報網を持ってしても網にかかることなく、どこの誰で何故八神姉妹を援助していながら、八神姉妹の近くに保護者となる大人を置かないのか?

 考えれば考えるほど怪しい。

 

 異常に気付かない周りの大人達。

 正体不明の謎の男。

 

 いったい、八神姉妹にはどんな秘密があるのだというのだろうか?

 

 とりあえず、これはお嬢様には報告できないな。

 

Side out…

 

 

★★★

 

 

Side ???

 

 夕刻を過ぎれば、辺りは暗くなり人の姿も消えていく。

 カラスが鳴くから帰りましょ、と最近聞いたフレーズを口にする親子がまた一組目の前を通り過ぎ、姿が見えなくなる頃には周囲に人の気配はなくなった。

 

 ついさっきまで幼い子供が遊んでいた遊具は寂しく揺れ、訪れた静寂が妙に耳に痛い。

 もう一度周りを確認して、もうこの広い公園内に人が残ってないのを確認してから、私は一息ついて凝り固まった背すじを思いっきり伸ばした。

 

 一日中地べたに座っていたのだ。そりゃあ、肩も凝るしお尻も痛くなる。

 

「はあ~ぁ、今日もあんまり売れなかったなぁ」

 

 残念そうに呟くが、そこはいつもの事なので悲壮感はない。

 シーツの上に広げたアクセサリーを回収しながら、明日はどうしようか、売る場所を変えようかなどと考えていると、ふと目の前に人の足が現れた。

 

 顔を上げると金髪の中年の男が一人立っている。

 細身な体に時期を少し間違えたんじゃと言いたくなる奇抜なデザインのアロハ服と短パンを着込み、さらにはサングラスで目元を覆い、ジャラジャラといくつもの指輪やネックレスを身につけている。

 ハデを通り越して、いっそ怪しいといえる風貌だ。しかし、

 

「悪いねぇ、今日はもう閉店なんだ」

 

 私は一瞥しただけで片付けの作業を再開する。

 数多くないとはいえ、売り物な上に小物ばかりだから失くすかもしれない。特に本格的に日が暮れて夜になれば、探すのが面倒になるのだ。

 というわけで、目の前の男に構っている時間はない。だが、相手はそうではないらしい。

 

「はっはー、相変わらず冷たいねぇ。まあ、ここで愛想よく微笑まれたりしたら、真っ先に別人だと僕は判断するね。君もそう思うだろ、ローラくん?」

「・・・・・・その名前で呼ぶのNGなんだけど?」

「おおっと、今はハーマニオニーに改名したんだっけ? ごめんごめん忘れてたよ」

「ハレンよ、ハレン。最初の一文字しかあってないじゃない」

 

 陽気な声で話す中年に調子を狂わせながら、つい受け答えをしてしまう。

 これでも一応恩人であり、知らぬ仲ではないのだ。名前を間違えたのは、遠まわし的な批判だろう。相変わらず面倒な男だ。

 

「んで、そのハレンちゃんはこんなところで何をしてたんだい?」

「見ればわかるでしょ? 商売よ商売。ちょっとした小遣い稼ぎ」

「ふーん、商売ねぇ・・・・・・」

 

 私の言葉に相槌を打ちながら、勝手に並べてあった商品の指輪を手に取る。

 注意しようかと思ったが、サングラス越しに覗く鋭い眼光に思わず口を閉ざした。今度は間違いなく非難の意を込めて男が口を開いた。

 

「こんな管理外世界でロストロギアを売りつけるのが、君の商売なのかい? 元管理局員のローラ・アルトニーくん改めハレンちゃん」

「・・・・・・っ。別に全部Fランク以下のガラクタばかりよ。その辺のちょっとしたおまじないくらいの効果しかないわ」

「呪いねぇ。まあ、僕には関係ないことだし、君が元同僚にしょっぴかれるなんて事にならなければなんでもいいんだけどね」

 

 そう言いながら視線を引っ込める男から指輪を奪い返し、とっとと懐に押し隠す。

 その動作の何がおかしかったのか、くつくつと肩を震わせながら笑う男を無視して、とっとと残りの商品を回収し終える。

 最後にシーツをたたみ、撤収の準備を終えると私は男に背を向けた。

 

「それじゃあ、私は家に帰るよ」

「そうかい。まあ、もう子供はお家に帰る時間だからねぇ。なんだっけ、この世界の歌であったでしょ。ほら・・・・・・え~と、カラス? が泣いたからなんとやらって」

「・・・・・・言っとくけど、一応私は十八だから」

「はっはー、そうだっけ? 本当に年を取ると時間が経つのが早く感じるよ。さっき昼飯を食べたのにもう腹が減ってきてるんだから、僕もそろそろ帰るとしようかね。・・・・・・でも、その前に」

 

 そう言葉が区切られると同時に、背後からの視線が強くなるのを感じた。

 振り返るまでもない。言葉にされる必要もない。

 

 これから言うことに嘘つくなよ?と釘を刺されてるのだ。

 

「あの子に、ちゃんと渡せたんだよね?」

「・・・・・・もちろんさ」

「そっか。そりゃあ、よかった。せっかくあの家から離れて町まで出てきてくれたんだ。ここを逃したら次がいつになるかわからなかったからね」

 

 よかったよと何でもない風に言う男に、私は思わず振り返った。

 見えたのは金髪の後頭部。もう男は用がないと言わんばかりに帰ろうとしていた。おそらく、一番聞きたかったことが聞けたからだろう。

 でも、こちらも聞きたいことがある。

 

「ねえ、なんであんな子供に注意を払う必要があるのさ」

 

 ついさっき、今日の最初にして最後だった唯一のお客さんの姿を思い浮かべる。

 変な子供だった。いや、子供らしい子供だったというべきか?

 こちらの嘘を信じて疑わなかったし、あの子の欲しがってる物を目の前にぶら下げてみれば、面白いほど食いついてきた。

 

 はっきり言って、何を注意する必要があるのかがわからない。

 あるとすれば・・・・・・こいつロリコンなのか?

 

「はっはー、酷い事いうな。そんな特殊な性犯罪者を見るような目で見るなよ。こう見えても一般常識の範囲が僕の守備ポジションなんだからさ。それに、僕が注意してるのはあの子じゃない。より正確に言うならあの子の周りの環境かな?」

「は? どういうことだい?」

「さあね。僕もまだ把握できてないから滅多なことは言えないよ。でもさ、実際に目にすると気になっちゃうって。認識逸らしに簡易の人払いとその他もろもろの多重結界で囲まれた上に、使い魔の影までありやがる。そんな家に住んでたら誰でも気になるよね?」

「・・・・・・は?」

 

 私は言葉を失った。

 何それ? まるで犯罪者を監視しているかのような、いや、どちらかといえば、周囲から隔離しようという意図が聞いただけでも伝わってくる。

 本当にあの子がそこに住んでるの?

 

「あの子に、何があるっていうのさ」

「さあ? まだわからない」

 

 疑問に、男はあっさりと答えた。

 

「そこはこれからの調査しだいだね。鬼が出るか蛇が出るか。それとももっとおっかないものが出てくるのか・・・・・・まあ、のんびりやっていくさ」

「そう。・・・・・・やっぱり、あいつらなの?」

 

 私の脳裏に浮かぶのは、かつての私がいた場所、管理局。

 あの偽善と悪意に満ちた場所を思い出すだけで、胸の奥からふつふつと沸いて出てくるものが抑えきれない。

 そんな私に、呆れたような声が浴びせられた。

 

「だから、まだわからないんだって。そう肩に力入れてたら、本番前に疲れちまうぜ? はっはー、まったく君は本当に管理局の事になると熱くなるなぁ」

「だって、あいつらは・・・・・・っ!」

「わかってるわかってる。その辺はちゃんと分かってるよ。君の境遇も言い分も同情に値するぜ? だからこうしてつるんでるわけだしね。大丈夫だよ。念には念を入れて君のレアスキルまで使った特注をわざわざ用意したんだ。あとは僕の仕事さ」

 

 そこまで言って、男は今度こそ立ち去る。

 ただ男は最後に一度こちらを一瞥して言う。

 

「最初に言っただろ? ―――正義の味方は辛いんだぜ?」

 

 その言葉は、やけに心に響いた。

 

 

Side はやて

 

「ふわふわやー」

「姉ちゃん、顔が蕩けとるよ?」

 

 ベッドの上で姉ちゃんが幸せそうに羊のぬいぐるみに頬ずりしている。

 ジンギスカン君という美味しそうな名前の羊さんで、姉ちゃんが持って帰ってきたお土産の一つ。

 袋から取り出した時の顔からして、とても気に入っているように見えるが、そろそろ姉ちゃんには現実に戻って来てほしい。

 とりあえず、今日の事について聞いてみることにした。

 

「姉ちゃん、今日は楽しかった?」

「うん。アリサちゃんがいろんな所に連れて行ってくれたんよ」

 

 そう語る姉ちゃんはとっても嬉しそうで、いつもはベッドに入ればすぐ寝てしまうというのに、今日の出来事を嬉々として聞かせてくれる。

 どんな店に行ったかや、どんなことをしてきたか。

 たまにアリサちゃんに意地悪されたと文句を言うが、嬉しそうな表情は変わらず、よほど友達と出かけたことが嬉しかったようだ。

 少し、羨ましく思う。

 

「ほんでな、私が困っとるのにアリサちゃんは助けてくれなくて、本当に大変やったんよ。それから―――」

「お花屋さんに見た事ない綺麗な花があってなー、珍しくて見とったら店員さんが―――」

「ゲームセンターって言う所に初めて連れてってもろうたんやけど、すごいきらきらしてて、なのにアリサちゃんは―――」

 

 本当に楽しそうに語る。

 聞いていて私もついて行きたかったわーと思うが、せっかく姉ちゃんが初めて友達と出かけるんだから、心の底から楽しんできてほしかった。

姉ちゃんは自分よりも他人を優先する癖があるから、私がいたら姉ちゃんはきっと私を楽しませることを優先して楽しめなかっただろう。

 遠慮して正解やったわ。

 

 それにしても、

 

「なあ、姉ちゃん。さっきから聞きたかったんやけど、どうして抱きついとるん?」

「もしかして、嫌やった?」

「ううん、そんなことあらへん。せやけど、寝る時はあんまし抱きついて来んから、今日はどうしたんかな思うたんよ」

 

 姉ちゃんは寝る時は楽な姿勢を好むから、今みたいに抱き合いながら寝ることは少ない。あっても、怖いテレビを見た時か雷が鳴っている時くらいだ。

 それなのに、今日は家に帰って来てから、姉ちゃんは暇さえあれば私に抱きついて来る。

 もちろん嫌じゃないし、むしろ甘えて貰っている感じがして嬉しく感じる。

 

「あんな、こうやって抱き締めるのは友達の印なんよ」

「友達って、抱き締めるのが?」

「うん。灯ちゃんにもアリサちゃんにもぎゅ~ってしてあげて、仲良くなったんや」

「そうなんや。せやけど、私らは友達やのうて家族やん」

「うん。せやから、こうやってたくさんぎゅ~ってして、友達よりももっと仲の良い印にするんよ」

「ふ、ふーん、なんや照れるな・・・・・・///」

 

 最近姉ちゃんがどんどん可愛くなって、私の理性が辛い。

 いったい誰や、姉ちゃんに仲良くなるには抱きつけばいいなんて教えた人は?

よくやったと言っておく。

 

しかし、さすがに照れ臭いから、何か別の話題を考えて、そういえばと思い出す。

 

「なあ、姉ちゃん。今日買い物に行くって言うとったけど、結局買いたい物は買えたん?」

「え!?」

 

 ん? なんか変な反応やな?

 これはちょっとおもしろそうやし、突っついてみよう。

 

「う、うん。ちゃんと買えたよ?」

「それはよかったなー。それで何を買ったん?」

「そ、それはその・・・・・・秘密や」

 

 抱きついているから、至近距離で姉ちゃんの動揺している顔が見える。

 笑いそうになるのを必死にこらえて、少し悲しそうに言う。

 

「そうなん? 姉ちゃん、私には教えてくれへんのや・・・・・・」

「あ、あう」

「でも仕方あらへんよね。姉ちゃんかて、秘密を持つ年頃やし」

「そ、その」

「ちょい寂しいなー。でも、我慢せなあかんなー」

「~~~~っ、は、はやてちゃん!」

 

誰が聞いても棒読みの嘘臭い演技にも関わらず、涙目で必死に言葉を探す姉ちゃんの姿を見ていると、妹としてすごく不安になる。

姉ちゃん、もうちょい嘘つけるようになろうなー。

 

「どうしたん姉ちゃん ?私の事は放っておいてええんよ?」

「そ、その、か、買った物なんやけど・・・・・・」

「買った物がどうかしたん?」

「はやてちゃんの誕生日・・・・・・そう、誕生日まで秘密にさせてくれへんかな?」

「うん、ええよ」

「ほんまに!」

 

 これ誘導尋問じゃないよね?

 上手く行き過ぎて、ちょっと怖いくらいなんだけど。

 てか、誕生日って答えを言ったようなものだけど、姉ちゃん気付いてないな。

 まあ、さすがにこれ以上は聞かんとこ。

 

「ありがとなー、姉ちゃん」

「え? うん?」

「ほら、こうやって私からも抱き締めれば。もっと仲良くなれるんちゃうん?」

「あ! うん、そやね!」

 

 お礼の意味をよくわかっていない姉ちゃんが可愛くて、つい抱き締めると嬉しそうに抱き締める力を強くしてくる。

 温かい温もりとミルクの甘い香り。

 そういえば、もっと小さな頃はこんな感じで一緒に寝てたっけ?

 懐かしい記憶を掘り起こしながら、姉ちゃんの匂いを堪能して幸せな気分になる。

 

 やっぱり私は姉ちゃんのことが大好きや。

 そや、今度姉ちゃんを誘って一緒に図書館に行こう。

 今日私を置いて行った埋め合わせもさせたいし、私も姉ちゃんと一緒に出かけたい。

 

「なあ、姉ちゃん。今度一緒に私とお出かけせん?」

「・・・・・・すぅ」

「って、寝とるんかいっ!」

 

 まったく。寝るなら一言くらい声をかけてほしいわ。

 ちょいと頬を引っ張ると、何故か寝ながらとても嫌そうな顔になる。

 「アリサちゃんやめてー」という寝言はいったい何だろう?

 夢の中でアリサちゃんに意地悪されとるんやろうか?

 

 まったくまったく。

 

「姉ちゃんは私のもんやからな」

 

 この近さも姉ちゃんも、全部私のもんやから、誰にも渡す気はあらへん。

 

 たった一人の家族。

 大好きなお姉ちゃん。

 

「ずっと一緒に居てな、ゆとりお姉ちゃん」

「・・・・・・う、ん。いっしょに・・・・・・すぅ」

「お休み、姉ちゃん」

 

 今日は良い夢が見れそうや。

 

Side out…

 

 




というわけで後日談的な話でした。

ゆとりちゃんの周りの人達に視点を移し変えて、ほのぼの日常の裏にあるシリアスを書いてみました。
これが今後どうやって関わってくるのか。
ヤシロさんにもわかりません!

ヤシロさんの奥義「臨機応変」で乗り切って見せます。だから、なんか伏線見落としてたら、教えて欲しいです。

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