今回オリキャラが出ます。みんなに愛される子だったらいいなって思います。
あと、お気に入り登録してくれた方ありがとうございます。
これからも八神ゆとりの日常を楽しんでください。
アリサちゃんに連れられてやってきた、喫茶店『翠屋』。
なんでも雑誌に載るほど人気があり、アリサちゃんもよく翠屋に訪れているらしく、車で向かう道中で何が美味しくておすすめなのかを詳しく教えてくれた。
なにより、この『翠屋』は親友の一人、高町なのはちゃんの家族が経営するお店なんだとか。
まるで自分のことのように自慢するアリサちゃんの姿を思い出しながら、私たちはお店へと入った。
人気というだけあって、お昼の時間帯である今はほぼ満席になっており、店員さん達が忙しなく店内を走り回っているのが目に付く。
そんな店員さんの一人が、私たちを出迎えてくれた。
「いらっしゃいませって、アリサちゃんじゃない」
「こんにちは、美由紀さん」
驚いたように目をぱちくりとさせる、メガネを掛けた高校生くらいのお姉さん。
アリサちゃんと親しそうに話しているから、たぶんなのはちゃんの家族なのかもしれない。
挨拶もそこそこもに、美由紀さんの視線が私に移った。
「あれ、初めて見る子だね? アリサちゃんの友達?」
「そうなんだ。私は高町美由紀。気軽に美由紀さんって呼んでほしいかな。よろしくね」
「えと、私は八神ゆとりって言います。ゆとりでもゆっちゃんでも好きに呼んでください」
「ふふっ、それじゃあ、ゆとりちゃんって呼ばせてもらうね。あっ、そろそろ案内しないと!」
自己紹介も終わり、美由紀さんに案内されて店の奥にある四人がけのテーブルに、アリサちゃんと対面になるように座る。
ちなみに鮫島さんは私達をここに送るなり、少し用事があるとどこかに行ってしまった。
私達が食べ終える頃に迎えに来てくれるらしい。
「はい、これメニューね。注文は決まってる?」
「ええ、このランチセットに決めてあるわ。ゆとりもそれでいいでしょ?」
「うん。ええよ」
あらかじめどんなメニューがあるかを聞いていたので、さくさくと注文を決めていく。
ランチセットは小食の私でもなんとか食べきれるくらいの量らしいから、あとの飲み物などはアリサちゃんに決めてもらって終了。
「うん、よし。それじゃあ、少し待っててね」
「はい。あっ、美由紀さん、なのはっていますか?」
注文を取り終えた美由紀さんに、アリサちゃんが質問をする。
さっきからきょろきょろとしていたのは、どうやらなのはちゃんを探していたようだ。しかし、美由紀さんが眉を下げて申し訳なさそうに言った。
「あー、ごめんね。なのはなら朝からちょっと出かけちゃってて、今はいないんだ」
「そう、なんですか」
「うん、本当にごめんね。もう、なのはも手伝ってくれれば良かったのに」
「いえ、いないんなら仕方ないですから」
もう一度ごめんねと言って去る美由紀さんを見送るアリサちゃんの表情は、ちょっと寂しそうだ。
親友と呼ぶくらい仲が良いのだから当たり前かもしれないが、ちょっとだけ羨ましく思う。と、そんな考えが読まれたのか、私の視線に気づいたアリサちゃんが強がるように鼻息をならした。
「ふんっ、まったくなのはったらタイミングが悪いんだから。おかげでゆとりを紹介できなかったわ」
「そうやね。私もなのはちゃんに会ってみたかったわ」
おっちょこちょいだけど、優しくまっすぐな真の通った子。
そうアリサちゃんから聞いていたから、私も一度あってみたかったんだけど、残念だ。
注文が届くまで暇だから、話は自然と今日の目的へと入った。
「それで? 何か良い物はあったの?」
「うーん、ぬいぐるみが今のとこ一番の候補やけど、それではやてちゃんが喜んでくれるか、ちょい微妙やからなー」
はやてちゃんって妙に大人びたところがあるから、ぬいぐるみで遊ぶよりも料理をしたり、ドラマを見て過ごす方が好きやと思う。
去年の誕生日も、本好きのはやてちゃんのために女の子向けの絵本を買ってあげようかと聞いたら、「新しい包丁が欲しい」と言われてしまった。
結局、通販で買った台所セットという包丁やフライパンなどの調理器具が一通り詰まった、ちょっと高い物をプレゼントしてとても喜んでくれたが、姉としてはもう少し女の子らしいプレゼントをあげたかった。
「調理器具をプレゼントにって・・・・・・」
去年のことを話すと、アリサちゃんはとても微妙そうな顔をする。
変だと思ったのは私だけじゃないようで安心した。
「やっぱり、今年は女の子らしいプレゼントをあげたいかな」
「そうね。せっかく町まで買い物に来たんだから、それらしい物を買っていかないと」
ぬいぐるみは微妙で、室内で遊べるおもちゃも気に入ってくれるかわからない。
化粧品の類ははやてちゃんの年を考えると、まだ早いはずだし、そうなると新しい服を買ってあげるのが一番いいのかな?
「ねえ、参考までに聞きたいんだけど、ゆとりの誕生日っていつなの?」
「私の誕生日は四月三日やけど、それがどうしたん?」
「う、ううん、なんでもないわ! そうだ、ついでに何を貰ったのかも教えてくれる? できれば一番嬉しかったやつで」
何か焦っているようだけど、どうしたんだろう?
それにしても、一番嬉しかったプレゼントかー。そうやね、はやてちゃんに貰ったプレゼントは何でも嬉しかったけど、一番嬉しかったのは、たぶんアレやなー。
はやてちゃんが初めて私のために作ってくれた料理。
それが今までで一番嬉しかった思い出で、プレゼントだ。
「料理って・・・・・・それってプレゼントになるの?」
「うん。あの時はホンマに嬉しかったわー」
思い出しただけでも、口元が緩んでしまう。
まだちゃんとした料理も作れないのに、包丁すらまともに握ったことのないはやてちゃんが、私の誕生日を祝うために作ってくれた正真正銘の初めての料理。
味はダメダメだったけど、あの時ほど心に残るプレゼントはなかった。
「そう。なんとなくだけど、ゆとりが妹のことを好きな理由が分かった気がするわ」
「はやてちゃんを好きになるのに、理由なんていらへんよ。私の大事な家族やもん。ずーっと一緒にいるに決まっとるやん」
「あー、はいはい。ノロケとかいいから。それじゃあ、二番目に嬉しかったのは?」
「へ? 二番目? なんでなん?」
「い、いいから言いなさい! (料理なんて作ったことないし、それじゃあ、ゆとりにあげるプレゼントの参考にならないじゃない!)」
顔を赤くしたアリサちゃんが何かぶつぶつと呟いていたが、あまり聞こえなかった。
聞き直してみてもなんでもない!と言われたから、素直に二番目に嬉しかったプレゼントを思い出すことにする。
どれも嬉しかったし、あんまり順位とかをつけたくないんだが・・・・・・それでも、強いて言うなら、去年に貰ったエプロンだろう。
「ずっとお母さんのエプロンを使っとったんやけど、私にはちょい大き過ぎてな。はやてちゃんが私のために新しいエプロンを買ってきてくれたんよ」
お母さんの水色で雪の模様がついたエプロンとは違う、白一色でフリルがたくさんついた可愛いエプロン。
貰った時は料理をして汚すのが嫌で、部屋に飾ろうとして怒られたのは良い思い出だ。
あ、プレゼントの話をしていて思い出した。
「アリサちゃん、私もちょい聞きたいことがあるんやけどええかな?」
「ん? 別にいいわよ?」
「あんな、今日一緒にプレゼント探してくれたお礼に、私がアリサちゃんにマフラーを編んだら、貰ってくれる?」
「え!? な、なによ、いきなり!」
いきなりで驚いたようだ。
でも、一応確認しておかなくちゃいけないことだから、ちゃんと聞いておかないと。
「ほら、アリサちゃんってお金持ちやから、私の編むマフラーよりずっと良いのを持ってそうやし。もしかしたら、迷惑になるかもしれへんし・・・・・・」
「そ、そんなことないわよ! 全然迷惑なんかじゃない!」
「ホンマに?」
「当たり前じゃない! 友達のくれるプレゼントを嫌がるなんてしないわ! (ていうか、なんでアンタが先に言っちゃうのよ!)」
「よかったー。ほな、楽しみに待っとってなー。頑張って、アリサちゃんに気に入ってもらえるのを作るから」
「え、ええ。楽しみにしてるわ (~~~ああ、もう! これじゃあ、ゆとりにあげるプレゼントの話が言えないじゃない!)」
これではやてちゃんの分とアリサちゃんの分を作ることになった。
冬まで時間もたっぷりあるし、二人の喜ぶ顔を見るために頑張ろう!
それにしても、なんだかアリサちゃんの顔が引きつっているように見えるが、どうしたんだろう?
「アリサちゃん、どないした―――」
「―――お待たせしました」
「「!?」」
すぐ真横から聞こえた声に、驚いて硬直する。
お喋りをしていたこともあるが、気配も足音もなく私達に気付かれることなく近づいてきていたその子は、黙々と素早く持っていたお盆から、頼んだセットのサンドイッチと紅茶を私達の前に置いていく。
「では、ごゆっくり」
ぺこりと頭を下げ、踵を返そうとしたところで、アリサちゃんが声をかけた。
「ちょっと待ちなさい―――灯!」
「・・・・・・何か用、アリサ?」
燃えるような赤い瞳に、闇に溶けそうな長い黒髪。
灯と呼ばれた私達と同じくらいの少女は、後ろで一括りにした髪を揺らし、無愛想とも無表情ともとれる顔をしながら振り返った。
「用があるから呼び止めたんじゃない。まったく、相変わらず愛想がないわね」
「・・・・・・そう」
くるっ、すたすた。
「ってこら! 何で行こうとしてるのよ!」
話も聞かずに去ろうとする灯ちゃんを、再び引きとめる。
しかし、振り返った灯ちゃんの表情は変わらなくとも、どこかめんどくさそうで、少し不機嫌のように見えたのは気のせいではないだろう。
「・・・・・・今は昼。とても忙しい」
「うっ」
現在の翠屋はほぼ満席状態。
昼の一番忙しい時間帯で、翠屋のロゴが入ったエプロンを着る目の前の少女も、例外なく忙しいはずだ。
「そ、それは悪かったわよ。でも、少しで終わるんだから、ちょっとくらいいいでしょ?」
「・・・・・・はぁ。それで、その子誰?」
ため息をついて、視線が初めてこちらに向いた。
赤い双眸に見つめられ、少し緊張する。
「ゆとり、紹介するわ。この無愛想なのが、高町灯。なのはのお姉ちゃんよ。それでこっちの白いのが、私の友達で八神ゆとりよ。私より一歳年上だから、ちょうど二人は同い年ね」
「えっと、私は八神ゆとり。ゆとりでもゆーやんでも好きに呼んでええよ?」
「・・・・・・高町灯。あーちゃんでも好きに呼んでいいよ―――ゆーやん」
「あーちゃん・・・・・・!」
「ゆーやん」
「「・・・・・・///」」
「いや、照れるくらいなら、言わなければいいじゃない」
は、初めて愛称で呼んでもらえた!
嬉しさが一回転して、つい恥ずかしくなり、顔が赤くなるのを感じる。
灯ちゃんも同じようで、相変わらず表情は変わらないが、少し頬を赤くしていた。
「・・・・・・それじゃあ、仕事があるから」
「うん、頑張ってなー」
去る背中に手を振って見送る。
なんだか不思議な雰囲気の子だった。もう一度、できればもう少し長く話をしてみたかったが、お客さんに呼ばれて注文を取っている姿を見ていると、さすがに遠慮するしかない。
そうして顔を前見戻すと、何か奇妙なものを見るような目でこちらを見つめるアリサちゃんがいた。
「ど、どないしたん?」
「ゆとり、あんたよくあの灯と普通に話すことができたわね」
「えと?」
思わず首を傾げる私に、アリサちゃんは今も他のお客さんの元へ料理を運ぶ灯ちゃんを見ながら、どこか気まずげに話してくれた。
「灯って基本的に『無口、無愛想、無頓着』の三拍子を揃えた様な子でね。全然笑わないし、何か考えてるかも分かんないから、私ちょっと苦手なのよ」
「え、でも友達やないの?」
「友達よ。普段から付き合い悪いけど、それでも結構昔から一緒に遊んでるし、この前の旅行だって一緒に温泉に入ったし、同じ部屋でも寝たわ。でも、あの子私と二人になると、とたんに何も話さなくなるから、間がもたないのよ」
アリサちゃんに苦手なものがあることに驚いたけど、それ以上に灯ちゃんに抱いてるその印象の方が意外だった。
ちょっと話しただけだけど、そんなに取っ付き難い子だとは思わなかった。
「うーん、私はそんな子には見えへんかったけど・・・・・・」
むしろ、ちゃんと笑ってたようにも怒ってたようにも見えたけど。
そういうとアリサちゃんは少し悩んだようで、
「ふーん、やっぱり変な子同士だから波長があったのかしら」
「ひ、ひどいわー・・・・・・」
「まあ、いいわ。とりあえずお昼にしましょ。せっかくの紅茶が冷めちゃうわ」
結局途中で諦めたようだ。
私としてはちょっと物申したい気分だったけど、お腹も減ってたし、何より出来たての料理を冷ましてしまうのは勿体無いから、大人しくサンドイッチを食べることにした。
あ・・・・・・おいしい。
その人が現れたのは、私がちょうど昼食を食べ終えた頃だった。
「やあ、アリサちゃん、いらっしゃい」
昼食を美味しく頂き、アリサちゃんがデザートとして追加頼んだパフェを食べ終わるのを待っていると、大学生くらいの男の人がやってきた。
なのはちゃんのお兄さんだろうか?
「士郎さん、こんにちは」
「こんにちは」
アリサちゃんに釣られて、挨拶をする。
爽やかな好青年という印象の割に、よく見ると服の上からでもわかるがっしりとした体格。背も高いし、格好いいから、なんだかお父さんを思い出す。
違いがあるとすれば、士郎さんの黒髪ではなく、はやてちゃんと同じ茶髪で、無精髭を生やしているくらいだろう。
「少し話を聞いてもらいたいんだけど、今は大丈夫かい?」
「話って私達に? 私は大丈夫だけど・・・・・・」
「私も大丈夫です」
ちらりと横目で確認してくるアリサちゃんに答える。
了承をもらえたことに安堵したのか、笑みを浮かべながら士郎さんはアリサちゃんの隣に座り、ついでに手に持っていたお盆からお皿を二つ取り、私達の前に置いた。
ふんわりと膨らんだ生地に、ほのかに香る生クリームの甘い匂い。
それがなんなのかを理解した瞬間、全身から冷や汗が出るのを感じた。
「こ、これは・・・・・・?」
「ああ、これはサービスだから気にしないでいいよ。そうだな、少し話を聞いてもらったお礼の前払いだと思って、遠慮せずに食べてほしい。我が翠屋の一番人気、自慢のシュークリームだ」
「わぁ、ありがとうございます、士郎さん」
ちょうどパフェを食べ終えたアリサちゃんが、嬉々としてシュークリームに齧り付く。
私はもうお腹いっぱいなのに、アリサちゃんはどれだけ食べるつもりなのだろうか?
そういえば、はやてちゃんがお菓子は別腹って言ってたようなと、どうでもいいことを思い出していると、不意に微笑ましい様子でアリサちゃんを見ていた士郎さんが、私に視線を移した。
「君がゆとりちゃんだね。アリサちゃんやなのはからいろいろ話を聞かせてもらっているよ。僕は高町士郎。この翠屋の店主で、なのは達のお父さんだ。よろしく」
「八神ゆとりです。私のことは―――お父さん?」
「うん、そうだよ」
驚いた。
私のお父さんも外見が若くて二十代前半くらいにしか見えなかったが、それ以上に士郎さんは若く見える。
あれ?士郎さんってなのはちゃんに灯ちゃん、それに美由紀さんと三人も子供がいるけど、今何歳なんだろう?
「話をするのはいいですけど、お店の方は大丈夫なんですか?」
「ああ、それなら大丈夫。今はだいぶ落ち着いてきたからね。少し休憩することにしたんだ」
周りを見渡すと、確かに席は埋まっているが、注文の声はあまり聞こえてこなくなって、代わりに料理を食べながら談笑している人が増えている。
「それで、話というのは、なのはと灯のことでね」
なのはちゃんと灯ちゃんのこと?
二人とも、というかまだ、なのはちゃんとは顔も合わせたことがないんだけど、これは私が聞いても良い話なのか迷う。
一応、士郎さんもアリサちゃんも何も言わないから、私も黙って士郎さんの話に耳を傾けることにした。
士郎さんの話した内容を整理する。
曰く、なのはちゃんは最近夜遅くまで何かをやっているらしい。それで、この間温泉旅行に行って帰って来てから、少し落ち込んでいるというか、悩みがあるようで、話を聞こうにもはぐらかされてしまう。
曰く、学校で灯ちゃんにアリサちゃん達以外の友達ができておらず、クラスでも孤立していると担任の教師から連絡を受け、本人と話をしてみたが、灯ちゃんはそういうのに無頓着で、結局何も解決はしなかった。
どちらも父親らしい悩み事だと思うけど、私にとっては難題ばかりだ。
まず、なのはちゃんと直接会わないことにはなんとも言えない。
灯ちゃんの件も、学校に行ったことがないし、私自身も友達が少ないから、どう説得すればいいのかわからない。
これは私にできることはないかなーと諦めていると、話を聞き終えたアリサちゃんが口を開いた。
「それなら、なのはの件は私に任せてください!」
「本当かい?」
「私だってなのはが悩んでるなら力になってあげたいし、それに家族に言えなくても、親友にだったら話せることもあるかもしれないわ!」
自信満々に言うアリサちゃん。でも、その姿に少し不安を覚える。
確かに家族には言えないことってあるかもしれないけど、もしなのはちゃんが抱えている問題が、家族や親友どころか、誰にも話せないことだったらどうするんだろう?
そんな重い問題をアリサちゃんと同じ年で抱えるとも思えないが、話してもらえなかった時のアリサちゃんの反応が少し怖い。
無事に上手くいってくれるといいけど・・・・・・。
「ありがとう、アリサちゃん。それで、灯の方をどうするかだけど」
「それなら、私に考えがあるわ。ようするに、新しい友達ができればいいんでしょ?」
「・・・・・・ふえ?」
二人の視線がこちらに向けられる。
ああ、やっぱりそうなんだなーと思っていると、いきなり士郎さんが頭を下げた。
まさか自分よりもずっと歳の離れた大人に頭を下げられるとは思わず、かなり焦る。
「あの子は人より感情が表に出なくて少し勘違いされ易いが、家族想いの優しい子なんだ。もしよかったら、灯の友達になってあげてほしい」
「士郎さん・・・・・・」
人目だってあるのに、私みたいな小さな子供に頭を下げるなんて、ちょっと灯ちゃんが羨ましくなった。
それと一緒に、私と灯ちゃんが二人で仲良く遊んでいるところを想像してみて・・・・・・うん、楽しそうやなー。
「あの、私でよければ、灯ちゃんがいいって言ってくれるなら、私も灯ちゃんと友達になりたいです」
「本当かい!?」
私の答えを聞いたとたんに士郎さんが顔を輝かせて、思いっきり顔を近づけてきたので、その圧力にちょっと引きつつ・・・・・・
「私は体が弱いし、家も遠いからあんまり遊べないかもしれへんけど、こんな私でよかったら、灯ちゃんの友達になりたいです」
アリサちゃんが友達になってくれたばかりで欲張りかもしれないけど、灯ちゃんとも仲良くなりたい。それが私の本音だ。
さっき灯ちゃんが去っていく時も、声を掛けようか迷って、結局できなかった。
もっとお話してみたかったなーと思ってたところだから、私にとってもちょうどいい渡り橋だ。
そう正直に答えると、士郎さんは満足したように笑みを浮かべる。
よかった、これで問題は全部解決し
「ん? ゆとり、まだシュークリーム食べてなかったの?」
「おや、本当だ。遠慮はしなくてもいいんだよ」
・・・・・・解決してなかった。
「ゆとりちゃんは翠屋に来たのは初めてだよね。だったら、ぜひ食べて感想を聞かせてほしいな」
「翠屋のシュークリームってすごく美味しいんだから、ゆとりもきっと気に入るわ」
「そ、そうなんや・・・・・・」
二人の笑顔に、顔が引きつる。
たぶん、今の私をアニメにしたら、全身から滝のような冷や汗が出ているに違いない。
でも、言えない。
今さら、二人の期待する笑顔を見て、言えるわけがない。
私が、甘い物が大嫌いだということを―――!
「ほ、ほな、いただきますぅ・・・・・・」
目の前の美味しそうなシュークリームが、私には凶悪な劇薬に見える。
鼻孔をくすぐる甘い香りが、思考を停止させ、心と体が必死で嫌がり、震える手に持ったシュークリームの重さが跳ね上がる。
―――ああ、神様
「はぐっ・・・・・・もぐもぐっ・・・・・・うっ、ううっ・・・・・・もぐ・・・・・・」
―――こんな試練は、あんまりです
「もぐはぐっ・・・・・・うぅ・・・・・・もぐ・・・・・・ごくり」
二人が目を丸くしているのがわかる。
普段では絶対にしない大口早食いで喉がつまりそうになりながら、一心不乱に手の中にあるシュークリームを消化していく。
最初の一口は美味しかった。市販の物と比べ物にならない美味しさだと思う。
次の二口目は、口の中に生クリームが広がり、甘さが満遍なく口内を満たした。
三口目に、ついに強烈な拒否反応が、古い記憶と共に湧き上がってくる。
私が甘い物が嫌いになった記憶。できることなら、もう二度と思い出したくもないような苦々しい、いや、甘々しい過去の惨劇。
「うっ・・・・・・ぐすっ・・・・・・はぐっ・・・・・・もぐ・・・・・・ふぇぇ・・・・・・」
一口が、飲み込むまでの時間が異様に長く感じる。
美味しかったはずのシュークリームは、今では拷問具となって私を苦しめる。
それでも止めない。
目に涙がにじんで、意識が遠ざかっていこうとしていても、体が拒絶して食べた物を戻そうとしても、アリサちゃんと士郎さんの好意に答えるために食べ続ける。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
気付けば、いつの間にかシュークリームは無くなっていた。
口の中に甘ったるい風味を残して、全部胃の中に収まってくれた。
果てしない達成感を感じつつ、机に突っ伏したい衝動を抑えて、茫然としている二人に笑顔で言う。
「ご、ごち、そうさま、です・・・・・・」
「え、えっと?」
「ゆ、ゆとり?」
精一杯の感謝と、できればおかわりは勘弁してほしいですという願いを込めて。
「美味しかった・・・・・・です・・・・・・ううっ!」
最後の一言を言い終えて、ついに限界が来た。
もう・・・・・・だめ!
とりあえず、私の女の子としての名誉のために言わせてもらいたい。
なんとか、最悪の事態は避けられました。
私、超頑張りました!・・・・・・ぐすん。
★★★
「まったく、甘い物が苦手なら苦手って、最初から言いなさいよね」
「あー・・・・・・」
「だいたい、無理そうだったら我慢しないでって言ったじゃない」
「うー・・・・・・」
「・・・・・・本当に辛そうね。こうなったら病院に連れてった方がいいかしら?」
「び、病院は・・・・・・嫌や」
私は今、翠屋にある休憩室の一角を借りて横になっていた。
拒絶反応を無視して無理した後遺症か、全身が気だるく、体も軽い痙攣を起こしている。
あれから一時間ほどが経ち、胃薬を貰って休ませてもらったので、最初の頃よりもだいぶ楽になったのだが、それを伝えても、まだ顔色が悪いからとアリサちゃんに強制的に寝かされている状態だ。
「どう? 首痛くない?」
「ううん、アリサちゃんの膝、温かくて柔らかいから、気持ちええわー」
ベンチに横たわる私に、苦しくならないようにとアリサちゃんが膝枕をしてくれている。
ちょい気恥ずかしく感じるが、今は助かっているから、好意に甘えさせてもらうとしよう。
そんなことを考えていると、部屋の中に申し訳なさそうな顔をした士郎さんが入ってきた。
「もう気分は大丈夫・・・・・・じゃなさそうだね。ごめんね、無理させて」
「そんな、私が勝手に無理したことやし・・・・・・」
「いや、これは僕が悪かったんだ。よく考えたら初めから様子がおかしかったし、それに断れない状況を作った僕の責任だ。本当にすまなかった」
「そんなこと―――」
「まったくもって、その通り。反省して」
私の言葉を遮って、士郎さんに続いて部屋に入ってきたのは灯ちゃんだった。
相変わらずの無表情で士郎さんに一瞥もくれないまま横を通り過ぎ、両手に持った湯気の立つカップを差し出してきたから、反射的に受け取ってしまう。
中身は紅茶。香りを嗅ぐだけでなんだか気分が落ち着いてきた。
「・・・・・・口直し。少し苦めにしてある」
確かにお昼に飲んだ紅茶と比べると少し苦い気がする。
でも、その苦さが嫌というほどではなく、ちょうど口の中に残っていた生クリームの味を上書きしてくれるようで、今はとても美味しく感じる。
「・・・・・・どう?」
「めっちゃ美味しいわー。ちょい気分も楽になってきた。ありがとなー」
「礼なら母さんに言う。私じゃその領域はまだ無理」
そういう灯ちゃんの表情は少し誇らしげだ。
苦みを強くすることで甘みを消すといっても、単純そうに見えてけっこう難しい。
方法としては適切だが、苦みが強すぎれば逆にまずくなってしまうし、なにより紅茶の味が損なわれてしまっては意味がない。でも、この紅茶はそんなことはなく、温度も熱すぎないから、とても飲みやすい。
私でもこの領域はまだ無理やなーと少し悔しく思う反面、少し離れたところにこんなに美味しい紅茶を入れれる人と出会えた事を嬉しく思う。
できれば、この紅茶の入れ方教えてほしいな。
「そういえば、母さんが父さんに話があるって言ってた」
「か、母さんから・・・・・・?」
「冥福を祈る」
ん? 何か士郎さんの顔が青いような?
肩を落として部屋を出て行く士郎さん。どうしたんだろうと思っていると、今度はアリサちゃんがトイレに行くと出て行ってしまった。
あっという間に、部屋には私と灯ちゃんの二人になってしまった。と、おもむろに灯ちゃんが部屋の出口へと向かい、ドアを閉めて、
カチャリ
「・・・・・・これでよし」
何がよしなのかわからないが、何で鍵をかけるの?
とくに何か悪い事をしたわけではないのに、つい正座になってしまう。
私と向き合うように同じく正座で座った灯ちゃんの表情は、無表情ながらも少し緊張しているように見えるが、それ以上はわからない。
しばらく沈黙が続いた後、灯ちゃんが口を開いた。
「・・・・・・正直に答えて。父さんと何を話してた?」
「え!?」
突然の尋問に驚く。
確かにあの話は別に密室でしたわけではないし、自分の父が子供二人と親しげに話をしていたら気になるだろうが、こんなにストレートに聞かれるとは思いもしなかった。
少し迷ったが、隠していても良い事ないだろうし、ここは素直に士郎さんとした会話を話すことにした。
話し終えると、静かに「そう」と短く答える。
「・・・・・・父さんに心配かけた」
その顔は心なしか少し落ち込んでいるように見える。
「灯ちゃんは、友達を作らんの?」
どことなく人を寄せ付けない雰囲気があるし、士郎さんも勘違いをされ易いと言っていた。でも、なんとなくそれだけが理由じゃない気がする。
「確かに友達が欲しいと思ったことはないかも。お店の手伝いとか剣の修行もある。それに、クラスの子とは話が合わない」
灯ちゃんの言うことはなんとなくわかる。
私もよくはやてちゃんにドロドロの愛憎劇というものの良さを教えてもらっているが、いまだに何が良いのか理解できなくて、逆に私の好きな純愛の話をすると夢見すぎと言われて喧嘩になったことは多々ある。
きっと同じようなことがあって、灯ちゃんはクラスの子と馴染めないのだろう。
それにアリサちゃんも苦手で、何を考えてるかわからないって言ってた。
でも、本当にわからないのかな? 今こうして話してる灯ちゃんが寂しそうに見えるのは気のせいなのかな?
「・・・・・・でも、打開策はある」
「え? ほんまに?」
「うん。クラスの子とはまだ無理だけど、でも、ゆとりとなら友達になってもいい。そうすれば、父さんも安心できるはず・・・・・・」
名案とばかりに、少し嬉しそうに言う。
私としても新しい友達が増えるのは歓迎だし、士郎さんの期待に答えることができて嬉しいが、ちょっとだけ納得できないことがある。
「私も灯ちゃんと友達になりたいけど・・・・・・」
「・・・・・・もしかして、嫌だった?」
「ううん、そんなことあらへんよ。でも、私は士郎さんを安心させたいからやなくて、灯ちゃんと仲良くなりたいからの方が嬉しかったかなって・・・・・・」
誰かのために仲良くするのは、なんだか違う気がする。
私のわがままかもしれないけど、灯ちゃんとはちゃんとした友達でいたい。
「・・・・・・でも、私の話はつまらない」
「私もみんなのように走ったりできへんよ」
「最近の流行なんて知らないし、面白い話も思いつかない。きっとゆとりに損させる」
「それなら、私も一緒や。私は体が弱いし、すぐに風邪引いてまうから、きっと灯ちゃんに迷惑かけてると思う。せやけど、それでも私は、灯ちゃんと友達になれたらええと思うんよ」
「・・・・・・本当に?」
「うん、ほんまに」
なんだか話していて思った。
私と灯ちゃんって、少し似ているのかもしれないって。
「それで、友達ってどうすればなれる?」
「・・・・・・えっ」
そう言われて、困った。
そういえば友達ってどうやってなるんだろう?友達が少ないからなりかたが分からない。
何か儀式とか契りのようなものが必要なのかな?でも、アリサちゃんと友達になった時は特に何もしてなかったはずだし。でも、もしかしたら私が知らない内に友達になるための何かをしていたかもしれない。
「そういえば、欧米だと友達同士でハグ、つまり抱き合うのが当たり前らしい」
「そうなん?」
「この前、テレビでやってた」
知らなかった。
でも、そういえば公園とかでもたまに仲良さそうな男の人と女の人が抱き合ってた気がする。
「・・・・・・する?」
「・・・・・・うん」
では、失礼して。
ぎゅっと、お互いに背中に手を回して抱きつく。
「これでええの?」
「・・・・・・よくわからない。念のため、もう少し強くしておく」
ぎゅっ。ぎゅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。
ガチャッ
「ちょっとアンタ達。なんでドアを閉めるてるのよ!私が入れないじゃ、な・・・・・・い?」
ん?あ、アリサちゃんだ。
どうしたんだろう?なんだか顔が赤いし、さっきから微動だにしないけど?
「あらあら、お邪魔だったかしら?」
固まったアリサちゃんの後ろから、ひょっこりと見知らぬお姉さんが顔を出す。
美由紀さんに似てるけど、お姉ちゃんなのかな?
「私達は外で待ってるから、終わったら呼んでね」
「「???」」
そう言って、アリサちゃんを連れて行くお姉さん。
私達は訳が分からず、顔を見合わせるしかなかった。
★★★
気分も良くなったし、あまり休憩室を使わせてもらうのも気が引けるし、まだ買い物も残っているから、そろそろお店を出る事にした。
「ごめんなさいね、ゆとりちゃん。士郎さんもちゃんと反省させとくから」
そう言って私の頭を撫でるのは、先ほど休憩室にアリサちゃんと一緒に来たお姉さんの高町桃子さん。
見た目は商店街にいる花屋の柏木さんのような、それ以上に若々しい高校生でも通用しそうな人なのだが、これでも三児の母。なのはちゃんのお母さんなのだとか。
姿形は違うが、柔らかい雰囲気や優しい笑顔が私のお母さんに近くて、いつまでも頭を撫でていてもらいたいと思ってしまう。
ちなみに、士郎さんはここにはいない。
何かお話があると、桃子さんに呼び出されてから一度も姿を見ていないが、どこかに行ってしまったのだろうか?
迷惑をかけてしまったし、謝りたかったんだけど・・・・・・。
「はい、これ」
「?」
渡されたのは、翠屋のロゴが入った小さな箱。
「シュークリームよ」
「・・・・・・え?」
思わず固まってしまった私は悪くないと思う。
他のみんなも驚いて目を丸くしているが、桃子さんは変わらずにこにこと笑顔のままで、私はなんだか爆弾を持たされたような気分になって涙目になる。
「か、母さん・・・・・・?」
桃子さんの行動に灯ちゃんも戸惑いを隠せないようだ。
「なのはから聞いたのだけど、ゆとりちゃんには妹さんがいるのよね?」
「は、はい。はやてちゃんが一人・・・・・・」
「このシュークリームはそのはやてちゃんに渡してあげて」
「はやてちゃんに?」
「今日のお詫びと、灯と友達になってくれたお礼かしら。本当は別の物をあげたかったんだけど、翠屋で一番といったらこれしかなくて。だから、今度ははやてちゃんも連れて来てあげてね。いっぱいご馳走するから」
そういうことなら、素直に頂くことにする。
甘いということを除けば、味はとても美味しかったからはやてちゃんも喜んでくれるだろう。
「また来て、ゆとり」
「うん。約束やよ、灯ちゃん」
友達の印として、ぎゅっと再び抱き合う。
周りが顔を赤くしたり、微笑ましそうにしているが関係ない。
これが私と灯ちゃんで決めた、友達の印なんだから。
「あ、そうや。忘れとった」
「何? 翠屋に忘れ物したでもしたの?」
車に乗ってから、ふと思い出す。
「アリサちゃんにも、友達の印や」
「え? それって・・・・・・ええ!? ちょ、まっ―――!?」
ぎゅっ。ぎゅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。
はい、というわけで高町灯ちゃん登場です。
一応かなり前から考えてた子で、ゆとりちゃんと仲良くなる子を考えてる時にこんな子いたら、ゆとりちゃんと楽しくできるかもと考えて書きました。
気に入ってくれるといいです。
灯「・・・・・・よろしく」
ゆとり「うん、よろしくね」