八神ゆとりの日常   作:ヤシロさん

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連続投稿です。



第九話 おでかけ日和

「ねぇ、はやてちゃん。これで大丈夫やろうか?」

「大丈夫やって!今の姉ちゃん、めっちゃ可愛くて良いとこのお嬢様みたいやわ」

 

 八神家のリビングに私とはやてちゃんはいた。

 現在は午前十時を過ぎようとしている時間帯で、約束の時間まであと数分もない。

 今日は友達のアリサちゃんと約束していたお出かけの日で、今はアリサちゃんが迎えに来るのを待ちつつ、出かける準備の最終段階に入っている。

 

 本当ならはやてちゃんも一緒に連れて行きたかったが、お出かけの内容が来月に迫るはやてちゃんの誕生日プレゼントを買いに行く事で、誕生日まではプレゼントの中身を秘密にしていたかったから、一緒に連れて行くわけにはいかなかった。

 幸いにも、今日のお出かけをプレゼントの事は伏して話すと、初めて友達と遊びに行くのだからと遠慮してくれて、その代わりにお土産を買ってくることを約束した。

 

「んー、やっぱ姉ちゃんには水色が似合うわー。髪の色と合ってええ感じや」

「ほ、ほんまに?どこか変やない?」

「変やないよ? 私のコーディネートはプロ級やからな!」

「そうなんや。はやてちゃんってすごいんやなー」

「・・・・・・いや、今のは突っ込むとこなんやけど」

 

 今の私の服装は、アリサちゃんに貰った水色のワンピースに白のカーディガンを羽織っているおり、手にはお出かけ用のバッグを持っている。

 本当はもっと簡素な服装にするつもりだったが、服を選ぶ途中でアリサちゃんとの約束を思い出し、ついでに乱入してきたはやてちゃんに、さっきまで着せ替え人形にされていた。

 

「姉ちゃん、財布持った? ハンカチは? あっ、今日は天気ええみたいやから、帽子を持ってかなあかんよ」

 

 そう言って、見覚えのある白い帽子を頭に被せてくれた。

 この帽子はお母さんがよく使っていた帽子で、私のお気に入りの一つ。でも、私にはまだちょっと大きいから少し深く被ることになるのが難点だ。

 

ピーンポーン

 

お出かけの準備が済み、ちょうど十時になったところでチャイムが鳴った。

二人で玄関に出ると、やはりそこには執事服姿の鮫島さんが待っており、車椅子に乗ったはやてちゃんを見て少し驚いた様子だったが、動揺することなく礼をした。

 

「おはようございます、ゆとりお嬢様。はやてお嬢様。お迎えにございました」

「おはようございます、鮫島さん。今日はよろしくお願いします」

「お、おはようございます。え? ええ?」

 

 鮫島さんに合わせて丁寧な挨拶を返す私の隣で、はやてちゃんが困惑の声を上げる。

 きっと鮫島さんの姿に驚いているのだろう。

 

「ね、姉ちゃん、この人誰なん?」

「ん? 鮫島さん言うて、アリサちゃんの執事さんやよ」

「し、執事?」

「鮫島と申します。初めまして、はやてお嬢様。はやてお嬢様のことはゆとりお嬢様からいろいろとお話を伺っております」

「あっ、えと、ご、ご丁寧にどうも! 姉ちゃんの妹をしとります、八神はやてって言います!」

 

 言葉を詰まらせながら挨拶をする妹の姿に苦笑する。

 そういえば、アリサちゃんのことは話したが、鮫島さんのことは言ってなかったと今さらながら思い出し、少し申し訳ない気分になる。

 それでもすぐに冷静さを取り戻して挨拶できたのは、さすが自慢の妹だ。

 

「ほな、はやてちゃん。行ってくるな」

「うん、いってらっしゃい。遅くなりそうやったら、ちゃんと連絡してなー。あと、鮫島さんの言うことはちゃんと聞くんやで?」

「わかっとるよ。大丈夫や」

「迷子にならんように気をつけなあかんよ? 財布落とさんようにな?あと・・・・・・」

「もう、大丈夫やって。ちょっとはお姉ちゃんのことを信用してほしいわー」

 

 そんな感じで、心配されながら見送られる。

 

 外に出ると、いつぞやの黒塗りの高級車が止まっており、鮫島さんが後ろのドアを開けてくれたから乗り込むと、先に乗っていたアリサちゃんと目が合った。

 

「おはよう、ゆとり。ちゃんとその服を着て来てくれたのね」

「おはよう、アリサちゃん。約束やもん。ちゃんと覚えとるよ」

 

 お互いに挨拶し、座席に座ってシートベルトをかける。

 鞄を膝の上に置き、ちらりとアリサちゃんを見た。

 

「?・・・・・・どうしたのよ?」

「う、ううん、何でもあらへんよ?」

 

 もしかしたらドレスでも着てくるのかな、なんて考えていたことが知れたら、たぶん怒られる。

 もちろんそんなことはなく、赤のパーカーに白のミニスカートと年相応のラフな服装で、活発的なイメージのあるアリサちゃんにとてもよく似合っていた。

 

 アリサちゃんは密かに胸を撫で下ろしている私を訝しげに見ていたが、車が走り出すと気にするのをやめたのか、代わりに質問をしてきた。

 

「ゆとりって町の方には行ったことあるの?」

「うーん、お父さん達が生きてた頃は行った覚えがあるんだけど・・・・・・」

 

 一緒に手を繋いだり、抱っこしてもらったことは覚えているが、それ以外はあやふやでよく思い出せない。

 昔だと来た回数も少ないだろうし、周りの風景も多少変わっていると思うから、あんまり信用できないし・・・・・・。

 

「そう。なら、私がエスコートしてあげる。私がオススメする場所をいくつか見て回るつもりだから、一緒に良い物見つけるわよ」

「うん。頑張ってはやてちゃんに喜んでもらうんや」

「あ、でも疲れたら、すぐに言うのよ?時間はたっぷりあるんだから、無茶せずに、楽しくいくこと」

「了解や。ありがとなー、アリサちゃん」

 

 すでにアリサちゃんには、私の両親が他界していることを話してあるから、アリサちゃんも気にした様子はなく、今もつい口にしてしまったが、何の反応もせずにスルーしてくれたから、ありがたく思う。

 

「そういえば、すずかがゆとりにお礼を言いたいって言ってたわよ」

「すずかちゃんって、アリサちゃんの親友でアインの飼い主さんやっけ?」

 

 思い出したように言うアリサちゃんに、思わず質問する。

 確か前にそんなことを言ってたような気がしたが、最近いろいろあって忘れていた。

 

「そうよ。本当なら今日一緒に行かないかって誘ったんだけど、家の用事とかで来れないって、残念そうに言ってたわ」

「そうなんや。私も会ってみたかったなー」

「ま、そのうち会えるでしょ。すずかもアインのお礼をするんだって、今日の用事をキャンセルしてまで来ようとしてたみたいだし」

「お、お礼なんてええよ。私が好きでやったことやし・・・・・・」

 

 お礼が欲しくて助けたわけではないから、少し戸惑う。

 そんな私の心情が分かっているらしく、アリサちゃんはにやにやとしていた。

 

「くくくっ、覚悟しておいた方がいいわよ。すずかの家って私の家と同じくらいお金持ちだから、きっとゆとりの想像のつかない程のお礼を持ってくるわよ」

「あ、あうう~、アリサちゃんのいじわる!」

 

その後も散々からかわれて、涙目になりながら、私達のプレゼント選びはスタートした。

 

 

★★★

 

 

 一軒目は女の子向けのセレクトショップだった。

 初めて入るお洒落なお店にドギマギしていると、私達に気付いた茶髪の女性店員さんが「いらっしゃいませ!」と元気な挨拶をしてきたから、こちらも思わず「い、いらっしゃいました」と返事を返す。

 返事が返ってきたことに驚きつつも、笑顔を崩さない店員さん。

 私の後ろでお腹を抱えて笑っているアリサちゃんと比べると、今の私には天使のような人だ。

 

「この子に合う服を探してるんだけど、何か良いのはないかしら?」

 

 ようやく笑いが治まったアリサちゃんが、ずいっと私を前に押し出して、そんなことを言う。

 あれ?今日って、はやてちゃんの誕生日プレゼントを買いに来たんじゃなかったっけ?と、いきなり当初の目的から外れた注文に困惑している間に話が進んだのか「任せてくだせぇ」と何故か男言葉で了承する店員さん。

 気付けば、店員さんに手を引っ張られて店の奥まで来てしまった。

 

「それじゃあお嬢ちゃん、服のサイズがいくつか教えてくれる? あと、スリーサイズも一緒だと嬉しいかな」

 

 服のサイズは分かるが、スリーサイズは測ったことがないから分からない。

 そのことを店員さんに伝えると、ポケットからメジャーを取り出して、あっという間に測ってくれた。

 

「ほうほう、この胸のサイズ・・・・・・将来有望とみた」

 

 メジャーを見てそんなことを呟く店員さん。

 そう言われても他の子と比べることがないため判断できないが、一緒にメジャーを覗き込むアリサちゃんの機嫌が何故か悪くなったことは分かった。

 

「・・・・・・むぅ」

「え、えと・・・・・・?」

「なんでもない!」

 

 まだ何も言ってないのに・・・・・・。

 理不尽に睨まれていると、どこかに行っていた店員さんが、何着か服を持ってきて広げて見せてくれた。

 

「それでどんな服がいい? やっぱり女の子だから可愛い服がいいよね? うーむ、お姉さん的にはこのフリフリのやつがオススメなんだけど、どう?」

「よ、よくわからないです・・・・・・」

「そっかー、よし、ならこの服でいいか!」

 

店員さんの勢いに押されながら服を渡され、試着室に入る。

 少し迷ったが服を脱いで下着姿になり、少し苦戦しつつもフリフリの入った服を着て、鏡の前に立った。

 服は上も下のロングスカートも黒く、リボンやフリルがこれでもかとついていて、普段は軽く明るめの色の服しか着ないから、なんだか新鮮な気分だ。

 そんなことを考えていると、「まだかな?」と聞かれたから「大丈夫です」と答えて試着室を出る。

 

「おお・・・・・・これはなかなか」

「へぇ・・・・・・」

「とてもお似合いです」

 

 感嘆の声を上げる二人に、感想を言ってくれる鮫島さん。

 それと同時に、店内の客の視線が一斉にこちらに集中した気がした。

 

「まさか、ここまでゴスロリを着こなすとは思いもしなかったよ。それに、帽子被ってて気付かなかったけど、君のその髪が映えていいね」

 

 私の頭には、被っていた帽子の代わりに服と同じで、黒くてフリルのついたヘッドドレスがある。

 物珍しげな視線が集中して居心地が悪いが、目の前の店員さんは私の髪が気に入ったのか、「うおおー、さらさらで気持ちいいー!」と言いながら何度か撫でた後に、両サイドに髪を結ってくれた。

 

「うむむっ、白髪碧眼のゴスロリツインテール少女か」

「ふぅん、髪型変えただけでけっこう印象って変るものね」

「次はメイド服なんてどうかしら?黒の次は白ってね」

「私はこの赤いチャイナ服なんてもいいと思うけど」

「むむっ、それも捨てがたい・・・・・・」

 

 そんな会話を繰り広げる二人を前に、なんとなく遊ばれてるなーと諦めの境地に立って、それでも鮫島さんに助けを求める視線を送るが、首を振られてしまった。

 たぶん、二人の気が済むまで頑張ってくださいということなのだろう。

 

 結局、一時間近くも私は二人の要望に答えて、服を十着以上も着ることになった。

 

 

 ★★★

 

 

 試着した服を全部買おうとするアリサちゃんをなんとか止めて、二件目のお店へ。

 

 着いたのは町でも大きなペットショップで、私の知らない動物もたくさんいる。

 まず始めにアリサちゃんに引っ張られて来たのは、犬達が集う場所。

 どうやら柵の中にいる子犬に触れるらしく、真っ先に中に入って行ったアリサちゃんはすでに二匹の子犬を腕に抱えてご満悦のようだ。

 

「ほら、どうしたのよ? ゆとりもこの子達を可愛がってあげたら?」

「う、うん。そやね」

 

 子犬が外に出ないよう気をつけながら、柵の中に入る。

 アリサちゃんが柵の中にあったボールで子犬達と楽しそうに遊んでいるのを見ながら、私は座って近づいて来る子犬達を順番に撫でてあげた。

 甘えてくる子に、尻尾を振って喜ぶ子、近くに体を横たえて眠り始める子など、種類もそうだが、一匹一匹の反応が違って面白い。

 

「くぅ~ん」

「ふふ、あなたは温かいなー」

 

 子犬の頭を撫でてあげると、気持ちよさそうな声をあげる。

 ペットショップの触れ合いの場にいるせいか、人が近くにいても怖がる素振りはないから、私も遠慮することなく触れることができる。

 

「わん」

「頭撫でて欲しいんやな? ほら、これでええか?」

「くぅ~ん」「わん」「わんわんっ」

「ちょい待ってなー、順番に撫でてあげるから、な・・・・・・?」

「ばう」「わおーん」「わん」「くぅ~」「わんわん」「きゃんきゃん」

「え? え、ええ!?」

 

 気付けば、いつの間にか子犬達が私を囲むように密集していた。

 さすがに数が多くて全部を相手にできるわけもなく、しかし、動こうにも膝の上に一匹気持ちよさそうに寝ている子がいるし、足の踏み場もないから動けない。

 ど、どうしよう・・・・・・と途方に暮れていると、ふいに集まっていた子犬の一匹が離れ、それを境に次々と、私のもとを去っていく。

 

 助かった理由は、ご飯の時間になったからみたいだ。

 柵の中に入ってきた店員さんが、餌の入った皿を床に置くと同時に、我先にと餌に群がっていた。

 アリサちゃんも遊び相手がいなくなったのか、ボールを片手に戻ってきた。

 

「アンタ、ずいぶんと気に入られたみたいじゃない」

「うん、びっくりしたわー」

「ま、確かにあれは驚いたわね。ふふっ、子犬達に囲まれた時のゆとりの顔、けっこう面白かったわよ。ほら、ばっちり映ってる」

 

 そう言って見せられたのは、子犬に囲まれておろおろとしている私の映った携帯電話。

 自分で見ても、困ってます!という情けない顔をしている。

 

「消して! 消してーな!」

「ええぇー、待ち受けにしようと思ったのに」

「お願いやから、やめて! 私、めっちゃ恥ずかしいやん!」

 

 待ち受けにするなんていうから、必死にお願いしてやめてもらった。

 今日のアリサちゃんはなんだかいじわるやなー。

 

子犬達のご飯の時間を邪魔するわけにはいかないから、別の動物を見るために移動する。

一通り回ると、さすがにちょっと疲れたから、店内に取り付けられたベンチに座り、鮫島さんが買ってきてくれた飲み物を開けて飲む。

私はお茶で、アリサちゃんがリンゴジュースだ。

 

「だいたい見終わったわね。ゆとり、体は大丈夫?」

「うん、まだ平気や」

 

 広い店内を歩いて回ったが、途中で止まったり、アリサちゃんが私のペースに合わせてくれたから、体力にはまだ余裕がある。

 友達の気遣いが嬉しく思うが、年下の子に心配をかけているというのが少し情けなく思ってしまう。

 それに、ちゃんとアリサちゃんに言わなければいけないこともあるのだ。

 

「それで、ゆとりはどの子か気に入った子はいた?」

「う、うん。そのことなんやけど、私の家やとペットを飼うのは無理なんよ」

 

 正確には無理ではないが、一時的ならともかく、体の弱い私と、足の動かないはやての二人だけでは難しく、さらに知識も足りない。

 それに、人よりも早く動物は死んでしまうから、別れの時を考えるとどうしても抵抗があったため、せっかく案内してくれたのに好意を不意にしてしまうことに申し訳がなかった。

 しかし、アリサちゃんの反応は予想外で、

 

「そんなこと知ってるわよ」

「え?」

 

 とあっさりと言われて驚いた。

 

「あの、今日ははやてちゃんの誕生日プレゼントを買いに来たんやよね?」

「そんなの、当たり前じゃない」

「う、うん。そうやよね」

 

 もしかしたら忘れているのかもと思っていたが、覚えていてくれたから安堵する。

 でも、だったら、どうしてここに来たんだろう?

 そう聞いてみると、みるみるとアリサちゃんが不機嫌になっていくから、何か悪いことを言ってしまったのかと恐怖した。

 

「アンタねぇ、もしかして私が服を選んでいた時も一緒に動物を見て回った時も、そんなこと考えてたの?」

「う、うん」

「あのね、確かに今日の目的はゆとりの妹の誕生日プレゼントを買いに行くことよ。だけど、せっかく町に出てきたのに、それだけじゃ面白くないでしょ?」

「???」

「だから、プレゼントを選ぶのも大事だけど、私はゆとりに楽しんでほしいの! 町に出るのは初めてだって言うから、ゆとりが楽しんでくれそうな場所を案内してるんでしょうが!」

「―――あ」

 

 言われて、ようやく気付く。

 そう言われてみれば、最初のお店も一度もプレゼントの話題を上げなかったし、服の着せ替えも最後は楽しんでしまった。

私に両親がいないことを知っていて、さらに動物を家で飼っているアリサちゃんなら、私の家ではペットが飼えないことぐらい初めからわかっていたはずだ。

なら、アリサちゃんが私をここに連れてきた目的も、考えればすぐに分かることだった。

 

どうやら、私は少し焦っていたらしい。

手作りのマフラーが渡せないから、代わりの物を見つけようとしてちょっと周りが見えてなかった。

 

「わかったら、次からはちゃんと楽しむこと。プレゼントを選ぶのは後からでもできるでしょ?」

「うん・・・・・・アリサちゃん、ごめんなー」

「良いわよ、別に。それに、今は別の言葉が欲しいわ」

「うん、ありがとなー」

「よし、それじゃあ次行くわよ!」

 

 そう満足そうに頷くアリサちゃんに連れられ、私はまた別のお店へと向かうのだった。

 

 

 ★★★

 

 

 三軒目のお店はあまり目立たない古びた小さなお店。

 表のショーウィンドウには、熊や犬、等身大のアリクイといったぬいぐるみが並べられているが、長いこと置いてあるのか、少し色あせている。

 

「・・・・・・こ、ここなん?」

 

 商店街でも一番古い古本屋より、さらにボロい外見に思わず目を見開く。

 今まで二件回ったが、どちらもきれいで大きい店だったから、前との変わりように驚きを隠せない。

 私の反応が面白いのか、隣でアリサちゃんがにやけるのを隠そうともせずに、こちらを見ていた。

 

「さ、入りましょ?」

「え?う、うん」

 

 アリサちゃんに手を引かれてお店の中へと入ると、私は本日二度目を見開いた。

 

お店の中はぬいぐるみで埋め尽くされていた。

比喩でも何でもなく、大小様々な種類の動物のぬいぐるみが長机や棚に置かれ、店内も明るく、お店の外見とのギャップがありすぎて異空間に迷い込んでしまったのではとさえ思える。

 

「す、すごい・・・・・・」

「そうでしょ? 私も鮫島に紹介された時は驚いたわ。でも、今じゃあ隠れた名店として、バニングス家御用達のお店にしてるのよ」

 

 そう言って、手近にあった犬のぬいぐるみを抱き上げる。

 気持ちよさそうに顔をぬいぐるみに埋める様が羨ましくて、私も近くにあった羊のぬいぐるみを恐る恐る抱き締めてみた。

 こ、これは・・・・・・!?

 

「ふわふわやー・・・・・・」

「ゆとり、アンタ顔が蕩けてるわよ?」

 

 そう言われたって仕方がない。

 今まで感じたことがないくらいのもふもふが頬に辺り、このままずっと抱きしめていたいぐらいの気持ち良さなのだ。

 ええなー、この子。家に来てくれんやろうか?

 

「おや、それが気に入ったのかい?」

「ひゃっ!」

 

 突然真横から聞こえてきた声に驚き、その場から飛びのく。

 見ると、私が立っていたすぐ隣に可愛らしいエプロンをつけた初老の男性が立っており、その顔にはいたずらが成功したことに満足げの表情を浮かべていた。

 

「おおっ、すまないね。驚かせるつもりはなかったんだよ」

「いや、完璧に足音殺して忍び寄って来てたでしょ」

 

 悪びれることなく言う男性に、アリサちゃんが突っ込みを入れた。

 すると、今まで浮かべていた笑みを引っ込めて、今度は悲しそうな表情になる。

 

「酷い言いがかりだ。私はただ、最近じゃ驚いてくれないバニングスさんが、久々に新しいお客さんを連れて来てくれて、しかもバニングスさんと仲良さそうにしている姿を見たら、これはもう驚かすしかないと―――」

「思いっきり確信犯じゃない!」

 

 目を吊り上げて怒るアリサちゃんを、男性は楽しそうに見ている。

 程なくして、事態に置いてきぼりになっていた私に気付いたアリサちゃんが、男性を紹介してくれた。

 

「この人はここのオーナーの熊山さんよ。人を驚かせることが好きな変な人」

「オーナーの熊山です。よろしくね、お嬢さん」

「え、えと、八神ゆとりって言います。よ、よろしくお願いします」

 

 優しそうな笑みを浮かべながら差し出された手を握り返す。

 皺のある手は、知り合いのお爺ちゃん達の手に比べ、がっしりとして力強く、優しく私の手を包み込んで、伝わる体温が温かい。

 なんだか子供みたいな人だなと思っていると、ふいに熊山さんの視線が私の持っていた羊のぬいぐるみに移った。

 

「ふむ、それは私が三年前の九月十八日に仕入れた羊だね。名前はジンギスカンくん」

「え? あっ! え、えと、これは、その・・・・・・ごめんなさい」

 

 熊山さんの登場で、今まで棚に置いてあった羊を勝手に持っていたことを思い出し、慌てて謝る。

 だが、熊山さんの反応は予想外のもので、勝手に商品に触ったことを怒られると肩を落としていた私を見て慌て始めた。

 

「あ、いや、怒ってるわけじゃないんだよ。むしろ、嬉しいくらいさ」

「そ、そうなん?」

「ああ、そうだとも。ここに来るお客さんは少ないから、みんな売れ残ってしまうんだよ。その点、バニングスさんはよく買いに来てくれるから、私としても嬉しい限りだ。強いて言うなら、犬以外の子達も連れて行ってあげてほしいんだが・・・・・・」

 

 確かにアリサちゃんは犬が好きだ。

 家にもたくさんの犬を飼っているし、携帯ストラップも白い犬だった。

 言われた本人も自覚はあったのか、顔を赤くしていた。

 

「い、良いでしょ別に。てか、本人を前にして言うことじゃないでしょ!」

「あ、そうそう。この前バニングスさんに頼まれていたぬいぐるみが届いていたんだ。ちょっと取ってくるよ」

「無視するなー!」

 

 怒るアリサちゃんから逃げるように、熊山さんはお店の奥へと引っ込む。

 とりあえず、怒られたわけじゃないとわかったから、安心することにした。

 

「私は熊山さんが戻ってくるまであっちで見てるけど、ゆとりはどうするの?」

「んー、私はもう少しここで見とるね」

 

 アリサちゃんはまだ不機嫌そうだったが、別のぬいぐるみを物色することで怒りを紛らわせることにしたらしい。

 鮫島さんを引き連れて、お店の奥の方へと行ってしまった。

 

 アリサちゃん達と別れて、一人でぬいぐるみを見て回る。

 ウサギに亀、像や龍など見たことのある動物たちや、まったく知らない形状をした何かのぬいぐるみが棚に所狭しと並べられ、どれも可愛く持って帰りたくなるが、私の持ってきた予算では一つしか買えないため、諦めるしかない。

せめてもといくつか目についたぬいぐるみを触っていると、再び耳元で声が聞こえてきた。

 

「それは、去年の五月七日に手に入れたリヒャドケルトくんだね。哀愁漂う背中が堪らないだろう?」

「っ!? く、熊山さん?」

「おっと、驚かせてしまったようだね。そんなつもりはこれっぽっちもなかったんだが」

 

 これで二度目だから、さすがにわざとだとわかる。

 そもそも口に浮かぶ笑みを消そうとしない辺り、アリサちゃんの言う通りの確信犯というやつなのだろう。

 

 いつの間にか戻って来ていた熊山さんの手には、子犬ほどの大きさの犬のぬいぐるみがあり、種類はわからないが、デフォルメされた顔が可愛らしくてアリサちゃんが欲しがるのも頷ける。

 

「なかなか楽しんでくれているようで、何よりだよ。どれか気に入った子はいたかい?」

「うん、この羊さんが一番好きや」

「うんうん、八神さんもジンギスカンくんのもふもふの虜になったようだね。私も気に入ってくれたようで嬉しいよ。ところで・・・・・・ふむ、ちょっと失礼」

「え? あっ、帽子・・・・・・」

 

 何の脈絡もなく、被っていた帽子を取られて驚いた。

 あまりにも自然で流れるような動作だったため、大事な帽子だとわかっていても、取り返そうと思うよりも戸惑いが大きくて動けない。

 熊山さんは帽子をいろんな角度から見渡した後、一度私を、正確には私の白い髪を何度か見比べ、特に何かすることなく帽子を返してくれた。

 

「・・・・・・あの、何で帽子を?」

「ん? ああ、いきなりで悪かったね。素敵な帽子だったから、つい間近で見たくなってしまったんだ。それは八神さんの帽子かい?」

「え、えと、これお母さんの帽子で、大切な物だから・・・・・・」

 

 一度取られてしまったこともあって、被り直すこともせずに両手で抱き締める。

 その姿を見た熊山さんは、今度こそ本当に申し訳なさそうに、何かを懐かしむように私の頭を撫でてきた。

 

「そうかい、お母さんの・・・・・・。それはますます悪いことをしてしまったね」

「う、ううん。ちゃんと返してくれたから・・・・・・」

 

 それっきり無言になり、気まずくなってしまう。

 別に怒っているわけではないが、誰かとこんな空気になってしまうのは初めてだから、どうすればいいのかわからない。

 何か話題はないかと考えていると、

 

「ちょっと、もしかしてゆとりを苛めてるんじゃないわよね!?」

 

 跳ねるような声に振り返ると、アリサちゃんが顔に怒りの表情を浮かべて立っていた。

 後ろに立っている鮫島さんの手に犬のぬいぐるみがあるから、きっと欲しい物が見つかって戻ってきたところで、妙な雰囲気の私達を見て勘違いしたのだろう。

 

「ち、ちゃうよ、アリサちゃん。私は苛められてへんし、熊山さんも悪いことはしてへんよ」

「じゃあ、なんでゆとりは落ち込んでるのよ?」

 

 落ち込んでる? 私が?

 よくわからずに首を傾げると、アリサちゃんが諦めたようにため息をついた。

 

「もう、ゆとりがそう言うなら一応信じてあげるけど、今度何かされたら、まず私に言いなさい。ぼっこぼこにしてあげるんだから」

「嬉しいけど、暴力はあかんよ」

 

 胸を張って言うから、思わず苦笑する。

 でも、おかげで微妙な空気がどこかへ行って、気が楽になった。

 

 それから、結局私は何かを買うことなく店を出る。

 プレゼントを買うならじっくりと選びたいし、アリサちゃんも無理して選ぶ必要はないと言ってくれたから、今回は諦めることにした。

 

「また来てください。八神さんも、気軽に来てくれていいからね」

「うん、ありがとなー」

 

 熊山さんに見送られて、店を出る。

 車に乗り込むと、少し体が疲れているのを感じた。

 そのことをアリサちゃんに伝えると、一度腕時計を見て、運転席に座る鮫島さんに何か言っていた。

 

「ゆとり、そろそろ休憩も兼ねてお昼にしない?」

「そやね。私もちょいお腹が減ってもうた」

「なら、これから私がこの町で一番オススメできる喫茶店に連れて行ってあげるわ」

 

 喫茶店?と首を消しげる私に、アリサちゃんは満面の笑みを浮かべて言う。

 

「喫茶店『翠屋』よ」

 

 

★★★

 

 

Side ある二人の会話

 

「今日はゆとりお嬢様を楽しませてくれて、ありがとう。アリサお嬢様も満足そうだった」

「なに、久々に驚いてくれる子が来てくれたから、私も楽しかったよ。・・・・・・ところで、鮫島、もしかしてあの子は・・・・・・」

「ふむ、やはり気付いたか?」

「気付かないわけないだろう。あの顔、それに白い髪も青い瞳も、どれもあの子にそっくりだった。私は、てっきりこの店を開いた頃に遡ってしまったのではないかと思ったぞ」

「ああ、私も初めて見た時は自分の目を疑ったさ。なあ、覚えているか?私達が彼女と出会った時のことを?」

「当たり前だ。なんせ、この店の最初の客だったからね。今でも鮮明に思い出せるよ。こんなボロい店を素敵だって言ってくれたからね」

「そうか。そうだったな」

「また来てくれると言った時は嬉しかったよ。なんだか、自分に孫ができたみたいな気分になったからね。もっとも、その約束は果たされることはなかったが・・・・・・」

「・・・・・・ああ、そうだな」

「あの子は、また来てくれると思うか?」

「来てくれるさ。あの子なら、きっと・・・・・・」

 

Side out…

 

 

 




やったぜ。燃え尽きたぜ。
連続投稿って意外と疲れる。でも、またいつかやりたい。

今回の話でいろいろと伏線を入れていくつもりです。

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