「ちょっと岩沢さんと植物園に来てくれるかしら?」
廊下を歩いているときにふらぁっと立華が現れてそう言ってきた。
・・・この学校に植物園なんてあったけ?
「ああ、そう言えばあったなぁ。植物園」
どうやらまさみは場所を知っているらしい。
俺がこっちの世界に来る前、ちょくちょくまさみはそこで演奏をしていたそうだ。
「ここだ・・・」
岩沢さんについて行くこと約十分。
そこは植物園と呼ぶにふさわしい植物園だった。
いくつかのビニルハウスや、レンガを積み上げた花壇。
・・・誰が世話してるんだろう?
「あ、いたぞ綾崎」
「んー・・・ああ、本当だ」
岩沢さんが指を指すその先に、麦わら帽子をかぶった立華がいた。
華に水をあげているところだった。
「お〜い、立華〜来たぞ〜」
「済まないな、待たせてしまって・・・」
「大丈夫・・・気にしてない・・・」
そう言って、立華は俺たちをビニルハウスに連れて行った。
ビニールハウス中では、見たこともないような色とりどりの花が咲いていた。
おそらく熱帯系の植物だろう・・・ビニルハウスだし。
俺とまさみは、白い丸テーブルの前に座った。
「・・・・どうぞ」
コトンと、どこで煎れてきたのか玉露を差し出してきた。
「あ、悪いな・・・」
「ありがと」
立華は俺たちの相向かいの椅子に座った。
とりあえず玉露を一口。
おお、なかなか美味い。
「早速、今日俺たちを呼んだ理由を教えてくれないか?」
「ええ、・・・」
そう言って立華も玉露を一口。
「そろそろ動き出そうと思うの。・・・コレで分かるかしら?」
大体予想していたので俺はうなずいた。
まさみも同じくゆっくりとうなずいた。
「俺たちの歌でこの世界を救う・・・だっけ?」
「そう・・・」
「具体的にはどうするんだ?」
「初めて聞くかも知れないけど、この学校の地下にはあるサーバーが設置してあるの」
「サーバーって事はコンピュータか?」
「ええ・・・」
「そのコンピュータと私たち、どう関係があるんだ?」
「そこのコンピュータはもともとこの世界にいる生徒達を管轄する役割もあるの。」
「管轄って・・・制御してるって事?」
「ええ、それであなた達みたいなイレギュラーがこの世界に来るとサーバーはあなた達をバグと判断するの」
「私たちを・・・バグ・・・」
「最初はバグは少ないからコンピュータも気にしない。・・・だけど。」
「増えすぎると、俺たちを処理するプログラムを起動させる」
立華の言葉を待たずに俺は答えた。
「その通りよ。そして、そのプログラムが動き出すのはもう時間の問題」
「それで・・・私たちは何をするの?」
「そのプログラム、仮にデバッグと呼ぶけど。デバッグが始まった時を狙って、あなた達で歌ってもらうわ」
「・・・それって、危ないのか?」
「失敗すればあなた達全員本当の生徒になるわ」
・・・NPCになるってことか。
老いもせず、死にもせずただ同じ時間を永遠にさ迷い続ける人生。
それはもう、牢獄に近い。
「それで・・・俺たちが歌うとどうなるんだ?」
「デバッグはとても攻撃的なプログラムなの。サーバーをバグから守るんじゃなくて、むしろバグを処理してサーバーを守るようにプログラムされてるの」
「・・・だから?」
「つまり、サーバー側の防御は手薄になる。あなた達が歌ったときの生徒達の反応を思い出して・・・どうだった?」
「どうだったって・・・」
オペレーション・トルネード、立華の家に侵入するとき・・・。
普段の無反応なNPCは俺たちがライブを始めると、取り憑かれたようにノって来る。
そう・・・取り憑かれたように。
「いつもとは違う様子だったのは確かだ・・・なぁ?まさみ?」
「あ、ああ・・・確かに。」
「それが私たちの勝機・・・。彼らを強制的に別の意識に束ねることで、逆にサーバーに攻撃するの」
用は、デバッグをウイルスに書き換えるのか・・・。
「・・・そんなに、上手くいくものなのか?」
「私たち三人だけでは難しいわ」
「そう・・・だよな・・・やっぱりアイツらに手伝ってもらわないと無理かなぁ?」
話の流れから察するに、NPC全てが俺たちを消しに掛かるみたいだな・・・。
あんな大人数の中、無事に歌いきるなんて不可能に近い。
・・・なら。
「やっぱり、ゆり達に相談した方が良いのかな?」
「・・・・てか、まだ言ってなかったのか紅騎?」
「最近忙しかったからな・・・」
・・・と言うよりもあのゆりを説得できるかどうかが怪しい。
それなら、ゆり以外の奴らの意志を固めてから説得した方が良い。
「立華・・・音無を説得してくれないか?」
「なんで音無なんだ?」
「アイツはゆりに次いで・・・いや、もしかしたらゆりよりも発言力が強いからな。アイツに分かってもらえれば・・・きっと」
「音無か・・・確かに最近音無はみんなに人目置かれるようになってきた気がする」
「・・・だから、立華、頼めないか?」
「構わないわ・・・けど」
「・・・けど?」
「ン・・・」
立華が不意に目を閉じてこちらに唇を差し出してきた。
「・・・はい?」
「もう一度・・・口づけしてくれたら・・・」
一瞬にしてあの時の光景、立華にいきなりキスをされた光景がが脳裏によみがえった。
「ちょ、ちょっと待て!!なんで・・・なんでいきなり!?」
「・・・・だめ?」
「だ、駄目に決まってるだろ!俺にはまさみが・・・!」
「・・・岩沢さん?」
ここはかなり恥ずかしいが自分のみを守るためにカミングアウトしよう・・・。
なぜかって・・・さっきからまさみの視線が痛いからだ。
じぃぃぃぃぃぃぃ!!
うう、目線で殺されそうだ・・・。
「お、俺とまさみは・・・こ、恋人同士・・・なんだよ」
「・・・・消えなかったの?」
「ああ、消えなかった・・・」
「二人とも・・・えっちね」
ボン!!
いきなりまさみが赤面し、頭から煙を出した。
足を組んで、頬杖をついたまま。
「な・・・!?それってどういう・・・」
そのままプシュ〜と机に突っ伏してしまった。
「分かったわ。口づけは諦める・・・。けど、あなたの頼みは聞いてあげるわ」
「そ、そうか・・・サンキューな。」
「それじゃあ、私は行くわね・・・何か外が騒がしいみたいだし」
そう言って立華は湯飲みを片付けてからビニルハウスから出て行った。
「お〜い・・・ま〜さ〜み〜?。起きてる〜」
「こぉぉぉおぉぉぉきぃぃぃ・・・」
気のせいかな?まさみの背中から黒いオーラが出てるように見えるのは・・・。
「さっきの”もう一度”ってどーゆー意味だ?」
さすがまさみ・・・めっちゃ鋭いご指摘で・・・・・。
「い、いや、あれは事故だ!!故意じゃない!!」
「へぇぇ・・・つまり、”した”って事は認めるんだな?」
ああ・・・墓穴を掘っちまった・・・・。
あぁぁくそ!!もう、分かった!!認めますよ!!
「・・・・・はい、」
ぐいぃぃぃ!!!
その瞬間まさみが胸ぐらを思い切り掴んできた。
殴られる!!
本能的にそう感じた。
「ま、まさみ!!ちょっと待っ・・・・ん!?」
何が起こったのか分からなかった。
理解できるのはまさみの右手が俺の顔面にいつまで経っても飛んで来ないこと。
胸ぐらは捕まれたままだけど・・・。
そして呼吸ができない。
・・・・まさみの唇でふさがれているから。
数秒なのか、数分なのか分からないが、しばらくしてまさみの唇が離れた。
「ま、まさ・・・み?」
「アイツの唇の感触なんて、私の唇で忘れてしまえばいいんだ!!」
「・・・・・は?」
岩沢さんは顔を真っ赤に、それはもうこれ以上は無いほどと思うほどで言った。
「いいか!?今の私とお前はこ、こ、恋人同士なんだ!さっきのは恋人になる前の話だから、許したくないけど許す・・・けど!!また同じようなことがあったら許さないからな!?」
心が広いんだか、広くないんだかよく分からない台詞だ。
いや、もうまさみ以外とキスしませんよ?
さっき決意しました。
「分かった・・・絶対にしない」
岩沢さんは胸ぐらを掴んでいた左手を話してくれた。
「ふ、ふん!そんなの当たり前・・・ちょ、紅騎?・・・ん」
お返しとばかりに俺もまさみの唇を塞ぐ。
次第にまさみの足下がおぼつかなくなってきたので背中を支えて、唇を離した。
「あ・・・・」
ちょっと残念そうな表情のまさみの頭の上に手を置く。ちょうどまさみを抱きしめる格好になった。
「そっくり同じ言葉を返すよ」
「ばか・・・忘れるわけないだろ?」
「な、なんじゃありゃぁ・・・」
しばらくしてビニルハウスを出てから校庭の方を見ると、馬鹿でかい魚が横たわっていた。
いや、すでに半分以上は解体されていて、戦線のメンバーがNPCに炊き出しをしていた。
「お〜い、綾崎〜岩沢さ〜ん。こっち来いよ〜!!」
日向が手をぶんぶん振っている。
「・・・どうしたんだ、これ」
「川で釣ってきた!!」
「いや、釣るってレベルじゃねーだろ・・・」
「正確には音無がヒットして、野田がとどめを刺した!」
「ああ、納得・・・」
「本当は、普通の魚を食って食券を浮かそうって作戦だったんだけどな。コイツが釣れたんでせっかくだから炊き出ししようって音無が。」
「さすが音無、どこぞのリボン娘とは考えが違う。」
「だ・れ・が、どこぞのリボン娘ですって〜?」
「ゆ、ゆり・・・聞いてたのか?」
「それよりもアンタ達二人!どこでイチャついてたのよ!?探したじゃない!!せっかく人数が欲しかったのに・・・」
「ははは・・・残念だったな。だが、まさみとイチャついてたのは本当です!!」
「おお・・・って、マジか!?」
「紅騎!?・・・・って馬鹿!!」
ドゴォ!!
「ぐ、ふっふぅ・・・」
久しぶりにまさみの拳を食らった気がする・・・。
「マジ・・・みたいね」
「ってか、いつの間に名前で呼ぶようになったんだ?」
日向が興味津々といった様子で聞いてきた。
「い、いつって・・・」
「直井君が暴れた時よね〜綾崎君?」
「な、なぜそれを・・・・って、ひさ子か!?」
ひさ子はTKや、松下五段達と、大食いで勝負していた。
茶碗の量からして五分といったところか・・・。
「ええ、遊佐経由で聞いたわ」
「アノヤロウ・・・」
「まあ、まあ、そんなことより・・・どこまで進んだの?キスはもうした?」
「そ、そんなこと言えるわけ無いだろ!?」
「へぇぇぇ・・・まあ、良いわ。本人が言わないなら・・・」
ゆりは腰から無線機を取り出した。
ま、まさか・・・・
「遊佐〜?見てたんでしょ?」
『ガッ・・・はい、しっかりと・・・』
「できるだけ簡単に、かつ詳細に教えてちょうだい」
「や、ヤメテ〜!!」
『ガッ・・・岩沢さんが綾崎さんの胸ぐらを掴んだかと思うと、いきなり熱〜いチューを。それはもう見てるこっちが恥ずかしくなるくらい・・・』
「は〜い・・・ありがとさん・・・・さて」
ゆりが満面の笑みを浮かべて俺たちを見た。
まさみはサッと、俺の背後に隠れてしまった。
「それだけ熱いチューをしていて、どうして二人は消えないのかしら?」
「そ、それは・・・えっと・・・その・・・」
「皆まで言うな綾崎・・・もう俺はお腹いっぱいだ。」
「情けないわね〜日向君。私はまだまだ足らないわよ!さあ、なぜかしら〜?教えなさい!!」
「か、勘弁してくれ・・・」
こんな毎日が続いてくれないかとちょっと思った。
・・・でも、このままでは最終的にみんなNPCと言う名の牢獄に閉じこめられてしまう。
「た、高松君!?高松君!!」
「う・・・う、うわああああああ!!」
ついに動き始めた。