本当にぎりぎりのタイミングだった。
岩沢さんとひさ子を捜しているときに反対側の校舎から岩沢さんの声らしいものが聞こえた。
声のした方を見ると本当に岩沢さんとひさ子がいた。
しかも直井と鉢合わせになっている。
俺はとりあえず理科室から生石灰を拝借してから岩沢さんの方へ走った。
廊下の角を曲がりきるとあからさまに大ピンチだった。
ひさ子はピクリとも動く気配はないし、岩沢さんは直井に髪を掴まれている。
その光景を目撃してからほぼ反射的に次の行動に移った。
持っていた拳銃(デザート・イーグル)で消火栓を打ち抜いて直井がひるんでいる隙に岩沢さんの所に駆けつけた。
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・岩沢さん・・・大丈夫か?」
見たところ岩沢さんに目立った外傷はなかった。
一応、間に合った・・・かな?
「あや・・・・!?」
・・・いや、ちょっと遅かったみたいだ。
この様子からして声を出したくても出せないみたいだ。
とりあえずこの場を離れないと。
「ま、待て・・・貴様ら・・・」
直井が勢いよく出てくる水に翻弄されながら何か言ってきた。
「うるせぇ!!」
とりあえず例の生石灰を直井に投げつける。
シュ〜・・・・。
「あ、熱い!!貴様一体何をした!?」
・・・・まあ、勢いよく水が出ているし、短時間で静まるだろう。
「よし、逃げるぞ!!」
俺はひさ子を担ぎ上げ、岩沢さんの手を引いて屋上に走った。
ひさ子をゆっくり寝かして、壁にある時計を見た。
「・・・・よし、完全下校時刻まであと五分だ」
この様子なら今日は大丈夫そうだ。
今日中にあっちがけりをつけてくれれば良いけど・・・。
「岩沢さん、ひさ子は何で気絶してるんだ?」
「直井・・・に・・・れ・・・んだ」
「岩沢さんの声も?」
岩沢さんは静かにうなずいた。
・・・やっぱり。
パアン!
校庭から銃声が聞こえた。
「っ・・・何だ!?」
フェンス越しから校庭を覗いてみた。
そこにはNPCにやられた戦線のみんなが血を流して倒れている光景があった。
・・・おそらく死んでいる。
しばらくすれば復活すると分かっていてもこの光景は衝撃的だ。
その中で一人直井と戦っている少女の姿が。
・・・・ゆりだ。
こちらの安全が確保されている以上あっちに加勢した方が良いんじゃないのか?
・・・・いや、駄目だ。
俺の役割は四人を守ることだ。
この場を離れるわけにはいかない。
・・・・それに。
「・・・・・・・・」
こんなにも精神的に弱っている岩沢さんを放っておけないから。
俺は岩沢さんの隣に静かに腰を下ろした。
そして優しく岩沢さんを抱きしめた。
ちょうど岩沢さんの頭がすっぽり腕の中に収まるように。
「っ!?・・・・綾・・・・き?」
岩沢さんは何事かとこちらに視線を送ってくるが俺は構わず抱きしめ続けた。
・・・・なんだろう。
前もこんな事があった気がする・・・。
そうか・・・”あの時”・・・。
俺が”彼女”出会ってからしばらくの間、あの子はほぼ毎日俺が働いていた店に通っていた。
特に何か買うわけでもなく、ただ俺を探しては話をする。その繰り返しだった。
ただ、ある日を境にぱったりと来なくなった。
事情を探ろうにも彼女の人間関係なんか知らないので全く情報を掴むことができなかった。
そしてまた数日後、俺宛に差出人不明記の配達があった。
配達の中身は・・・忘れるはずが無いあの子が持っていたアコースティックギターだった。
それと一緒に「コイツのことをよろしく頼んだ」と書かれた手紙があった。
「・・・・どういう意味だよ、これ」
・・・・アイツが音楽を、辞めた?
そんなこと有るわけがない。
だってアイツは、あんなにも音楽に一直線だったのに・・・。
あんなにも音楽を愛していたのに・・・。
居ても立ってもいられず、俺は店を飛び出した。
俺の行き先は、アイツとのたった一つの接点だった駅前周辺。
外はすでに日が沈み掛かっていて、帰宅途中の人であふれかえっていた。
こんな格好の女の子はいなかったかと道行く人に声をかけて廻った。
「・・・・くそっ」
しばらく尋ね廻ってみたが、全くと言って良いほど何もつかめなかった。
・・・・そういえばこれを受け取った郵便局は二駅隣の町の住所だった。
「行ってみるか・・・」
電車にゆられること十分。
そしてしばらく歩いて目的の郵便局にたどり着いた。
「・・・この荷物の差出人ですか?」
「はい・・・たぶん赤い髪をした女の子のはずなんですけど」
「・・・・ああ!はいはい。確かに来ました。」
郵便局員の話によると、二・三日前突然ギターケースをもった女の子がやって来て「これを匿名で配達できる?」と聞いてきたらしい。
「あの時はびっくりしましたよ〜何せ・・・・」
「その子の居場所って分かります?」
俺は面倒なので局員の話を遮って質問した。
「いや〜そこまではちょっと・・・」
「・・・・そうですか」
とりあえず郵便局から出た。
「・・・・手がかりなしか」
・・・・そう言えばここに来る途中に小さな公園があったな。
ちょっとギター弾いていくか・・・。
「あ・・・・・・」
その公園には先客がいた。
セミロングの赤い髪。
間違いない。あの子だ。
声をかけようとした・・・・けど、できなかった。
ベンチの上で膝を抱え込んでうずくまる彼女の姿は、あまりにもいつもの様子ではなかったからだ。
「・・・・・」
静かに彼女の隣に座った。
そしてゆっくりと抱きしめた。
「?・・・・っ!お、お前!?なんでここにいるんだ!?」
「・・・なんでいきなり来なくなったんだ?」
質問を質問で返した。
「・・・・何で私を抱きしめてるんだ?」
「何でギターを俺に送ってきたんだ?」
こんなやり方は自分でもズルイって分かってる。
・・・でも今は、とにかくコイツが心配だった。
「何で・・・・どうして・・・・」
「・・・・・?」
「どうして私なんかに優しくするんだよ!?放っておいてよ!!」
突然せき止めていた何かがあふれ出すように彼女は叫んだ。
「怖いんだ・・・私が歌って、また大好きな音楽が他人に傷つけられるのが・・・」
「お前・・・・」
「そう思い始めたときから歌えないんだ・・・・声が出ないんだ・・・」
・・・・たぶんまたコイツの親が何かをしたんだろう。
「・・・・何かあったのか?」
「・・・・・」
しばらく黙ったが、言葉を選ぶようにして少しずつ話し始めた。
話の内容は大体こんな感じだ。
いつも通りバイトから帰ってきて、駅前に行こうとしたときコイツの親父がギターを持って脅したそうだ。
「歌いに行く暇があるならもっと金を稼いでこい。さもないと今度はへし折るどころじゃ済まないぞ」
そして、次に言われた一言が原因らしい。
「夢で金を稼げる訳じゃない。どうせお前は俺の子なんだからな」
「この一言は参ったよ。いつもの罵倒なら慣れてるんだけどね・・・・これだけは・・・」
「・・・・・・」
「だから、私は・・・・」
「・・・・夢を諦めたのか?」
「・・・・・うん」
「・・・・だったら俺の夢も諦めるしかないな」
「え・・・・?」
きょとんとした顔でこっちを見てきた。
何を言っているのか分からない。そう顔に書いてあるみたいだった。
「ちょっと前に凄い人に会ったんだ」
「凄い人?」
「ああ、あの人は夜の駅前の公園にいたんだ」
「へ〜・・・」
「その人は、楽器を壊されてもどこからか拾ってきて音楽を続ける頑固者な女の子でさ」
「・・・・・」
「その歌声はとっても綺麗で、力強くて、圧倒されるようで。」
「それって・・・・」
「俺は自分で勝手に決めたんだ。この子とできればずっと音楽をやっていきたいって」
「・・・私の・・・・こと?」
俺は構わず話を続けた。
「でも・・・もうその子は音楽の夢を諦めたって言ったんだ」
「・・・・・・・」
「しかももう歌えないって・・・」
「あぁ〜!!もう!!結局何を言いたいんだよ!?」
もう面倒くさい!・・・て感じで叫んできた。
「・・・・結局、俺はお前に惚れている。お前のことが好きなんだよ」
「・・・・え?何?・・・好きって・・・え?」
俺はさっきと同じように彼女の頭がすっぽりと収まるように、抱きしめた。
「他の誰かのために歌わなくて良い。せめて俺にだけでも良い・・・・また歌ってくれないか?」
「・・・・・迷惑かけるかもしれないよ?傷つくかもしれないよ?」
「またあの歌声が聞けるなら、構わないよ」
「・・・・・分かった」
「・・・・本当か?」
「ああ・・・。」
「じゃあ、ほら・・・これ」
例のアコギが入ったギターケースを渡した。
「ん、ありがと・・・・えーと・・・」
「・・・・どうした?」
「そう言えば私たち、お互いの名前知らないよね?」
・・・・そうだった。
俺って、名前も知らない女の子に告白したのか?
うわぁ、恥ずい!!
「私は岩沢まさみだ」
「俺は綾崎紅騎だ。よろしくな、岩沢」
「・・・・”まさみ”で良い、私も紅騎って呼ぶから・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
な、なんだ!?このとてつもなく甘酸っぱい空気は!?
「じゃ、じゃあ私、帰るから!」
「お、おう・・・じゃあな」
そして彼女・・・もとい岩沢まさみは何度もこちらをちらちら見ながら帰路についた。
それから一週間後にまさみは再び姿を現さなくなった。
今度は一切消息がつかめなかった。
その約一ヶ月後。
まさみが死んだことをまさみのバイト先で知った。
そしてその数日後。
・・・・俺は死んだ。
・・・・これで全てのピースが埋まった。
そうか・・・俺、岩沢さんのこと”まさみ”って呼んでたんだ。
それなのに俺はずっと岩沢さん、岩沢さんって距離を置いた呼び方を・・・。
馬鹿だ・・・俺って本当に馬鹿だ。
「綾・・き・・何・・・泣い・・・る?」
岩沢さん・・・いや、まさみが心配そうに顔をのぞき込んできた。
・・・・そっか、泣いていたのか。
「本当に・・・・本っっっっ当に悪かったな・・・”まさみ”」
「・・・・え?」
「ずっと距離を置くような呼び方で、これじゃこの世界なんて救えるはず無いよな・・・」
「戻っ・・・のか?」
「なあ、せめて・・・せめて俺にだけでも良い・・・・また歌ってくれないか?」
あの時と同じ言葉をもう一度使った。
「〜〜〜♪」
そして俺は”My song”のギターパートをハミングで歌い始めた。
「苛立ちをどこにぶつけるか・・・・」
確証は無いけど確信はあった。
そして今、まさみはもう一度歌うことができている。声を取り戻している。
「〜〜〜〜♪・・・・」
「・・・・・」
しばらく沈黙が続いた。
まさみは信じられないって顔をしている。
「綾崎・・・声が、声が戻った!!」
「ああ、良かったな・・・本当に良かった」
「ありがとう!!本当にありがとう!!綾崎!!」
「・・・・ちょっと待った」
「・・・・?」
「さて、ここで問題です。生前あなたはこの綾崎紅騎を何て呼んでいたでしょう?ま・さ・み?」
分かりやすいようにあえて最後にまさみと付けた。
「あ・・・・うん・・・」
ようやく理解したか。
「こ・・・・紅・・・騎」
「正解!」
「・・・・・・・」
「あれ?どうした?」
突然まさみが黙ってしまった。
何か悪いことでもしたか?
「全て思い出したって事は、あの小さな公園の事も思い出したのか?」
それって・・・俺がとっても恥ずかしい思いをした記憶のことか。
今思い返してもあれは恥ずかしいな・・・。
「あの時・・・言いそびれたことがあった」
「言いそびれたこと?」
・・・何だろう。
「・・・・言うぞ?」
「ど、どうぞ・・・」
「私も・・・」
「・・・・?」
「私も・・・紅騎と同じ夢を追いかけたいってあの時そう思った」
「・・・・・うん」
「・・・・・私も、紅騎の音楽に・・・・いや、紅騎に惚れたんだ」
・・・・・・え?
「それって・・・・つまり・・・?」
「コウキノコトガ、スキダッテコト」
・・・・・マジで!?
まさみが・・・・俺のこと?
やべぇ・・・素で嬉しい・・・。
「・・・・・・あれ?」
まさみが何か不思議に思ったらしく首をかしげた。
「どうした?」
「この世界って・・・満たされると消えるんだよな?」
・・・・そう言えば。
「つまり・・・俺とまさみは告白程度じゃ満足できないほど欲が深いって事か?」
言葉にすると何ともエロすな感じだが・・・。
「言葉にするな・・・恥ずかしい」
「お、おお・・・悪い」
「全く・・・ひさ子が寝てるから良かったけど」
「・・・・誰が寝ているって?」
「「うわぁぁ!!??」」
いつの間にかひさ子が目を覚ましていた。
「全く・・・人が気絶してる隣で、何アツアツな会話をしてるんだよ」
「どこまで聞いてた?」
確認でとりあえず聞いてみた。
「岩沢が歌い終わったあたりからだけど?」
・・・・一番聞かれたくないところを全部聞かれている。
「・・・・ひさ子、このことは誰にも言w」
「遊佐に垂れ流したよ?明日になればゆりの耳にも届くんじゃない?」
・・・・終わった。
ああ、穴があったら入りたい・・・・・。
「あ、あっちも終わったみたいだよ?」
ひさ子が指を指す先には音無が直井を抱きしめている衝撃的な光景があった。
「音無・・・・アッチ系だったのか?」
あの雰囲気では絶対そうではないと思うけど。
「紅騎・・・あの二人から薔薇の花が見えるんだけど」
「あー・・・まさみ、気のせいだよ・・・・・・きっと」
「そんなことよりも、だ。明日から楽しみだねぇ」
ひさ子が怪しい笑みを浮かべた。
そして今回の騒動は一応の決着が付いた。