俺が天使、立華の部屋を出た頃にはすでに周りは暗くなっていた。
・・・どうしよう、もう食堂は閉まってる時間だし。
自分の部屋で作るという選択肢はあるが、残念ながら材料がない。
ちなみに材料は食堂に行けば分けてもらうことができる。
だけどさっきも言った通り食堂始まっている。
「・・・・腹減った」
さっきから俺の腹の虫が大暴動を起こしている。
重たい足取りで食堂の横を通ったとき人影を感じた。
「なんだ、岩沢さんか・・・」
「な、なんだって何だ!・・・・せっかくラーメンの食券が二枚手に入ったのに」
ここの食堂の人気メニュートップ3はカレーとラーメンとハンバーグ定食だ。
特にラーメンは食券自体数が少なく、毎日学生達が殺到するくらいの人気を誇っている。
それが二枚あるって事は、かなり早い時間に食堂に行ったって事だ。
・・・・ん?・・・二枚?
「もしかして待ってた?」
「そ、そんな分けないだろう!!た、ただラーメンが好きな奴がお前くらいだけだったから・・・」
あれ?前ひさ子が「食堂のラーメン食いてぇぇぇぇ!!」って騒いでいた気がするんだけど・・・。
「・・・じゃあ、今から食うか?」
「・・・・え?」
そう、確かに食堂は閉まっているが”厨房はまだ使用可能だ”。
ここの食堂の厨房は食堂に行けなかった生徒のために厨房を開放している。
しかし食堂は結構な時間開いているし、作るのは面倒だからと言う理由で厨房を使う生徒は聞いたことがない。
「岩沢さんの作ったラーメン、久しぶりに食べたくなってきた」
岩沢さんは生前ラーメン屋でバイトをしながら音楽活動をやりくりしていた。
そのせいか岩沢さんの中華料理の腕は結構なものだ。
「そ、そう・・・か?し、仕方ないな・・・じゃ、じゃあ、作ってやるよ」
というわけで俺と岩沢さんは厨房に向かった。
予想通り厨房に人の姿はなく、静まりかえっていた。
「手早く作っちゃうから綾崎はその辺で待ってて」
「じゃあ、チャーシュー麺大盛りで」
「・・・分かってるよ」
ちなみに俺の生前の昼食はもっぱら岩沢さんの働いてる店のラーメンだった。
バターの溶けたスープと麺が絡まって絶妙なうまさなんだな〜。
・・・・やばい、そんなこと考えたらまた腹の虫が・・・。
ぐ〜・・・。
「はは、綾崎はだいぶ腹が減ってるんだな」
ぐ〜・・・。
・・・今のは俺じゃないぞ。
「岩沢さんもね」
「う、うるさい!」
やっぱり待ってたんだな。
よし、明日は一緒に食堂に行くとするか。
「はい、チャーシュー大盛りお待ちどう」
厨房の隅っこのテーブルで待っていた俺の前に見慣れたラーメンが置かれた。
ちなみに岩沢さんは塩ラーメンのチャーシュー抜きだった。
・・・そういえばチャーシューは苦手なんだっけ。
岩沢さん曰く油がのった肉を食べるとその後の飯がまずくなるらしい。
「じゃあ、早速いただきます!」
「どうぞ、召し上がれ」
ます一口スープを飲んでから麺をすする。
ズルズルズル〜・・・
「・・・うん、やっぱり美味いな。岩沢さんのラーメンは」
「そうか・・・よかった・・・」
ズルズル〜・・・
岩沢さんもラーメンを食べ始めた。
・・・その後俺たちは完食するまで無言で食べ続けた。
「ぷは〜・・・ごちそうさま〜」
「お粗末様でした」
やっぱり美味いなぁ、岩沢さんのラーメン・・・。
俺はスープまで残さずしっかりと食べきった。
本当は身体に悪いからスープまで飲まない方が良いんだけどね。
「・・・そういえば、なんで綾崎は食堂の時間に遅れたんだ?」
ああ、そうだ、俺もそのことで岩沢さんに言わないと行けないことがあったんだっけ・・・。
「実は俺、天使に部屋に来るように言われてたんだ」
「・・・・え?」
「俺も最初は警戒したよ、そのまま消されるんじゃないかってね」
「・・・・天使は何でお前を呼び出したんだ?」
「・・・それは・・・・・・」
俺は、先ほど天使に言われたことの大体のことを話した。
さすがに天使が盗聴をしていることは話せなかったけど・・・。
「・・・とまあ、こんなトコだ」
「そうか・・・そんなことが・・・」
岩沢さんは最初はとまどっていたが、俺がまじめに話していることを感じたのか最後まで真剣に聞いてくれた。
「やっぱりゆりに話した方が良いかな?」
ゆりは俺たち戦線のリーダーだ。メンバーである俺が勝手に行動したら戦線が混乱をする可能性がある。
だけどゆりなら上手く戦線をまとめ上げてくれるだろう。
まあ、ゆりがこのことを信じてくれたら・・・だけど。
「その方が良いんじゃない?」
「・・・・分かった」
「それよりもだ・・・」
「・・・・?」
岩沢さんはいつの間にか周りに黒いオーラを発していた。
え?・・・何?・・・俺何かした?
「天使・・・いや、立華さんのお部屋にいたんだよな?・・・”二人っきりで”」
「・・・い、いやいや・・・。確かにお茶煎れてもらったり、なぜか隣に座ってきたりしたけど、特にやましいことは何もしていないぞ!?」
ああ・・・俺の馬鹿・・・思いっきりやましいことをした奴のセリフじゃねーか・・・。
「へ〜・・・それはさぞかし楽しい時間だったろうな・・・」
いやいや、楽しいも何もあんな緊迫した空間初めて経験したぞ。
「・・・・どうせ私は生徒会長みたいにかわいくないし、大勢から慕われるような人間じゃないよ・・・綾崎もどうせ生徒会長みたいな女の子が好みなんだろう?」
「ちょっと待った。別に俺は立華みたいな女子がタイプなんて一言も言ってないぞ!?」
・・・うん言ってない。絶対に言ってないはずだ。
「じゃあ、お前はどんな女が好きなんだ?ひさ子か?関根か?入江か?ゆりか?ユイか?遊佐か?」
(ああ、もうこんな時間か。じゃあ、俺は帰るぜ立華?)
(・・・それじゃあ一つだけ注意しても良いかしら?)
(・・・・なんだ?)
(あなた・・・岩沢さんのこと、好きでしょう?)
(な・・・!?)
(好きでしょう?)
(・・・なぜそう思う?)
(あなたが岩沢さんに対してずいぶんと熱心だからよ・・・・・嫉妬してしまうくらいに)
(ん?最後なんて言った?)
(・・・何でもないわ、それよりもあなたが岩沢さんのことを好きだったとしたら・・・)
(好きだったとしたら何だよ・・・)
(あなたから告白しては駄目よ、あなたと岩沢さんが消えてしまうかもしれないから)
(・・・・分かったよ)
・・・こんなの事が帰り際にあった。
(あなた、岩沢さんの事が好きなんでしょう?)
分からないよ・・・そんなこと・・・。
・・・・だって、生前の岩沢さんは俺にとってそんな存在だったのか完全には思い出せていないのだから。
思い出の部分は思い出すことができても、革新的な部分は未だに思い出せていない。
生前の俺はこの子をどう思っていたのか。
「綾崎・・・やっぱり私のような女らしくないのは好きじゃないのか?」
「・・・・そんなところは関係ないよ」
「じゃあ・・・どんなのが好きなんだ?」
「俺は・・・」
俺が好きなのは、真っ直ぐで純粋な眼を持っている人だ。
一つのことに熱心に打ち込んで、誰からも相手にされなくても気にしない強さを持っている人。
周りからの圧力にも屈しない心を持っている人。
音楽が好きで倒れるまで夢中になったことがある岩沢さん。
生前一人で誰にも相手にされなくても歌い続けた岩沢さん。
親から大切なギターをたたき壊されてもそれに屈しなかった岩沢さん。
・・・ああ、そうか・・・・。
俺って、岩沢さんのことが好きなのか・・・。
(あなたから告白しては駄目よ、あなたと岩沢さんが消えてしまうかもしれないか)
確かにこのまま消えてしまっては俺はずっと後悔するはず。
この世界を変えることができる可能性があるならそれに賭けても良いんじゃないか?
「俺は、真っ直ぐで、強い眼を持った奴が好きなんだ」
「・・・そう・・・か・・」
「ああ・・・・」
それきり俺たちは一切話さずに後片付けをして、それぞれの部屋に戻っていった。