俺はある大きくもなく小さくもない町に生まれた。
物心ついたときから母親はいなく、親父と俺の二人暮らしだった。
・・・・だけど、俺の親父は俺が知っている中で一番最低な男だった。
会社をクビにされてから酒と博打の毎日で、俺に対する暴力も日常茶飯事だった。
当然学校に行ける金もなく、俺はバイトで一日一日を何とかしのいでいた。
家の事情を察してくれた店のオーナーが俺にすも込みで働くように勧めてきた。
俺はそれに賛成し、何とか親父を説得しようとした。
親父は最初は反対したが、仕送りをするという条件で渋々納得した。
はれて俺は親父から解放され、街の小さなライブハウスに住み込みで働くようになった。
それから二年、俺はちょうど十六歳の誕生日の時にギターを買った。
ストラトキャスターのブルーサンバーストだ。
そして俺は毎日狂ったようにギターの練習をした。
指の皮が裂けて血がにじんでも弾き続けた。
今思うと俺は、ギターに取り憑かれていたんだと思う。
それから半年、親父が突然死んだ。事故死だそうだ。
葬式も小さいもので、参列者は俺とライブハウスの関係者くらいだった。
親父が残したのは生命保険と、家と多量の借金だけ。
俺は生まれ育った家を売り払い、その金と保険金で親父の借金を返した。
それでも、二十万ほど借金が残った。
それから俺は近所のボロアパートに引っ越しをした。
ギターの練習も今まで通りにできないので、駅前の公園を練習場所に選んだ。
街中にもかかわらず夜は人がいないし、商店街に出れば路上で披露ができるからだ。
・・・そしてまた代わりばえのしない毎日が繰り返されていった。
「岩沢さん!綾崎君が倒れたって本当!?」
私が日向と音無を呼んで綾崎を保健室に連れて行った朝。
ゆりが血相を変えて保健室に転がり込んできた。
「ああ、本当だ」
「で!?、綾崎君は?」
ゆりは綾崎が寝ているベットを見た。
綾崎はまだ起きる様子はない。
「・・・どういう事なの?」
私は、昨日のことを包み隠さず説明した。
・・・・もちろん押し倒したこともだ。
「岩沢さんって、結構大胆なのね・・・」
ゆりはあきれ半分、驚き半分といった感じで聞いていた。
「ああすれば綾崎の記憶が元に戻ると思ったんだ」
・・・すごくドキドキしたけど。
「で、それでこうなったと・・・」
ゆりは綾崎のほうをちらっと見た。
綾崎は少し苦悶しているような表情をした。
「ああ・・・そうだ、認めたくないけどね」
私が原因でこうなってしまったのは事実だと思う。
夕食の時にひさ子の悪戯したことが原因だと思って、保健の教師に相談したらあいにくだが違うそうだ。
タタタタタ・・・・
ガラガラガラガラ!!
「はあ、はあ、はあ・・・」
突然ひさ子がもの凄いあわてた様子で駆け込んできた。
「ひ、ひさ子?」
「綾崎は、綾崎は大丈夫なのか!?」
間髪入れずに私に詰め寄ってきた。
「だ、大丈夫だからひさ子。落ち着け」
「私か!?私のせいなのか!?私が綾崎のご飯に七味を持ったりみそ汁に砂糖を入れたりするから!!」
ひさ子・・・やり過ぎじゃないかな・・・
「大丈夫、ひさ子のせいじゃない・・・・」
ひさ子はほっとした様子で胸をなで下ろした。
「は〜良かった〜・・・・じゃあ、何が原因なんだい?」
・・・・困った。ひさ子には説明した方が良いのかな?また綾崎が困らないかな?
「ああ〜・・・えっと・・・そのぉ・・・」
う〜・・・どうやって言えば良いんだろう・・・
「ちょっとした過労みたいよ、ね?岩沢さん」
・・・・グッジョブだ、ゆり。
「それって、前岩沢が倒れたときと同じもんなのか?」
そう言えば私も倒れたことがあったなぁ。
確か死んだらメシは食べなくて良いんだと思いこんで、曲作り中何も食べなかったのが原因で・・・
「・・・多分そう」
ゆりは私の方を何とも微妙な笑顔で見つめてきた。
「な〜んだ、そうだったのか。じゃあ、大丈夫だ」
ひさ子は納得したらしく、保健室から出て行った。
「じゃあ、私も行くわね。ああ、そうそう。1300時からブリーフィングだから遅れず来てね」
ゆりも保健室から立ち去った。
今度はどんな作戦なんだろう・・・
綾崎は、作戦前には起きてくれるかな?
私は綾崎の額にそっと触れた。
「・・・・っ、・・・・すー・・・すー・・・」
少し綾崎が笑った気がした。
私はブリーフィングが始めるぎりぎりまでこうしていることにした。