Q.もし咲が鷲巣巌と邂逅したら?   作:ヤメロイド

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すいません。本当は9/26に合わせて「最強と天才」という赤木とすこやんの小話を入れるつもりだったんですが、間に合わず……!
それで急遽、書きための一つを代用で更新します。何か期待してくれていた方がいたらゴメンナサイ。



奇跡と書いて悪夢

県大会迫る六月の終わり、清澄高校麻雀部は二泊三日の合宿に出掛けていた。

「はーい、あなた」とタコスを京太郎に突きつける優希。

「何かスケジュールでも立てとんのか?」と久に笑いかけるまこ。そして、

「……」

「あ……あわい……」

押し黙ったままの淡と、必死に話しかけようとする咲。

(あら~裏目っちゃったかな……)

今更ながら後悔する久。あの日以来、咲と淡の仲はギクシャクしたものだった。良かれと思ってやったことが、完全に裏目にでていた。

しかし、何もかもが失敗した訳ではない。なんと、久はこの日のためにプロ雀士を招待することに成功したのだ。

(ふふ……咲達の驚く顔が楽しみね!)

そしてバスは彼女達を合宿所へと運んでいった。

 

 

その日の晩。

「ヤメロー!シニタクナーイ!シニタクナアアアアイ!」

一つの断末魔が部屋から聞こえた。部屋の外では京太郎が膝を抱えてガタガタ震えていた。

「俺は何も見てません俺は何も見てません俺は何も見てません……」

京太郎が恐れているもの、それは……

「あっ……だ、大丈夫ですか?」

必死に、そのプロ雀士を介抱する咲だった。

卓に着いていたのは咲、淡、久、そして……理詰めの麻雀をするプロだった。以下、彼の名をダメギとする。

最初、ダメギは順調に点を伸ばしていたのだが……

「ダブルリーチ!」

「カン!」

という具合に、咲が淡のカンする手間を省いて一巡目から無理やり倍満聴牌させていたのだ。後は、勝負から降りたダメギの後を淡と咲が通るだけ。なんという鬼畜麻雀。因みに久は、というと……

「死ぬかと思った!」

何とかハコらずに済んでいた。

「でも驚きましたよ、部長。急にこの人が倒れるんですから」

「ええーー……ま、いっか……」

確かに咲の驚く顔は見れたのだが、何か違うと首を捻る。こんな筈じゃなかった……こんな筈じゃ……

「どうすんじゃ?もうこのプロ使いもんにならんぞ」とサラッと非道いことをいうまこ。

「お爺ちゃん達、来れば良かったのに……」

「いやいや、旅行じゃないんだから」と笑いながら久が窘めるが、確かにあの三人が来たら旅行じゃ済まなくなるな。

「それもそうですよね……」

のっけから久が計画した強化合宿は破綻していた。頭を抱えるが、とっておきが壊れてしまってはどうしようもなかった。

「仕方ないから一旦休憩にしましょうか……」

諦め気味にそう呟くと、彼女は大の字に転がった。

 

 

「休憩にしましょうか」

久のセリフが聞こえるや否や、淡は部屋を出て行ってしまった。

(ダメだ……あれじゃ……)

さっきのダメギ、淡がダブルリーチをかけたくらいでは降りなかった。咲が無理やり淡の手にドラを載っけたから降りただけで、独りで闘ったら五分五分になっていただろう。ダメギは決して弱くはない。弱くはないのだ。相手が悪かっただけで……

「あれ、淡ちゃん」

「ユウキ……どこ行ってたの?」

廊下の角で、優希と鉢合わせた。

「これだじぇ……」

その手にはボロボロになった計算ドリルが握られていた。

「疲れたじぇ。染谷先輩、手加減してくれないから……」

どうやら一日中、算数と戦っていたようだった。季節は初夏の入り口。二人とも少し汗臭かった。

「ユウキ……ねえ、これから一緒にお風呂に行かない?」

「やったじぇ!って、あれ?咲ちゃんは?」

今は会いたくない。それだけは言えなかった。変わりに出て来たのは「いいの!」という何のごまかしにもならない言葉だった。

そして、淡は咲を残して部屋を離れた。

 

温泉は宿の端っこにあった。

「気持ちいいじぇ~」

と肩まで湯に浸かる優希。

「ひっろーい!」

湯の中で綺麗なバタフライを決める淡。こらこら。優希に迷惑でしょうが。

「競争だじぇ!」

と思った矢先にこれだった。優希、お前もか……

それから暫く二人で遊んだ。泳いだり、潜水したり。気付けば、二人一緒に背中を合わせて夜空を見上げていた。

「綺麗だじぇ……」

「うん……星ってさ、手が届かないから綺麗なのかな」

「……咲ちゃんのこと?」

こっくりと頷く。あの日から、咲は淡には全力で挑むようになった。結果は、全戦咲の圧勝。どう頑張っても、咲には届かなかった。それ以来、淡は人が変わったように咲と話さなくなってしまった。

「あの日、決めた筈なのに。強くなるって……」

「淡ちゃん……」

「でもっ……もう挫けそうだよ」

背中越しに、淡の泣く声が聞こえた。

「どうしよう……これじゃ咲と一緒にいられない……」

一緒にいたい。

ただそれだけを願って挑んだのに、背中にかすりもしなかった。

「凄いじぇ……」

吹き抜けの真夜中の天井に、優希の声が吸い込まれていった。

「凄い?」

「うん……凄いじぇ……私はもう、咲ちゃんに追いつこうなんて思ってない。あの日、最初に咲ちゃんと闘った日から諦めてしまったじぇ……」

「ユウキ……でも、頑張れば……」

いった後で、その言葉の虚しさにぞっとした。案の定、諦めたように笑う優希の声が返ってきた。

「無理だじぇ。咲ちゃんは百年に一度とか、山の上の花とか、そういう存在なんだじぇ。私にはどう足掻いても届かない……」

でも、と優希は言葉を重ねた。

「淡ちゃんは違うじぇ……淡ちゃんなら届く。星は山よりも高いところにあるから、きっと届くじぇ」

その言葉に、淡はもう一度空を見上げた。夜空を支配するのは満天の星々。

優希がもう一度、確かめるように同じ言葉を口にする。

「淡ちゃんは、本当に凄いじぇ……」

その何気ない一言が、背中を通じて心臓をもう一度熱くさせた。

 

 

『傷付くことを恐れるな……!』

 

 

「ねえ、私さ……きっと幸せなんだよね。最高の友達に出会えて、最高の先輩に出会えて……人生の宝物も見付けることが出来たんだから」

夜空に手を伸ばし、あの日の決意を思い出す。

(あの日、私は強くなるって決めた。でも、それだけじゃダメだ……決意を誓いに変えないと、サキには辿り着けない)

だったら言おう。大声で、サキに届くように……!

「サキ、待ってて。どんなに時間かかっても追い付いてみせるから」

強くなるんだ。咲と一緒にいるために。誰のためでもない、自分の為に。

二人は気付かない。ドア一枚挟んだ向こうの脱衣場で、物音がしたことに気付かない。

 

 

「強くなるんだ」

それを聞いた咲は、手に抱えていたタオルを落としてしまった。

「いけない……」

慌てて拾おうとして、身を屈めて、視界が歪んだ。

「あ、あれ……?」

さっきから目が熱い。目を擦っても痛いだけで、全然前が見えなかった。

「何で……」

擦って、擦って、目が真っ赤になった後で、漸く泣いていることに気付いた。

(こんな風に泣くのって、何年ぶりだったかな……)

そんなことを考えられるくらい頭はクリアなのに、涙は全然止まってくれなかった。

『何で黙っていたんだ?』

藤田の声が頭を過ぎる。怖かったからだ。照と同じように、淡まで自分から離れて行くのかと思ったら、怖くて堪らなかった。だから口を噤んだ。

「淡ちゃん……ごめんね……」

でも、淡は離れて行かなかった。自分の全てを知った上で、一緒にいたいと言ってくれた。

その場にうずくまるようにタオルに顔を埋める。早く行かないと二人に見付かる。でも、今だけは……そう願って、咲は人知れず泣いた。

 

 

温泉から戻った淡と優希が見たのは、目を真っ赤にした咲と

「あーはっはっはっ!プロなんて要らなかったのよ!」

ぶっ壊れた久と、

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

この世の終わりのような顔をした京太郎だった。

「一体何があったの……?」

説明しよう。淡が部屋を出てから三十分後のこと。

「あぁー……どうしよう……まさかプロが一時間保たないなんて」

(土に)還っていったプロを見送ると、久は何時になく愚痴をこぼした。

「これじゃ強化合宿の意味ないじゃない」

頭の中を色々な考えが巡る。どうすればいい。どうすれば部員全体の底上げになる。自分達だけでもある程度は強くなれる。でも、それはある程度までで、長野を抜けるにはそれ以上が要求される。でも咲より勝負感の強い人間なんて……

 

 

瞬間、久に電流走る。

 

 

(あれ……?もしかして、プロに優希達を指導してもらうよりも……)

結論。プロなんて要らなかった。

「あーはっはっはっ!」

という訳だ。もっとも、そんな事情を知らない淡達には、部長が遂に狂った程度にしか見えなかった。

ギロッという擬音語が似合いそうな具合に、久の目が咲を捉えた。

「ひっ!」

「これより作戦プランBに移行する!」

Aは失敗なんですね……

「これから私達は咲に麻雀を挑んでいく。東場終了時点で持ち点があれば合格!」

「「「ええー」」」

遂にぶっちゃけやがったぞ。

はいスタートと、久が手を打った。その直後だった。

「あ、ちょっといいですか?」

当の咲が待ったをかけた。

「つまり、私より勝負としての麻雀が強い人が居れば良いんですよね」

そうだよいないから困ってんだよコンチクショウと言う本音をオブラートに包み込んで

「そうだよいないから困ってんだよコンチクショウ」

そのままストレートにぶつけた。

しかし、咲は何か考えるそぶりを見せると

「ちょっと待ってて下さいね」

そう言ってロビーの方に降りていった。

十分後、咲は直ぐに戻ってきた。

「どこに行ってきたんだ?」という京太郎の質問に、

「電話」

単語で答えた。

いったいどこに電話したのだろうと皆がいぶかしむ中、遂に奇跡の夜は訪れた。

コンコンとドアを叩く音が聞こえた。

「あ、来た来た」

嬉しそうにドアに駆け寄る咲。

「咲ちゃん?誰呼んだんだじぇ?」

「え?ああ……お爺ちゃん達だよ」

お爺ちゃん、達?最初、どんな凄い人を呼んだのかと待ち構えていただけに、麻雀とは無縁そうな単語に、皆、頭の中でクエスチョンマークが乱舞する。しかし、そんな皆の疑問に答えることなく咲は扉を開けて……悪魔どもを迎え入れた。

「咲ー!」

「お爺ちゃん!」

ひしっと抱き合う咲と鷲巣。

「ククク……案外寂しがり屋だな、鷲巣巌」

と言いつつ咲を抱き締める赤木。

「咲の浴衣姿が見れると聞いて」

カメラを構えながら部屋に上がり込む原田。

「な、なんじゃこいつら!」

予想だにしない面子に完全にビビるまこ。しかし、ここに来たのは三人だけじゃなかった。

「咲ー!久し振りやな!土産持ってきたで!」

「僧我のおじちゃん!こっち来てたの?」

「久し振りに昔の面子で麻雀でもと思ってな」

蜜柑が沢山詰まった箱を抱えながら部屋に入ってくる僧我。

そして、

「衣擦れの音が三回……咲は浴衣を着ているな?他の者は誤魔化せても儂は誤魔化せんよ」

「市川のお爺ちゃんまで……!」

裏プロのトップ集団計5名、可愛い孫みたいな咲のお願いで推参。

 

 

ざわ……ざわ……

 

 

流石にこれだの人物が集まるとざわざわが半端ない。オカルトとは遠い久達も、嫌でも解った。この老人達、出来ると。

「……でも、目が見えないのに来るの大変じゃなかったの?」

「なーに、咲の声を聞くためなら……」

「それより早く蜜柑食いながら麻雀やろう……!」

シニカルに笑う市川と目を輝かせ咲を台に引っ張って行こうとする曽我。どいつもこいつも孫煩悩だった……まぁ、初めて持った家族のような存在だから仕方ないか。

しかし、そんなカオスな状況で、一番早く自分を取り戻したのは……淡だった。

必死にシャッターを押す原田。しかし、自分に近づいて来るのが淡だと解ると、諦めたようにカメラをしまった。

「……なんじゃ?俺は咲の思い出写真を撮るのに忙しいんじゃが……」

「え?その思い出写真壊されてるよ」

「は?何を言って……ふぉぉぉおおお市川貴様!?」

「割りいな、壊しちまったよ」

そこには見事にへしゃげたカメラの残骸が……

「まあ、目が見えなくてな。悪気は無かった」

「本音は?」

「儂だけ咲の浴衣姿が見れないのが悔しいからカッとなってやった。後悔はしとらん」

「貴様ああああ!」

なんか別の所でバトルが始まりそうだった。

「ぐっ……まあ、いい。合宿は一度じゃない……!次があれば必ず……!」

そう言ってオールバックをぐちゃぐちゃにすると、改めて淡に向き直った。

「……フフ。咲の本気とぶつかっても折れんかったか」

少し嬉しそうに呟く原田。

「ねぇ、お願いが……」

「わかっとる……焚き付けた責任くらい取るわ……二日間じゃ。二日間、みっちり扱いたる。付いて来いや……!」

こうして淡と原田の特打を皮切りに、後の清澄高校麻雀部の伝説となる悪夢の二日間が始まった。

 




多分、あわあわ以外はあまり強化されないかな……だって、咲の出番無くなっちゃうし……
ただメンタルは皆強化されてますよ。
さて、次回は……何を書きましょうか……わっかんね~

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