Q.もし咲が鷲巣巌と邂逅したら?   作:ヤメロイド

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明日から大学が始まるので、夏の締めくくりということで知る人ぞ知る名作ゲーム「智代アフター」をもう一回やってみました♪


まさか、最初のキーボードカタカタする音で一日ダウンするなんて……
そんなん考慮しとらんよ……



同じ高みへ

藤田対咲。二人のデスマッチ形式で進んだ半荘一回目は現在東3だが、場は既に不思議な熱気に包まれていた。非公式とはいえプロが打っているのだから、当然ギャラリーが集まる。しかし、彼等が見たのは圧倒する藤田ではなく、

(グッ……)

「ツモ。6300オール」

怒涛の流れに身を任せる咲だった。

「誰だよあの子?」「プロに勝ってない?」「馬鹿、藤田プロは捲りの天才だろ」「でもさ、ちょっとやばくない?」

この勝負は他家が箱割れしない、言わば点棒が幾らでもあるので、飛び終了というのは基本的には考えられない。藤田ほどの腕になれば、他家から点棒を毟るくらいは簡単だからだ。しかし、今藤田の点棒は既に5200まで減っていた。

(こいつ……くそ、安手だが仕方ない)

「ロン!7700の四本場!」

点棒を集めるため、ワカメが切った牌をロンしたのだが、そういった逃げの心理は完全に読み切られる。

「頭はね。中ドラドラの四本場」

(こいつ……!)

「五本場です」

さっきまでと変わらない穏やかな声で咲が連荘を宣言する。それが既におかしかった。

(この一年、人間か?点棒差が80000超えれば大抵の奴は油断する。油断すれば逆転も出来る。しかし、こいつは……)

喰いタンで逃げる気などハナから無いように見えた。咲の目が静かに語る。「南場など無い。この親で終わらせる」と。

(マズい……捲るどころか、南場に辿り着けるかどうかさえ……)

「……驚いたな。私が高校生に追い詰められるなんて」

「そうでも無いですよ」

誉めたつもりで咲に話しかけたのだが、当の咲は軽く受け流すだけだった。

「謙遜するな。今まで出会った雀士の中でも」

指折りの実力だぞ。そう言おうとしたときだ。藤田は向かい側に座る咲の目を見て身の毛がよだった。暖かい瞳の中に宿る狂気の色。それを見た瞬間、藤田は悟る。こいつは今も油断などせずに虎視眈々と獲物を狙う、正真正銘の化け物だと。

「謙遜じゃないんですけどね……」

そう言って、牌を横に倒す咲。

「リーチです」

六巡目、リーチ。

「油断出来ないだけですよ。これだけ点差があるのに全然油断出来ない。藤田さんから牙を全て抜くまでは、八万なんて差は有ってないようなものですから」

相変わらず、咲の笑顔は崩れない。しかし、藤田はもう取り繕っている余裕は無かった。

(また……!多分、待ちは場に二枚見えているドラ西の地獄待ち。なら、)

手の中にある西を忌々し気に見る。

(コイツは切れない……この手、聴牌にたどり着く事は出来てもそれまで)

しかし、ある意味で藤田にとってはチャンスだった。もし他家が和了ってくれれば咲の親が終わる。そう思って他家にキツい所を出したのだが、

「くっ……」

咲を恐れて鳴こうとしない。流局。咲の待ちは案の定、西単騎だった。

「流石に振り込みませんか」

「当たり前だ、プロを舐めるなよ」

思わず安堵の汗が流れる。まだ東3で八万の差なら逆転出来る。そう思った直後のことだった。

東3六本場。十巡目、藤田の手牌。

 

 

23456m12377p白白白北

 

 

(よし、ドラの役牌白をアンコで抱えて北を切れば理想の三面チャン。リーチをかければ満貫確定で、裏ドラ次第では……)

そう思って北をきった瞬間だった。

「カン」

対面から声が聞こえた。

「えーと、藤田さん」

咲が靖子に初めて自分から喋りかけた。

「牌を倒した後で揉めたくないので、先に確認しますけど……ここでは大明カンをして嶺上開花が成立した場合、鳴かせた人の一人払いとなりますけど、大丈夫ですか?」

口調そのものは穏やかだが、不意に言いようのない悪寒が靖子を責め立てた。

「責任払いか……」

苦手なんだよなとボヤく。

「解った。いいだろう」

藤田が頷くのを確認すると、咲は嶺上牌へ手を伸ばした。その時、藤田はやっと、不吉な感じの正体を掴んだ。

(そうか……!やられた!)

もう遅い。咲は、自分の最も慣れ親しんだ役の名前を謳った。

「ツモ、嶺上開花、鳴き三色。新ドラが……頭に乗っかりましたね。13800です」

牌を握った藤田の手が力なく手折れた。

「藤田さんの飛びですね」

最後の方は、もう聞こえていなかった。飛び終了。プロがアマチュアに。野次馬の声だけが五月蝿く店内に響いた。

(甘く見るつもりは無かったが……その考え自体甘かったわけだ……)

そう言えばカツ丼頼むの忘れたなとキセルを咥えながら、藤田がボヤいた。

「どうします?もう二回の約束ですが……」

「……。いや、止めとこう。私じゃお前には勝てない。どちらにしろ、ワカメも萎えてしまってるしな」

見ると、まるで味噌汁の中で湯だったような顔をしながら、ワカメが気絶していた。

「ワカメじゃ……」

「あはは……途中から他家の待ちとか見ずに打ってましたからね」

そんな異次元とも思えるレベルの会話を、淡は黙って聞いていた。そして、咲の目が自分の方を向こうとした瞬間、

「っ……」

その場から逃げ出すように、ルーフトップを飛び出していた。

「淡ちゃん……」

咲は、その場で一歩も動くことが出来なかった。その目からは、さっきまでの狂気が消え去っていて、藤田は漸く目の前にいるのが普通の15歳の少女だと思い出した。

「……なぜ、その力を黙っていた?」

藤田が少し責めるように問い詰めた。誰だって、譲られた勝利は素直に受け取れない。今まで、淡は咲と互角の勝負をしていたつもりだったが、それも幻想だった。今日、咲が見せた闘牌は確実に高校レベルを遥かに凌駕するものだった。

もし、全力の咲と淡が闘えば……百回やって百回咲が勝つだろう。

「……私は--」

 

 

 

 

店を出た後、淡は当て所なく歩いていた。

(サキは本気じゃなかった……本気じゃ……)

目を閉じれば浮かび上がったその顔も、今はよく思い出せなかった。

そんな淡に、声をかける人物がいた。

「おい。どこ行くつもりじゃ」

「さっきの……別にどこでもいいじゃん」

投げやり気味な声が出てしまった。それに対して、原田の声は冷たい熱を帯びた静かなものだった。

「咲から逃げるんか……?」

「逃げるもなにも……最初からサキは遠いところにいただけじゃない」

出来れば、最初から知っておきたかった。知っていれば、こんな惨めな気持ちも味わうことは無かったのに。

「サキが遠いよ……追いつける気がしない……」

そんな淡に原田は、

「馬鹿か、お前は」

一言、そう言った。

「咲の麻雀はもう神域に近いところにある。ワシも咲と麻雀はしょっちゅうするけど、正直経験の差がなければ……考えたくもないな」

原田自身、自分が相当な打ち手であることは理解している。だがそれでも届かない域がある。原田は鷲巣や赤木の領域には辿り着けない。それは、原田が誰より知っていた。

だが、麻雀を止めるという選択だけは絶対に出来なかった。麻雀も好きだし、今の……咲や赤木、鷲巣と卓を囲む時間が狂おしいまでに好きだから。

「ワシは咲に負けることがあっても麻雀は止めへん。咲と打つ麻雀は最高の時じゃからな」

「でも、私は!……多分、咲には届かない。今日それがはっきり解った……」

それが淡なりに辿り着いた結論だった。でも、だからだろうか、原田の声はいつになく優しかった。

「どうしてだ?」

「へ?」

「どうして結論を急ぐ?お前はまだ本気で咲と向かい合ったわけじゃないだろう。諦めん限り、お前は咲に追いつける……お前は咲と一緒にいたいんじゃろ?」

「そりゃ居たいよ!サキと一緒にいたい……でも」

「なら咲と麻雀を打ち続ければいいだろう」

「それが出来ないから!」

「なぜだ?」

「だって、サキは私なんかよりずっと強くて……」

「強くて?」

「……一緒にいたら、迷惑かける」

ぽつりぽつりと言葉が口から零れた。

「サキ、優しいから……私が側にいたら気を使って本気で打てない……あんなに強いのに私のせいで……」

最後の方は、蚊の鳴くように小さく萎んでいった。

「そんだけか?」

「それだけって……!」

「咲はそんなことを迷惑がる奴じゃない」

「そうだとしても……」

「そうだったら何だって言うんだ!」

突然の原田の叫び声に、ビクッと淡の身体が震えた。いつの間にか、原田自身気付かないうちに大声で叫んでいた。

「迷惑かけるのが嫌だから離れるって……お前にとって咲はそんなに安っぽいもんやったのか!?」

「そ、そんな訳--」

「俺は今までの人生で多くを積み過ぎた!もう棺桶に入っているみたいな人生だった!来る日も来る日も、重ねた成功が成功を強要する、全てを捨てないと逃げられない日々だった!俺は出来なかった!積み重ねたものを全て捨てて自由になるなんて出来ないと思ってたんだ!でもな……捨てれたんだよ……!咲が、家族がいれば捨てれたんだ!大事なもんが側にあれば、他のもんは皆捨てることができたんだ!成功だらけの人生から逃げることが出来たんだ……!」

途中から原田は泣き叫んでいた。その迫力に、淡は何も言い返すことが出来なかった。

「お前はいいのか!?そんな自分でも訳の分からん理由のために咲を……心から大切に思えるもんを手放していいのか!?」

「わ、私は……」

「俺は、いろんなもんを手放した!地位や名誉も!お陰でこれでもっていうくらい泥も啜ったし傷付いた!だが、後悔だけはしてねえ!咲と……あいつらと一緒におれて後悔なんて出来るわけが無いやろ!」

すっと、周囲の気温が下がったように思えた。言わないといけないことを言い切ったのか、さっきまでの熱が原田から消えていた。

「怒鳴って悪かったな……言いたいことはそれだけじゃ。後は自分で決めるがええわ……」

後ろを振り返ると、原田は店の中に消えていこうとしていた。淡から見たその背中は、まるで傷だらけのようだった。

「ねえ……サキと同じところに行こうとしてさ……立ち直れないくらい傷付いたら、どうすればいいのかな?」

その言葉に、思わず原田は苦笑してしまった。そう言えば、アイツもこんなセリフを言ったなと。

「いいじゃねえか、傷ついたって。傷を負うことは奇跡の素……挑んだ証だ。だから、恐れるな……!繰り返す……失敗を、傷つくことを恐れるな……!」

 

 

夜、清澄の麻雀部にはまだ灯りがともっていた。

「そろそろかしらね……」

自分以外誰もいない部屋で、久は誰ともなく呟いた。時計の針が回っていく。

淡がやってきたのは、久が三杯目のコーヒーを飲み終わった頃だった。ギーという古めかしい音をたてて、扉が開かれる。

「ヒサ……まだ居たんだ」

「ええ。私はいつでも待っているわよ」

淡の目を見て、久はカップを机に置いた。

「ねえ、ヒサ。私、強くなりたい。もっともっと強くなって、サキと一緒にいたい」

その答えを聞いて、久は

「解ったわ、任せなさい。偶には部長らしいこともしなくちゃね」

漸く安心して、大会へ向けての準備を始めることが出来た。

 




あれ?主人公誰だっけ?て言うかこれ……あわあわ覚醒フラグ……?
原田さん好きなのでこんな感じにしてしまいましたけど、怒らないで下さいね……咲は県大会編で無双するので、暫くお待ちを。
さて、次回は合宿編。どうなることやら?


一言評価頂いた方へ。
どうも返信とか出来ないみたいですけど見させて貰ってますよ~応援、ありがとうございます。

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