大星淡の麻雀は南場を迎えることなく終結した。しかし、こうなってくると問題は咲だ。
「サキー!一発かましてこーい!」
「淡ちゃん、野球じゃないんだから……」
苦笑気味に卓に着く咲。しかし、悪待ち大好きの久はどうしても期待してしまう。
(さあ、見せて貰うわよ、咲。あなたの闘牌を)
一体どんな打ち手なのか?否応にも期待が高まる最初の第一打。
咲 手牌
33479m233p7s東西南北 3m
打 北
しかし特別な打ち方はしない。平凡、手なり。淡のような派手さは無い。
六巡目、優希の親リーがかかる。
「リーチだじぇ!」
待ちは東、7ソウのシャボ待ち。咲が字牌を整理していけば、いずれは切らざるを得ない牌だった。
(高めダブ東の放銃は避けられても、流石に7ソウは振っちゃうかな)
しかし、
咲「……」
打 東
(ええぇぇぇ!?それ切る!?)
案の定
「ローン!リーチ一発ダブ東ドラドラ!親ッパネ!」
優希が牌を倒した。
(もろ初心者だじぇ)
ニヤリと笑う優希。
「クク……」
しかし、咲の表情が崩れることはなかった。
「聞こえなかった、片岡さん?」
「ほえ?」
思わず卓を見てしまう。すると……
「……すまん、優希!上がり牌だから思わず倒しちまった」
京太郎も咲の東にロンしていた。
「中ドラ1。頭ハネだ」
さら~と、何か魂のようなものが優希から出ていった。
「わ、私の親番が終わってしまったじぇ……」
「ククク……まあ、そういうこともあるから」
笑いながら優希を宥める咲。しかし、久はそれどころではなかった。
(な、なんなのこの子……あんな危険な牌をあっさり切るなんて……!今のを狙ってやったなら、物凄い芸当よ!)
勝負再開。親は咲。しかしこの局、咲は跳ね満をツモあがると連荘拒否。三局では、対面のまこに差し込んで京太郎の親を一蹴した。
「う~、東場なのに上がれないじぇ」
思わず愚痴ってしまう優希。しかしその直後、咲は優希の和了り牌をだす。
「ろ、ロンだじぇ!7700!」
「はい」
そういって点棒を渡す咲。
「やられちまったなー、咲。折角トップ目だったのに」
「あはは、そうだね」
しかし久には、そのセリフが薄ら寒いように思えた。事実、優希にしてみれば最悪の和了り方だったと言える。東場を終え、その時点で
咲30100
優希25700
まこ21600
京太郎22600
という平たい場になっていた。
(うう~和了ってしまったじぇ……)
本当はロンする気などさらさら無かった。手代わりを待ち、最低でも倍満の手でツモらなければ、南場で憂き目に会うのは確実だったからだ。しかし、東場で一度も和了れてないプレッシャーが牌を倒させてしまった。優希にしてみれば非常に安い手で。
そして久も、別の考えに思考を巡らせる。
(どういうことかしら?大きな点数変動があったのは咲の跳ね満だけ。それも、どちらかというと仕方無くツモったていう感じがする……)
普通、赤ドラアリの東場に優希が入ってこの結果は有り得ないモノだった。もっと点数が荒れ狂ってもおかしくはない。しかし、そこで久は思い当たる。この東場で一番点数の変動が激しかった人物に。
(ま、まさか……三度の放銃は全て差し込み!?だとしたら、勝負が動くとすれば南場……!それも序盤で一気に蹴りをつけにくるはずっ……!)
久の予想は当たっていた。事実、南場に入ると、咲の麻雀が急変したのだ。
南一局、軽く1000点をツモあがると咲は加速する。南二局、鳴き三色をきっかけに親で連チャン。淀みなく打点を上げていった。現在、東場を終えた優希は勿論、京太郎も流れを掴めていなかった。現在、咲と闘っているのは実質的にまこ一人である。しかし、
(まずいな、こりゃあ……)
まこもハルにはハルのだが、
「通るかな」
「ぽ、ポンだじぇ……」
優希が咲の二萬を鳴き、打一萬、つまりまこの当たり牌を零す。
(安目の一萬でロンはしたくないの……これじゃ三色もタンヤオも失う)
結局見送り。同順、咲、打四萬。まこの上がり牌を強打。しかし……
(ふ、フリテンじゃ……)
同順内に和了り牌を見送っているのでロンできず。そしてまこ、咲に危険な牌を引く。
(満貫を打ち込めばとぶ……おりじゃ……)
しかし、
「ククク……ロン。2000点の三本場です」
絡め取られる。
(な、なんじゃコイツは……こげなん今まで一回も見たことがないっ……!)
はたから見ていれば、マジックのような闘牌だ。しかし、咲からすれば酷く簡単なことだった。逃げようという気のある人間の心理は読みやすい。というか、今まで腐る程に経験していた。なら、後は先に行くだけ。相手の心理に寄り添えば、一手先を読むことも出来る。
(片岡さんが嫌な空気を出してたから、東場を最速で終えて正解だったな……)
結局、南場は咲の独壇場だった。須賀と優希にまこの危険牌を出させ、後を悠々通る。その牌をロンするなら、それはそれで構わない。局を消費して逃げ切らせてくれるなら有り難かった。
(しゃあない……)
「ロンじゃ!混一2000」
腹を括ってのロンだったが、
「ごめんなさい、頭ハネです」
「嘘じゃろ!」ぐにゃ~
※
「凄い子が入ったわね……」
最後は咲が差し込んで終わったこの半荘、咲の収支は+60000近く。圧倒的勝利だった。しかし、実際は点棒以上の結果を咲はこの半荘でだしたのだ。魅せる麻雀。久といえども真似出来そうになかった。
(下手をすればプロでも勝てないんじゃないかしら……)
狐に摘ままれたような感じで咲を見る。
「咲~」
「へっ、なに京ちゃん……ってイタタ!」
「何が『弱いから』だ!めちゃくちゃつえーじゃねえか!」
ぐにゃんぐにゃん頬を引っ張られる咲。
「ほ、本当だじぇ……咲ちゃん強すぎだじぇ……」
ガックリと力尽きる優希。因みに、まこはまだ「ぐにゃぁ~」ってなってる。
「だ、だって本当なんだもん!おじいちゃん達とすると、ラス食らっちゃうことだってあるし、アカギおじちゃんが入ったらトップも絶対に取れないもん!」
それはしゃーない。相手が悪すぎるだけだ。しかし、そんな言葉は信じられなかった。
「嘘付け!長野に咲みたいな奴が何人もいてたまるか!」
いるんだな~それが。
しかし、一番驚いているのは京太郎や優希、まこや久でもなかった。それは、今まで何も言わず咲の闘牌に見入っていた人物だった。セリフが無かったのは決して忘れていたわけではない。
「サッキー凄すぎ!」
そこには目を輝かせ咲に抱き付く淡の姿があった。
「えっ淡ちゃん!?ちょ--」
「初めてだよこんなに楽しい気分なのは!」
スリスリ
「ちょっやめっ」
「オマケにめちゃくちゃ可愛い!いや、これはもうくちゃくちゃだ!くちゃくちゃ可愛い」
スリスリスリスリスリスリ
「どこ触っ……」
スリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリスリ
「んあ……」
「ストオオオオップ!?部室で不純同性交友は認めてませんよ!?」
なんかヤバそうなところまできたとき、流石に京太郎が止めに入った。チッ……
後には何とか息を整えようとする咲の姿が。
「はあはあ……」
凄く、良いです……
「ごめんごめん!つい、ね?」
「ついで襲われたの……?」
いいぞもっとやれ(確かにそんな理由で襲われてはたまったものではなかった)
「建て前と本音が逆になってるがな」
「ふえ?染谷先輩、誰と喋っているんだじぇ?」
「大人の事情だ」
※
「それで、二人ともうちの部に入る?」
百合も終わって一段落。久が本題を切り出した。
「えっあのっ……」
「サッキーが入るなら!」
勢いよく返事する淡とどこか戸惑いがちな咲。時間は回って午後7時。暗雲が立ち込め稲光がする天気だった。
(引き際か……)
まだ咲には迷いがある。無理に押すのは得策ではない。そうあっさり見切りをつけると、
「今日はもう遅いし、答えは明日でいいわ」
お疲れ様。久は部室の窓を締めに回った。要するに、今日はお開きというわけだ。
そして、残った一年生四人。
「じゃあ、親睦でも兼ねてラーメン喰いに行くか!」
と京太郎が言おうとしたその刹那、
「あ、しまった!」
珍しく咲が大きな声を出した。
「どうしたの、サッキー?」
「おじいちゃん達にご飯作ってあげないとっ……!」
また明日。それだけを言うと、咲は慌ただしく部室を出ていった。残された淡は、
「サキーの手料理……ずっこい!」
顔も知らぬ老人に嫉妬していた。
※
誰もいなくなった部室で久は一人つぶやく。
「これは靖子に頼んで……ダメだ。下手したら靖子も、ぐにゃぁ~ってなる」
一年生二人のやる気をいかに起こさせるか、一人頭を悩ましていた。しかし、本人は気づく由もないが、その頬は笑みを抑えるのに必死だった。
(これで五人……遂に五人。皆で楽しめるんだ、この祭りに)
咲「私はまだ嶺上開花と靴下を残している。その意味がわかるかな?」
まだ全力じゃないんですね……(諦め)
少しアカギっぽい闘牌にしてみました。あと、東場はプラマイ0になるよう書いたのですが、案外難しい。
そんなふうに点数を調整できるのはあんたくらいのもんなんですよ、咲さん……