咲-Saki- 明華→対局中に歌う
はっ!
物事には何かしらの意味が必ずある。一見無意味に見えるような出会いも、実はダイヤモンドの原石であることが多々あったりする。鷲巣巌は咲との出会いを奇跡に変え、赤木しげるはそれを希望に変えた。では、新子憧と雀明華が出会った意味、それは……
「惚れたが無理か~ぇ しょんがいねぇ~」←明華
(す、すげえ……これが臨海女子中堅――)
(赤牌使い、『野上の明華』……!)
……これがやりたかっただけである。特に意味なんて無かった。サーセン
で終わると流石にマズいのでもう少し。
※
この世に終わらないものは存在しないのだという。地球にも寿命はあるし、鷲巣麻雀にも終わりがある。
しかし、その終わりがどんな形で訪れるかは誰にも解らない。きちんとゴールできる人もいれば、道半ばで力尽きてしまうことだってある……別にこの小説のことを言っているわけではないので勘違いしないように。……お、終わるよね?
それはさておき。そんなだから、終わりというやつは案外あっさりやってきてしまう。どんなに楽しいことも長くは続かないが、苦しみもずっとは続かない。咲を追いかけて東京に来た憧の旅にも、終わりが近付いていた……
※
沿岸を一歩二歩と歩くように、延々と敷かれた線路。夏の太陽に焼かれたレールの上を電車で辿っていくと、とある学校に行き着く。
臨海学校……白糸台と対を為すもう一つの麻雀強豪校。選手の半数以上を海外留学生が占めるという少し変わった学校だが、名を辿ればそれにも納得がいく。
臨海……それは日本という小さな国で満足することなく、世界という大海原に臨むという理念を基に名付けられたのである……多分。負けたら強制的に海に臨まされるとかそう言う意味ではないと信じたい。
さて、そんな珍しい学校のすぐ近くに一件の、小さくも大きくもない雀荘があった。名は……めんどくさいからroof topでいいや。
roof topは決して大きな雀荘ではない。しかし、訪れる打ち手の質は全国でも類を見ないほどに高かった。臨海の傍に建てられた雀荘だから当然と言えば当然なのだが、特にとある五人が店の平均レベルを上げているのだ。――辻垣内智葉、ダヴァン、ハオ、ネリーたん、そして明華――
この五人が雀荘に顔を出したりするので、店の打ち手の平均レベルは頭一つ抜けて高くなっている。それでも足りない分は全身黒ずくめの男が御無礼言って底上げしているのは内緒である。
「えーと。つまり何が言いたいかと言いますとね……」
この店の客層だと、以前の憧ではそもそも話にならないはずで、
「つ、ツモ。12000オール!」
「点棒ありません!トビです、トビ!」
「な、なんだこの嬢ちゃん!?」
「めちゃくちゃにTSUEEじゃねえか!?」
間違っても三人同時にぶっ飛ばしとかやっていい範疇を超えている。
(見える……!私にも見えるぞ、相手の待ちが!……いやマジでなんで?)
こっちが聞きたいわ。
……ことのあらましは二人が電車の中でばったり出会った所まで遡る。
前回の件からなんやかんやあって、「咲さん可愛い」「撫で撫でしたい」「甘やかしたい」「ハグハグしたい」「R-18的なことしたい」と意気投合した明華と憧の二人だが、話は憧がインハイに出場すると打ち明けたところから一気に進み始めた。
「あの、実は私――」
「なるほど!新子さんもインターハイに参加するのですね」
「いや私まだ何も言ってないんだけど」
そう言う意味の一気にじゃないよ。
「でしたら臨海の近くに雀荘があります。よければ紹介しますよ」
にっこり微笑む明華。その笑顔に釣られて(ホイホイと)くだんの雀荘に来た憧であるが……
三回戦 オーラス 親 憧
ドラ 9ソウ
憧 手牌
233m469s1123s南南北
場風の南が対子となる非常に軽い手だが、
(トップとの差がかなりありますネ……)
憧 26800
A 11700
B 10700
C 49800
二着狙いなら問題無いだろうが、トップを取るとなると超えなければならない壁が幾つかあった。
(くっ……満貫直撃か跳ねツモで逆転……でもこのゴミ手で?)
親の連荘に賭けてこの局は軽い手で流す選択肢も無いではないが、出来ればそれはやりたくはなかった。
(三着との点差が16000を切っている……黙満に振り込めば逆に三着に落とされる)
故にここで一着狙いの連荘はあまり得策ではない、というのが憧の判断だった。
(連荘は、最低でもこの手が2000オールに育たない限りはやらない……)
最低ラインは40符3飜。それがひとまずの目標だった。
(となると南ポンは出来ない……南は頭にして横に伸ばすか)
223m4689s1123p南南北
この形から憧は2mを切り出した。後ろで見ていた明華が眉を顰める。
(223を両面ターツで固定?)
が、それも一瞬のこと。直ぐに憧の意図に気付いた。
(なる程……保険ですか)
エリア理論の裏をかく仕掛けだが、普通第一打2mからの切り出しというのは完全な孤立牌か、
2589
というように、その色が良くない形から切り出される。聴牌したときに待ちが1-4なら1が出やすくなる……つまり、和了の保険をかけた訳である。しかし……
(今捨て牌に気を配っている猶予が有るのですか?)
問題はそこだった。7順目、
23m46889s11234s南南
憧の手は長い2向聴が続いていた。
(マズい……手が3順目から動かない……)
チラリと下家の河を見る。
下家(モブA)
北3s西東9m8s
憧の頬に汗が一滴垂れる。
(マズい……ドラ傍の8s切り出しってことは頭がドラドラで確定してる可能性が……)
下手すれば暗刻になっている可能性もある。
(見切るならこのタイミングしかないか……)
仕方無く9sを手放す。この判断、実は正解だった。この時の下家の手は
123678p5699s23m中
だったのだが、次のツモで中が重なったのである。
123678p5699s23m中中
この形から下家は3mを切り、同順に親が切った中を鳴いた。
123678p5699s
ポン 中中中
一見するといい形の聴牌に見えるが、実際はそうではない。この手、和了る意味はゼロに近い。自分のした失態に気付き、思わず歯軋りする。
(しまった……出和了3900じゃ誰から和了っても三着が確定するだけじゃん!せめてドラを鳴かないと……)
が……
(やらかしたー!さっきドラ切られてるじゃん!)
さっきまでは平和系の手だったのでドラと言えど鳴かなかったが、中を鳴いた今となっては話が違う。
(場に9pが既に2枚見えてる……だと言うのに逆転条件が一通になってる……)
仮に憧のドラ切りが一順遅れていたら……下家は喜んで鳴いて、待ち不明の単騎にしていたことだろう。そうなったら本気で原田や赤木レベルに捨て牌が読める人間を連れてこないと待ちが解らなくなる。鷲巣おじいちゃん?あの人は基本真っ直ぐ打てば放銃することもないので、そもそも読む必要が有りません。
(なる程……インハイに個人で出るだけは有りますね。ドラは消えましたが、ひとまず上家に注目するだけでよくなったのですから)
が、ダメ……!
上家(モブC)
111(5)7m345s34(5)55p 4m
この土壇場で上家が無意味に高い手を張ったのである。
「リーチ!」
しかも余計なリーチまでオマケ付きで。
(嘘……この局面でトップがリーチする?)
このリーチに対し憧は突っ張るという選択肢はない。親の捨て牌にかなりの端牌がある……最低でも赤が2枚は有るというのが、憧の推察だった。
236m48s111234p南南
ここから憧は現物の4pを落とす……更に南の対子落としで逃げる。が、そんな彼女を嘲笑うかのように11順目
(うわ……ヤバい牌引いちゃった)
牌を投げ捨てたくなる衝動をぐっとこらえて現実を直視する。
引いたのは9pだった。
(何を悩むことが?)
憧の意外な長考に明華が首を傾げる。
(9pはリーチの現物ですが……)
見たところ手牌とも関係が無い。一体何を悩むことが……
「……仕方ないか」
そう言うと憧は9pをツモ切った。直後、憧が懸念していた事態が発生した。
「チー!」
(―!これが新子さんの警戒していたことですか)
下家はピンズで一通を作ろうとしていたのである。
下家
12356p99s
ポン中中中
チー978p
(これで4-7pには触れなくなったか……)
改めて見ると厳しい状況である。オーラス、リーチ一人に黙満一人。親にも関わらず受けに回らされる……
(降りたくはないけど……)
降りなら任しとけ!(人生から)降りてる私が先駆者としてアドバイスを
「引っ込んでて」
はい。
……この状況、以前の憧なら腐っていたことだろう。手は戦う形にはならず、他家の早い聴牌。だが……
(あれ……リーチの待ちって、もしかして3-6m?)
憧は曲がりなりにも咲と麻雀を打っていた……当然今よりも厳しい状況なんて幾らでもあった。その経験が、まず憧に冴えを授けた。
(赤があってしかも待ちが真ん中寄り……筋を追っていけば消去法で待ちが読める。加えてトップなんだから悪形でリーチかける必要も無い……待ちは3-6mで間違い無いはず)
冴えは思考に余裕を与える。瞬時に、自分の手の最終逆転形に当たりがついた。
(目指すは123の三色。当たり牌以外は全部切る……!)
打 5m
(ぐっ……一つ隣で外れだ……)
打 5p
(馬鹿か!?コッチはピンズの一通してるでしょう……まさか待ちを見切られた?)
手が、命を与えられたように形を成していく。そして、遂に辿り着いた。
「カン!」
手牌の内、四枚を曝す。それは……
(ぐおっ……待ちの片筋を殺されたっ……!)
6mの暗カン。そして満を持しての聴牌コールをする。
「リーチ」
牌を横に曲げる憧。ここまでくれば読みなど関係無い。誰が和了牌を掴むかの勝負……
憧のリーチ一発目、上家のツモは1mだった。
(どうする……カン出来るが、こちらの和了牌は3mの一枚のみ。嶺上でアガレる気がしないし……下手にカンして親にカンドラを乗っけるくらいなら――ツモ切るか)
誰がこの上家を責められるか。上の事情に加え、そもそも1mは憧が出やすいように待ちを工夫したところなのだ。責めることは出来ない……
「ロン。リーチ一発三色表表……裏5!」
ざまあ!
「この人一瞬で手の平返しましたよ!?」
23m123s12344p 1m
暗カン 6666m
この和了形を見た下家に、嫌な汗が流れた……
「嘘でしょ……私の当たり牌とはいえフリテンの4ピンを重ねて再聴牌って……」
信じられない粘り腰だが、これも咲と麻雀を打つことにより得ることの出来た成果だった。咲さん相手に押し手で完全撤退するのは自殺行為に近い。アガれる手でしっかりアガらないとツモで跳ばされたりする……
頂にはまだ遠くとも、憧はゆっくりと咲の麻雀に近づきつつあった……
「よし、三倍満直撃でトップ逆転ね。じゃあ一本場」
「へ?」
余計なところまで。
「いやちょっと待って。あなたトップ逆転したんだよ?」
「うん。で?」
「でって……連荘したら逆転のチャンスを与えることになっちまうんだよ!?」
「でもまあ折角だし、地獄の淵が見えるまで行ってみようかなって。咲なら絶対にこう言うだろうし」
確かに言いかねませんね……
じゃあ一本場、と可愛い声が響いて……最初に戻る訳である。
※
「す、凄かったですね」
憧の麻雀に一区切りついた頃を見計らって、明華が声をかけた。
「凄いって、私が?」
キョトンとした顔で首を傾げる。
「はい……捨て牌の読みとドラを見切る判断、裏ドラに対する読み……日本刀持った智葉に追いかけ回された時より怖かったです」
「いやそっちのが怖いから!?」
しかしと、明華が口を開く。
「どこであんな麻雀を?アコはデジタル派のようですが、見ているモノは聴牌効率ではないような……」
その言葉に、ようやく憧は気付いた。咲が毎度毎度憧をボコボコにした理由、それは……
(防御の仕方……)
咲や赤木、原田が強いと言われる理由、それは高すぎる防御力ゆえんである。
麻雀が放銃せずに闘うゲームだとするならば、相手の待ちを読み切るのはほぼ必須の技術である。それで初めて、階段を登る一歩が踏み出せる。
だから咲は見せた。自分が持つ、赤木から受け継いだ出和了するための技術を、全て。
固まったように天を仰ぐ憧。不審に思った明華が肩を揺する。
「アコ?気分が悪いのですか?」
「ううん……違う。ありがとうって、今のうちに言っておかないとと思って」
顔を明華に向ける。その顔は、少し泣いているように写った。
「……私の知っている人に、麻雀の天才がいるんだけど……」
一瞬なんの話か解らなかったが、すぐに先ほど憧が見せた麻雀のルーツだと気付く。
「少し真似してみただけよ……まだまだ不格好で、無駄も多いけど……」
少しだけ、咲の麻雀。
なんか麻雀の勉強してたら大分時間がかかってしまいましたよ……(むこうぶち読んでただけとは口が裂けても言えない)
お待たせしてすみません。次回はなんとか一週間以内に(出来ればいいな……)