Q.もし咲が鷲巣巌と邂逅したら?   作:ヤメロイド

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本当はもう少し話をスリムにしたかったのですが、私には無理でした。

タイトルは某ロボットアニメから借りました。湧き上がってくるこの絶望感……


夢の代償

もし、今までの人生で何か一つを後悔出来るとすれば、何を後悔するだろうか。一体何を後悔すればいいのだろうか。

「ああ……」

全ての音が朽ちて視界だけがクリアになっていく。初瀬が何か言っているが聞こえない。耳に入らない。入れたくない。何も見たくない。全てが崩れ落ちていく…そんな現実なんか見たくなかった。

『決まりました!阿知賀女子学院、奈良の古豪晩成高校を破り十年ぶりの全国進出です!』

「よっしゃあ!」

「穏乃!やりましたね!」

「シズちゃんナイス!」

「流石シズちゃんなのです」

「和!玄さんにみんな!」

暖かいよ、と言う宥姉の声が聞こえてきた。シズ、和、玄、宥姉。知らない顔が一人に晴江。嬉しそうにシズに集まる輪が一つ出来上がっていた。

晩成高校は決勝戦で阿知賀に善戦するも玄が作った大差を逆転する事が出来ずに、優勝旗を譲ることになった。

私はどうすれば良かったのだろうか。どうすればこんな惨めな思いをせずに済んだのだろうか。

「何がっ……」

「憧?」

「何が間違っていたっていうのよっ……シズっ…!」

あの輪の中に、私はいなかった。

 

 

 

 

私とシズ、それに和と玄は子供の頃、よく一緒に遊んだ。シズと玄とは幼なじみで、そこから転校生の和が麻雀教室にやってきて……それから四人で一緒に居ることが多くなった。

ずっとずっと一緒に居ると思っていた。ずっとずっと一緒に居たいと思っていた。私は、あの時間が好きだった。それだけは今も昔も変わらない。

でも、それから直ぐに私は試されることになった。玄が進学し、私達も一緒に行くはずだった中学。そこには麻雀部が無かった。

玄もシズも和も好きだけど、それと同じ位に麻雀も好きだった。

私は麻雀がしたかっただけ。ただそれだけ。だから、高校は麻雀の名門晩成に進学するつもりで、中学は麻雀部のある阿太峯中に進んだ。その時は、それが正しい選択だと思っていた。

「馬鹿だ、私っ……!」

今になって後悔するなんてっ……幸せだったんだ……最初から私の幸せはすぐ傍にあったんだ……なのにっ……!

「何であの時気付かなかったのよっ……!」

後悔しても、仕切れなかった。

それが、今の新子憧だった。

 

 

初瀬から聞いた話通り、憧は大会が終わった二日後の今日、部室には来なかった。事情が事情なため、一週間は部活を休んでいいと伝えてはある。が、それは問題を先延ばしにしているに過ぎなかった。

「悪いことをしたな……」

部長のやえが呟く。

「私達が勝っていればもう少しはマシだったのだろうが……」

「幼なじみの中で自分だけ違う学校っていうだけで精神的に辛いのにその上優勝までされちゃ……」

立つ瀬がない。と、先をやえが続けた。今この場に居るのは憧の事情を知る初瀬と晩成レギュラーメンバーの五人。俄では話にならんのだよ。

「どうしよう……このままだと新子さん麻雀止めちゃうかもしれない」

それは最悪の事態だが、直ぐに初瀬が否定する。

「それは無いと思います。憧は麻雀がしたくて晩成に来たから……」

「それが危ないのだよ」

「小走先輩……」

「大事な物であればあるほど、時にそれを壊したくなる……無かった事にしたくなってしまう。新子が趣味で麻雀をやっている程度なら私もそこまで心配しないのだが、あいつの熱意は本物っ……だから…危ない……!」

あれ小走先輩こんなに格好良かったかなと言う視線を集めるやえ。後、微妙に顎が尖ってますよ。

しかし、やえの言葉は恐ろしい程に正鵠を射ていた。仮に麻雀を止めなくても、このままでは確実に傷痕を残す。

「新子さんには二年からメンバー入りして貰う予定だったのだけど……今の状態が続くようなら危ないわね……」

「そんなっ……!」

その言葉に初瀬が噛みつく。しかし、それを望んでないのはやえ達も同じだった。

「落ち着け。もしそうなったら晩成は来年の全国も危ぶまれる。そうならないよう全力は尽くすさ」

皆、憧には期待しているから、どうにかしようと考えている。しかし、肝心の方法が思いつかなかった。

(何か憧の元気が出るもの……せめて気を紛らわす事が出来る方法を……)

必死に考えて考えて……その答えは意外な所に転がっていた。

突如、隣の視聴覚室から歓声が聞こえてきた。

「な、何だ!?」

突然の歓声に驚く初瀬だが、やえの「王者たる者堂々としろ」と言う声に落ち着きを取り戻す。

「何をしているんでしょうか?」

「さあ……何やらテレビを見ているみたいですが」

窓ガラスから視聴覚室を覗く。そこには、三十人近い部員達がひしめき合って一台のテレビを囲んでいた。

「何この昭和感?」

さあ、わっかんねー

見ると、どうやら部員達は麻雀の試合を見ているようだった。今年のインターハイ注目の一局と題されたその番組では、長野の試合が取り上げられていた。

「長野と言えば龍門渕と風越が有名ですが……」

しかし、注目の的になっていたのは龍門渕の天江衣ではなくて……

「清澄……宮永咲?」

聞かない名前の選手が取り上げられていた。この番組を作るに当たり、新たに解説役として呼ばれたプロ雀士、三尋木咏がわっかんねーと叫ぶ。

『ネタばれしないように解説しろとかマジわっかんねー』

『いえ、ですからこの局の宮永選手の和了を……』

『うーん……でも解説してしまうと咲ちゃんの手の内を晒しちゃうことになりかねないからね~』

出来ればその努力をドラゴンロードの時に活かして欲しかった……

部員達の異様な熱気に飲み込まれて、知らず知らずの内に初瀬達もテレビを囲んでいた。そして……

 

 

 

その日の晩

「憧憧憧憧憧憧アコー!」

初瀬が壊れた。

「何?こんな時間にどうしたの?」

場所は憧の家の玄関前。そこにはDVD片手に息を切らしながら憧に詰め寄る初瀬と、少しやつれた憧がいた。憧の胡乱気な視線を気にせず、「今から部屋に上がっていい?」と尋ねる初瀬。

「え?今から?別にいいけど、初瀬は夕御飯食べてきた?」

テーブルゲームの割に麻雀は頭と体力を使う。部活で絞られたであろう初瀬を思っての言葉だったが、当の本人にはどうでもいいことだったらしく「いいから!」と言うと押し掛けるように憧の部屋に上がっていった。

部屋についた初瀬は部屋の中を見回して、何かDVDが再生出来る機器が無いか探し始めた。

「憧!パソコン持ってないっ?」

「有るけど……一体なんなのよ!いきなり人の家に押し掛けて……」

放って置いて欲しかった。その言葉だけは言わないように喉の奥にしまい込んだ。

そんな憧に、初瀬は構うことなく先輩から貸して貰ったDVDを再生するための準備を進めていた。ノートパソコンの電源を入れ、ディスクをセットする。

「ああもう!」

一手間一手間が煩わしいと言わんばかりのその迫力に気圧され、初瀬の横からそっと覗き込む。

「ねえ、何の映像なのよ?」

「麻雀。県予選団体戦の映像なんだけど、今凄い注目を浴びてる選手がいるって話、知らない?」

長野?と憧は首を傾げる。自分のことに手一杯で、他の事に構っている余裕が無かった。

「知らないわよ。そんなに凄いの?」

「凄いなんてもんじゃないわよ!大会の映像は私も今日見たばかりだから詳しくは言えないけど、意味不明さで言えば宮永照より上よ!」

ピクリと憧の頬が動いた。宮永照のオカルト麻雀はあまりに有名過ぎて、憧も知っていた。一和了毎に点数が高くなっていき、相手が和了前に勝ってしまうと言うミステリアスな打ち手。

「そ、そんなに?で、でもさマスコミとかの脚色も多少は……幾ら何でも宮永照は言い過ぎでしょ」

しかし、それは初瀬の神経を逆撫でするだけだった。

「あーもうじれったい!」

幾ら言葉を重ねても無駄だと思って、遂に初瀬は再生ボタンを押した。

 

 

 

その瞬間、奇跡の夜が蘇った。

 

 

 

まず最初に、二人の目に飛び込んできたのは圧倒的な点差だった。

 

 

鶴賀 170400

龍門渕 148000

風越 55800

清澄 25800

 

 

「うわ。物凄い点差が開いているじゃない……」

ドン引きと言う声がつい出てしまう。特に清澄とトップの差は既に150000を超えている。絶望的な点差を見て、観察するのは龍門渕と鶴賀の手牌だけにしようとする。

「憧。清澄の宮永っていう人に注目してて」

「へ?何で?普通優勝した人の手を中心に見るものでしょ?」

「だからそうしろって言っているじゃない」

ほへっ?と可愛らしい声を漏らす。

「信じられないと思うけど優勝したのは清澄よ」

「はあ!?嘘でしょ!?だってトップとの点差は……」

 

 

鶴賀 194400

龍門渕 148000

風越 55800

清澄 1800

 

 

「って、更に開いてるし!?」

普通、この状態から逆転したと聞かされても信じることが出来ない。しかし、そこからは咲の独壇場だった。相手の和了を徹底して封じ込め、決して振らず、総てを掌握したかのような闘牌が繰り広げられた。

咲が危険牌を切るときは必ず、

『ロッ……』

『ん?何か言いましたか?』

『な、何でもない……』

二位の衣を封じ込めるための一打だった。

「嘘……なんで点棒ゼロの人がこんなに……」

捨て身……ではない。全ては勝つため。勝つための麻雀が繰り広げられていた。

気付いたら、咲の麻雀に見入っていた。

(強い……この宮永っていう子…間違い無く強い……とんでもなく……)

そして、遂に咲が悪魔と呼ばれる所以になった局が訪れた。

『ロン。白のみです』

『ロン。三色のみ』

凛とした声が響く。

「し、信じられない……あの状況で鳴いて攻めるなんて……」

自分なら絶対に打点重視で門前で攻めてしまうだろう。そして親番を逃して敗北……

しかし、咲は揺るがなかった。小さな和了を広い続けて、遂に逆転の手を作り上げる。リーチ偶期待ち。

『理では駄目……理では鍵穴の入り口で引っかかる。鍵穴を満たすには別の力を借りるしかない……例えるなら偶然という名の力……』

その声、その吐く息、その視線、その仕草、全てが自分を捕らえて離さなかった。

(凄い凄い凄い凄い!何なのこの咲っていう子!本当に私と同い年なの!?)

ええ、恐ろしいことに……

いつの間にか、咲の点棒は120000を超えていて、優勝圏内に入っていた。

そして遂に辿り着いた神域の境地……

『その裸単騎には魔法がかけてあります……衣ちゃんは手中の牌からその牌を選び、必ず振り込む』

普通なら信じられない言葉だが、憧にはただのホラには聞こえなかった。そして……

 

 

 

『ロンだ……ホウテイ…ドラ五……逆転…!』

 

 

 

舞台に幕が落とされた。

 

 

 

(何今の……咲っていう子の麻雀、ただ強いだけじゃない)

ただ強いだけの麻雀はここまで人を惹きつけない。咲の麻雀はそれ以上の何か……華があった。あらゆる人間を引き寄せて止まない、圧倒的才能の片鱗。その才能の濁流に、いつの間にか飲み込まれていた。

「どうだった、憧?」

隣に座る初瀬が感想を求める。

「なんて言うか……その…凄かった」

喉をカラカラにしながら言えたのは、そんな安っぽい言葉だった。

初瀬が帰った後も憧は、何かに取り憑かれたように咲の麻雀を見続けた。

「宮永……咲……」

ぼーとしながらも、目はずっと咲を追い続けている。細い体に、どれだけの才気が溢れているのか?

(この子…副露のセンスが並外れて高い。牌を晒す行為そのものを武器にしている感じがする……)

だから、牌を晒した上で出和了を狙えるのだろうか。捨て牌と副露、その二つを合わせれば、高い実力を持つ人ならあっさり待ちを見破ってしまう。憧は三色や一通を絡める分、更に待ちが読まれやすい。しかし、咲は寧ろその逆。ただ一度の副露で相手に危険牌を切らせる。それは自分には無い力。

(会ってみたい…ううん。会いたい……)

そして、初瀬からビデオを見せて貰ったその翌日、憧は東京にいた。

 

 

 

電車から降りたとたん、東京の暑い日差しに焼かれた。

「なんで長野に居てくれないのよ……」

財布の中を嘆きながらスーツケースを引きずる。長野に咲は居なかった。一応そこで、東京の白糸台周辺に居るという情報を得たので来てみたが果たして見つかるか。

(どうしよう……何も考えずに飛び出して来ちゃったけど……)

よくよく考えると、何の当てもなく東京で人捜しとか、馬鹿なの死ぬのどっちなのと聞かれるレベルの愚行だ。

(あーもう!そうですよ馬鹿ですよーだ!)

適当に駅の近くを回ってみる。

「はあ、これで宮永さんが居てくれるとかそんな都合のいい展開……無いわよね」

ところが、

「どっこい?」

そんな都合のいい展開が待っていましたとさ。

駅から歩いて五分足らずの所にある自動販売機。何か飲み物を買おうとしていたところ、近くで何やら聞いた事のある声が聞こえてきた。

「ここどこ……?」

(あれ?聞き間違い?)

何か予感めいたものが走って、辺りを見回してみる。声の主は、自動販売機の後ろにいた。半泣きになりながら、恐らく何の役にも立たない地図を必死に見つめる少女。その後ろ姿に、憧は何か既視感を覚えた。

(この声…もしかして!)

急いで駆け寄る。そして、

「いたー!」

「ふぇ!?」

東京の見知らぬ土地で人捜しと言う難題をあっさりクリアしてしまった。

 




前回話の中でこのような事を書きました。
「暗夜行路二番はマジ勘弁して下さい……」

やったね祈りが通じたよ(白目)
なんか死人『は』出ていない感が半端ないのですが、それは……


さてと……暫くは広げてしまった風呂敷を畳む作業……東京編かな……
何とかコンパクトに纏めたい。




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