Q.もし咲が鷲巣巌と邂逅したら?   作:ヤメロイド

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何とか週末投稿できた……


先鋒戦前半(3/16修正)

大会当日。一夜明けた次の日の空には、真っ白なキャンバスに鮮血を垂らしたような暁が描かれていた。それはまるで、これから起こる惨劇を暗示したかのような空で--

「おう。何余計なフラグ立ててんだこら」

「ちっ」と唾を吐く純。今日はインターハイ予選決勝だというのに、なんとも不吉な空だった。

「嫌な予感がするな」

と悪態をつく。衣しかり、こういう日の麻雀は必ず何かある。今日はいきなり化け物退治をしなければならないのだ。

「何事もなきゃいいんだがな……」

何やら嫌な予感を抱えつつ、彼女は一人対局室に向かった。一人で。

 

 

 

「……って、見送りは無しかよ!」

 

 

 

長野県予選決勝先鋒戦卓。対局が始まるまでまだ少しだけ時間があるというのに、部屋は既に濃縮された殺意と緊張で張り詰めていた。原因は間違い無く卓で可愛らしく座っている金髪の少女、大星淡。

卓に居るのは井上純、福路美穂子、津山睦月という実力派な面子だが、その中でも淡は際立って見えた。淡の周りには、形容し難いオーラのようなものが溢れ出ている。嫌でも警戒しないわけにはいかない。

(やばい……昨日出会った清澄の大将とは別のタイプだコイツ……!)

(周囲に危険な臭いを漂わせてる……!)

(胃薬胃薬……)

その、獲物を見るかのような目つきに立ちすくんでしまう。鋭い眼孔……まさに、試合開始十分前だと言うのに我慢できずに咲に襲いかかってしまったような者の目つきをしていた。ああ、確かに怖いか……

三人が立ち尽くしているのを見て、淡は「牌、捲ったら?」と促す。

恐る恐る場決めの牌を捲る三人。

「西だ」

「北です」

そして最後に、睦月が東の牌を捲ると同時に

『それでは決勝戦先鋒戦卓、開局です!』

試合の開始を告げるアナウンスが流れた。

 

東一 ドラ2ピン

 

純 配牌

 

 

12589m669p12s中中

 

 

(げっ……最悪だ……)

悪形の4シャンテン。仮に中を鳴けたとしても、残るのは処理に困る数牌。

(大抵の奴なら門前なんだろうが……)

ちらりと上家に座る淡を見る。

(こいつが卓にいる以上、そうも言ってられない……)

純とて一日あれば淡の能力には気付く。

(悪過ぎたんだ……こいつと同卓した奴の配牌が決まって悪過ぎた。恐らくこの最悪配牌はずっと続く筈だ……なら!)

純は手牌で浮いていた5ワンを切り出した。

(悪形だろうが鳴いて攻める!)

しかし三巡後、淡の聴牌宣言がかかった。

「リーチ」

 

 

淡 河

 

9s8s5s

 

 

「ぐっ……!早すぎだろ……!」

思わず毒づく。純の手牌に現物は無い。

(どうする……筋を追って2ソウを処理するか?流石に初っ端から流れは読めねえし……ここは)

打、中。対子落としで手を回した。このまま横に伸びれば平和。でなければ降り。

(元々闘う手格好になって無かったんだ……被りもないし、打ち込みだけを避ける)

しかし、ここで純の手は思いも寄らぬ方に逸れた。

四巡後

 

 

 

122889m2266p112s

 

 

 

綺麗に打ち回していた手が、いつの間にか七対子ドラドラの一シャンテンに育っていた。

(牌が横じゃなくて縦に伸びるか……)

場は進み、四巡前より状況が見えやすくなっている。淡はリーチ後、3ソウ7ワンと切っている。どうもソウズは待っていそうにない。直後引いてきたのは1ワン。2ソウか9ワンで七対子ドラドラの聴牌。

(こうなるとリーチをして追いかけるのもありか……どうせ他の対子も危険牌で降りることは出来ないしな……)

しかし、そうなると問題なのはどちらを切るか?

(さて、どっちを切るかね……無難に筋でも追うか……)

そう思い2ソウに指が伸びた瞬間だった。

(待てよ……風越……)

ちらりと美穂子の河を見る。改めて見ると、美穂子は4ピンや赤5ワン、2ピンといった無筋は切っている癖に、ソウズは現物牌以外切っていなかった。

(風越……清澄の待ちはソウズとでも言うのか……)

美穂子の実力は知っている。去年の決勝戦では唯一抵抗らしい抵抗が出来たのは彼女だけだった。卓に同卓した選手がもう少し上手ければ、彼女が大将として出ていればあるいは、と言える実力の持ち主である。大将として出ていれば……

何やら外がにゃーにゃー五月蠅いが、マナー的にいかがなものだろうか、池田ァ!

(ちっ……ここは2ソウ残しだ)

散々迷った挙げ句、純は2ソウ待ちを選択し、リーチもしない。

一見臆病風に吹かれたような選択だが、純のこの判断は正解だった。なぜなら淡は純が捨てようとした2ソウで待っていたからである。

 

 

淡 手牌

 

123m123p1333s南南南

 

待ちは1.2ソウ。淡の和了牌を押さえての聴牌だった。観客席からは『すげー今の!』『やっぱ龍門渕は格が違うわ!』とか色々な声が上がっていた。

しかし実力者、例えば龍門渕勢から見たら、最悪とまでは言わずとも顔をしかめるような流れだった。

「同じ待ちだけど清澄のあの金髪の子の方が待ちが一本多いから有利だよね」

龍門渕の中堅を勤める国広一が確認する。それに同調するように頷くと、智紀も「しかも頭跳ねだから純が出和了する目は無い……」

「仮に振らないとして……危険牌を引いた時にチュンチャンパイだらけの手牌で逃げ切れるかな……」

純とてそんなことは百も承知だ。この2ソウが淡の当たり牌だとすると圧倒的に不利。ツモのみを考慮した聴牌だった。しかし……

「2ソウは純カラなんだよね……」

睦月 手牌

 

346m25(赤)889p1222s南発白

 

純の和了牌である2ソウは睦月が三枚抱えており、和了目は完全に消えていた。どちらにせよ、純の七対子は聴牌までが限界だった。まさしく、巡り合わせが悪いとしか言いようの無い勝負。しかし……

「これは純には厳しいかな……」

その意見は半分しかあっていない。今一番厳しいのは安牌が無い鶴賀の睦月である。睦月が淡のリーチに対して振って来なかったのは、美穂子が先に危険な道を掃除してきたからであり、美穂子が露払いを止めればあっさり振り込んでしまう可能性がある。

(安牌が増えない……)

そして、その頼みの要である美穂子も遂に超危険牌、生牌の発を引いた。

(流石にこれは打てない……)

他をフォローして自分が打ち込むなど論外である。仕方無く現物で降りるが、こうなると苦しいのは睦月である。手の中が危険牌で溢れかえっている上に、次に引いてきたのは生牌の東。

(くっ……安牌が……)

こうなるともう選択肢が消えてくる。今、睦月の手牌には2ソウが暗刻であるのだ。1ソウの当たり目は低く見える。

(ワンチャンス……これなら……!)

だが、淡が待っていたのはこの一牌だった。バラっと淡の手が倒された。

「ふっ……まさかこんなお決まりの手に引っかかるとはね」

(まさかっ……!)

背筋に怖気が走る。

「ロン。6400」

淡の手が倒された。リーチ南ドラ一。決して安くは無い手。しかし……

(なんだ、低めか……)

(良かった……リーチ南ドラ一のみなら痛くない……)

その淡にしては低い打点に、純と睦月の緊張が解けてしまった。

今まで見てきた淡の派手な和了と比べると、リーチまでしたのに裏も乗らずと地味な和了だった。どうしてもある一点が見えていないと、

(この程度なら当たっても痛くない……なら)

(リーチに対しても突っ張る価値はある……!)

という勇み足になってしまう。はい、これが典型的な負けるパターンです。無論、これはギャラリー達にも言えることで、地味な和了に嘲笑う声が多かった。

『なんだ、あんな低めで和了なよ』『高め2ソウが生牌何だからツモに賭けても良かったんじゃ……』

しかし、少し落ち着いて考えると淡のリーチからは別の意味が見えてくる。淡のリーチを本当に怖いと思えるような人物は、一部のおかしい人を除くと、美穂子しかいなかった。

(その手でリーチ……?そんな馬鹿な!?)

何故なら、それは本来やってはいけないリーチなのだから……

(単純に高め追求ならダマしかない……リーチした以上、和了の見逃しはフリテンになってしまうから、安めでも和了するしかなくなってしまう……)

しかし、低めではリーチしても6400止まり。それに対してダマなら2ソウの出に期待出来る上、手も南三色ドラ一の満貫になるうえ2ソウも出やすくなる。ここで淡が敢えてリーチした理由はただ一つ……

(誰が一番点棒を取りやすいか計るためのリーチ……こんなの普通の高校生がやる打ち方じゃない……!)

いや、プロでもやらない。ただ一打、血糊にまみれたこのリーチは……

 

 

 

「まあ……合格やな……」

「素直に褒めて上げたらいいのに。原田おじちゃんだって自分の麻雀が生き残っていくのは嬉しいでしょ?」

「まあ、な……あいつに真似されるのは少し癪だが」

 

 

 

ただ圧倒的な暴力のような象徴、原田克美の打ち方だった。

 

 

 

「相手の力量は見た。流れも掴んだ……なら、後は解っとるな……?」

 

 

徹底的に鶴賀を叩け……!

 

 

(……っ!鶴賀が危ない!)

それは雀士としての本能ような直感だった。清澄は鶴賀を潰すつもり……

しかし、この流れで引いた親番で淡が乗れない訳が無かった。

東一の和了で既に流れにのった淡は、東二で狙いを鶴賀に絞る。八巡目、淡のダマテンが睦月を打ち取る。

「ロン。11600」

 

345678m34p34588s

 

 

 

睦月が打った2ピンを討ち取ってのタンピン赤赤。これ自体は何もおかしいところは無い。しかし……

「おい待て!一巡前に切った俺の5ピン見逃してるぞ!」

淡が和了る一巡前、淡の北はツモ切りだった。純が5ピンを切った時には既に聴牌していたことになる。

「あ、高め見逃しちゃったー」白々しく驚く淡。

(なんてね、点棒に余裕があるなら凹みを一人作った方がいいから)

無論、ここまであからさまにやると流石に睦月も淡の意図に気付く。

(不味い……清澄が私を狙い打ちし始めた……しかし……!)

もっとも、気付いたところで逃げ切れなければ意味が無い。一本積んでの一本場。淡はまたダマテンで睦月を狙い打ちした。

「3900の一本場」

 

二本場

 

淡 配牌

 

 

113889m56p12477s北

 

 

(うわ……微妙~)

三シャンテンだが、急所の多い手牌だった。

(これなら七対子が本線かな?)

どうせ他家の配牌は悪いだろうし、時間はまだある。そう見切りをつけると淡は北を切り出した。

九巡後

 

 

112388m66p11477s2m

 

淡、聴牌。3ワン切りならリーチで満貫確定。しかし、

(4ソウはドラだからね……リーチしたらまず何があっても出ないよね……)

ちらりと鶴賀の捨て牌を見る。

 

睦月 河

 

1m2m白発8p2p7s2s

 

 

(真ん中の三色を狙っているような感じがするんだよね……それに)

白発を序盤で切っているあたり、手がチュンチャンパイで肥えていて逃げが効くような形になっていないかもしれない。

(じゃ、ここはこれだね)

そこまで洞察すると淡は聴牌を拒否した。打 7ソウ。無論この一挙一動はカメラで撮られていたので、観客席からは異様に映った。端から見たら非効率的な打ち方でしかない。有るとすれば、ドラを重ねての聴牌か?しかし更に三巡後、淡はその予想すら裏切った。

 

 

 

1122388m66p1147s3m

 

「リーチ」

打 7ソウ。手変わりも何もない。

『ドラ重ねてのリーチなら解るけど……』『リーチしたら絶対に4ソウは出ないぜ!』

それは確かに最もな考えだ。リーチ者相手に現物で無い限り、初心者でもドラは打たない。普通なら……

 

睦月 手牌

 

 

3444556m336p445(赤)s

 

 

(まずい……安牌が無い!)

睦月の手牌には、どれもこれも淡の裏筋にあたるという牌しか残っていなかった。解説が入る。

『345の三色に気を取られすぎたな……』

『手を肥やし過ぎましたからね……』

こうなると、本格的に筋を頼りに打つしかなくなる。

淡 河

 

北9m2s1s5p8p3s白7s2s8s7s

 

 

この捨て牌に混一まであるマンズは打ちにくい。かと言って裏筋のピンズも打てない。それに比べて……

(4ソウはドラだけど1ソウと7ソウが切られている……まさかドラで待つわけが……)

 

 

『……あの七ソウ落としが鍵だったな。あがれない満貫が確実にあがれる親倍になった』

 

 

かくして、鶴賀は打つべくして打ち込み、点棒を吐き出した。

「ロン。リーチ一発七対子表表裏裏」

 

 

 

結局、その半荘は類を見ないほどの独壇場となった。鶴賀を狙い撃ちさせないため、純や美穂子は差し違え覚悟で挑んだが、流れにのった淡を止めることは出来きず、被害を最小限で終わらせるのが限界だった。あぁ……と誰かが声を上げた。

「ツモ!ダブリー一発ツモの2000.4000でラスト」

 

清澄 183400

風越 83400

龍門渕 74800

鶴賀 58400

 

 

(嘘だろ……!)

 

これが前半戦で起きた出来事だった。

 

 

 

 

「以上、解説の寺井と矢木プロでした」

「修正の際に紹介するの忘れやがって……」

……あ、紹介するの忘れてた。

 




早く咲vs衣書きたいです……
それとお詫びです。最近感想を頂いても返信出来ていませんでしたが……ちょいと39℃くらいの軽い熱をだしてしまって……
少し体調が落ち着いたら返信いたしますので、暫くのご無礼目を瞑って下さい。
では、御無礼!

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