「決まったあ!決勝進出は風越女子!名門の風越が帰ってきた!」
アナウンサーの興奮気味の叫びがマイクを通じて観客席まで運ばれてきた。
試合室には、これまた猫耳を生やした猫女もとい池田が胸を張っていた。しかし、ドアの外にキャプテンの姿を見るとさっきまでの威風堂々とした姿がうそのように、まるで猫のように抱きついた。
「キャプテン!」
「カナ!お疲れ様」
そう言って、福路美穂子は池田の手を拭いた。さっきの試合、池田は二校纏めて飛ばしたのだ。流石は風越の大将といったところか。部員も皆笑顔だった。
しかし、彼女達は忘れていた。そこは鬼の居座る部だということを……
「池田ァ!」
パァン!
怒鳴り声と共に平手で何かを打つような音が風越女子の控え室から聞こえた。そこには、鬼のような形相をしたコーチの久保が
「イェーイ!決勝進出やったな、池田ァ!」
満面の笑みを浮かべ池田とハイタッチする鬼の久保コーチがいた。
「いや、流石にカナちゃんもドン引きだし!?」
鬼のコーチに笑顔で迫られて別の意味で涙目になる池田。室内はイヤに静まり返っていた。
「福路も打牌にキレが合って良かったぞ!流石は風越のキャプテンだな!」
「は、はい?」
「お前が気持ちのいい麻雀を打つと、後輩達も伸びやかに打てる!その調子で明日も頑張れ!」
「……ええ~?」
その名門風越のキャプテン、福路美穂子も異常にハイテンションなコーチに付いていけず、右目が開眼していた。こっそり「綺麗だし……」と池田が呟いたが気にすることはない。
しかし、鬼コーチの笑顔は池田達だけではなく、他の三人にも向けられた。
「他の三人……未春も文堂もド……深堀もキチンと自分の仕事をこなしていたなァ!良くやったぞ!」
「今ドムって言いかけませんでした!?」
しかし、ド……深堀の訴えは、まるで蒼天に吸い込まれるように消えていった。まるで子供のように風越の勝利を祝うコーチの笑顔を見ていたら、毒気を抜かれてしまったのだ。
後に残るのは、綺麗な笑顔を浮かべる久保コーチだった。誰だコイツ。
「お前等はこの一年、よく頑張った。文堂は風越のレギュラーになるという血の滲むような努力をしたし、福路は他の部員を支えてくれてきた。他の三人も、打倒龍門渕の為に自分達の青春を麻雀に費やしてくれた……私はこのチームが大好きだァ!」
「「「コーチ!」」」
本当に誰だァ!?
感極まったように池田が叫ぶ。
「カナちゃん頑張るし!絶対風越を全国に連れて行くし!」
「私もっ」
つられて文堂も叫ぶ。
「絶対に大将にバトンを渡して見せます!」←中堅
何だか異様な空気に包まれながらも徐々に室内の空気は高まっていき……遂にコーチの一言で幕が下りた。
「見せてやれ……もんぷちではない、私達が最強だと!」
「「「押忍!」」」
……。なにこの茶番?
結局その日は、風越の部員がはり倒されることなく、最後に決勝進出校の牌譜を美穂子が受け取ってその場はお開きになった。
その後、久保コーチは「これから用事があるから」と言って何処かへ消えていき、美穂子達は近くのホテルへ休みに行った。
「えーと……出場校はうちにもんぷちに鶴賀に清澄……半分が初出場校だし!」
風呂上がりの、少し湿った池田の声が聞こえた。見ると、五人で集まって対戦校の牌譜を見ていた。
「相変わらず龍門渕の選手はレベルが高いですね……」
これから相手をする選手のことを思うと頭が痛くなる未春だったが、ふと気になるものが目に入った。
「あれ?清澄……」
「清澄がどうかしたの?」
美穂子が訝しげに尋ねる。
「いえ……なんか目立つように赤丸でマーキングされている選手がいて……」
マーキングされる選手というのは、天江衣や宮永照といった怪物クラスの打ち手に限られる。初出場の清澄にマークされる選手なんていたかと首を傾げる。
「大星淡じゃないですか?」
深堀が思い当たる節を言う。
「何でも先鋒だけで十万点以上稼いで清澄高校を決勝に導いたとか……」
「カナちゃんも知ってるし!でも大丈夫だから!なんたって相手するのはキャプテンだから」
「もう……買いかぶり過ぎよ」
照れたように美穂子が笑う。だが、美穂子への、部員からの信頼は厚かった。名門風越のレギュラーという肩書きだけでは無い。全国区でも名を知られる、それだけの実力を彼女は持っているのだ。
「清澄は大丈夫だし!先鋒さえ止まってくれれば後は私が何とかするから」
そう言って池田は未春を励まそうとした。しかし、続く未春の一言で部屋の空気は再び凍った。
「でもこれ……マーキングされている選手が清澄に二人いますよ……」
※
時間を少し巻き戻す。
決勝進出をかけた大将戦。咲は少し感慨深い思いを味わっていた。
「そう言えば……これが初めての大会で打つ麻雀か……」
別に緊張しているわけではない。寧ろ、少し残念に思っていた。
扉を開ける。そこには既に他校の選手達が卓に着いていた。
淡から始まり、まこまで繋がったこの試合、トップの清澄と二位の差は既に十五万点以上あった。
(やっぱり皆レイプ目だ……こんなの地獄単騎で張れば勝手に振り込んでくれるよ……)
よろしくお願いします。自分の声が酷く乾ききっていることに気付きながらも、咲は卓に着いた。
(最初の試合がこんなハンデ戦なんて……)
配牌はいい。タンピン三色が匂う格好だった。
(要らないよ、こんなの。せめて五シャンテンから始まってくれないとつまらない……)
この七年、咲は鷲巣達と麻雀を打ってきて強くなったが、代わりにある一つの弱点を背負ってしまった。それは……
(つまらない……)
確実に得られる勝利に価値を見いだせず、斬ったはったの勝負に拘るようになってしまった。
(暇だし……赤木おじちゃんが昔やってたアレやろ……気付いてくれたなら……)
そう思って、咲は……
※
「間違い無い。清澄の大将は衣の同類だ……」
幼い声が聞こえた。そこには小学生と言っても通りそうなくらい小さい高校生が座っていた。
「そうなの?僕には普通の麻雀……せいぜいヤオチュウハイの単騎待ちが多いくらいにしか見えないんだけど」
一は自分の言葉に自信が持てないように呟いた。
その言葉に、衣は少し目をつむった後、隣に座る純に声をかけた。
「純は如何に考える?」
場所は龍門渕邸別宅。そこにはハギヨシを含め、龍門渕のレギュラーがテレビを囲んで対戦校の麻雀を見ていた。しかし、ここまで入念に研究しているのは咲だけで、他の選手は牌譜を見るに止めていた。理由は単純で、明日に大会が迫る中、今までノーマークだった宮永咲という人物の危険度が上がったためだ。時間が圧倒的に足りないのだ。
「……ああ。この女、可愛い顔して舐め腐った打ち方してる」
しかし、その限られた中で、彼女達はベストを尽くす。
「この女、自分の和了り形を捨て牌で教えてやがったんだ」
「どういうことですの?」という透華の質問に、衣が答えた。
「清澄の大将は字牌の向きで自分の待ちがヤオチュウハイ単騎か否かを示していたのだ」
改めてビデオを見てみる。確かに、字牌の向きが正位置ならヤオチュウハイ単騎で和了っていて、逆位置ならタンヤオや平和で和了っている。しかしこの打ち方は麻雀の王道を行く役、平和やタンヤオを意図的に殺すものでもあった。
「馬鹿げていますわ!こんな非効率……!大体、自分の手を教えて一体何の得が……!」
「衣も同感だ」
透華の言葉に一旦頷きながらも、直ぐに否定する。
「だが、他の三校はそれだけで束縛されているぞ」
見ると、他の三人の手牌はヤオチュウハイの整理が出来ずに手が進まないでいた。
「この大将は末恐ろしい……技術だけで衣と同じことをやってのけるのだからな」
衣は密かに考える。
(清澄の大将……宮永咲といったか。恐らく衣と同類……退屈に飽いている。勝って当然の勝負などゴミ同然に思っている……だからあんな危ない打ち方、自分の手を教えるという真似もやってみせる)
猪口才……!
果たして潰れるのはどちらなのか?自分は、特別から解き放たれるのか?
(良いだろう。待っておれ、清澄……!衣が全力で潰す……!)
※
「明日の試合、私達鶴賀は苦戦するだろうな」
夜も更けた中、鶴賀の部長……部長、加治木ゆみが明日の勝負の外観を語る。
「ワハハ……泣かないぞ……」
どこかでそんな声も聞こえたが、今の話には関係ないのでスルーする。本人にとっては重要かもしれないのだが、スルーする。
「天江衣を始め、清澄の大星淡も強い。おまけにまだ何やら隠している気配がある」
彼女は咲の危険性に気付いている訳ではない。ただ、清澄は一年を中心にチームを作っている節があった。その流れからすると、どうしても咲の存在が無視できなかった。
「お前にはポイントゲッターとして期待している。頼むぞ、桃」
ゆみが向ける視線の先には、闇に溶けてしまいそうなくらい存在感が希薄な女子生徒がいた。
「やるっすよ、先輩。必ず、先輩を全国に連れて行くっす」
これ、キャラ崩壊のタグ入れた方がいいかしら……?
近いうちに一つアンケートを取りたいと思います。それは、「白糸台の大将」です。最初、原作で淡を抑えたシズを入れて、「遊ぶんだ、和と」的な話にしようと思ったのですが、正直うちの咲さんだと「あ……(察し)」的なことになりかねないので。
つまり、オリキャラ一人入れるか、当初の予定通りシズが体を張るか、です。
投票は長野編が終わると同時に活動報告欄の方で集めますが、始まらなかった場合はこっそり教えて下さい。十中八九忘れているので。(というか、忘れないように今書いているわけで……)
そのときに、どっちを選べばどういうストーリーになるかも少しだけ書かせて頂きます。
追記
咲の単騎待ちは赤木のチャンタを改造しています。チャンタは無理やった……