記憶の一部に損傷がある。故に妹の存在も不明瞭だと唐突に告げたソウ。
そして、シャルルの秘めたる覚悟とそんな彼を庇おうとしたレモンが正面から衝突してしまう。
緊迫した状況が続く。
すると、突然、妹というウェンディを知ったソウは気持ちに整理が付かないまま、過去の自分がした微かな記憶だけを頼りにギルドの外へ飛び出したウェンディを追いかけたのであった。
◇◇◇
ソウ―――大切な兄だった。
六魔将軍の件で唯一の居場所であった"化け猫の宿"は消失してしまい、兄との再会の手掛かりも同時に無くしてしまう。
その際、ジェラールとも再会を果たしたものの、彼も昔の記憶は無かった。
それもその筈。過去に一緒に旅をしたジェラールはまた別のジェラール―――エドラスのジェラールと後に判明したから。
妖精の尻尾では"ミストガン"と名乗るその者はしっかり旅の思い出を覚えていた。だが、ミストガンはエドラスに戻ってしまったまま、会える機会はもうない。
『ソウ・エンペルタント。妖精の尻尾の魔導士として生きている』
耳を疑った。
そして、その瞬間に数年しても音沙汰が皆無だった彼の行方に、希望の光が灯された。
実は隙を見てはこっそり探していた。なのに、同じギルドの魔導士だったなんて灯台元暗しも程々にしてほしい。
なのに――――
彼もまた私の記憶が無かった。
二度も同じ羽目に遭うなんて。今回はエドラスの彼ではないし、何より鼻や目、あらゆる五感が彼を昔会った彼だと訴えてくる。
安心する匂い。何かに付けてふんわりと笑う仕草は昔のまま。
でも、彼はきっぱりと告げる。
『いや………覚えてない』
この時、私は何を思っていたのだろう。
気持ちに混乱が生じた私は取り敢えず一人になって落ち着きたかった。
結果、逃げ出す形でギルドを飛び出した。
心配させてしまったシャルルには後で謝らないと思いつつも、辿り着いたのはマグノリアの街が一望出来る場所。
私がこの街に来て、見つけたお気に入り。
悲しいことや辛いことがあると此処から街を一望して気持ちの整理をつけるのがマイブームとなっていた。
―――竜の匂い。
ものの数分。
敏感に働く鼻がまたしても懐かしい匂いを捉える。
きっと、これもまた幻想。相当、今の自分は重症なのだと思い知らされる。
幻想は現実へ移り行く。
「隣………良いかな?」
人の声。
私は後ろに人が来たことに驚き、慌てて振り返ってしまう。
そこに居たのは―――
◇◇◇
マグノリア。展望台。
「隣………良いかな?」
はっ、と振り返る。
少し離れた場所に自身の兄と思っていた人物、ソウの姿があった。
彼は尋ねた相手が小さく頷くと、ゆっくりと近くまで歩み寄る。やがて、ベンチの座っていた隣に腰を下ろした。
「さっきは………すみませんでした………」
ウェンディはそっと謝る。
彼の記憶にないのなら、それは赤の他人となる証拠。自分の待つ兄はこの人ではないとウェンディは無理矢理信じ込ませていた。
容姿も、魔法も、匂いも昔の彼と一致しているのに。何故、彼は私の事を覚えていなかったのか。
きっと、彼にとっては対した出来事では無かったのだ。些細な思い出のひとつに過ぎないのだと。
「その話だけど………もしかしたら」
「はい?」
「俺は君のお兄さんかもしれない」
「え?」
「俺、昔の記憶が無いんだ」
街を眺めながら彼は告げる。
その言葉の意味を理解しようとして、ウェンディの思考は停止する。
―――お兄ちゃん?
待ち続けた人。また会うその日まで、と約束を交わした。
だが、こうして再会してみれば。
あの一緒に様々な場所を旅した記憶すら無くしていた。
「記憶がない………だとしても………」
「これは身体が覚えてるって言うのかな。こうして、直接、君を見てみる何故かと心が安心する」
「私も………懐かしい気持ちになります」
「きっと、俺と君は過去に会ってたんだろうね。じゃないとこの気持ちに説明が付かない」
「………はい」
「ごめんね。君もちゃんとしたお兄さんと会いたかっただろうに」
「い、いえ!そんなことは………あの、ソウ………さんは私の事が嫌いなのでしょうか………?」
思考はネガティブへ。
ソウにとって、ウェンディという存在は大切ではない。だから、彼は記憶を無くした。
ウェンディは決死の覚悟で口を開く。もうジェラール―――ミストガンの時のように後悔はしたくなかった。
「何でそんなこと聞いた?」
ソウは質問に質問で返してくる。
ウェンディから返答がないと判断するや否や、ソウはそっと空を見上げた。
ぽつりぽつり、と語り始めるウェンディ。
「………これまで私はずっと助けられてばかりです。恩返ししようにも、いつも何も出来ない自分にぶつかるばっかりで………結局、また助けられての繰り返し………私なんて役立たずですね………」
「ちょっとじっとしててね」
「はい?」
「こんな感じかな?」
「ふぇ!?あ、あのっ!?」
ソウの手はウェンディの頭に。
そっと撫でていく彼の手にウェンディは狼狽えるものの、すぐに拒否することなく素直に受け止める。
「あんまり考えない方が良い。下を向くなら、前を向いて歩け―――って昔の俺がそんなこと言ってなかったかな?」
「どう………でしょうか?私の知るソウさんはあまり喋る方では無かったので」
「あれ?そ、そっか~」
「ふふ………」
つい微笑ましく笑みが溢れる。
「ウェンディ、教えてくれないかな?」
「は、はい?」
「君の知る昔の俺を。話を聞いたら、思い出すかもしれないしさ」
「た、確かに………」
ソウの提案は筋が通っていた。
記憶の損害は切っ掛けさえあれば、取り戻せると何度も言われてきている。ウェンディの過去話を聞いた彼の記憶が戻る可能性もゼロではない。
「その前に一つお願いがあります………」
「ん?何かな?」
「あ、あの………もっと近寄っても………」
「近寄る?全然良いよ」
「は、はい。ありがとうございます」
緊張でやけに重い腰を上げた。そっと彼の座る隣に移動する。
これだけではまだ物足りない。
「そ、それと、ハ、ハグとか………しちゃ、ダメですか?」
ぎゅっと目をつぶる。
訪れる静寂に街の賑やかさと風が吹く音だけがウェンディの耳へ届いてくる。
「おいで、ウェンディ」
―――刹那。
全力でウェンディは抱き着いた。何年も我慢した思いがようやく爆発した。
背中に腕を回し、これでもかとソウの胸元へ顔を押し付ける。ぎゅっと抱き締める度にソウは優しく彼女の頭を撫でた。
「………待たせた、ウェンディ。ただいま」
「はい………お帰りなさい………お兄ちゃん」
今はまだ違えど。
それでも―――二人は言わずにはいられなかった。
◇◇◇
―――数十分後。
「………色々と俺の知らない間にあったんだな」
ウェンディの話を聞いた。
"化け猫の宿"での何気ない日常に、六魔将軍が襲来して判明した衝撃の真実。過去に自分が頼ったギルドがそんな秘密を抱えていたのかとソウはビックリした。
妖精の尻尾に来てからも怒濤の日々の連続。
エドラスという裏世界からの侵略もギルドで団結して防いだこと。出来事の一端にエクシードが関わっていたのだが、レモンもそのエクシードに分類されるというのは初耳だった。
他にも些細や日常の一幕。一人で依頼に挑んだり、変な集団と遭遇したりした等もウェンディ本人の口から楽しそうに語られた。
「はい!私、妖精の尻尾に入って良かったと思ってます。皆さん、優しくしてくれますし色んな経験も積めたり………それにソウさん―――お兄ちゃんと会えました」
「そっか………良かったな」
「うへへ」
優しく頭を撫でられるウェンディの頬は自然と綻びている。
「それに私、ソウさんの話も聞きたいです」
「俺の?」
「はい!私、気になります!」
「そっかぁ~………」
清き純真な瞳の潤めき。
一切の戸惑いは見せず、少女の興味心は高まるばかり。
対して、困り果てたのはソウ。
「ごめんな、ウェンディ。俺の場合、依頼の関係で話せない物が多くてな………」
「っ!!………ごめんなさい。無理に押しちゃって………」
「でも、他言無用すると約束してくれるなら良いよ」
「本当ですか!?」
「あぁ」
知りたい、と頷くウェンディ。
「実はね、俺の知り合いの中に滅竜魔導士がいるんだ」
「え?私達以外にですか?ナツさんやガジルさんとかではなく?」
「そ。しかもウェンディと同じ女の子でその内の一人、いや二人かな?」
「二人も………!!会ってみたいです!!」
「そうだね。きっと向こうもウェンディと友達になりたいと思ってる」
これも偶然の産物。
妖精の尻尾のとある依頼をこなす為、出向いた先にその滅竜魔導士と遭遇したのだ。
しかも一人ではなく複数。
普段から一緒に行動していると本人達の口から告げていたので、今もきっと国の何処かで過ごしている筈。
「なら、行っちゃうか」
「え?何処にですか?」
「そりゃあ、決まってるよ」
ソウは立ち上がる。
「ウェンディの友達がいるとこ。ついでに、俺の記憶も取り戻しに行こうか」
-2の4- へ続く。
裏設定:メリークリスマス!!
→メリークリスマス!!(遅れて、すまぬ)