妖精の尻尾に久しぶりに帰還した魔導士のソウ。すると、最近入ったばかりの新人魔導士であるウェンディと兄妹関係にあるという事実が本人の口から判明した。
兄であるソウから直接、その真偽を確かめようとすれば、彼から再会を数年ぶりに交わしたウェンディにかけた言葉は驚くことに初めての挨拶であった。
◇◇◇
これはまだ私が小さい頃の話。
『ここどこ?………グランディーネ?どこ行ったの?』
グランディーネが姿を眩ましたその日。
私は森林の道端で泣きじゃくっていた。唐突に訪れた孤独な寂しさに耐えきれなくなったから。
足音に気付いた私は目を擦り、ふと前を見てみると誰かと視線が合う。
『誰?』
『わ、私………!!』
私より少し年上の男の子。
男の子は私を識別したい様子でじっとこちらを見つめてくる。
青みがかった黒髪に綺麗な黒の瞳。
腰に括り付けたローブに背負う荷物から私は旅の人だと察するまで、時間はかからなかった。
『ここは危ない。早くこの森から抜け出した方が良い』
『で、でも私………帰る場所がなくて………』
『………俺もない』
『え?』
聞き返してしまった。
と、男の子はその真意を語るつもりは全くないらしい。
既に半分、その場を後にしている。
『俺、急いでるから。また』
『え?え?………まっ、待って!!』
置いていかれるのだけはもう嫌だ。
どんどん離れていく男の子に私は何振り構わず追い掛けていったのであった。
◇
―――数分後。
『その子………どうしたの?』
森を抜けた先では別の男の子が待っていた。
青髪に左目には赤い傷のような模様が入ったその男の子は彼の背中に隠れるようにして覗き見る私に不思議そうに首を傾げていた。
『知らない。勝手に付いてきた』
『付いてきたって………本当にどうするつもりなのさ』
『置いてくのも可哀想』
私が追い掛けた男の子は私が後ろに付いても気にせず、道中に一目背後を確認するだけでそれから何を言わずに、黙々と歩いていった。
てっきり、許可が降りたものかと。
『はぁ。ソウらしいね………僕の名前はジェラール。それとこの素っ気ないのがソウだよ』
『紹介の仕方が不満しかない』
『基本的に無視で良いから。君の名前は?』
『………ウェンディ』
『ウェンディ。良い名前だね。ウェンディはなんでソウに付いてきたのかな?』
『それは……うぅ、グランディーネ……うぇぇん~』
『泣かした。ジェラールが泣かした』
『今のは僕のせいかな!?』
◇
―――二週間後。
『そっか。君の親はドラゴン………なんだ』
『うん。でも、もうグランディーネには会えない………』
―――雨の日。
ジェラールが食材を探しに出掛けた間、私とソウは木の根元で雨宿りをしていた。
『俺も昔、ドラゴンに育てられた』
『え?それって………私と同じ?』
『同じ』
『嬉しい!一緒だね!』
『待たせたかな?二人とも』
『あっ、ジェラール!!』
『ご苦労。さぁ出せ』
『偉そうなソウにはあげないから。ほら、ウェンディ、良いものあったよ』
『わぁ~美味しそう~』
『………無念』
―――時には、湖の畔で。
『ソウ!!今だ!!』
『ひゃあ!?大きい魚!!』
『………今晩のご飯は豪華になるな。どっかーん』
『バカ!!やりすぎだ!!』
『ビシャビシャです………』
『すまん』
―――時には、ジャングルで。
『これ、食べられるの?』
『だ、ダメ!!それ毒あるから絶対にダーメ!!』
『なら、ウェンディ、これは?』
『これは………大丈夫!!』
『だそうだ、ソウ。参ったか』
『なんでことあるごとに毎回勝負を仕掛けてくる、ジェラール』
あっという間の毎日だった。
『アニマ!?』
『どれ?』
旅の最中にたまに私には分からない会話を二人がすることもあった。
それが前触れだったかもしれない。
―――嵐の夜。
『どうして………?もっとジェラールとソウと色んな場所に行きたいよ………グランディーネを探してよ………』
『ごめん、ウェンディ』
『置いてかないで………!!私を一人にしないでよ………!!』
『俺とウェンディは常に一心同体だ』
『ふぇ?』
『だから………俺がどれほど遠くに離れても、ウェンディの心と俺の心はいつも一緒』
『私とソウがいつも一緒………?』
『うん。俺とウェンディは
『家族?ソウは私のお兄ちゃん?』
『俺はウェンディのお兄ちゃんだ』
『うん』
『待っててくれ、ウェンディ。必ず、兄は妹の元へ駆け付ける。いつになるかは分からないけど………必ず』
『分かった。お兄ちゃんが帰ってくるまでずっと待ってる………』
『ありがとう、ウェンディ………ジェラール、頼む』
『分かった』
『………お兄……ちゃん………』
『ホントに良いのかい?本来、ソウが僕に付き添う必要はないのに』
『元々、乗り掛かったオンボロの船。ちゃんとやり遂げて、全部を終わらせたい』
こうして、私はギルド"
あの日以来、二人の音沙汰は無い。ギルドの皆と過ごす毎日が続き、シャルルとの出会いも果たした。
転機は―――"
詳細は省くがその一件で私は消滅してしまった"化け猫の宿"から新たに"妖精の尻尾"へと所属を移すことになる。
運命はきっと繋がっている。
私が新たに入った妖精の尻尾にはあの時に約束を交わした彼の姿があったのだから。
◇◇◇
妖精の尻尾ギルド。
「
彼はそう言った。
嘘偽りのない彼の仕草にルーシィは戸惑いが隠せない程の驚きを露にする。
そして、ウェンディは―――
「あ………あ………」
はっきり開かれた目。機能を失ったように漏れる声に目筋に涙が浮かんでいく。
彼女にしか分からない感情。兄だと思っていた人から、いざ再会すれば初対面として対処された時の感情。
「うん?何か変な事言った?」
「竜の何とかってのが原因じゃな~い?」
ぴょこっと顔を出すのは黄色いエクシード"レモン"。
ふわぁと欠伸を溢したレモンはソウの挨拶に問題があったと指摘していた。
「匂いで何となく分かるよ。彼女が俺と同じ滅竜魔導士ってのは」
「は、はい………」
「ほらみろよ、レモン。正解やったぞ」
どうだと言わんばかりのソウの態度。
ルーシィはウェンディとの関係の真偽を直接確かようと勇敢にも向かっていく。
「あの、ソウ!!覚えてない!?"ウェンディ"の事!!」
「ウェンディ………?」
口元に手を当てて考え始めたソウ。
「いや………覚えて
「なっ!?」
「俺が過去に受けた依頼繋がりとかで会ったとか、そういうのかな?」
「ううん!!そうじゃなくて!!昔、ソウが妖精の尻尾に入る前に―――」
「ルーシィさん」
「………ウ、ウェンディ?」
「もう良いんです。すみません、こちらの人違いのようでした」
「あ、そうなの?」
ウェンディは彼に一礼。
そして、そのまま身体を反転させて走り出してしまう。
きらりと溢れた小さな滴と共に。
「行っちゃったよ~?良いの~?」
誰も返事はしなかった。
変な空気が流れる現場。その沈黙に重い空気を破ったのは先程までの一部始終を見守っていた白い猫―――シャルルである。
「ちょっと良いかしら」
「あっ、ハッピーと同じ猫だ~」
「アンタもよ!!………話がそれたわね。私の名前は"シャルル"。別に覚えなくてもいいわ」
「え?私~?レモンだよ~」
「だから!!アンタに聞いてない………!!」
こほん、と咳を入れるシャルル。
「ソウ。アンタ、本当にウェンディのこと覚えてないの?」
「………」
「そ、分かったわ。兎も角、ウェンディを泣かせるような真似なんてしたら絶対に許さないから。例え、私よりもどれだけ強かろうが関係ない。私にとってはウェンディは大切な親友なの。ウェンディはアンタに対して特別な思いを抱いているのだからそれ相応のやり方でやって頂戴」
「あれれ~?いきなり好き勝手に言うね~?ソウだって好きで家族の誰かを泣かせるなんて事はしないよ~」
「アンタには関係無いわ。私は今、こいつと話してるの」
「なにを~?」
バチバチと散る猫の火花。
黄色と白色。互いに譲れぬ思いを抱いている。簡単には後に引けない。
「レモン。敵意が剥き出しだ。引っ込めろ」
「えぇ~?でも、ソウ~。初めて会ったのに失礼な事言われたら流石に私でと怒っちゃうかな~と思います~!」
「………シャルルと言ったな」
「えぇ。何かしら?」
―――俺、昔の記憶が一部だけ無いんだ。
「………きっと、その記憶の中にある俺とさっきの子は会っていたんだろうね。不思議とそんな感じがする」
「ソウ、それは秘密にしておくべきじゃ………」
「良いんだ、レモン。記憶が無いのも恐らく過去の俺がした決断だろうし、今でも後悔はない」
ソウは弱く笑みを浮かべた。
唐突に告げられたシャルルはあまりの展開に絶句してしまっており、会話を聞いていた周りの者も全員が段階は違えど、驚きある仕草を見せる。
「何より、彼女を悲しませるような真似だけはしてはいけない気がした………」
「だとしても記憶がないソウにはどうする事も出来ないよ?」
「でも、俺はそれを理由に過去の自分から逃げ出したくない」
ソウは頭にいるレモンを下ろす。
「探してくる」
「………ウェンディならギルド裏の高台にいると思うわ。あの子、あそこからの景色がすきだから」
「ありがと。ちょっと行ってくるから何かあったら呼んでくれ」
シャルルに礼を告げ、ソウはギルドの外に。
―――まだ記憶は戻っていない。
それでもなお、ソウが自ら彼女の元へ向かう決意をした。
それはきっと妹の存在をソウ自身、ない筈の記憶の何処かで覚えていたからかもしれない………。
2-3 へ続く。
裏設定:ソウとウェンディの出会い
→リメイク前はウェンディが"化け猫の宿"に滞在している時にソウと出会った設定だったが、リメイク後は化け猫の宿に連れていかれるまでの日々の途中でソウと出会うことになった。
こうした理由は単純にソウが記憶を失う出来事に関しての時系列の調整が神の手(作者)によって入った結果だからである。