日が落ち暗くなった夜道。明かりがあるとすれば空に輝く月と星、そして一定の間隔で設置されている古びた街灯だけであった。
近くに民家無く、それによる静寂は夜の不気味さをより際立たせる。
そんな道を女性が一人早足で歩いている。
仕事が終わり帰宅している極一般的な女性である彼女は、普段なら使わないこの道を使っていた。理由は見たい番組があるからなるべく早く帰りたいという至って単純なものである。だが、歩いて数分経って彼女は自分の選択を後悔し始めていた。
点々とある街灯によって照らされた道。宵闇のせいで先が殆ど見えない道を歩くのは非常に精神に負担が掛かる。
幽霊など信じてしまう彼女からすれば次の街灯の下にはもしかしたら幽霊が居るのでは、というネガティブな妄想をしてしまい、常に怯えながら歩いていた。
戻ろうかとも考えたが、既に道半ばまで来ていた。このまま戻っても戻り道で同じように怯えるだけだと思い、なるべく早くこの恐怖から解放される為に出来るだけ早く歩く。
あと三分の一という距離まで来た。ここまでくれば自然と恐怖心も薄れていく。
「ねえ」
「はひっ!」
かと思いきや不意に背後から掛けられた声に女性は、心臓が飛び出たかと思うほど驚き変な声が出てしまう。
恐る恐る振り返ると先程通り過ぎた街灯の下に、パーカーを着て、フードを被っている青年が立っている。
「な、なな何でしょうか?」
止せばいいのに律儀の言葉を返してしまう女性。フードを被った青年は、そんな彼女を見てニヤリと笑う。
「こんな道を一人であるくなんて危険だよ。良かったら途中まで付いていってあげようか?」
夜道で心細かった彼女は一瞬青年の提案が魅力的に思えた。だが、すぐにそんな考えを捨てる。何故なら女性の目には青年の笑みが不審に思えた。人に親切をしようとしている者の目では無い。欲望に塗れたぎらついた目。歩いてきた夜道よりも不安を煽る目であった。
「け、結構です! 一人で帰れます!」
怯えを隠し、気丈な態度で断る女性であったが、青年は、あっそと素っ気ない態度であった。
女性は、そんな青年の態度を不気味に思い、更に早足で先に進んで行く。暫く歩いた後、その足が突如として止まる。
視線の先にある街灯。その街灯が照らす下には先程女性に声を掛けた青年の姿。
女性を動揺した。壁によって左右が阻まれたこの道は一本道であり、誰かに追い越された記憶など無い。だというのに青年が先回りしている。
動揺する女性に構うことなく青年が再び話し掛けてきた。
「やあ。また会ったね」
先程と同じ欲望に塗れた笑み。そんな笑みを向けられた女性は背中に冷たい汗が流れるのを感じ、膝が無意識の内に震えていることに気付く。
「やっぱり一人で帰るのは危険だよ」
青年が一歩踏み出すと、女性は一歩後退する。
「だって――」
街灯の明かりから離れ、暗がりへと入る青年。すると青年の顔に白く輝く紋様が浮かび上がり、明かりの無い中ではそこだけが浮き出て見えた。
「ひっ!」
通常では起こり得ないことに女性は引き攣った声を上げる。
「――こんな風に襲われちゃうかもしれないからさ」
顔に浮かぶ紋様だけではなく青年の体全体が白く発光したかと思えば、光は消え青年の立っていた場所に異形が立っていた。
灰色一色に染まっている全身。左右から挟み込む様に湾曲した牙が頬から生え、目は昆虫の様な複眼、額からも触覚が生えていた。そして最も特徴的なのはその全身から生えた無数の細い脚。人間と同じ両手両足はあるが、そこから左右対称に細い節足が生えており、脇腹にも生えている。
ゲジを彷彿とさせる異形の姿に女性は声すら上げることが出来ずただ絶句してしまう。
「怯えたままでいいの?」
そんな女性の反応を楽しむかの様に接近していくゲジの怪物。
女性もこのときになって正気に戻り、悲鳴を上げながら全力で逃げ出す。
「いやあああああああああああああああああ!」
ゲジの怪物の影が壁に浮かぶ。するとそれが先程の青年の姿に置き換わった。青年は逃げる女性の姿を見て愉快そうに笑う。
「あはははははははは! 必死だなぁ」
恐怖する女性を滑稽と笑う青年。一頻り笑うと影に浮かんでいた青年の姿は消え、それと同時にゲジの怪物が壁に向かって跳躍。そのまま足元から着地した。
垂直の壁に立っても落ちず平然と立っただけではなく、その状態から怪物は壁を疾走する。
一足で女性の走る速度を上回り、二足目で女性の倍以上の速度に達する。そして、そのまま必死に逃げる女性を頭上から追い抜き、前に様に街灯下に降り立つ。
「え! な、何で! 何でいるの!」
脇目も振らずに逃げていた女性は先回りしていた怪物を見て、絶望に満ちた声を上げた。
「さあ、何でだろうね?」
おどけた様子で近付いていく怪物。女性は、後退りするものの恐怖と全力疾走したことで足がもつれ、尻餅を突いてしまった。
「大丈夫? 立てる?」
なおも近付く怪物。女性は恐怖が限界近くまで高まり、歯が震え声すら上げることが出来ない。
「立てない? 立たせてあげようか?」
そう言って怪物は女性の手を取る――のではなく女性の細い首を掴み、片手で持ち上げた。
「あがっ!」
両足が地面から離れる。怪物は首を掴んでいるだけで殆ど力は込めておらず、女性の首は自重によって絞まっていく。
掴む手に爪を立て、足を動かし、必死になって抵抗するが怪物は全く意に介さない。
「このまま見てるのも楽しいけど、僕にはやらなくちゃいけないことがあるからね」
怪物の二本の触覚が動き出す。暗く染まっていく視界の中で直感的に何か恐ろしいことをされると感じた女性だが、抗う術は無い。
動く触手の先が女性の胸に向けられ、その鋭利な先端を突き刺そうとしたとき――
「やめろぉぉぉぉぉ!」
叫びを上げて現れた人物が怪物の脇腹に体当たりをする。
「うっ!」
いきなりのことに驚き、怪物は女性を離しながら転倒してしまった。
「げほ! げほ!」
解放された女性は喉に手を上げながら咳き込むが、すぐに立ちあがらされる。
「すぐに逃げてくれ!」
女性を助け、立ちあがらせたのは素朴な印象を受ける男性であった。緊張しているのか少し強張った表情をしている。
「げほ! あ、貴方は――」
「今はそんなことはいい! すぐにここから離れてくれ!」
急な展開に思考が追い付かない女性であったが、視界の端に未だ転倒している怪物の姿を見て、恐怖が再び湧き上がったらしく真っ青な顔色で走り去っていく。
男性は去って行く女性に安堵する様に息を一つ吐くが、すぐに表情を引き締めて倒れている怪物の方を見る。
怪物は逃げる女性を追うことはなく、緩慢な動きで立ち上がっていた。
「折角、人が楽しんでたのに……空気が読めないなぁ」
怪物の影に映る青年は不愉快そうに顔を顰めている。
「オルフェノク……!」
警戒する様に言った男性の言葉に青年は少し目を丸くした。
「あれ? 知ってるの? 俺のこと?」
目の前の人物が自分たちの呼称を知っていることに驚く。ゲジの特性を持ったオルフェノク――ロングレッグオルフェノクの彼は、自分をスカウトした者以外からその言葉を聞くのは初めてであった。
「もしかして同類? ――ん?」
このときロングレッグオルフェノクはあることに気付く。明かりの殆ど無いせいで遅れてしまったが、目の前の男性の腰に金属性のベルトが巻かれていた。
黒と白の横縞の模様。中央には扇形の中心角を向かい合わせた形をした橙色のマーク。右腰には何故かデジタルビデオカメラがセットされている。
「なにそれ?」
この場において違和感しか覚えないそれを指差し疑問符を浮かべるが、相手に反応することなく男性は懐から更に新たな道具を取り出す。
ベルトと似た色と装飾が施された拳銃のグリップらしきもの。らしきといった感想を抱いたのは、トリガーとトリガーガードが付いているものの何故かアンテナらしき部位も付いており、一見するとグリップだがよく見ると違う印象を抱く様なものであった。
男性はそれを顔横まで持ってくる。グリップの縁を注視してみれば送話部の様なものが有る。
「変身!」
『Standing by』
掛け声に反応しなる電子音声。そして、男性はそのグリップを右腰に装着されているデジタルビデオカメラへ差す。
『Complete』
完了という電子音声の後にベルトから白いラインが伸び、それが全身へと奔っていく。男性の体に白いラインが行き渡ると一際強い閃光を放つ。その光に僅かに眼を眩ませるロングレッグオルフェノク。光が治まり、男性の方を見るとそこには橙色の目を闇夜の中で輝かす仮面の戦士が立っていた。
黒を下地にして全身に張り巡らされている白のライン。光が少ないせいでそれが体から浮き出ている様に見える。
ベルトの中央と同じ扇形の中心角を向かい合わせた橙色の目。額には逆三角形の形をした電子回路を彷彿とさせる部位があり、底辺から対称の辺が突き出てそれが角の様に見えた。
「え? どういうこと?」
文字通り白黒の仮面の戦士に『変身』してみせた男性に対し、ロングレッグオルフェノクは戸惑った様な声を出すが、すぐに気を取り直す。
「まあ、姿が変わったからってオルフェノクになった俺に勝てる訳ないけど――」
自分の力に絶対的な自信を持っているのか相手を見下す発言をした後、僅かに膝を曲げる。
「ねっ!」
膝に溜めた力を解放し、ロングレッグオルフェノクは仮面の戦士に向かって体当たりをする。一瞬にして時速百キロ近くの速度を出し、等身大の砲弾と化すロングレッグオルフェノク。
普通の人間ならば直撃すれば骨を折り、内臓を潰す程の威力を秘めている。
「くっ!」
ロングレッグオルフェノクの体当たりを受けると仮面の下から耐える様な声が洩れる。しかし、仮面の戦士は倒れることなく数歩後退して踏み止まった。
体当たりも直撃しておらず、交差した両腕でしっかりと受け止めている。
今まで何人も人間をこの一撃で葬ってきたロングレッグオルフェノクは容易く受け止められたことに動揺する。
「な、なんで!」
まともな経験を積んでおらず今まで格下としか戦っていない――否、戦いと呼べない一方的な虐殺しかしてこなかった彼が初めて接触する同等以上の相手。
仮面の戦士は交差していた腕を解きながら大きく振るう。押していたロングレッグオルフェノクは、力負けをして逆に自分の方が大きく後退させられ、大きくよろける。
体勢が戻る前に仮面の戦士は接近し、ロングレッグオルフェノクに向けて拳を放つ。
「であ!」
「うぐっ!」
ロングレッグオルフェノクの肩にめり込む拳。そのまま逃がさない為に肩を掴み、立て続けに拳を胸、腹部、脇腹へと打ち込んでいく。隙の多い大振りなパンチであるが、相手も戦いに関してあまり経験が無いのでどの拳も簡単に入っていく。
「うぐああああああ!」
内臓や骨が軋む様な痛みに歯を食い縛り、それを少しでも紛らわせる様に絶叫を上げながら、ロングレッグオルフェノクは仮面の戦士の側頭部に向けて殴りつけようとする。
だが、それは簡単に見切られ突き上げられた腕によって防がれると、その腕から放たれる裏拳を顎に真面に受け、一瞬意識が飛び掛ける。
「はあああああああ!」
無防備になったロングレッグオルフェノクの鳩尾目掛け、気合いと共に体を投げ出す様な勢いで放たれた拳が突き刺さる。
「おぐあ!」
拳の威力に体が二つに折れる。そして、そのまま後方に殴り飛ばされた後に地面に跪いて悶絶する。
「あがああああ……」
痛みで満足に呼吸が出来ない。今まで生きてきた中で最大級の痛みに襲われ、体同様に心も折れ掛けていた。
(何だ! 何なんだ! 誰なんだこいつは!)
悶えながら乱入してきた理不尽な存在に対し、心の中で不満を叫ぶ。
許せなかった。自分をここまで痛めつけ、無様に這い蹲らせる存在を。
散々罪の無い一般人をその手にかけてきた彼は自分の身に起こっていることを因果応報とは考えず、棚に上げてただ自分の身に起こった不幸として嘆き、怒る。
性根まで完全に怪物と化している青年であったが、恨み、憎むだけが精一杯であり痛む体を満足に動かすことも出来ない。
その隙に仮面の戦士はベルトに手を伸ばし、中央にあるマークをスライドさせたとき背後から突如奇襲を受け、火花を散らす。
「うああ!」
不意打ちに対処出来ず、地面へと倒れる仮面の戦士。その背後には、ロングレッグオルフェノクと同じ灰色の体色をした怪物が立っていた。
楕円形の頭部にある大きく飛び出た二つの目は、縦長の瞳孔をしていた。手足は人間のものと変わらないが指先は膨れて円形となっている。
ヤモリに似た怪物――ゲッコーオルフェノクは、悶えているロングレッグオルフェノクを見下ろし、その姿を鼻で笑った。
「随分と時間が掛かっていると思ったら……醜態を晒しているな」
「うる、さい!」
嘲るゲッコーオルフェノクに反発しながら痛む体を起こそうとするロングレッグオルフェノク。
「く、もう一体いたのか!」
不意打ちを受けた肩を抑えながら立ち上がろうとする仮面の戦士。
それを見てゲッコーオルフェノクは、空を握る動作をする。すると青い炎が現れ、ゲッコーオルフェノクの手の中で円を描いたか思えば、青い炎は消え去り代わりに丸められた鞭が握られていた。
棒状の柄を握ると、その鞭を仮面の戦士目掛けて振るう。鞭は蛇の様に迫り、仮面の戦士の首に巻き付き、一気に締め上げる。
「ぐううう!」
巻き付く鞭を何とか外そうと指先で引っ掻くが、密着した状態では中々外れず、その間にも頸部をどんどん圧迫していく。
「色々と言いたい所だが、デルタ相手に生き延びたことだけは褒めてやる」
「デルタ……? 何だそれ?」
「……教育係として教え甲斐があるな、お前は」
皮肉を言いながら抵抗する仮面の戦士――デルタの体力を削ぐ様に鞭を振るい、地面を転がす。
「スマート、ブレインか!」
「お前のベルトを奪えば、ラッキークローバーの座は約束されたようなものだな」
デルタの問いに対し、肯定する代わりに関与している者しか知らない情報を口にする。
「その役目、俺にやらせてくれ」
腹部を押さえながらもロングレッグオルフェノクが立ち上がる。
「ふん。役目はやるが手柄はやらんぞ?」
「別にいい。俺は恥をかかせられた分、たっぷりとお返しをしたいだけだ」
「好きにしろ」
ロングレッグオルフェノクは陰湿な笑い声を上げながらデルタへと近付くと、拳を振り上げる。
デルタも腕を上げてそれを防ごうとするが、鞭を振られて体勢を崩されてしまう。
無防備となったデルタの頬にロングレッグオルフェノクの拳が叩き込まれる。
「ぐっ!」
すかさずロングレッグオルフェノクの爪先がデルタの胸部を蹴り付ける。地面を横転していくデルタ。
数回転がり仰向けになるとすぐに足裏で体中を何度も踏み付ける追撃を繰り出した。
「くらえ! くらえ! くらえ! 俺の受けた痛みはこんなもんじゃないぞ!」
狂気を感じさせる裏返ったロングレッグオルフェノクの興奮した声。殺意に満ちたそれと共に踏み付けを受けながらも、デルタは眼前で腕を合わせて防御姿勢をとり少しでもダメージを軽減させようとしていた。
容赦無く踏み続けてくるロングレッグオルフェノク。このままではいずれダメージが蓄積し変身が解けてしまう。デルタが現状をどう打破しようか考えていたとき――
「情けないなぁ」
――新たな人物の登場を告げる声。オルフェノク二人には聞き覚えの無い声であったが、デルタの彼はよく知る者の声であった。
オルフェノク二人が声の方に目を向ける。そこには鋭い眼光を放つ青年がオルフェノクを睨みながら立っていた。
「草加!」
デルタが眼光鋭い青年の名を呼ぶ。草加と呼ばれた青年はデルタを一瞥した後、返事代わりに鼻を鳴らす。
「何? 誰? こいつの仲間?」
「気安く話し掛けないでくれるかなぁ? まあ、それも出来なくなるだろうけどね」
「あ゛あ゛!」
神経を逆撫でする様な台詞にロングレッグオルフェノクはドスを効かせた声を上げるが、そんな相手の態度を一笑し、草加は手に持っていた金属のベルトを腰に巻き付ける。
デルタのベルトと似ているが、黄色のラインであること、中央にχのマークが描かれている、右腰にχ字状の物体がセットされているなど細部が違っている。
「それは!」
ゲッコーオルフェノクがすぐにベルトの正体に気付くが既に遅い。
草加は、ベルトと同じ装飾が施された携帯電話を取り出すと番号9、1、3を素早く入力し、最後にEnterと描かれたキーを押す。
『Standing by』
デルタが変身したときと同じ電子音声。ここまでくるとこの先何が起きるのかロングレッグオルフェノクも察する。
「変身」
胸の前に持ってきていた携帯電話を、手首を返しながらベルトへ差し込む。
『Complete』
ベルトから伸びる黄色い光のライン。草加はそれが全身を纏う前に走り出す。
いきなり走り寄って来た草加に驚くロングレッグオルフェノク。迎え撃とうと構えた瞬間、草加の全身が発光し、その光で反射的に眼を背けてしまう。
「ふぐえっ!」
そして次の瞬間、強烈な打撃がロングレッグオルフェノクの頬に炸裂。数メートルの距離を飛んで行く。
「やはりカイザか!」
草加の姿はデルタの時と同様に変化していた。銀の装甲に走る黄色のライン。χの字を模した仮面は紫の眼光を放っていた。
「さっさと立て。三原」
草加ことカイザはデルタを三原と呼ぶ。その声には相手を労わる気持ちは無く、冷徹な響きがあった。
しかし、デルタは逆にその声を受けて奮起。ゲッコーオルフェノクがカイザに気を捉えているうちに右腰にあるグリップとデジタルビデオカメラが一体と化した銃を取り外し、グリップを口元まで持ってくる。
「ファイア!」
『Burst Mode』
ゲッコーオルフェノクが電子音声に気付いた時には手遅れであった。レンズ状の銃口から立て続けに放たれる三発の光弾。それがゲッコーオルフェノクの顔面に直撃。血飛沫の様な火花を散らし、顔を手で押えて苦しがる。
「あぐあああ!」
デルタはその隙に巻き付いていた鞭に銃口を押し当てて引き金を引く。光弾によって鞭は焼き切れ、ようやく鞭による締め付けから解放された。
カイザは、ゲッコーオルフェノクが痛みに気を取られている内に左腰に収まっているデジタルカメラ型の武器を取り出す。続いてベルトに手を伸ばし中央にあるマークをスライドして抜き取ると、それをレンズ部分に差し込む。すると握り込むパーツが現れ、それを右手で掴み手の甲に装着させる。
武器の準備が終わると、ゲッコーオルフェノクに歩み寄りながら携帯電話をスライドさせEnterキーを入力する。
『Exceed Charge』
ベルトから伸びるラインに光が走り、それが右手へと流れていく。
光弾の傷に悶えていたゲッコーオルフェノクもその電子音声を聞き、接近していたカイザから身を守る様に腕を振るうが、それを容易く受け止められ、それだけでは終わらず両足を払われる。
地面から足が離れ、宙で真横の体勢となるゲッコーオルフェノク。間も無くしてその体は重力に引かれ落下しようとしていたが、落下するタイミングに合わせてカイザの右拳がゲッコーオルフェノクの側頭部に叩き付けられ、地面目掛けて叩き落される。
ゲッコーオルフェノクの頭が地面と拳に挟まれると同時にデジタルカメラが発光。χの文字が浮き出て地面に亀裂が生じる。
頭部を打ち抜かれたゲッコーオルフェノクは苦鳴すら上げる間も無く全身が青い炎に包まれ、灰となってその身を崩れさせる。
「ああ、あああ……」
ゲッコーオルフェノクが倒されたのを見て、ロングレッグオルフェノクは心の底から怯えた声を上げた。既に最初の時の様な狩る側の傲慢さは無い。あるのは狩られる側としての恐怖だけであった。
デルタもまたカイザの様にベルトから中央のマークを抜く。そして、それを銃の上部に差す。
『Ready』
電子音声と共に銃のマズル部分が伸びる。
「チェック!」
『Exceed Charge』
掛け声に反応し、ベルトから白い光が走り、握り手を通じ銃へと流れ込んだ。
その銃口をロングレッグオルフェノクへ向けようとすると――
「うわあああああああああああああああ!」
何をされるのかいち早く察したロングレッグオルフェノクは絶叫を上げる。すると下半身が光に包まれて変化。無数の脚を生やした多脚態と呼べる形状となり、凄まじい速さで壁を這い、逃げてしまう。
カイザは逃げたオルフェノクの姿を見て舌打ちをする。道幅があまり広くないので愛用しているバイクを置いてきたのが仇となった。いくら身体能力が向上していてもあの速さには追い付けない。
どうやって追うか。それを考えていたときふとデルタの姿が目に映り、あることを思い出す。
カイザにとってあまり思い出したく無い記憶であるが、今はそのことで気分を害している暇は無い。
カイザはベルトから携帯電話を外すとある番号を入力する。
それを見ていたデルタも後に続き、銃のグリップを口の側に寄せてカイザが入力した番号を口に出す。
「
『Jet Sliger Come Closer』
◇
速く速く、と人気のない道を全力で駆け続ける。少しでも速度が出る様に周りに障害物の無い広い道を選び、息が切れる寸前になるまで走る。
時折背後を見るが誰もいない。
追跡者の姿が無いこと安堵しながらも心は死の恐怖で一杯であった。
殆ど経験したことがない死という恐怖。ロングレッグオルフェノクの未熟な精神は既に限界寸前であった。
少しでも遠くへ逃げなければ。そう考えていた彼の耳にある音が入ってくる。
空気が燃える様な爆音。それがいくつも重なって聞こえる。
それが何かは分からない。だがその音が確実に迫っているのは確かであった。
何が迫っているのか振り向いて知りたいが振り向くことが出来ない。
恐怖に縛られ、体が思う様に動かないのだ。
その間にも爆音は迫る。そして気付けば、ロングレッグオルフェノクを挟む様にしてソレは並走していた。
見るな。見るな。見るな。見てしまえば最期、心が完全に恐怖に呑まれてしまう。
『Exceed Charge』
だが、死神の囁きの様な電子音声を聞いてしまったとき、彼はついに隣を見てしまった。
「何だ、そりゃ……」
呆然とするしかない。カイザが乗っている乗り物は二輪ではあるがバイクと呼ぶには規格外の代物であった。流線型のカウルや車体が通常のバイクの倍以上ある大きさであり、それを支える二つのタイヤもまた巨大であった。極めつけは車体側部と後方に設置されている複数のジェットノズル。それが巨体を無理矢理動かし、反則的な速度を生み出している。
先程二人が呼び出したもの、それがこの超高速アタッキングビークル、ジェットスライガーである。
そんな大型を操るカイザは、片手にχ字型の武器を持ち、その銃口をロングレッグオルフェノクに向けていた。
「チェック!」
『Exceed Charge』
反対側からも聞こえる電子音声。そちらを見れば、デルタもまたジェットスライガーを操りつつ銃口をロングレッグオルフェノクに向けていた。
χ字型の銃から螺旋状の光弾。三原の銃からは白色の光弾が撃ち出される。
螺旋状の光弾はロングレッグオルフェノクに当たると同時に網目状に広がってその体を縛り、白色の光弾は直撃する直前に三角錐状に展開。
ロングレッグオルフェノクの動きを停める。
「うあ、ぐうう!」
動こうにも指一本動かすことが出来ない。
カイザとデルタは直撃したのを見るとジェットスライガーを操作。タイヤの向きを水平に返ると側面にあるジェットノズルを噴射させ、その場で百八十度回転。強引に急停止させる。
ジェットスライガーから降りると同時に、カイザはχ字型の武器から伸びている光刃を後方に下げながら振り上げ、デルタはロングレッグオルフェノク目掛けて跳び上がる。
カイザの前に浮かぶχのマーク、それに飛び込む様にしてロングレッグオルフェノクへと踏み込む。
空中で跳んだデルタは、展開している三角錐に向かって右足を突き出す構えをしながら飛び込んだ。
χが斬り裂き、Δが貫く。
二人がロングレッグオルフェノクの背後に現れたとき、χとΔの紋章がロングレッグオルフェノクの体に刻まれると、その身が赤い炎に包まれ灰となって崩れ落ちた。
ロングレッグオルフェノクの体が完全に消え去ったのを見て、二人は変身を解く。
「草加、助けてくれてありがとう」
三原は途中で助けてくれた草加に礼を言う。
「あんまり俺の手を煩わせないでくれるかなぁ」
礼の返事は草加の嫌味であった。だが三原は反論出来ない。草加が現れなかったらどうなっていたか分からなかった。
情けなさから俯いてしまう。
「まあ――」
続いてどんな嫌味が出るのか、三原は覚悟し甘んじて受け入れる気でいた。
「――最初の頃に比べれば多少マシになったかもしれないがな」
思わず三原は草加を見る。言われた内容が内容なだけあって草加を凝視してしまうが、やがて三原は苦笑を浮かべる。
「草加の強さにはぜんぜん敵わないけどな」
そう言うと草加は一笑する。
かつて同じ施設で育った。何年も経って再会したときは別人と思えるぐらいに変わっていた。
だがこのとき三原には、ほんの僅かな間だけであるが、草加の横顔がかつての面影と重なって見えた。
これにてカイザの話は完結とさせてもらいます。
ファイズと共闘した話を書いたならば、デルタとの共闘も書かなくてはと思い書いてみました。
草加は流星塾の面々には少しだけ優しい印象があります。ただし澤田は除く。