仮面ライダー913   作:K/K

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仮面ライダー913

 ある親子が仲良く手を繋ぎながら歩いている。手には買い物カゴがぶら下げており、中には買った品が入っていた。買い物帰りであることがよく分かる光景である。

 日は傾き夕焼けの色によって街全体が赤く染まっていく。子が夕日を指差し何かを言って笑う。母親もそれにつられて笑みを浮かべた。

親子の周囲には同じく家に帰る会社員たちの姿。疲れているのか少し重い足取りをしていた。

 人気の多い歩道を歩いていくとやがて親子の家へと繋がる細い道が見えてくる。ここには先程の歩道とは違い、周囲に建物が無ければ道を歩く人々も殆ど居ない。遠く離れた車道から車の走る音が聞こえてくる程度の中、親子の他愛も無い会話は夕闇の中に良く響いた。

 ふとそこで母親は前方にあるものを発見する。背広に鞄を持った何処にでも居そうなサラリーマンであるがその様子のおかしさが目に付いた。

 左右にやたらふらつきながら今にも倒れてしまいそうな姿で歩いている。その様子を不審に思う母親。

酔っぱらっているのかと思い、隣にいる子の手を強く握ると少し早足でサラリーマンの男のすぐ隣を抜けていく。そのとき一瞬だけ母親はサラリーマンの男の方を見る。

 サラリーマンの男の顔には生気が無く、まるで死人の様な肌の色をしていた。それがあまりに不気味であった為、母親は更に歩く速度を上げてサラリーマンの男の先を行く。

 そのとき背後でものが倒れる鈍い音が聞こえた。振り返るとそこにはやはりというべきかサラリーマンの男が倒れている。

 流石にこの事態を見て無視する訳にもいかず、母親は一旦子供に離れる様に言った後、倒れているサラリーマンの男に近寄る。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 恐る恐るといった様子で母親は尋ねた。すると倒れていたサラリーマンの男は徐に伏していた顔を上げる。

 その顔を見た瞬間、母親は悲鳴を上げた。

 

「いやああああああああああ!」

 

 サラリーマンの男の顔が母親の見ている前で崩れ始めたのだ。まるで老朽化した建物の外壁が剥がれる様に男の皮膚は地面へと落ち、着地する前に灰、もしくは塵のようになって空気の中に溶けて消えていく。

 崩壊は顔だけに留まらず手も足も体も崩れ灰となっていく。徐々に縮んでいく男の姿に母親は最早声すら出すことも出来ず、ただ目の前の現象を震えながら見ていた。離れて眺めていた子も男の崩壊に恐怖し泣き始める。

 やがて男の体は完全に塵となって消え、最後に残ったのは男が来ていたスーツと靴、鞄のみ。それだけが消え去った男の存在を証明する唯一残されたものであった。

 あまりに現実離れした出来事に母親は立ち尽くしてしまう。だが子供の泣き声によってすぐに正気を取り戻すと泣いている子供に近付き安心させるように抱き締めた。

 

「大丈夫、大丈夫だから!」

 

 子に言い聞かせるだけでなく自分にも言い聞かせ何とか落ち着きを取り戻そうとする。

 

「あー、見ちゃったねー」

 

 そこに掛けられる言葉。母親は子供を抱きしめたまま首だけ背後に向けた。

 サラリーマンの男だったもののすぐ側に立つ三人の男性。いずれも二十歳前後という年齢であった。

 どの男も地毛ではなく髪を赤、金、茶と染められており如何にも今時の若者といった容姿をしている。

 

「なー、見ちゃったんだろ? このおっさんが灰になっちゃうところ?」

 

 馴れ馴れしく話しかけてくる金髪の若者に母親は戸惑いを隠せなかった。若者の口調はつい先程の出来事について語っているのは分かるが、仮にあの異常現象を見ていたとしても落ち着き過ぎている。それどころかにやにやと笑い楽しんでいる様であった。

 

「人が聞いてんのに無視すんの? そういうのって感じ悪いと思うんだけど?」

 

 答えず震えている母親の様子にやや苛立ったのか少し声が低くなり、態度が高圧的になる。

 

「んなことよりこのおっさんがくたばった時間は俺が一番近かったよなぁ? 賭けは俺の勝ちってことだよなぁ?」

「ちぇ! ここんとこお前の一人勝ちじゃねぇか。あー、腹立つわー」

 

 茶髪の男の言葉に赤髪の男は舌打ちをしながらズボンのポケットから財布を取り出し中から千円札を抜いて茶髪の男に渡す。

 

「はい! 毎度ー! 次はそっちね」

「あーあ、今月結構ピンチだっていうのに……」

 

 金髪の男も渋々といった態度で金髪の男と同じく財布を出して千円札を手渡す。

 三人にやりとりを見ながら母親は混乱していた。男たちの口振りから察するにサラリーマンの男が灰となって消えた原因を知っているようであったが、まるで悪びれた様子も無く男が散って逝くまでの時間を賭けにしてその賭け金の手渡しをしている。

 その光景を見て母親の背中に冷たい汗が流れていく。人が一人死んでいった場においてそぐわない態度、そして現場に居なかったのにまるで見ていたかのような口振り、もしかしたらサラリーマンの男がああなってしまったのは目の前にいる三人がやったのではないかという考え。

 母親は子供を抱きしめる手に力が入る。子供は先程からずっと顔を紅くして泣き続けていた。

 

「あのさー、ちょっとその子黙らせてくんない?」

 

 子供の泣き声に耐え切れなくなったのか赤髪の男が母子を睨みつけながら言う。

 

「俺、ガキの泣き声嫌いなんだよね。耳の奥がキンキンしてくる」

 

 嫌悪感を剥き出しに吐き捨てるように文句を言うと隣に立つ金髪の男が下品な笑い声を出しながら同意を示す。

 

「分かるわ、それ! ガキ特有の甲高い声! 俺も嫌いなんだよね。だからさ――」

 

 金髪の男は歯を剥き出しにした粗野な笑みを母子に向けた。

 

「黙らせてやろうぜ」

「ああ、いいね、それ。今度はこれが何秒持つか賭けようか。さっきの敗けた分取り戻したいし」

「まーた俺の一人勝ちにしてやんよ」

 

 声を出して笑い合う三人に母親は恐怖を覚えた。脳裏に過ぎるのは朽ち果てていったサラリーマンの姿。

 逃げなければ。

 母親はそう思い泣いている我が子を抱き上げ、少しでも重量になる買い物カゴを放り捨てて走り去ろうとする。

 

「何処に行くの?」

「逃げられると思う?」

「無理無理」

 

 嘲笑を浮かべる男たちの顔に紋様なものが浮かび上がるとその姿が変化し始めた。

 茶髪の男は頭部に二対の長く枝分かれした角を生やし、その姿は動物でいう鹿に似た姿へとなった。赤髪の男は頭頂部に鶏冠を生やし、全身に羽毛を纏った鶏に似た異形に変化、金髪の男は突き出した前歯に細い尻尾を生やした鼠に良く似た怪人へと変身する。

 全員の共通として動物に似た姿をし、全身が灰色に染まっていた。ただその体は肉体というよりも鎧を纏っているかのような硬質的なものであり、見ただけで並みの攻撃ではびくともしないことが想像出来る。

 

「いや! ば、化け物!」

 

 変身した男たちの姿を見て母親は半狂乱な叫び声を上げた。フィクションの世界にしかいないような怪人。それが現実となって自分の前に現れ、尚且つ害を与えようとする。落ち着いて対処する方が無理な話である。

 

「化け物だってよ」

「傷付くなー、俺らだって化け物にこんな姿にされたっていうのに。こう見えても被害者なんだぜ?」

「でもそのおかげで楽しませてもらってるけどな」

「違いない」

 

 怪人となった三人には口もなく表情も無い。替わりに怪人の影の中に人であったときの姿が映し出され、それが会話を交わし喜怒哀楽を表現していた。

 

「来ないで! こっちに来ないでぇぇぇぇぇ!」

 

 必死の声を出して逃げ出す母親と子供。その姿を鶏の怪人は鼻で笑うとその場で跳躍する。羽毛を生やした両腕を羽ばたかせると鶏の怪人は空中を滑空し、難なく逃げ出した親子の前に降り立ち先回りをする。

 

「で? 何処行くの?」

 

 笑いを含んだ言葉。それは弱者を嬲る昏い喜びも混ぜっていた。

 

「ああ……ああ……」

 

 怯えながらもまだ逃げる意志は完全に消えた訳では無く、母親は来た道を戻ろうとするがそこには当然、残りの二人が立ち塞がる。

 

「無理だって俺らから逃げるなんて」

「誰か助け――」

「別に叫んでもいいよ。でもさぁ……」

 

 鼠の怪人が大きく口を開く。するとその中から青く、炎のように揺らぐ光弾が吐き出され親子に向かって飛ぶ。

 

「助けが来る前に殺れるけどね」

「いやああ!」

 

 子供の頭を抱え、自ら盾になるよう背を向ける母親であったが幸い光弾は外れ、周囲の歩道に着弾した。アスファルトが衝撃で巻き上がり、母親の身体に当たるがそれでも子供に当てまいと必死になって庇う。

 着弾した歩道には大きく陥没し、着弾部分から白煙が立ち昇る。その中で子供を庇いながら震える母親の姿を見て滑稽に見えたのか大きな声で怪人たちは笑う。

 

「あっはははは! 必死過ぎ! 何か逆に笑えてくる!」

「『いやああ!』だってさ! 声が裏返り過ぎ!」

「おいおい笑うなって、麗しい親子愛なんだぞ? ――ダメ! 限界! はははははは!」

 

 震えながらも母親は理解した。殺そうと思えばいつでも殺せるが彼らは殺すまでの過程を愉しんでいるのだと。震え、怯え、泣き、喚く無様な姿を見て笑いたいのだと。

 

「お、お願いです……」

「うーん?」

「この子だけは、この子だけは見逃して下さい!」

 

 それでも母親は命乞いをする。自らの命ではなく、子の命の為に。それが万が一の可能性であり、この命乞いすら相手の嗜虐心を煽るのは分かっているが、それでも僅かな希望に縋り、慈悲を乞う。

 だがそれを聞いた三人の反応は――

 

「駄目」

 

 ――無慈悲なものであり一言で切って捨てられる。

最早、縋る希望すら消えて無くなってしまった。

 

「じゃあ、ちゃっちゃとやっちゃいましょうか」

 

 鹿の怪人が親子に人指し指を向ける。

 

「お、まとめてやっちゃう?」

「二枚貫きは初めてだな」

 

 そうだな、と笑いながら肯定する鹿の怪人。そのとき微かな声が聞こえてきた。

 

「――けて」

「んん?」

 

 声の主は先程まで泣いていた子供であった。泣き過ぎて真っ赤になって目で宙を見上げながらか細い声を出す。

 

「助けて……」

 

 絶望的な状況の中でそれでも生を諦めていない声が必死の思いで助けを呼ぶ。

 

「誰か助けてぇぇぇぇ!」

 

 その幼い必死の叫びは――

 

「うるせぇな。誰もこねぇよ」

 

 鹿の怪人の指先が伸長し始め、先端が親子に狙いを定める。

 

「じゃあ、ばいば――いでぇっ!」

 

――怪人の手の甲を貫く黄色い閃光によって応えられた。

 

「畜生! ってー! 誰だ! 何しやがる!」

 

 鹿の怪人の手甲の様な手が爛れ、円形の焼け跡が出来ていた。その手を押さえながら怒鳴り散らしながら閃光がやってきた背後に振り向く。

 そこに立っていたのは黒と黄色で彩られたサイドカーに跨った黒いジャケットの青年であった。精悍な顔立ちをし、その太いが整えられた眉は意志の強さを現しているようである。ただその眼つきは異様なまでに鋭く、男が三人を見る目には見下す冷たさがあった。

 どこか近寄りがたい雰囲気を纏った青年の手には上部が九十度折れ曲がった携帯電話らしきものが握られており、そのアンテナ部分が銃口のように怪人たちに向けられている。

 その姿が紛れも無く先程の不意打ちを放った人物である証拠であった。

 

「てめぇ! 一体なんだ! 殺すぞ!」

 

 恫喝する怪人を青年は冷笑すると折れ曲がっていた携帯電話の上部を元に戻し。その状態で四回ボタンを押した。

 

『Standing by』

 

 重く響く電子音声が鳴り、青年は携帯電話を閉じると胸の前に掲げる様にして持ち上げる。このとき怪人たちは青年の腰に金属製のベルトが装着されていることに気付いた。

 

「変身」

『Complete』

 

 掛け声と共に携帯電話をベルトに差し込む。それによって新たな電子音声が響き、ベルトから青年の身体をなぞるように黄色く光るラインが走る。光るラインが全身に回るとそこで一際輝く。すると閃光の後には全身が金属に包まれ仮面を装着した青年の姿があった。

 爪先から肩にまで延びる黄色のライン。そこには何かで満たされているのかラインと同じ色の光が放たれている。胸部にはラインで描かれたχの文字、そして頭部に装着された仮面も同じくχの文字が描かれ、それによって紫色の両眼で形成されていた。

 あまりの事態に怪人たちは言葉を失う。仮面の青年は呆然とする怪人たちをよそにサイドカーから降りると襟元を緩めるような仕草で首元に触れる。

 そして無言でベルトの右側に付けられたχの形をした武器らしきものを取り外し、それを怪人たちに向けた。

 向けた部分には良く見れば銃口らしき部位。仮面の青年はそのまま銃口の反対側の部位を手前に引く。

 

『Burst Mode』

 

 電子音声の後に備えられていた引き金を引くと銃口から黄色の光弾が数発飛出し、一番奥に居た鶏の怪人の胸部に直撃。火花を散らさせながら吹き飛ばす。

 

「があああああ!」

 

 仲間の苦鳴にようやく事態に頭が追い付いた二人の怪人は銃撃をした仮面の青年に襲い掛かる。

 

「てめぇ! よくも!」

 

 怒りを露わにして頭から突進してくる鹿の怪人。だが仮面の青年はそれを側面に移動して難なく避けるとお返しと言わんばかりに腹部を拳で突き上げる。

 

「ぐあっ!」

 

 肺が絞り込まれるような衝撃によって鹿の怪人は口から酸素を吐き出しつつ体が折れ曲がる。

 そこに銃口を向けるがそうはさせまいと鼠の怪人が鋭い爪を振り下ろした。だが仮面の青年はそれを空いた方の手で手首を掴んで防ぐと、そのまま手首を返しつつ鼠の怪人の足を払う。

 空中で一回転した後に背中から地面に叩きつけられ鼠の怪人は悶絶する。そこに追撃の爪先が横腹に刺さり、そのまま鹿の怪人から離れるように蹴り飛ばされた。

 仮面の青年はベルトの嵌められた携帯電話の表面にあるχのマークが刻まれたパーツを抜き、それを手に持っている武器のグリップ部分の下部に差し込む。すると銃底にあたる部分から閃光を放つ刀身が形成された。

 逆手に握ったそれを立ち上がろうとしている鹿の怪人に向けて斬り上げる。

 

「あああああ!」

 

 火花が散り、斬りつけられた胸部は裂かれていたがよく見れば傷の周囲には炭化し黒くなっている。

 斬り上げたら今度は斬りおろし肩から胸部に掛けて斜めに袈裟切る。悲鳴が終わらぬうちに今度は胴体を真横に斬る。斬る度に上がる鹿の怪人の悲鳴。

 その様子をただ息を殺して見ている親子。仮面の青年が刀身を振るう度に親子の顔に熱気を含んだ風が当たる。それが剣圧によって生じたものならばあの刀身自体には如何程の熱量が秘められているのか。

 『焼く』ではなく『斬る』のでもなくその両方を兼ね揃えた『焼き斬る』という行為。それに耐えられる精神を持つ者は少なくともこの場にはいなかった。

 仲間の悲鳴に鼠の怪人は痛む体に鞭打って立ち上がる。何度も斬りつけられている仲間を救う為に仮面の青年に光弾を吐きかけようとした、その時――

 

『Battle Mode』

 

 嫌でも耳に入ってくる電子音声。反射的にその方向に振り向いたときに見たのは自分の方に向かって走る無人のサイドカー。

 サイドカーは怪人の見ている前で側車部分が二つに割れ、脚部へと変形し二輪車部分を持ち上げる。二輪車部分は前輪と後輪が九十度回転し前輪部分は右腕となり、折りたたまれていた部分が展開し大型の爪を作り、後輪部分は左腕となり六連のマフラーが砲身を形成する。

 

「嘘……だろ……」

 

 見上げる程の高さがある鋼鉄の巨人を前に鼠の怪人は唖然とした様子で言葉を洩らす。先程の変身も非現実的であればこの変形も非現実的である。

 もしかしたら自分は夢を見ているのではないか。そんなことを一瞬でも考えてしまった彼に容赦ない現実がその爪を突き立てる。

 大型の爪をその巨体から想像できない速度で振るうと鼠の怪人を掴み取る。

 

「は、離、ぐあああああ!」

 

 掴んだ巨人は冷徹にその爪を閉じ、怪人の身体を締め上げる。胴体は無理矢理幅を狭まれ無数の骨が折れる音が怪人から発せられる。

 その状態から巨人は怪人を地面に叩きつけ、地面と密着した状態のまま脚部の車輪を回転させ走り始めた。

 

「――! ――! ――!」

 

 上からの圧力、下からの摩擦力の間で怪人の身体はすりおろされていく。顔面を押し付けられている状態では声一つ上げることも出来ず、少なくとも百キロ以上の速度で道の上でその身を削られていった。

 一方で仮面の男の方も終わりが見えてきた。散々斬られた鹿の怪人の傷は惨たらしいものであり、頭部の角も一本欠損していた。

 立つことすら限界が来ている怪人の前で仮面の男はベルトに付けられた携帯電話をスライドさせて開き、いくつもあるボタンの中から『Enter』と描かれたボタンを押す。

 

『Exceed Charge』

 

 その電子音声の後にベルトからラインを通り黄色の光が右手へと伝わっていく。仮面を男は再び後部にあるレバーを手前に引き、そして銃口を鹿の怪人に向けた。

 引き金を引くと同時に銃口から螺旋状の光弾が飛び出し、怪人の身体に接触するとそれが一気に開き怪人の身体に光が網目状に張り巡らされる。

 そこで仮面の青年は手に腕を持つ銃剣を後ろに引きながら更に輝く刀身を掲げ、体は逆に前傾となった独特の構えをとる。

 

「はあああ……」

 

 呼気を吐きながら踏み込んだ瞬間に前方に浮かび上がるχを模した紋章。その中に飛び込むと同時に体が閃光に包まれ、その状態で怪人へと突進する。

 仮面の青年が包まれた光と同化したかに見えた次の時には光が怪人を貫き、その刹那の後に青年の姿は怪人の背後に現れ、構えていた刀身も振り下ろされていた。

 そして怪人の身体に浮かび上がるχの紋章。怪人の身体から爆炎のように青い炎が噴き上がったかと思えばすぐに収まる。だが炎が消えると同時に怪人の上半身が斜めにずれ落ち地面に落下する前に残った下半身と一緒に灰となって消滅した。

 それと同じくし鋼鉄の巨人は引きずり回していた鼠の怪人を走る勢いのまま宙へと放り投げる。ボロ雑巾のように傷だらけの身体が宙で無抵抗に舞う。そこに向けられる六連のマフラー、空気を震わす発砲音と共にマフラーから出てきたのは六発のミサイル。すでに逃げる体力すらない鼠の怪人にとって絶望的な光景。だが絶望は更に加速する。

 六発のミサイルが割れ、中から小型のミサイルが出現し怪人を空中で完全に包囲した。

 

「……あ」

 

 残す言葉をすら消し去る無数の爆音。空中で何度も爆発し、爆煙が花のように開く。そしてその爆煙の中から零れ落ちていく青い炎を燃やす破片。しかしそれもすぐに消え去り風によって散った。

 

「ああ……なああ……」

 

 残された鶏の怪人は腰が抜けたように地面へと座り震えていた。先程まで一緒に行動していた仲間があまりに簡単に死んでしまった。その事実に怪人は恐怖していた。

 すぐに逃げればまだ助かったのかもしれない。だが嬲るような行為で人を殺めてきた彼らの危機管理能力は低下し、生き残る為の本能が麻痺をおこしている。数々の殺人の代償、それがツケとなって彼らの身に降り注いでいた。

 紫の冷酷な双眼が鶏の怪人に向けられる。その眼に怯え半ばパニック状態となって怪人は不用意に振り返りこの場から逃亡しようと、しかしそれを許そうとはしない仮面の青年。

 銃剣の銃口を怪人に向けると二回引き金を引く。二発の光弾は逃げようとする怪人を両膝裏に着弾、そのまま膝ごと撃ち抜いた。

 

「――ぎゃああああああああああああああ!」

 

 あまりの痛みに絶叫を上げながら転倒する。この撃ち抜かれた足ではもう逃げることすら出来ない。

 絶叫する怪人に歩み寄っていく青年。手に持っていた武器を腰に戻し、代わりに左腰に付けられた四角いデジタルカメラに酷似した武器を取り出し、それに銃剣から外したパーツを填める。それにより掴みの部分が展開しそれを右手で握り手の甲に装着した形となる。

 そのまま青年は歩き、這ってでも逃げようとする怪人の側を余裕で追い抜くとそのまま正面へと回る。

 怪人の目に映る青年の足。そのまま見上げると紫の双眸が見下ろしていた。

 

「な、なあ! 頼む! 命だけは助けてくれ! もう人襲ったりはしないから! 心を入れ替えて真面目に生きるから! な、なんなら警察に自首したっていい! だから頼む! 殺さないでくれぇぇぇ!」

 

 足に縋りつき必死で命乞いをする怪人。

だがそれを聞いた青年の反応は――

 

「言い残すことはそれだけかな?」

『Exceed Charge』

 

――無慈悲なものであり一言で切って捨てられる。

 光が右手へと伝わり、装着された手甲が輝く。

 見上げる怪人が最期に見たものは、容赦なく拳を振り下ろす紫の瞳の仮面であった。

 鶏の怪人が居た場所には灰が積もっていたがそれもじきに吹かれて消えていく。

 仮面の青年は武器を仕舞うと既に巨人から元の姿に戻ったサイドカーに向かって歩いていた。

 その途中親子とすれ違う。だが青年は特に何も言う訳でもなくそのまま通り過ぎようとしていた。

 

「何?」

 

 そのとき誰かに手を引っ張られる。母親に抱き締められていた子供がその小さな手を懸命に伸ばし、青年の手に触れていた。

 

「――がとう」

 

 消えてしまいそうな程小さな声。

 

「助けて、くれて、ありがとう!」

 

 少しでも感謝を伝えようと必死に声を出す子供。それを聞き、青年の表情は仮面に隠れて分からなかったが予想外のことであったのか少し戸惑っている様子であった。

 

「お母さんを、助けてくれて、ありがとう!」

 

 青年は少しの間沈黙していたが、やがて掴まれていた手を引き親子に背を向けて歩き出していく。

 青年の戦い方は決して綺麗とは言えない血生臭いものであった。現に子供の母親は助けてくれた青年にも怯えていた。

 だが良くも悪くも純真な心を持つ子供にとって自分たちのことを救ってくれた青年の存在が紛れも無い『ヒーロー』として映っていた。

 恐れも畏怖も無く、ただ感謝と憧れに満ちた心で彼は青年が走り去って行くまでずっとその背中を眺めつづけていた。

 

 

 

 

 (余計な手間をとってしまったな)

 

 変身を解いた青年――草加雅人はある程度離れた場所でバイクを停車させる。デルタのベルトを探していた帰り道偶然にもオルフェノクたちと遭遇したが、結果的には全く歯ごたえの無い連中であった。

 ベルトやカイザの姿を見てもただ驚くだけであり知らない様子を見るとスマートブレインに所属していない野良のオルフェノクであると推測をした。

 無駄な時間を消費したという考えもあるがどちらにしろオルフェノクの存在を見過ごす訳も無く、いずれ戦うかもしれなかった化け物を前倒しで駆逐できたことを取り敢えず良しと思うようにすることとした。

 草加はウェットティッシュを取り出し、手を拭こうとするがそのとき脳裏に先程の子供の声が蘇る。

 まさか礼を言われるとは思わなかっただけについ立ち止まってしまった。

 仲の良い親子連れ。それに連鎖し過去の記憶が呼び起こされる。

 泣き叫ぶ子供、母を呼ぶ子の声、応じない母親、居なくなった母親。そして――

 草加は表情を歪めるとウェットティッシュで手を拭き始める。触れられた感触を消し去ってしまうように強く、何度も。

 やがて拭き終えた草加はヘルメットを被り、再び帰路に着く。

 少しでも早く最愛の人である真理の下に行く為に、一秒でも早く気に入らない乾巧を真理の側から引き離す為に。

 真理の隣に相応しいのは自分であると証明する為に。

 サイドバッシャーのアクセルを握る草加の手。

その手にはもう触れられた子供の手の感触や暖かみは消え失せていた。

 

 




何も知らない一般人から見たら草加もヒーローに見えるというのを文章にしてみました。
子供の頃、死んだときは特に悲しくありませんでしたが『それでもカイザは草加じゃなきゃ』と思っておりました。

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