インフィニット・ストラトス ~緑翠の人魚姫~ 作:夏梅ゆゆゆ
前編中編後編が段々デフォになってる気がします。
「……報告は受けさせてもらった」
こぽこぽと水槽から聞こえる音を背に、スコールは一人の男と向き合っていた。
「これに関してはこちらの失態ですわ、ドクター。ただ、今再び作戦を行うための準備をしています。この失態は……」
男がスコールに向けて手を翳し、言葉の続きを遮る。
「
「満足……とは?」
スコールは訝しげに彼の顔を見上げる。しかし、その顔からは無味乾燥な表情しか読み取れない。
「イレギュラーの観察、場合により採取……しかしその実、最後のピースを見つけてくれるとは、な」
「……ドクター、何を」
「───君たちの理解の範疇には無いことだ」
ぴしゃり、と抑揚の無い声が室内に響く。
「失礼した。ともかく、計画に支障は無い。次の作戦行動にも期待をしている」
「……了解しましたわ。では、また」
そう言い、無表情な男を最後に一瞥して部屋を出る。そうして、しばらく歩いたところで……大きく息を吐いた。
「……相変わらずの男。気味が悪い」
「───独り言は自分の部屋でやったほうが良いんじゃないか? スコール」
内心、ひどく驚く……が、その顔を見た瞬間に緊張が弛緩する。
「驚かせないで頂戴……ラムサス殿」
「殿は要らないと言ったはずだが……」
そこに立っていたのは、軍服を着た長身の男……ラムサスだった。
「悪態を吐きたい気持ちは分からないでも無い……が、不注意が過ぎるのではないか?」
「軍人様に言わせれば、戦闘員以外のメンバーはみんな不注意となるわね」
「よく言う。お前の戦闘能力はその戦闘員顔負けだと専らな噂だ」
お互いに軽口をたたき合う……その中で、ようやく心を落ち着ける。
「……しかし、利害の一致とはいえあの男と良く付き合えるわね、貴方」
「それが協力関係を結んでいる組織の幹部が言うことか?……まあしかし、気持ちは分からないでも無い」
ラムサスは壁に背中を向け、寄りかかる。
「あいつは私たちとは見ているモノが違う。私たちが求めるものは意義、お前たちの求めるものは利潤……しかし、それらは恐らくあいつの求めるものを得る際の副産物に他ならないのだろう」
「ねえ、そこまで言う彼……ドクターの目的は何なのかしら」
「それは合流する際に聞いたはずだろう」
「ただ聞くのと理解に値するのとはまた別の話よ……それで?」
しばし、沈黙が流れる。
「……あくまで、主観かつ憶測の入ったものだが────」
ラムサスは顔を上に向け、光る蛍光灯の明かりをどこか憂鬱気な表情を浮かべ、見つめる。
「────あいつはきっと、ただ悲観しているだけなんだろう」
そう───この世界の、すべてに対して。
▼
「───そこだっ!」
「……ぐっ!?」
学園のアリーナの中を、二つの機影が高速で飛び回る。片方は白……ヴェルトール。そして、もう片方は────
「……これでチェック、かな」
────橙色の、シャルルが操るIS……『ラファール・リヴァイヴ』だった。
「っだぁ! やっぱ速すぎるだろそれ!」
アリーナのピットに降り立った一夏が開口一番に大声を上げる。
「五月蠅いぞ馬鹿者。敗者はもう少し潔くだな……」
「まあまあ箒さん、それだけシャルルさんの
ピットに降りてきた一夏を待っていたのはそんな、箒の叱咤とセシリアの宥める声だった。
「しっかし、よくあんな速度で武装を変えられるわねー」
「……凄い」
「い、いや……そんなに褒められるようなものでも無いよ」
謙遜するシャルル……しかし、その卓越した換装技術は称賛に値するものだった。
通常、ISの換装は、既に持っている装備を投棄、又は量子変換して仕舞ってから拡張領域の武装を実体化させる、という過程を経る。どうということも無いように見えるが、戦闘中……それも、IS同士の戦いでは1秒のロスで勝敗が決まってしまうような場面もある、極めて高速なものだ。その換装の隙は決して小さいものではない。
それにも拘らず、その換装を一瞬かつ全くの隙無く行う……それは一種の高等な技術と言っても過言ではなく、故に卓越したその換装技術を『高速切替』という一つの固有技能として呼ぶ───そして、一夏に勝利したシャルルもその技能の保持者である。
「第三世代に片足突っ込んでるとはいえ、第二世代のカスタム機でそこまでとは……流石はフランスの代表候補って奴かしら」
「ああ、男性でありながらこの力量……相当な鍛錬と才能の成果だろう」
「や、やめてよ二人とも……」
箒と鈴は淡々とシャルルを評価していくが、それに合わせてどんどんと彼の顔も赤くなっていく。
「……まあ、兎に角だ。次は私だろう? 一夏、行くぞ!」
「ちょ、少し休ませ……」
「ええい、あんな戦いを見せられれば気持ちも逸るというものだ!」
先ほどまで黙っていたラウラが、アリーナへと一夏を引っ張る……そこで、一同の耳に聞きなれた声が響く。
「ああ、居ましたっ! よかったです~!」
そうして、こちらへ走ってきたのは山田先生。その豊満な胸を揺らしながら走ってくる姿に一部が憎々しげな視線を当てる中、エメラダは問いを投げかける。
「先生……どうしたの?」
「まずはこれを……」
全員が見えるように先生が前に突き出した用紙……そこには、『学年別トーナメントの仕様変更について』と書いてある。
「えーっと、なになに……『今月開催する学年別トーナメントでは、より実践的な模擬戦闘を行うため、二人組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは───』って、二人組?」
学年末トーナメント。
以前から告知されていた、完全参加自由かつ学年の縛り以外は無しのトーナメント戦である。それの仕様変更という訳らしい。
「でも、どうして僕たちにそれを?」
「ええっと、ですね……『男子生徒への強烈な勧誘が予測される。騒ぎになる前にあいつら周辺に伝えておいてくれ』と織斑先生からの伝言です」
「ああ……」
エメラダたちは深く納得する。このままでは騒ぎどころか暴動レベルになる可能性すらあるだろう。
「んー……それじゃ、一夏はシャルルと組むのが妥当かしらね」
「そうですわね……嫉妬の目線で身を焼かれるのは少し……」
「ふむ、一夏やシャルルと組んでみたい気持ちもあったがな。まあ妥当だろう」
「致し方あるまい……致し方、あるまい」
女子四人が───一人は非常に心苦しそうに───男子同士のペアを勧める。
「ええっと……そういう訳らしいんだけど、どうかな一夏?」
「おう、シャルルが良いなら俺も構わない……って、どうしたエメラダ?」
「……え?」
エメラダは声を掛けられて初めて、彼の───一夏の制服の裾を自分が掴んでいるのに気付いた。
「何か用でもあったんじゃないのか?」
「…………ん、何でもない」
「……? なら良いけど……」
エメラダは、ふと自分の手を見やる。いつの間に掴んでいたのだろうか……最近は一夏に関することには自分でも不可解な行動を示すことが多くなったように思える。このままではいけない、とは思う。なにせ、いつ起こるのかがいまだに理解できない現象だ……一夏の護衛でもある以上、重要な時に発動したら困るのだ。
「……い、聞こえているのか? おい!」
「っ!?……ラウラ?」
そんな思考に沈んでいた時、ラウラの声がエメラダを現実へと引き戻す。
「ラウラ? ではないだろう……先ほどから呼んでいたのだがな」
「……ん、ごめん」
「別にいいさ。それよりも、だ……私と組むぞ、エメラダ」
「……えっ?」
唐突な誘いに、素っ頓狂な声を上げる。
「前々からお前とは肩を並べてみたいとは思っていた。軍に居た頃は模擬戦が専らだったからな……で、返事はどうだ? ん?」
「別に、構わない……けど……」
「ふむ、よしよし。ならば早速登録しなくては……行くぞ!」
「え、ちょっ……!?」
電光石火。遺伝子強化素体としての身体能力を無駄に発揮し、エメラダの手を引いて走る。
そして、先ほどの煩悶は……少し、軽くなったようだ。
「…………気でも使ってくれたの、かな」
「む? なんだ、聞こえないぞ?」
「……そんなこともなさそう」
エメラダは一つ、深いため息を吐く。そして、ラウラの足並みと自分のそれを合わせるのであった。
高速切替がルビ無しですらすら読める……ハーメルンで二次にどっぷり漬かったからですかねぇ(しみじみ)