インフィニット・ストラトス ~緑翠の人魚姫~   作:夏梅ゆゆゆ

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金と銀 波乱を運ぶ転入生 前編

───コツコツと、足音を廊下に響かせる。

どうやら今は何かの作戦行動らしく、他の構成員は見つからない……モニタールームにでも居るのだろう。

そう思い、進路をそちらの方へと向ける……すると、段々と話し声が聞こえてきた。

 

「エム、私は『なるべく見つからないように』機体を奪取しなさいと言ったはずなのだけれど……何故、作戦開始後十分で見つかって、尚且つ基地の主戦力と全面対決しているのかしら」

『…………私が知るか』

「そうよね、貴女はそういう娘だったわ……」

『あっははは~! 怒られてる~!!』

『おい、セラフィータ。いや、バカフィータ……過失で言えばお前が7割だからな!?』

『ひっど~い! トロネちゃんだって思いっきりロックされてる扉ぶっ壊してたのに!』

『五月蠅い! 元はと言えばオマエが基地の連中に『ねえねえ、この機体ってどこに有るの~?』なんて出会い頭に聞きに行ったから見つかったんだろうが! あいつら敵だぞ!? 俺らは侵入者で、機体奪いに来てるんだぞ!?』

『だってぇ~……探すのってめんどくさいんだもん』

『…………』

『あー……こちらオータム、脱出経路の確保は完了した。……エム、帰ったら胃痛薬買っといてやるから我慢しろよ』

「なんかもう本当にうちの馬鹿どもがごめんなさい…………」

「……何故だろうな、この作戦に参加しなくて心底安心している自分が居る」

「……オータムに私の分もお願いしようかしら」

 

……これはひどい。

だが、まあ……久しぶりに彼女たちの感情がある声を聞いた気がした。

思えば、今まで苦労ばかりさせてきた……それなのに、彼女たちはこんな自分を慕い、敬ってくれる。そして……それがどうしようもなく嫌だった。

ある人物に言われたことがある───『お前は何の利用価値も無い……ただの塵だ』と。

ああ、確かにそうなのだろうな……今思うと、つくづく納得のいく言葉である。

自分はあの場所で自身の存在意義を失い、抜け殻のような生を送っていたのだ……そう言われても仕方のないことだろう。

 

ともかく、彼女たちはそんな自分を見限らずに今まで着いて来てくれている……自分を塵と言ったあの男の言うままに、テロリストへと身を窶した情けない自分にだ。

そう、もう逃げるのは止めにしよう。

あの少年の一言……それだけで動くほど自分は単純な人間ではなかったはずだが……どうやら、持ち前の負けず嫌いが再発してしまったらしい。あの少年に、負けていられないと思ってしまったのだ……人間として、何よりも男として。

取りあえずは、彼女たちと向き合ってみよう……そして、なんだかんだでこの組織にも恩が有る。それを返すところから始めてみるとしようか─────

 

「───失礼する」

「……あら?」

「か、閣下!? お戻りになられていたのですか!?」

「ああ、つい先ほどだがな」

「お、お出迎えもせずに申し訳……!」

 

ドミニアが慌てて頭を下げるのを手で制す。

 

「私が勝手に外出し、勝手に戻っただけのこと……謝る必要は無い」

「は、はい! 申し訳ありませんっ!」

「……謝る必要は無いのだがな」

 

内心苦笑しながら、目線をスコールへと移す。

 

「……それで、どういう風の吹きまわしかしら? 彼の紹介で入ってきて以来、まったく音沙汰の無かったカーラン・ラムサス元中尉殿」

「少しは恩を返しておこうかと思っただけだ……心境の変化が有ったのでな」

「ふぅん? まあ、天才と呼ばれた中尉殿の手腕を拝見させてもらうとしましょうか」

 

スコールがモニター前から横に逸れ、オペレートを譲られる。

 

「……閣下」

「む?」

 

先ほどから黙っていたケルビナが声を掛ける。

 

「お帰りを……お待ちしておりました」

「……ふっ、わざわざ待つ必要も無かったのだぞ?」

「いえ……私たちを率いるのは、貴方様以外あり得ませんから」

「ならば、付いて来るがいい……私が、お前たちを導こう」

「了解しました───ラムサス閣下」

 

……どうやら、見かけによらず彼女は情熱的な性質らしい。そのようなことにさえ、今まで気が付かなかった自分は本当に周りが見えていなかったのだとしみじみ思う。

 

「さて……それでは始めようか」

 

そして、絶望的な状況を覆すための手を今───生み出そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえねえ、聞いた? また転校生だって!」

「うちのクラスでしょ? どんな子なのかな~」

 

今日は朝からクラスが騒がしかった。

それもそのはず……今日から転入生がこのクラスにやってくるというのだ。それも二人も。

女子というのは噂話が好き、とはいうものの今日の朝にそのことを初めて知ったエメラダはあまり興味を持てていない。早々に知り合いが鈴に続いて転入する訳も無いし、クラスに新しい仲間が増えるだけ……そう考えていたからだ。

 

「なんだ? 今日はやけに騒がしいな……」

「ホウキ、おはよう」

「ああ、おはよう……それにしても何なのだ? この騒がしさは……」

「───今日は転校生が来るとのことですわ。致し方ないでしょう」

 

二人の声を聞きつけたのか、セシリアがこちらに歩いてくる。

 

「転校生……? またなのか?」

「ん、仕方ない……イチカが居るから」

 

そう……鈴の場合は私情が入っていたが、それでも中国政府から転入の許可を得られたのは一夏の存在が大きいのだろう。それほどまでに世界初の男性操縦者は注目されている……他国が中国のそれに触発された可能性は大きい。

 

「なるほどな……っと、そろそろHRだ」

「ですわね。席に座りましょう」

 

そう言って、自分の席に散らばっていく二人。その後、幾何かもしないうちに山田先生が千冬を伴って教室に入って来た。

 

「諸君、おはよう」

「皆さん、おはようございます」

 

先生方の挨拶にクラスの面々も挨拶を返す。

 

「さて、休みも明けて今週からは実際に訓練機を動かしての実戦訓練が始まる。諸君はISスーツを購入の上で臨むことだ。期限は今日までだから忘れないように」

 

ISスーツとは、ISに乗る際に着ることを推奨されているものである。

なんでも、肌表面の微妙な電位差を検知することで操縦者の動きをダイレクトにISへと伝達させる働きを持っており、有るのと無いのとでは大きな反応速度の差が出るらしい。因みに、エメラダと一夏はシェバト社製のものを使っている。

 

「連絡事項は以上だ。それでは山田先生……」

「は、はい。えーっとですね、今日はなんと転入生を紹介します! それも二人です!」

 

クラスが再び喧騒に支配される。しかし、それは驚きというよりは単純な興味の声の方が大きい……女子高生の噂話好きは伊達ではなく、ほぼ全員にとって既知のことであったためであろう。

 

「それでは、入ってきてください!」

 

そう言った山田先生の声に従い、教室の扉が再び開かれ────クラス内のすべての音が止んだ。

 

「えっと、シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

()はそう言うとにこやかな顔でそう告げて、一礼する。

 

「お、男…………?」

 

誰かが呟いたこの声はほとんど全員の総意だった。そして、それを耳聡く聞きつけた彼は、その声に答える。

 

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方が居ると聞いて本国より転入を────」

 

人懐っこそうな顔。礼儀の正しい立ち居振る舞いと中世的に整った顔立ち。髪は濃い金髪。黄金色のそれを首の後ろで丁寧に束ねている。体はともすれば華奢に思えるくらいスマート。

正に、絵に描いたような『貴公子』然とした彼は嫌味の無い笑みを周囲に振りまいている。

 

「きゃ…………」

「はい?」

「「「「「きゃあああああああああああああああっ!!!!!!!」」」」」

 

悲鳴。それも、大音量。

それに充てられクラクラしているシャルルを尻目に、クラスのボルテージは天井知らずに上っていく。

 

「男子! 二人目の男子!!」

「しかも、うちのクラス!!」

「美形! 守ってあげたくなる系の!」

「マシュマロみたいな男の子だね~」

「母上様……私を産んでくれてありがとう……!!」

「やばい……鼻血出そう」

 

「黙れ。静かにしろ。しないのなら死ね」

「あ、ははは……」

 

頭痛をこらえているような千冬の低音の声と山田先生の苦笑する声。

そして、先ほどの大歓声すら今のエメラダには耳に入ってこなかった。

 

「はぁ……もう一人の転入生も、自己紹介をしろ」

「了解しました。教官」

「教官は止めろ……今は織斑先生と呼べ」

「了解しました。織斑先生」

「それでいい」

 

銀髪に、眼帯を着けた彼女は不敵な笑みを浮かべると堂々と声を上げる。

 

「ドイツ軍所属、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。軍人という立場だが、余り硬くならずに接してほしい」

 

紛れもなく、エメラダの知る彼女であり……余りの驚きにフリーズする。

 

「ら、ラウラ……!?」

 

一夏の動揺する声。その声にラウラは猫のように目を細めると、少し声の調子を変えて一夏へと声を投げかける。

 

「────久しぶりだな、お・に・い・ちゃ・ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?!?!?」」」」」

 

 

 




前半はこの前入れ忘れたラムサスちゃんのその後の様子です。
ちょろくね? と思われるかもしれませんが、一回折れて粉々になったメンタルというのは案外何気ない一言で前に進む決心が出来たりするものです。

何故折れてしまったのかは後々。

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