インフィニット・ストラトス ~緑翠の人魚姫~ 作:夏梅ゆゆゆ
「ふぅ……食った食った」
「あ、ちょっとあたし一回コンビニ寄ってくわ」
「了解……」
五反田食堂を後にした三人は、織斑家を目標にして歩いていた。
その途中、鈴はコンビニへと足を向ける……そもそも、今回の外出の目的としては織斑家で遊ぶことを目的としていたのだ。
昔のクラスのみんなに会いたい気持ちは有るが、予定が合わない人もちらほら……よって、いっそのこと同窓会みたいなものをまた今度開くことにして、今回は織斑家でのんびり遊ぶということのなったのである。
鈴はそれの為に、お菓子や飲み物なんかを買いに行ってくれたのだろう……相も変わらず変なところで気が利くやつだな、と一夏は内心苦笑しつつも考える。
「……にしても、今思えばあの時はこの町から離れて暮らすだなんて考えもしなかったよな」
「……ん」
ふと、一夏は感慨深い気持ちになる。
エメラダとの出会いを皮切りに、ある種の非日常へと誘われていった。
しかし、そのことに後悔や苦痛といったものは感じていない……確かに、軍での鍛錬や勉強は辛いものがあったが、自身の歩んできた人生に関しての後悔の念は殆どないのだ。
「(なにより…………)」
「……?」
「(……エメラダとの出会いに、後悔なんて有る筈も無いんだけど、な)」
──その時、エメラダのもとに一つの着信が届く。
「……ん? 電話か?」
「…………」
「エメラダ?」
エメラダはその着信を聞いて若干の苦い顔を浮かべた後、その着信に手を伸ばす。
「……もし、もし」
「(様子が変だな。どうしたんだろうか……)」
「……了解」
エメラダは不思議そうに彼女を見る一夏を一瞬見やった後にその電話を終了させる。
「……ちょっと用事ができた」
「……へ?」
「大丈夫。すぐ戻るから先に行ってて……」
「それってどういう……」
エメラダはそう言うや否や一夏の返答も聞かずに走り去っていく。
「……なんなんだ?」
……一夏は、深く首を傾げたのだった。
▼
「……それで、対象は?」
『あら、もう良いのかしら? 別に私たちに任せて甘ぁ~い二人っきりの蜜月を堪能しててもよかったのにー』
「意味の分からないことをぼやく暇が有るんだったら……」
『あぁん、もう……冗談が通じないんだから』
とある路地。
一夏と別れたエメラダは再度電話をどこかに繋いでいた。
『まあいいわ、ターゲットはそこから400メートル先の廃ビルに集まってる。いつ行動を起こすかもわからないからなるべく早く動いたほうが……』
「了解、作戦行動に入る」
『ああ! ちょっと待ち……』
通話を切る。
そうして耳障りな音をシャットダウンした後、目標の地点に一気に走り出す。
「…………」
いつからだっただろうか。
世界中に一夏の存在が明らかになってからというもの、ちらほらと襲撃者が現れていた。
目的は簡単……世界初の男性操縦者である一夏の身柄だろう。それが人体実験によるものなのか、男性操縦者と言う立場を疎んでなのかは分からないし、分かりたくも無いことであるが。
ともかく、そういった輩を護衛であるエメラダは排除してきた……が、最近は特に襲撃者が多い。学園にいる間はその防衛力の関係で心配はいらないが、それ以外での場所は増加が顕著である。
エメラダの戦闘能力が高いといっても流石に手が余る……というわけで、日本政府から使わされたらしい護衛役の増員が先ほどの電話の相手なのだが……
「(……鬱陶しい)」
そう、同じIS学園に通っているというその彼女は何かと自分に構ってくる。特に、一夏が話題に上がるとチェシャ猫のような如何にもな笑顔を浮かべてにじり寄ってくるのだ。
彼女が何故そのように接してくるのかは分からないが、その笑顔にそこはかとないイラつきを感じたのは間違いない……そういった事情で、エメラダにとっては珍しく『気に食わない人物』が出来たのだった。
「……到着」
そうこうしてる間に、目的のビルまでたどり着いた。
エメラダは通話先の彼女に渡されていたインカムを装着すると、それを繋ぐ。
『ちょっと、いきなり切るなんて酷いんじゃない?』
「……到着した。敵の内訳は?」
『はぁ、嫌われちゃったものねぇ……お姉さん悲しい』
「早く」
『はいはい……ターゲットは一階に見張りが三人、二階に一人、三階に主要メンバーらしき人物が五人よ。今回はどうやらISは居ないみたい』
それを聞いて、エメラダは安堵の息を吐く。
以前、何回かこういった襲撃でIS戦になったことが有るが、なるべく一般人に気づかれないように戦闘するのはエメラダの機体上かなり辛いものが有る……一応保険として通話先の彼女曰く、戦闘があったことをもみ消せる準備があるとのことだが、借りは作りたくないので全力で戦っている。
「……潜入する」
廃ビルの入り口に置いてある進入禁止の立て看板を通り抜け、中に入る……すると、間もなくして男性の話し声が聞こえてくる。
「……つまり、今回の仕事はガキ一人ひっ捕まえるだけでいいんすか?」
「ああ、クライアントはそれだけであのでっけぇ報酬を渡してくれるんだと」
「ははっ、ボロい仕事だなぁ!」
下卑た笑い声が響く……それと同時に、エメラダの心が日常から血生臭い裏の世界のものへと冷たく切り替わっていく。
「─────」
一気に飛び出す。
どうやら、間抜けにもこちらに気づいている敵は一人もいないようだ。
「……んあ?」
そうして、一人が気の抜けた声を漏らす。その直後、彼は自分の体を見下ろし……心臓の辺りから刃が飛び出てるのに気づき、視界が暗転した。
「なっ……!」
「てめぇ!!?」
残りの二人もそれに気づいた様で、胸元から拳銃を取り出そうと……伸ばした手が拳銃を触る前にはもう、首が宙に飛んでいた。
「……一階クリア」
『お見事』
刃に変化させていた右腕を無造作に振るって付いた血を振り払った後、ドシャッと首を失った体が倒れる音を背に二階への階段へと足を伸ばす。
上がったその先には一人の男性が背中をこちらに向けて携帯を弄っていた。
「…………」
無論、そのような隙を見逃すはずもなく……声も上げずにその男は絶命する。
「二階クリア」
『待って、上の五人が移動するみたい』
「…………」
その言葉を聞くや否や、今殺した男の血を拭い、死体を柱の陰に隠し、自分もその身を隠す。
直後、複数の足音が聞こえる。
「これで……」
「なっ……!」
二階に五人が現れた瞬間、その中心へと身を躍らす。
突然少女が飛び込んできたことによる一瞬の硬直……その一瞬さえあれば、十分だった。
エメラダは自らの髪を操作する。髪の長さを増加させ、その硬度を……鉄をも貫けるほどに変質させる。
「……終わり」
その髪をいくつかの束に纏め、四方八方に貫き通す……後には、心臓を寸分違わず抉り取られた五つの死体だけが残った。
「……作戦、終了」
『はーい、お疲れ! 死体の処理はこっちがやっとくから織斑君の所に行っていいわよ~ああ、私ったらなんて優しい女の子な……』
「…………」
無言でインカムを外し、電源を切る。
「……行こう」
そうして、エメラダは廃ビルを後にした。
▼
「……まあいいか」
時は少し遡り、エメラダと別れた直後の一夏はエメラダの様子の不審な感情を抱くも、その歩みを進めた。
何気なく、生まれ育った町を見渡しながら歩いていく。ここから離れて暮らすのは二度目だが、一度目よりも圧倒的に離れた日数が少ないにも関わらず懐かしさを感じる。
それだけここには愛着が有るのか、と自分でも少し驚いていると、少し先の方から女性の怒声が聞こえてくる。
「……何なのよアンタ! さっきから無視してくれちゃって、こっちは出るとこ出ても良いのよ!?」
「…………」
一夏の目に飛び込んできたのは、金髪の外人らしき男性が壮年の女性に詰め寄られている姿だった。
「……ほっとくわけにもいかないよな」
一夏はそれに介入することを決める。というのも、男性の方が明らかに心此処に有らずといった状態……このまま放置していたらまずいことになるだろうからだ。
「あのー……」
「……何よアンタ」
「……!」
一夏の方を向く二人……男性の方は目を見開き反応を見せ、女性は訝しげに一夏を見る。
「それくらいで勘弁してあげてくれませんか? 往来の真ん中では近所迷惑にもなりますし……」
「……もういいわ。次から気をつけなさいよ」
一夏の登場で少し頭が冷えたのだろうか、鼻を鳴らしてその場から去っていく女性。
余り大事にならなかったことに安堵の息を吐くと、先ほどから黙っていた金髪の男性に声を掛けられる。
「君は……」
「ああ、大丈夫でしたか? 駄目ですよ、あんなふうに人のことを無視し続けちゃ」
「いや……少し考え事をしていた。以後気を付ける」
「そうしてください」
一夏は厳めしく返答する男性に苦笑しつつ注意を促す。
「……君には助けられたようだな」
「いや、別に大したことはしてないですよ」
「…………」
男性は少し考えるそぶりをした後、近くに有った自動販売機の方へおもむろに近づく。
「コーヒーは飲めるか?」
「え? はい、大丈夫ですけど……」
そう答えると、一夏の手元に缶コーヒーが放られる。
「おわっと……」
「これは礼だ……しかしそうだな、少し話さないか?」
「別に構いませんが……」
一夏は先ほどとは打って変わり、饒舌になった男性に戸惑いつつも男性が近くのベンチに座るのに続いて座る。
「そういえば、君の名前を聞いていなかったな……」
「あ、織斑一夏です。貴方は?」
「ラムサスだ……それにしても、君はお節介だな。助けられた俺が言うことではないが」
「そんなことないですよ……ところで、なんでさっきはそんなに深く考え事をしていたんですか?」
その質問に、ラムサスの眼が一瞬曇った。
「……自らの存在意義、について」
「存在意義、ですか……」
「君は思ったことはないか? もし、自分が居なくても世界は回り続ける……ならば、自分はなぜこの世に存在しているのだろうか、と」
一夏は、ふと考えてみる……自身が居ないことで、何か不都合は有るだろうか、と。
「……思ったことは、無いです。でも、自分に存在意義が無いとは思いません」
「……ほう?」
「なんというか……俺って色んな人に支えられて生きてるんだなって思う時が何度もあるんです」
姉の千冬は厳しいながらもいつも見守ってくれ、昔からの友人たちや学園に入ってから出来た友人も毎日を送る上で大切な部分を担ってくれている。
「俺のために何かやってくれたり、思ってくれたりとか……俺がそんな風に存在意義が無いなんて言ったら、その人たちに失礼だから」
「…………」
「それに、もう一つあるんです」
「…………?」
心に浮かぶのは、翠髪の少女。
「……心から守りたいな、って思った娘が居るんです。そいつは家族みたいな存在なんですけど、いつも俺を助けてくれて……その代わりに、自分だけが傷ついて」
幼いころの記憶が蘇る……傷だらけの背中を見ていることしかできなかった、忌々しい記憶が。
「だから、今は全然駄目なんですけど……いつかあいつに追いついてその背中を守りたい。あいつを守ることを俺の存在意義にしたいんだ……ってか、何語ってるんだ俺……」
ほぼ初対面の人に何を話しているんだろうか。
一夏は自身の顔が赤くなるのを感じた。
「……ふふっ、好きなのか? その娘が」
「……え?」
「惚れた女を守る、それが存在意義……中々格好良いじゃあないか」
「いや、別に、そんなつもりは……!」
「照れなくても良い。しかし、そうか……自分を支えてくれるものに失礼、か」
「……ラムサスさん?」
一夏は、ラムサスがどこか憑き物が落ちたような顔をしているのに気づく。
「いや、何でもない……ありがとう、良い話が聞けた気がするよ」
「え? いえ、どういたしまして……」
「さて、俺はそろそろ行くが……最後にアドバイスを一つ」
「……?」
「……惚れた女に思いを告げるのは早いほうが良い。これは実体験だからな、参考にするといい」
「ぶふっ!? だから、違いますって!!」
「ふふ、ではまた……縁が有れば会うこともあるだろう」
立ち上がり、去っていくラムサス。
「……なんか、不思議な人だったな」
存在意義……そんなに悩むようなことなのだろうか。
ただ、己の存在意義について悩んでいた実例を一夏は二人も知っている……兵器として生まれた自分に思い悩んでいた二人を。
そう考えると、それが大事な人もいるのだろう……思い悩むことのない人生を送っている自分は、それだけで幸せなのだと思う。
「それに……惚れた女、か」
どうなのだろうか。
少なくとも、今まではそんな風に思ったことは一度も無い……そもそも、惚れた腫れたといった感情に一切これまで縁が無かったわけではあるが。
ただ、そんな感情が一切エメラダにないかというと……
「だぁー! もう、わかんねぇ!」
「……何がわかんないの?」
「それは……って、うぉわっ!!? え、エメラダ!?」
ふと、振り返るとそこにはエメラダが居た。当然、先ほどまで考えていたことが頭の中を埋め尽くし……ベンチから転げ落ちる。
「……大丈夫?」
「あ、ああ……ってか、何処行ってたんだよ?」
「……ないしょ。それよりほら、早く行こう?」
「お、おい! ちょっと待てって!」
一夏の手を引き、走り出すエメラダ。
一夏は混乱する頭のまま走り出し……繋いだ手から伝わる体温に、顔が再び赤くなっていくのであった。
メモ書き
・ラムサス
金髪。外人。長身。イケメン。若干影が有る。今回で少しその影が取れた。
……これ以上はいろいろとネタバレになりそうなので割愛。
そして、今回でやっと甘いお話を掛ける準備が整いました。
砂糖というものに挑戦したいとずっと思っていましたので、とても楽しみであります。