咲と照のセリフと高校が逆だったら   作:緋色の

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遅くなって申し訳ありません。

遅くなったのに、内容はぐだぐだしてます。


決着

 ああ、と咲は思った。

 

「ツモ! 1000オール」

 

 能力を失ったことで、手も足も出ない。照が聴牌したことさえ気づけなかった。普段と違いすぎる、弱い自分を彼女は呪いたくなった。

 

 慢心して、そこをつかれてボロボロにされて。本当にどうしようもない。間抜けもいいところだ。これで負けたら自分の愚かさをひたすら責めるしかない。しかも勝っても心から喜べない。

 

 目の前のことから意識がはなれかけるも、

 

(まだだ。まだ終わってない。能力なんかなくても、勝ってみせる!!)

 

 流石はインターミドルチャンピオンと言ったところか。自責の念、絶望、それらを一瞬の内に払いのけ、試合に集中する。心構えだけは元に戻せたが、肝心の力は戻せない。しかもラス親はインターハイチャンピオン、宮永照だ。強力な能力の持ち主で、今無能力の咲では到底敵わない相手だが、

 

「ツモ! 2100オール!」

 

 勝ち目はあった。

 

 宮永咲 56400

 宮永照 31500

 愛宕洋榎 9600

 天江衣 2500

 

 ここに来て、能力を使っていた頃の流れが押し寄せてきた。一度は照たちによって塞き止められ、どこかへと行ってしまったが、まるで最大の隙を見つけたかのように、戻ってきたのだ。

 

 だが、照にとっては恐れるに足らず。

 

(関係ない!!)

 

 しかし、全ての流れが咲の下に戻れたわけではなかった。結局のところ戻ってきた流れは過去に咲が生んだもので、更には一度手元からはなれたものだ。その不安定さを他のもので例えるなら湯気か。ふわふわとしていて、何もなければまっすぐ上昇するが、横風などがあれば簡単に揺らめく。

 

 照の風によって戻ってきた流れのほとんどは吹き飛ばされる。残った流れが咲にもたらしたものは、配牌二向聴だった。

 

(タンヤオは遠く、平和も遠い)

 

 暗刻が一つあった。普段なら歓迎できるこれも今の咲には足枷でしかない。このまま聴牌しても役なし。絶体絶命。だというのに咲が見せた表情は意外なことに微笑であった。

 

(こんなにも危ない状況はいつ以来なんだろ)

 

 中学一年の時の暗槓国士無双以来か。いや、あの時でも飛ばして終わらせたから今ほど危なかったわけではない。何だかんだで危険な状況になったことがない。それほどに恵まれていたということなのか。

 

(もしも、支配が破られてなかったら慢心してたままなんだよね)

 

 過去の自分が何を思って残したのかわからないメッセージはこのためだったんだろうか。それとも、

 

(あー、もう、負けそうな時なのに何でもう……ここまで楽しんでるかな、私は)

 

 姉との対局を望んでいたというのか。照に対して感情はない。それは変わらない。そう変わらないのだ。それなのにどうしてだろうか、姉の力強い姿を見ると、それでこそと思ってしまう。

 

 昔、照を大好きでいた咲が憧れ、見ていた姿そのまま、いやそれ以上のものだ。

 

(そういえば昔はこの人を追いかけていたんだっけ)

 

 不思議なものだ。たくさん考えているのに麻雀の方はきちんと打てている。というかまだ二巡だ。時間が経つのが遅すぎはしないだろうか。咲にとって悪くはないことだが、普段じゃあり得ないことだけに少し戸惑いを覚えた。

 

 そもそも考え事なら試合が終わってから好きなだけすればいいのにどうして今するのだろうか。これではまるで考えることが凄く大事みたいではないか。しかも、その内容は照についてだ。

 

 今までこんなことはなかった。中学一年の時に洋榎に家族がうんぬん発言をされて苛ついたことはあったが、あの頃は家族に対する感情が色濃く残っていた。あれは例外として、家族に対する感情がなくなってからは対局中に考えることはなくなった。

 

「ふう」

 

 困ったように息を吐いて、目を数秒だけ閉じた。

 

 自分の意思とは関係なく、照について考えてしまう。

 

(私は……)

 

 まるで、心の奥底にある何かが動いたかのようだ。

 

 

 

 

 

 中学一年の時に咲は白糸台へと行った。

 

 はじめの一週間はやったと両手を上げて喜んだものだ。

 

 だけど、八日目を過ぎてから彼女は家族が恋しくなった。

 

 大嫌いなのに、二度と会いたくないと思ってるのに、話したくないと思ってるのに、思い出したくないのに、でも楽しかった頃の思い出がたくさん溢れてきた。

 

 学校にいる時は何ともない。寮に戻って、一人の時間ができると駄目になるのだ。

 

 消えていなかった。家族への愛情は。あんなに酷い思いをしても消えていないのだ。無論、酷い思いをする前のような綺麗で、大きな愛情はない。しかし、それは両親に対してだ。両親への愛情はささやかなもので、すぐにでも消えるだろう。問題なのは姉だ。

 

(お姉ちゃんに会いたい!!)

 

 昔の自分がお姉ちゃん子だったのは確かだ。だけど昔のはずだ。裏切られ、それで大嫌いになった。どこも不自然じゃない。自分に言い聞かせても、効果はまるでなかった。

 

 人の心は単純でありながら単純ではなく、ましてや思い通りにできるものでもない。

 

 距離を置いたことで、隠れていたものが出てきたのだ。

 

 その隠れていたものを彼女は否定した。幸せな思い出が頭に出たら、裏切りを思い出して。好きだと思ったら嫌いだと思って。

 

 頭がおかしくなりそうだった。精神的なものが顔にも出てきたのか、周りから心配されるようになった。ホームシックだよと言って深くは話さなかった。相談しようにも何をどう話したらいいのかわからないというのも理由にある。

 

 彼女が苦しみから解放されたのは、十日ほど経ってからだ。

 

 思い出すと辛くなるのはわかっていることなので、彼女は麻雀の本を読んでそっちに意識を持っていかないようにした。ただ読むだけではあれなので、何故この牌を切ったのかと考察することで集中力を高めた。

 

 そうしたことが実を結んだようで時間の経過とともに家族を、というよりも姉を恋しく思う気持ちはなくなっていった。そうなると否定の回数も当然ながら減少していくことに繋がる。いつからか姉を大好きなことを思い出してまともに否定することが、みっともない、馬鹿らしいと思うようになり、いちいち否定することはなくなった。

 

 そして、家族のことはほぼ思い出さなくなった。彼女自身、思い出して嫌な思いをする暇があるなら麻雀に集中した方がいいと考えていた。

 

 冬休みで帰省した時にはある変化が起きていた。

 

 家族を見ても以前ほど嫌悪しなくなっていたのだ。それでも見ていて気分はよろしくなかったので、まともに相手にはしなかったが。

 

 これが中学二年になると、更に進行して、最終的にどうでもいいやと思えるほどになった。あまりにも家族のことを思い出さないのが原因なのか、それとも中学一年の時のホームシックが原因なのか、はたまた距離を置いたことが原因なのか、それとも全部ひっくるめてなのか。それはもうわからないことだ。

 

 中学三年の時、姉がインターハイチャンピオンになったのは知った。そして、何を思ったのか姉に本を使ってメッセージを残した。

 

 

 

 

 

 

 あの時、何を思ったのか今でもわからない。

 

(へあっ!?)

 

 考えごとをしすぎるあまり回想してしまった。

 

(ちょうど自分の番だ)

 

 これでは試合に支障を来してしまう。正気に戻った時のショックのおかげか、考えごとをしないで済むようになった。

 

 五巡目、咲の手は一向聴になるが、聴牌しても役無しは免れなさそうだ。

 

(厳しいな)

 

「ポン」

 

 ここに来て、衣が発を鳴いた。

 

(衣ちゃんは諦めてなさげで、てか誰も諦めてないか)

 

 下二人は咲に役満を当てれば逆転可能だ。照は直撃なら跳満、ツモなら倍満となる。

 

(うん? 手が止まった?)

 

 咲は照の手が止まったのを見逃さなかった。何を切ろうか迷っている? 違う、照は和了牌を引いてきたのだ。

 

『チャンピオン、またまた先駆けて和了――』

 

『できません。この和了では平和三色ツモなので2600オールの二本場となるために天江選手は飛び終了、試合も終わります。つまり逆転不可なので和了できないんです』

 

『あっ、興奮のあまり見落としてました。じゃ、これはフリテンになるね』

 

『フリテンを解消しても、直撃のために最低跳満に仕上げないといけないから、ここから厳しいよ』

 

 照はツモってきた一萬を引き入れて六筒を捨てた。

 

 照の手牌

 

一二三六七八⑦⑧67811

 

 次巡。咲は聴牌した。待ちは四萬。当然のように役無しと来たものだ。運に見放されているとはまさにこのことかと思い、でもすぐに考えを改めた。照がフリテンで、しかも今から手を仕上げることを考えると、案外悪くない。

 

(リーチをかけたら、跳満ツモで逆転できるようになっちゃうけど、かけないと役無しでこっちも何もならず。それにこれが最後のチャンスだ)

 

「リーチ!!」

 

 リーチのみのクズ手とはいえ、今の状況では役満以上の価値さえある。これを和了すれば優勝。決勝戦終了を飾るには、それも咲がするにはあまりにも似合わないものだが、形にこだわってられない。

 

(宮永に先こされた、か)

 

 洋榎は国士無双一向聴の手を見た。運よく、最初の配牌で九筒が三枚あったので、その後のツモと絡めて多少の迷彩はできた。肝心の咲も調子を落としすぎたこともあって、洋榎の国士無双の気配に気づいていない。

 

(せやけど、あのちっこいのも狙っとる。大三元辺りか。ちょっとやばいな)

 

 中か北を引いたら聴牌となるが、北を先に引いたら厳しいことは間違いなしだ。と思ってると三巡後に来たのは北だった。

 

(国士無双聴牌、か。待ちは中か。衣も大三元を聴牌できてるが)

 

 洋榎はこの時嫌な予感がした。

 

 そして、それは見事に的中した。

 

(四枚目の中……!)

 

 衣は引いてきた。これを切っても洋榎から和了されることはない。これをカンするかどうかだ。咲はリーチをかけているので、カンをしたからといって逃げられることはない。しかし、もしも、カンをして照にドラが乗ったらと思うとできなかった。

 

 カンをすることのメリットはもう一度ツモができることだが、衣は既に聴牌していて、更にツモ和了はできないので今出したメリットは消える。結論、無駄に四枚目を引いてきただけだ。

 

 大人しく四枚目の中を捨てる。

 

 洋榎の国士無双は成就ならず。

 

 そうだとしても洋榎はまだ諦めていない。咲に振り込まないように細心の注意を払う。次また役満を聴牌して、それをぶつけたら優勝できる。二連続役満聴牌は確かに非現実的だが、可能性は零ではない。

 

 その後は静かだった。照のみが手を変えていき、最終的には以下となった。

 

一二三七八九①②③⑦⑧11

 

 三色が純チャンになったぐらいだ。だが、咲もリーチをかけている今、リーチをかければツモで逆転となる。咲がリーチをかけていなければ百点差で逆転とはならなかった。

 

「リーチ!」

 

 残り少ないツモで逆転となるのか。それとも咲に振り込んで終わってしまうのか。それは誰にもわからないことだった。全てを失っても前に歩き続けた咲に牌が応えるのか、それとも照の力に応えるのか、それともずっと耐え続けた衣に応えるのか、それとも敗色濃厚でも何も崩さない洋榎に応えるのか。

 

 照の最後のツモ。

 

 何もわからなかった。

 

 いつもなら持ったらわかるのに。

 

 何も聞こえなかった。

 

 この手に掴んだ牌が全てを決める。

 

 希望が出るか。

 

 絶望が出るか。

 

 重要な意味があるのに、その牌に重さはなかった。

 

 思わず手の中におさめた。

 

 後ろのカメラに映さないようにした。

 

 先に誰かが見るのは許せなかった。

 

 固く握り締めた手をゆっくりと開く。

 

 手の中に⑨があれば勝利となるが果たして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音が消えた世界で照が最初に聞いたものは。

 

「ロン。1000は1600」

 

 宮永咲 59000

 宮永照 28900

 愛宕洋榎 9600

 天江衣 2500

 

 全てを打ち砕くような絶望に満ちた声、ではなかった。今にも飛んでいってしまいそうな咲の声だった。

 

 自信に満ちたものではなかった。

 

 ただただ静かで、落ち着いた声だった。

 

 咲は微笑んでいた。優しさが溢れていた。

 

 能力を失って直後は勝っても喜べないとか何とか思っていた。

 

「楽しかった。本当に楽しかった……。それこそこの先ずっとこんなに楽しい麻雀はないと思えるぐらいに」

 

 でも、自分のミスとかそういうものが消え去ってしまうほどの楽しい時間になった。理屈とかそういうものじゃなかった。背負っていたものさえ忘れるほどだ。

 

 勝利を目指す、それは最後まで変わっていなかったが、途中から形を変えた。小さな子供のようにひたすら勝ちを目指した。

 

 終わってから何もかも気づいた。もしも、はじめから気づいていたら、もっと楽しめたのだろうか。頭に掠めたが、心残りに思うことはなかった。それほどまでに満足してしまったのだ。

 

「私も楽しかった。高校最後の麻雀に相応しいものだった」

 

「楽しかった言うたら楽しかったけど、優勝でけへんかったからな。まだまだ足りんわ」

 

「衣もこの結果には満足してない。次は全員叩きのめそう」

 

 洋榎も衣も憎まれ口を叩いておきながら、笑顔そのものだ。負けた悔しさはなく、楽しいと思えた。

 

「このままここにずっといたいけど、そうもいかないよね」

 

 最初に立ち上がったのは咲だ。

 

「ありがとうございました」

 

 綺麗にお辞儀をした。他の三人もそれに習うように立ち上がって、お辞儀をした。




最近スマホの画面の明るさ調整で最小にしたら、目にいいかもと思ってやったら、逆効果でした。調子が悪くなり、明るさを最適に戻したら翌日からよくなりました。皆さんも気をつけてください。

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