咲と照のセリフと高校が逆だったら   作:緋色の

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次は決勝かー。三ヶ月ぐらい放置……しませんよ。きちんと更新しますよー。きっと。


海と太陽

 宮永照の逆転の目は潰された。

 

 天江衣のトップ通過は確実か。

 

 打点上昇はリセットされたため、次からはじまる点数は低い。はっきり言って、厳しいを通り越している。疑う余地もなく、絶望的展開。

 

 麻雀の神は衣の勝利を望んでいる。そう思ってしまうのが、前局の衣の和了だ。ずらすことすらできなかった。

 

 麻雀は運の要素が強い。時としてあのような理不尽極まりないことも起きる。とはいえ、あの局面であれが起きたのは単なる偶然ではない。

 

(このままでも二位抜けできる。でも、そんなので満足して、咲の前に行ったって駄目だ。……勝つ)

 

 照は深く息を吸い込み、静かに、細く息を吐いた。

 

 神が衣の勝利を望んでいようと関係ない。

 

 神の期待を壊す意味でも、衣に勝利する。どうすれば勝つことができるのか。本当に手詰まりなのか。照はもう一度よく考えた。

 

 低い点数から開始する以上、逆転に必要な点数は稼げない。本人もそこは重々理解していた。この局で千点、次で二千点稼いでも無駄だ。この局で逆転するなら倍満の直撃、ツモなら三倍満だ。

 

 最低点数からスタートしては、どうやっても逆転することはできない。

 

(聴牌……。普段なら素直にあがって千点。だけど、それじゃ勝てない。かといって逆転に必要な倍満には到達できない)

 

 衣に勝つにはどうするか。

 

(リーチをかけてツモれば……)

 

 この局で和了するのは当然。しかし、倍満以上を目指すのは非現実的で、確実に失敗する。この局で目指せる点数は最大で5200ほど。仮に5200和了し、次の局に移行しても直撃は跳満、ツモなら倍満と厳しい状況は変化なしだ。それでも跳満なら微かにチャンスは残る。

 

(でも天江さんから直撃をとるのは……)

 

 その時、照は閃いた。閃いたが、成功する可能性は限りなく低かった。運の要素があまりにも強すぎる。だが、この局で倍満以上を決めるより可能性はある。

 

 零パーセントが一パーセントになる程度のものだが、不満はない。最高に高い確率ではないか。

 

 神に愛された子を討つ。

 

「リーチ」

 

(リーチだと?)

 

 衣は照を見た。

 

(今までのデータから、こやつが役なしだったことはない。リーチの他に役がある。一発ツモを決めたら、満貫もある。その次は跳満……生意気な!)

 

「チー!」

 

 一発を消せば満貫はなくなる。

 

 そうすれば満貫、跳満、といった逆転はできない。最後の最後でこのようなことをしてくるとは。油断ならない相手だ。しかし、悪あがきは失敗だ。

 

(手の気配から見て満貫以下。5200さえないように思う。ツモして何とか5200。それなら次に必要なのは倍満ツモ。だが、それは無理だ。5200ならリーチをかけて無理矢理いけるだろうが、倍満となると話は別。打点上昇、難易度、ともに上がりすぎる。跳満すらきついはず……)

 

 衣の勝ちだ。改めて確信した。唯一の不安要素は裏ドラのみだが、

 

「ツモ。1300・2600」

 

 それさえもなかった。

 

 天江衣 45000

 宮永照 26600

 荒川憩 14800

 辻垣内智葉 13600

 

 決まったのだ。衣は予想した通りの展開となり、鼻高々だ。次にあっても満貫のみ。仮に跳満をツモっても衣の一位は揺るがない。照が逆転するには、倍満ツモしかない。

 

 倍満は相当無理をしなくては成就しないだろう。

 

 衣は陰りのない笑顔を浮かべた。それは自分を脅かすものはないと語っていて、己の勝利を信じて疑わないものだった。

 

 それは不自然なことではない。今ある状況をしっかりと見て、これから照がどうするのかを考えたら、その結論に達する。直撃は衣も何としても避ける。そのために照から目は離さない。

 

 最大の不安要素はないに等しい倍満のみ。これで勝利を確信しないわけがない。

 

 かつて、麻雀の神は宮永咲に国士無双をぶつけた。それも暗カンあがりという極めて稀で、一生に一度見られるかどうかというものだった。まさかの出来事だ。カンを武器とする咲には思わぬ一撃。トラウマになりかねないほどのものを神は与えた。

 

 それは今回のことを乗り越え、強くなってほしいという願いからだった。

 

 ならば、今回もそうなのではないのか。

 

 麻雀の神が本当に愛していたのは宮永照。どうしようもない絶望の底に落とされても、乗り越えて強くなれ。愛するからこそ、とても厳しくする。

 

 かつての宮永咲と同じだった。

 

 照は諦めなかった。

 

 必死に考え、辿り着いた答え。

 

 唯一、天江衣の予想から離れた答え。

 

 そして、見ている誰もが考えつかなかった逆転への手段。

 

 不安はなかった。

 

 不思議と心は静かで、ざわついていない。

 

 失敗したらどうしよう。そんなのは一欠片もない。

 

(私は、咲、あなたの前に堂々と立つよ)

 

 二位抜けで顔合わせしました。なんてことにはさせない。一位抜けでないと、咲は認めてくれないだろう。だから、今天江衣に勝ち、一位となる。

 

 八巡目。

 

(ここで東、か。生牌ではあるが)

 

 衣はちらりと照の手牌を見た。

 

 何も感じられない。聴牌しているのかさえ怪しいものだ。してても千点とかそういう安いものだ。他の二人も同様だ。

 

(問題なし)

 

 音を立てずに東を場に捨てた。

 

 瞬間、恐ろしい気配が衣を襲った。

 

(な、何だ!)

 

 それを放ったのは宮永照。

 

 慌てて照の手牌を確認するが、やはり何も感じられない。それなのに何故照はここまで恐ろしい気配を放っている。

 

 東から離した手がぷるぷると震え、顔にいくつもの汗が浮かんだ。衣は東と照を何度も交互に見た。

 

 恐ろしい気配の理由が掴めず、混乱しかけている衣に追い打ちをかけた。

 

 照の手牌

 

 東東東①②③11114三三

 

「カン」

 

 衣は、自身の海を吹き飛ばすようなとてつもない力を感じた。

 

 その時に衣は照が咲に見えた。

 

 あらゆるところからカンをしかけ、衣の支配から逃れて勝利を重ねた。その少女こそ衣は最強だと考えている。

 

 照をその最強たる人だと思ってしまった。

 

 どうして照を咲だと錯覚した。自分にそう問い質し、自分が「わかってるくせに」と返した。

 

 ①②③11114三三 ツモ三 東(衣から)×4

 

「もう一つカン」

 

(衣は油断も慢心もしていなかった)

 

 この最後の場面で、衣は自分が何をしたか振り返った。悪手はなく、照に細心の注意を払ったつもりだ。

 

 それなのに衣は今追い詰められていた。

 

 無論、このまま和了しても跳満にならないことは十分にある。しかし、自分にそう言い聞かせるのはあまりにも惨めなような気がしてならない。素直に認める方がよっぽどましというもの。

 

(見事)

 

「更にカン」

 

 ここに来てドラがもろ乗りした。

 

 照の力に引き寄せられたのだろう。今の照は牌からしたら、何よりも魅力的に映っているのだろう。衣から見てもそうだ。はじめとは違い、力強く、美しく輝いている。その姿はまさに太陽。

 

 故に惜しかった。

 

(決勝に行って、咲に壊されかねん)

 

 インターハイ終了後、牌に触れなくなっている可能性がある。

 

 これだけ強い人とは何度も打って楽しみたい。それができない可能性を考えると悲しくなった。

 

「ツモ! 三槓子、嶺上開花、ドラ四……12000!!」

 

『こ、これはまさか!』

 

『大明槓からの連カンによる責任払いですね』

 

『とんだ決着! 逆転だ!! インターミドルチャンピオンさながらの連カン、責任払い! やはり我らがチャンピオンは一味違った!』

 

 最終結果。

 

 宮永照 38600

 天江衣 33000

 荒川憩 14800

 辻垣内智葉 13600

 

 準決勝は照の一位抜けだ。奇蹟にも等しい勝ちを拾ってのものだが、本人はやりきった表情でぺこりと頭を下げた。

 

「お疲れさまでした」

 

「お疲れー」

 

「お疲れ」

 

「なかなか楽しめたぞ、チャンピオン」

 

「それなら何より」

 

 自然と笑みを浮かべた照を見て、衣は表情を厳しいものに変えた。いきなりの変化に面食らった照に、衣は温度をあまり感じさせない声で言った。

 

「照、お前のために言っておこう。衣はお前とまた打ちたいからな」

 

「私もまた打ちたい。それで忠告は?」

 

「うむ。咲と戦っても、壊れるなよ。咲のためにも、全部は言えない。だが、これだけは言える。お前は咲に壊されかねん」

 

 そんなにもと照は呟いた。実際には口にしていないのだが、本人はしたつもりでいる。心の中の呟きではあったが、表情から察してくれたであろう衣が続けた。

 

「衣に手こずっているようでは、咲に勝つのは絶望的だ」

 

 相性の問題もあるがな、と言いそうになった。それは言っては駄目だろうと思い、飲み下した。咲たちに対する気持ちほどのものを照には抱いていないが、それでも自分に勝ち、面白そうと思ったので忠告をした。

 

 その忠告も終われば、立ち去るのも頷ける話だ。他の二人はというと。

 

「天江でさえ魔物なのに、宮永咲は何なんだ」

 

「ほんまに怖いわー。確か長野出身だとか……。長野魔境すぎますーぅ」

 

「長野の三大悪魔が決勝にいるのか……。いや、一人は白糸台の白い悪魔か……」

 

「どっちでも同じですーぅ」

 

 そうだなと智葉は返し、照に頑張れよと声をかけて立ち去る。

 

「頑張ってーぇ」

 

 こちらも軽く応援して立ち去る。

 

 最後に照が対局室を出て、この日の準決勝に終わりを告げた。




きっと皆さんが予想していた展開になったはず……!







宮永咲IN長野 見られちゃった

母「久しぶりに帰ってきたわねえ。ちゃんと掃除してるみたいでよかったわ」

照「お父さん、掃除できたんだね」

母「いや、咲でしょ。お父さんからもそう聞いてるし」

照「私の妹だよ?」

母「私の娘よ?」

照「お母さんは咲に幻想抱きすぎ」

母「あんた、それ聞かれたら怒られるわよ」

照「私は洗濯機使えない。だからあの子も……!」

母「あんた、何も手伝わないものね。そりゃ使えないわ」

照「今の使えないには二つの意味があった気が」

母「そろそろ帰ってくる時間ね……」

照「露骨に逸らした……」

ドアが開く音が聞こえた。

母「帰ってきたわね」

咲「ただいまんぼう!」

何かがズザザーと居間の前の廊下を滑っていった。

咲「咲選手、鮮やかに竹の子の草原、コーラを冷蔵庫から取り出したー! あーと出ました。高速着替え! コーラと竹の子が空中に浮いている一瞬の間に着替えたー!」

 ころころころころころ。

咲「咲、部屋の出入り口にある段差を利用して華麗にジャーンプ! そのままテーブル前の座椅子に着地!」

竹の子を口一杯に頬張り、喉通りが軽くきついが、ごっくんと飲み込む。続けてコーラをラッパ飲み!

咲「うまいよぉー」

母と照の前に現れた咲は、父の話とは真逆だった。

咲「ふがっ」

竹の子とコーラを平らげると眠りに落ちた。三十分後。

咲「ご飯、ご飯ー」

夕食の準備をはじめ、手際のよさを見せて、完了した。

咲「お父さん来るまで、麻雀ハンター(略してMH)やろっと」

ぐーたらぐーたらぐーたらぐーたら。

母「…………………………」

照「…………………………」

そして、母と照は思った。

気づかないんかい! と。

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