東二局四本場。
照が次に和了を決めたら跳満以上確定だ。そうなったら一位は絶望的となり、二位争いとなる。なのでここは何としても止めたい。セーラと淡は照に注目し、どのように攻めるか考える。
照から放たれる風のようなプレッシャーは近寄ることを許さず、対局者をまとめて飛ばそうとしている。
顔に浮かんだ汗さえも風は後ろへと飛ばす。その場にいるのがやっとといった様子の顔つきの二人を照は睥睨していた。その目を見ている、それだけで体は凍りついたかのように固まり、指先すら動かせなくなる。
とてつもないプレッシャーで二人が身動きをとれなくなった瞬間であった。
「そろそろ行きますーぅ」
にこにこと、場に似合わない笑顔を浮かべる憩が言った。
強大な気配が出現した。照のプレッシャーと拮抗するほどのものがある。
照にばかり気をとられた二人はギョッとして、憩に視線を向けた。
笑顔を絶やさない女の子という可愛らしい印象はすっかり消えていた。今の彼女を見ていると、自分がどれだけちっぽけな人間なのかを思い知らされる。
(何なのこいつ!!)
淡は驚愕した。こんなの全く聞いていない。最初と違いすぎる。今の憩はそれこそ衣に近いものがある。恐ろしく、強く、大きな存在感。自分なんか簡単に踏み潰されそうだ。これが去年個人戦で二位になったという人物。
「チー」
憩が鳴く。
続けて、
「ポン」
照からとった。鳴いて手をはやめているのはわかる。しかし、それだけではない気がした。打点は捨てていない、そう思えた。
冷や汗がたらりと流れる。
何かが起こる。そして、その何かを防げる気がしない。危険な気配がする。ここで憩を止めないと、彼女が二位となる。その予感があるというのに、二人の手は思うように進んでくれなかった。まるで憩か照の和了を望んでいるかのようであった。
(あかんなあ。ほんまにあかん。宮永倒すつもりでおったけど、チャンピオンと憩にやられるな、これ)
「リーチ」
照はリーチをかけた。
そのリーチにはどんな意味があるのか。打点を上げるためだけではない。そこには憩に恐れず、立ち向かう意志があった。この卓で照に思わぬ一撃、恐ろしい一撃を与えることができるのは憩だ。その彼女を警戒し、オリる選択もあったが、照はそうしなかった。
『ここでチャンピオンがリーチ! まだ稼ぐつもりなのか!?』
『或いはチャンピオンとして、リーチをかけたのかもしれませんね』
『それってつまり、私は負けないとか、逃げないとかそういう意味で?』
『はい。後はチャンピオンらしい風格を見せるためのものでしょう。確かに宮永選手はもうオリてもいいでしょう。脅威的和了率を利用し、子の時は和了し、親になったら和了せず、流局でノーテン宣言したらいい。そうすれば一位抜け確定。……しかし、それはチャンピオンとしてどうなのか。チャンピオンであることに誇りがあるから彼女はリーチをかけた』
『王者としての姿を崩さない! そう言いたいのか、チャンピオン!』
牌をツモり、捨てるのが怖くなる。
牌が重く感じられる。ツモるのに苦労はしていないはずなのに、どうしてか全力でツモっているような気になる。牌を持った手は勢いよく卓に落ちていきそうなほどに重い。
魔物がこちらを獰猛な目で見ている。気を抜くと、牌を卓に落としてそのままやられそうだ。だから牌を持つ指に力をこめて落とさないようにする。それでも手元に持ってくるまで、牌の重さに負けそうになる。
手元に持ってきて、安牌を切ってようやく一息吐ける。確実に神経を磨り減らす。空気は重く、すぅと吸いこむと肺がどっと重くなる。空気が重いせいか、吸うのも吐くのもいつもよりも時間がかかる。
ついつい思ってしまう。
どっちでもいいからあがってくれと。
その思いに応えるように魔物はにっと笑った。
「ツモですーぅ。2400・4400」
憩の和了によって、場を支配していた重く苦しいものが跡形もなく消え去った。
(キツいで……)
(サキとコロモに囲まれてるみたいだったなあ……。この二人ヤバすぎ……)
(これで二位……。チャンピオンの点数は振り出しやけど)
跳満だから止められた。また千点からはじまればしばらくは止められない。プロでも最初を止めるのは苦労するのだ。高校生がやれるとは思えない。
(あの子はどうなんやろな。インターミドルチャンピオンならできるんか?)
照の妹と噂される彼女ならどうなのか。団体戦では想像を絶する強さを見せつけた。あれはインターハイ史上最強の雀士だろう。正直なところ、高校なんかに通わず、プロの世界に入った方が良かったのではないのか。そのような疑問が頭に浮かび、
(学歴ないよりええか)
そんなに外れていなさそうな答えを出して、考えるのをやめた。
「ロン。1000」
東三局はセーラが振りこんだ。
「ロン。1300」
東四局もセーラだ。
(流石はチャンピオン。どうにもならへん。せやけど、わかっとるんやろ? うちの能力を)
(やっぱり……! こいつの気配強くなってる!)
他家が和了したら、自分の手がよくなる。それが憩の能力だが、しかし彼女が和了をしてもよくなった手は戻らない。照のように連荘がストップしたら振り出しになることはなく、以後も継続する。
唯一の弱点は放銃した場合、次は手がよくならないというもので、その次からは放銃してなければよくなる。そういう軽いペナルティぐらいなもので、しばらくよくならなくなるということはない。
「ツモ。1000・2000」
ただ、照の稼ぐ速度に追いつけない。序盤はどうしても勝てず、かなりよくなりはじめてもやはり最初の連荘は止められず。
「ツモ。2600オール」
南二局も照が決める。
南二局一本場。
「ポン」
(これは無理そう)
「ポン」
何はともあれ決勝戦以外は別に二位でも構わない。決勝戦でトップになればいい。チャンピオンが走っているからといって、躍起になる必要はない。
「ツモですーぅ。3100・6100」
(うええ……。化け物じゃん! こいつよりはやく跳満あがるとか化け物じゃん! ……あれ、てか、これって……)
宮永照 52400
荒川憩 32800
大星淡 9800
セーラ 5000
点差もそうだが、照の親が終了した。
つまり照の連続和了は振り出しに戻った。止められたのは憩だけと、何とも情けないものだ。その憩も二位におり、照を止める理由はなかった。可能ならセーラに5200の手をぶつけたらいい。
(そんな……こんなことって)
ここまで違うものなのか。
(サキ……コロモ……)
「ツモ。300・500」
世界が、
「ツモ。400・700」
違った。
大星淡は衣と咲以外を相手にして、久しぶりに負けた。大負けと言ってもいいぐらいだ。ここまで一方的に負かされるとは思っていなかった。この卓を一位で勝ち抜けすると信じていた。
しかし、実際は酷いものだ。
宮永照 55000
荒川憩 32100
大星淡 8800
セーラ 4100
全く届いていない。最初の考えが恥ずかしくなる結果であるものの、淡は笑いをこぼしていた。何というか、悔しいとか悲しいよりも、こうも徹底的にやられたら笑うしかなかった。面白いぐらいだ。
「あははははははは。あー、もう、あんたら強すぎ。全然勝てる気しない」
「そりゃどーも」
「一応チャンピオンだから」
「勝てると思ったんだけど、いやはや予想外」
淡は自分が化け物みたいな一年生で、この大会ではトップクラスに強いと思っていた。実際、相手が悪かっただけで、彼女なら一桁台に入れる強さがある。とはいうものの、その中でも更に上の人は格が違った。恐ろしいほどに強かった。
「ま、今度は百回負かすからね。お疲れー」
手を軽く何度か振って、淡は対局室を出た。
廊下に出て、しばらく歩いたらぼろぼろと涙が出て、壁に寄りかかったなんてことはなく、いつもの自分が廊下を歩いているのみだ。
(意外とショック受けてないなー)
時間が経ったら、悲しい気持ちや悔しい気持ちが出てくると思っていたが、別にそんなことはなかった。それよりも、嬉しいと思えた。
歩く先にいたのは衣と咲の二人だけだった。その二人はとても強くて、咲にはまだ勝てたためしがない。その二人をいつも追いかけていて、いつか追い抜くつもりでいる。そこに憩と照が加わった。合計四人。一番遠くには咲が歩いている。
随分と豪華な光景になったものだ。その豪華にしてくれた人たちを追い越す、あるいは一緒に歩いていきたいものだ。
宮永咲は試合結果を見て、淡を元気付けようと思って部屋を出た。そこまでは問題なかったが、残念な体質のおかげですっかりと迷子になった。関係者に聞けば解決するのだが、有名人である彼女は噂になるのを恐れて聞けずにいた。
「もうやだ。帰りたい」
頭がおかしい。こんなに広い会場なら、控え室と会場を一本道で繋ぐべきだ。何でわざわざ道を複雑にするのか。もっと利用者のことを考え、わかりやすくするべきだ。大会運営者はもっとしっかりしてほしい。
「淡ちゃんが負けなきゃ私だってこんな……もうやだ。帰りたい」
「あれって……」
「宮永先輩の妹さんだじぇ」
「んん?」
聞き覚えのある声に咲はくるりと振り返った。それがまあ何とも似合っていて、見せるための動作とはこういうものかと思わされる。CMで色々な動作の練習をしていたが、それがここで生かされた。無駄遣いと言われたら否定はできないが。
「ああ、やっぱり」
相手の正体を確認すると、咲は途端に興味を失い、背を向けて歩き出した。この二人と話すことは何もない。ましてや道を尋ねるのはもっとあり得ない。
「ま、待って下さい!」
待てと言われて待つほどお人好しではない。足を止めることなく、会話に応じる姿勢を見せず、咲は二人から距離をとる。
(出歩かなきゃよかった)
淡が負けなきゃこんなことにはならなかった。迷子になり、面倒なのに絡まれることもなく、平和な時間を過ごすことができたのだ。今日の試合が終わり、ホテルに戻ったら楽しい麻雀をしなくてはならない。真夏の思い出だ。
「ガン無視だじぇ」
「あの! あなたは何で宮永先輩に勝ったら許すなんて伝えたんですか!?」
咲はピタリと立ち止まった。
(あの人そこまで言って……って、別にそんな大したことでもないか)
親しく、信用できる仲間たちに話していてもおかしくない。例えば、どうやって仲直りするのかと聞かれたら、わからないとは言わずに、咲から出された条件を口にする。知られても構わないことだ。知られて困ることなら他の手段をとっているし、話すなと強く言っている。
「ちゃんと理由があるんですよね」
軽く振り返って、原村和を見た。
こちらをまっすぐに、強い目で見ていた。どんなものにも立ち向かう、そんな風に思わせる強い光が和の目には宿っていた。
たかが理由を聞くだけで、そこまでの目をされるとは思っていなかった。しかし、それで咲は動揺するわけがなく、冷めた目で和を見ていた。
実は咲にも理由は思い出せない、もしくはわからなかった。どうしてあんな行動をとってしまったのか。知りたいのはむしろ私の方だと言ってやりたいが、それだと話が長引く予感がしたのだ、口からでまかせを言った。
「私と同じで才能があるでしょ? チャンピオンにもなりましたし。割と年の近い人といい勝負、できれば互角なら私にとっていい刺激と経験が得られるので、今後の成長に役立つと思ったんです。そんなものです」
これで話は終わりだと言って、咲は立ち去った。
残された和と優希は動くことができなかった。
今の話は照に言えない。照にはまだ試合が残っていて、やる気を削ぐわけにはいかない。そうでなくても、あなたの妹は仲直りを口実に弄んでいるだけ、などと言えるわけがない。
仲直りを目的に、この大会に出場しているのだ。極端な話、照は優勝よりもそちらを大事としており、優勝は二の次だ。
だからこそ照には絶対に言えなかった。
それに話が本当とは限らない。嘘を吐いていることも十分にあり得る。よく考えると、咲が本当のことを話す理由が何処にもない。面倒だから適当に言って、さっさと切り上げたのかもしれない。
そのように都合のいいように仕上げてみたものの、胸の中のもやもやは晴れなかった。
二人とも気重な様子で、視線を床に落とし、その場に立ち尽くしていた。言葉を交わすことはせず、ただ咲の言葉を頭の中で何度も繰り返した。
あわあわはまだまだな子ですから。これからに期待ですわ。
次は衣かな。それとも別のお話かな。エッチなお話かな。未定です。
勇者テルーと魔王サキー。
ふぁんたじーなせかいですよ。
ここはとある村。
この村には勇者が使う伝説の万点棒が眠っている。
万点棒は村の広場の岩に突き刺さっている。
「てえへんだ! 村の外に魔物が」
淡「ガオーン。食い物用意しないと、みんなダブリーしちゃうぞー!」
「ひえええええ!?」
「恐ろしい奴だ。髪をうねうねさせてやがる」
「もうこの村はおしめえだ!」
照「すいませーん、プリン下さい」
咲「これの新刊ありませんかー?」
「いやいや、今それどころじゃないから」
「あそこに魔物がいるんだぜ」
照「……チョコケーキでいいから下さい」
「ものの問題じゃねえんだよ!」
淡「はやく食べ物持ってこーい!」
照「まだー?」
咲「新刊ありませんかー?」
「ねえよ! お菓子もねえよ!」
咲照「そんな!?」
「欲しいなら魔物倒せゴルァ!」
照「どうやって?」
「村の広場の万点棒使えば……いや、あれは勇者様しか抜けねえから無理だ」チラッ
「んだんだ」チラッ
「ああ、勇者様がいたら……」チラッ
「誰かお助けー」チラッ
照「むう。抜いて、倒したらいいんだよね。よし、やろ」
広場へ向かう照さん。
咲「抜いちゃうの? 魔物なら食べ物渡せば追い返せるからいいじゃん」
照「いや、でも、何か拒否っても解決しなそうだし、無限ループに入りそうな気がした」
咲「それ抜いたら、平和な生活が崩れるよ」
照「抜くしか選択肢ないもん。はいかいいえしかないもん」
咲「……そっか。お姉ちゃんはその道を選ぶんだね」
照「この道しか選べないからしょうがないじゃん。プリンとかケーキ食べたい」
万点棒の近くに来た照さん。
ガッ!
照「わっ」
躓いて、万点棒に慌てて手を伸ばす。すると、今まで抜けなかった万点棒がぬるりと抜けた!
照「痛い……」
ここに伝説の勇者が誕生した!