咲と照のセリフと高校が逆だったら   作:緋色の

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もしも、あの日、あの時、あの場所にいた私たちにもう少しだけ勇気があったら結果は変わったのだろうか?


最強

「ツモ。4200オール」

 

『み、宮永選手怒濤の六連続和了! まさに一人舞台! この連続和了を見ているとインターハイチャンピオンを思い出してしまう! 去年の宮永照も一人舞台をしていたが、しかし点数の稼ぎが圧倒的に違い過ぎる! 後半戦だけで十万近く稼いでいるー!!』

 

 確かにとてつもない稼ぎ、勢いだ。それこそ全てを飲み込む津波を思わせるほどだ。あまりにも強すぎて、手も足も出ない。

 

(私だけじゃやっぱり……)

 

 思わず顔を背け、諦めてしまう。照から聞いた通り、確かに咲は嶺上開花を使えなくなっている。

 

 四槓子の代償とも言うべきか。四槓子和了後は連荘も含む四ゲームは嶺上開花ができなくなる。厄介なことに四ゲーム消化すればいいだけなのだ。それ以後は嶺上開花できるようになる。とはいえ四槓子が再びやって来ることはないので、そこは幸いと言えよう。

 

 三本場。これで咲は四槓子和了から数えて三ゲーム目となる。次が終われば縛りは解除され、再び嶺上開花をしてくる。

 

(ここを止めても……)

 

 咲は親を迎えずして甦る。

 

 そもそも親で四槓子を和了すれば連荘することになるので、仮に二本場にいけなくても、次の親で復活することができる。そこまで考えて咲は親で四槓子を決めたのだと思うと背筋に冷たいものが走る。

 

『玄さん、頑張って』

 

『玄、頼んだわよ』

 

『玄ちゃん、ファイト』

 

『応援してるから』

 

『期待してるよ』

 

 みんなの声が頭に響いた。もう諦めて、適当に打って終わらせたい。そうすれば傷は広がらないし、辛くもない。でも、みんなとの約束と期待を玄は背負っていた。

 

 砕けた希望を水に濡れたらボロボロになる質の悪いテープでぐるぐると巻いて形だけ取り繕う。それは指でちょんと触れたらまた粉々になるようなもので、頼りない上にないも同然だ。その形だけの希望を持って絶対王者に挑む。

 

 端から見たら何と愚かで滑稽なことか。それこそ立つのもやっとの体で武器を持つ相手に戦いを挑むのと同じだ。一方的に攻撃されて、最期を迎える。そんな結末しか待っていないというのに玄は歩く。

 

 点数を捨てて玄は鳴いた。

 

「チー」

 

 歩いた先に魔物が待ち構えていて、

 

「ロン」

 

 大きな口を開けて、

 

「8600」

 

 松実玄に噛みついた。

 

 まるで罰のようであった。もう何もせずにいろと言われているのに、逆らって歩いて、だから罰を受けて。この卓で咲の邪魔をするというのは何よりも罪深く、許されないこと。

 

(もうやだよ……。もう終わんないかな。誰かがトビ終了したら………………あっ)

 

 振り込み続ければ終わる。この無限地獄、果てなき恐怖、凍てついた絶望から解放される。早く楽になりたい。

 

 何度も希望を砕かれ、憔悴しきった玄がそう考えるのは自然な話だ。激痛から解放されたくて死を望む人がいるように、玄もまた解放されたくてしょうがないのだ。

 

(もう苦しみたくない。でも、でも、でも! 阿知賀のみんなは私を見てる。みんなの気持ちを裏切れない、裏切りたくない!)

 

 目に力を、消えそうで消えない光を宿して再度嶺の上の姫に挑む。

 

(阿知賀の子、まだ諦めてへんのか)

 

『怜ー。エースは任せたで』

 

 玄の不死鳥の如く希望を復活させる心が呼び起こしたのか、怜の頭の中に親友の清水谷竜華の声が響いた。そこから津波のようにたくさんの人の言葉が頭の中で再生された。

 

(せやった。うちは千里山のエースやったなあ)

 

(あー、情けねえ。阿知賀一人に何やらせてんだ俺は)

 

 時同じくして純もようやく正気を取り戻す。純の場合は衣との対局経験が生きていたこともあって、時間はかかったものの、自力で戻ってこられた。

 

 三人の変化を咲は肌で感じ取っていた。

 

(簡単に稼げるのも終わりか。まあいいけど)

 

 何も変わらない。このまま点数を稼ぐのみだ。四槓子和了により集めた流れはなくなり、嶺上開花もできなくなっているとはいえ、圧倒的優位に変わりはない。油断はしていない。故に攻めの姿勢を崩さない。

 

 園城寺怜は咲を一瞥した。年下の彼女は恐ろしいでは済まされないほどに強く、怜が考えている以上の差があった。二巡先を視ても手も足も出ず、いたぶられて終わった。

 

(ほんま世界は広いなあ……。なら、うちも上を目指さな)

 

 既に宮永咲との点差は二十三万点近くある。とても先鋒戦での結果とは思えないものだ。この点数を見ると、本当に準決勝まで手加減していたのだと分かる。その咲を相手に、前半戦は目標点数に到達させず、更には後半戦で大きく稼いだ神代小蒔の実力もよく分かる。もし小蒔がこの卓で、あの時の力を発揮できていたなら咲の大量獲得はなかったろう。

 

 それを許してしまったのは彼女たちの弱さであり、それを許すようにしたのは咲の強さである。

 

(トリプル! 三巡先へ――――)

 

 体が重くなる。重い荷物を背負ったとか、そういう次元の話では済まされなかった。指先を動かすことが辛くなるぐらいに体は重い。それともこれは言うことを聞いていないだけなのか。怜にはどちらなのか分からなかった。

 

 考える、ただそれだけでも普段のようにはいかない。油断せず、意識を保つことに気を張っていても、時々頭の中が真っ白となり、何も見えなくなる。

 

(これがトリプル……)

 

 疲労困憊を超えていた。このままでは命の危険さえある。ひょっとしたら先鋒戦終了とともに命を落とすことだってあり得る。病弱の怜が使うべきものではない。己の命の危機を感じているはず。だというのに怜は汗が浮かぶ顔でキッと前を見ていた。

 

(やらなあかん。宮永の強さは確かに想像を絶するものがある。だからって逃げてられへん)

 

 まさしく絶対王者だ。はっきりいって勝ってる自分が想像できない。その強さは他者を寄せ付けず、抵抗は絶望を強めるだけだと教え、相手に何かをしようという気力を芽生えさせない。

 

 はっきり言って、こんな相手と打つのは初体験だ。全身を凍りつかせてもなお物足りないと貪欲に攻める悪魔。

 

(阿知賀……ここに来てチンイツ、か? 捨て牌、うちからチーして取った牌を見てもチンイツ濃厚。……最初から片寄ってたんやろな)

 

 怜は未来で見たものからそう考え、

 

「ポン」

 

 咲から鳴いた。これで阿知賀へチンイツに必要な牌が流れる。

 

「リーチ」

 

 しかし、ツモ順をずらしたことで必要な牌が入ったのは阿知賀だけにあらず。これだけで怜の心は折れかかる。見た未来の中では咲はリーチをかけていなかった。ということは怜は知らずとはいえ咲をサポートしたことになる。

 

(いや、そうとは限らん。宮永のこのリーチ……もしかしたら牽制もある)

 

 別の可能性。それは阿知賀の手を読んだ咲が動きを封じるためにかけたリーチ。無論そうした上でのリーチならある程度の打点、親満ぐらいはあるだろう。しかし、これはチャンスではないのか。リーチをかけたということは、咲に阿知賀のあがり牌を掴ませれば、振り込ませることも可能だ。それができたなら白糸台の点数を削れる。

 

(鳴いたからまだ未来は見えてへんけど……)

 

(この辺りか?)

 

「ポン!」

 

 純はいつも以上に流れを読み、怜を鳴かせることに成功した。これで咲のツモを飛ばすことに成功し、延命にも繋がった。

 

(園城寺さんと井上さんが私のために)

 

 玄は引いてきた牌で一向聴となる。残る牌は赤ドラの五萬。テンパイするにはもう一度咲のツモを飛ばすか、それとも鬼の空振りを期待するか。

 

(それは現実的じゃないよね……)

 

 となると飛ばすしか道はない。

 

(ここだ。ここで決めないと終わりだ)

 

 全部で十四枚ある牌の中から怜が鳴ける牌を当てないとならない。いや、その前提はおかしいか。怜が鳴ける手牌であるとは限らないのだ。そんなことが分からないわけがないのだが、今の純は怜が鳴けることを絶対的なものとしており、しかも都合よく自分の手の中にその牌があると信じていた。

 

(どれだ……)

 

 全ては自分にかかっていると言っても過言ではないこの局面。外せば咲の和了を許すことになり、それすなわち最大の好機と運を手放すということだ。

 

 それ故に外せない。玉になった汗が卓にポタッと落ちて、染みを作った。心臓は破裂しそうなぐらいに高鳴っている。今までこんなに緊張したことがあっただろうか。

 

 舌はからからに渇いて水を欲している。水分補給をしたくなるところだが、一滴でも口にすればたちまちに緊張と集中は解け、外すことになる。

 

(こいつ、こいつだ)

 

 そっと牌を持ち上げ、場に置いた。指を離すのが怖い。もし外したらと思うと手と一緒に牌を引っ込めたくなった。鳴いてくれ、そう祈りながら純は恐る恐る手を戻した。

 

 一秒とはこんなに長いものなのか。異常なまでに引き伸ばされた一秒は十分、一時間とも言えるもので、その短くも長い時間は確実に純の精神を磨り減らした。駄目なのか、そう思った純を救う声が場に響いた。

 

「ポン!」

 

 鋭くも頼れる声に純はほっと一息吐いた。更に怜と純を安心させてくれる力強い宣言がされた。

 

「リーチ!!」

 

 ここまでの経過、場の流れ、二つを感じ取った咲は諦めにも似た顔つきで玄の手牌を見つめた。

 

(追いつかれた。しかも諦めずに挑み、他の二人の協力もあって松実さんに流れが来てて、私の流れは弱まった。やっぱり)

 

 引いてきた牌はあがり牌じゃなかった。捨てても何も言われない。そんなのは分かっていたので咲は気にしていなかった。

 

 問題はその後だ。怜の捨て牌を純が鳴いたのだ。ここに来て何故鳴くのか。その理由も咲は分かった。怜の次のツモは玄だ。その彼女の牌を掴まされた。

 

 捨てる。

 

「ロン! リーチ、チンイツ、ドラ四。24000は25200です」

 

 闇を切り裂く光のような強さを持ったその宣言によって咲の親は終わった。

 

『み、宮永選手がまさかまさかの三倍満に振り込んだー! 彼女がこんなにも大きい手に振り込んだのはいったいいつ以来だ!?』

 

『三年ぶりですかね。中学一年の時に宮永選手は国士無双に放銃しました。あれは彼女にとっても予想外の、まさに意識の外から来た一撃でした』

 

『三年ぶりですか……。それだけでもう宮永選手の防御力がよく分かりますね……』

 

 白糸台 248200

 阿知賀 66400

 千里山 45300

 龍門渕 40100

 

 これで長かった咲の親は流れた。まるで後半戦が終わったかのような雰囲気が出てきたが、忘れてはいけない。ここから南入し、そして宮永咲が復活するということを。果たして三倍満の直撃は咲にとってどれほど効いていたのか。蚊に刺された程度ではないのか。

 

 ブワッと突風が発生したかと思えば、咲の背後に嶺の上の風景が現れた。これで嫌でも現実に引き戻される。怒濤の連続和了をされ、四槓子で心を砕かれ、大量の点数を奪われた地獄のような現実に。

 

(そやった。まだ終わりやない)

 

 だけど大丈夫。怜は不思議とそう思い、自分の配牌をチェックする。悪くない手だ。やはり咲の親を流せたのがいい方へと向かっている。ここまでは確かに何も悪くなかった。

 

(もちろん三巡先を………………えっ?)

 

 一巡は見えた。二巡に移る瞬間にギャギャとノイズが走り、真っ暗になった。そして、現在へと戻ってきた。次の巡で見ようとするが、何も起こらない。

 

(まさか、見えなくなってる……?)

 

 無理をし過ぎたせいで未来が見えない。それほどにトリプル、ダブルの負担は大きく、もっと言えば使いなれていない領域であった。それ故に怜の力は底を尽き、彼女本来の雀力で勝負しなくてはならない。

 

(そんな、だって、うち……)

 

 本来の実力は三軍。それしかないというのに超一軍の咲と戦うのは現実的ではない。手足の骨が折れた状態で格闘技のプロと戦えと言われているようなものだ。

 

「ロン。7700」

 

(えっ?)

 

(千里山が振り込んだ!? 前半戦は何かあったんだろうが、今回の手はタンピン三色の平凡な手だぞ!)

 

(あかん。見えてへんから対応できんかった)

 

 早い和了も関係しているが、未来視ができる怜は変則的なものがなければ振り込むことはない。されど、今回怜は平凡な手に振り込んだ、振り込んでしまった。その決定的なミスを見逃す咲ではない。

 

(これは……未来を見てない? そうでなきゃ説明がつかない。点数に余裕があるなら引っかけでやるとしても、余裕のない千里山には出来るわけがない。つまり千里山は未来を見てない)

 

 改めて点数を確認する。千里山は残り37600点。

 

(これは決めに行くべきだね。みんなには悪いけど、でもここで手を抜くわけにはいかない。応援してくれる人たちのためにも)

 

 咲は凍りつくような目で怜を一瞥し、方針を定めた。正直な話、怜の未来視が健在だったならこれ以上の稼ぎは厳しいと踏んでいた。怜を含めた三人が躍起になるのは火を見るより明らかで、まともに打てない局があるとしていた。

 

 ところが怜から未来視が消えたとなれば話は別。ツモを飛ばせる彼女が能力を失ったら先ほどのような連携はまず起こらない。何故なら純の捨て牌が分からないから手をそうなるように組み込めない。

 

 しかも未来視がないと普通に振り込むのなら山越も十分に効く。これならトバすこともできそうだ。

 

「ポン」

 

 四巡目。咲は玄の捨てた中を鳴いた。

 

 嫌なものだ。引いた牌は全く必要のない九萬だ。未来が見えない今無駄ヅモなんかしたくない。ストレートにテンパイして和了したい。それが一番安全な道なので怜はそれを望む。和了を目指すために今引いた牌を捨てる。

 

「カン。カン。ツモ。12000」

 

(んなっ)

 

 変則的直撃。それによって少ない持ち点は大きく削り取られる。

 

(すまんなあ……。うち、繋げれそうにないわ)

 

 

 

 

 

 

 会場は静まり返っていた。いや、テレビを通してこの先鋒戦を見ていた人たちも言葉をなくした。宮永咲が強いというのはよく知っていたことだが、ここまで強いのかと思った。

 

『な、なななな何と!! まさかまさかまさかの先鋒戦で決着――! 宮永選手が千里山の園城寺選手をトバして白糸台を優勝させました!』

 

『これははじめてのことです。インターハイの団体戦決勝を先鋒だけで終わらせたのは彼女が初です』

 

『そ、それって』

 

『はい。彼女は偉業を達成しました。エースが集まる先鋒でこんなことをしたということはつまり彼女は』

 

 インターハイ史上最強の高校生です。続けて出されたその言葉に場は一度無音になるほどに静まる。呼吸の音さえなく、それは皆が息をするのを忘れていることの証明であった。

 

 それも束の間だ。降ってわいたように歓声が会場を支配した。あまりのうるささに耳を塞ぐ。というか塞がないと鼓膜が破れてしまいそうだ。

 

(これが咲……)

 

 照は画面を通して見た咲の強さに感動した。昔とは比べ物にならないぐらいに強く、寄りつくこともできないように見えた。それを見たら、妹との関係の改善を望む照は絶望なりするものだが、全く別のものが沸いた。

 

(あの子と打ちたい。勝ってみたい)

 

 麻雀が大好きな彼女が抱いたその自然な気持ちは誰にも気づかれることはなかった。




団体戦終了です。

これを見た衣たちの反応は? 次の話です。

次のタイトルは花と太陽になります。



白糸台の日常。

前回咲さんパンツを覗いた小悪魔淡ちゃん。

菫「……何やってるんだ?」

淡「サキのパンツ何か気になってつい」

菫「……すまんが、部室で自殺はやめてくれ」

淡「大丈夫だって。熟睡してるし」

菫「なあ、スカートに頭入れたまま会話するのやめろ」

咲「ふあっ。何か変な感じ…………何してるの、淡ちゃん」

菫「君。ここはこれじゃなく、こっちのがだな」

 逃げる菫。四面楚歌の淡。静かに怒る魔王。

咲(#`皿´)

淡((((;゜Д゜)))

咲「何してるの?」

淡「今日はいいパンツだね。何か服装よりいい感じだねー、うん」

咲「それはね、アクシデント、トラブルで見られた時に、あっ宮永さんって下着はショボいんだぷぷっ、ってされたくないからだよ。服装はある程度ごまかせるけど下着は違うからね」

淡「そうなんだー。いやー、いいこと聞いたなー。バイチャ。…………何で絞めてるのかな? ノーウェイノーウェイ。おち……きゅっ」




次回予告。

淡「どうして……」

咲「淡ちゃんは一番大切な友達……だから」

淡「何で私を、私なんか助けて……」

突然の地震によって会場は崩れ落ち、咲は近くにいた淡を抱き締めて庇った。その結果咲の体には金属片が刺さり、命を奪うものとなった。

火星人「この星は今日から俺たちのもんだー!」

火星人2「分かったら俺たちに従えー!」

 遠くで聞こえる声に咲は最後の力を振り絞って淡を覆い隠した。

淡「サ、キ……」

咲「ごめんね、おい、て……」

淡(サキ――――――――――!!)


 そして、舞台は宇宙へ。

 麻雀ロボットDR02-13に乗って淡は火星人と戦う。そして、とうとうラスボスSOAと決着をつける時が来たのだ。

 行け、淡。

 邪悪なる火星人を倒すために。

 人類を救うために。

 そして、友の仇をとるために。

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