「玄さん、頑張って!」
控え室から出る時に穏乃をはじめとしたみんなに応援される。不安をなるべく隠して、精一杯頑張ると言い残して対局室へと。
インターハイ団体戦決勝戦。
この舞台に立つことをどれだけの高校生が夢見ているだろうか。人数が足りなくて部に昇格できないところ、実力が足りなくてインターハイ前の県予選で敗退してしまう高校、そしてこのインターハイで敗退した高校。
一万人の高校生の中で、この舞台に立てるのは二十人だけだ。言い換えると九千九百八十人が敗北することとなる。
故にこの決勝の舞台は見てくれる人たちのために全身全霊をもって打たなくてはならない。
『さあ、やって参りました! インターハイも大詰め。この決勝戦で団体戦は終わりなだけに各校には限界、いやそれ以上に力を出してもらいたい!』
一息吐いて恒子は選手の紹介に移る。
『まず阿知賀女子の松実選手! 阿知賀女子は十年ぶりの参加を果たし、辛うじて決勝戦へと進出しました。前回は準決勝で敗退していただけにこの決勝には様々な思いがあるでしょう』
『お次は龍門渕高校の井上選手! 時折見せる不可解な鳴きは相手のペースを乱す! この決勝でもそれは通用するのか!?』
『次は千里山! 全国ランキング二位の強豪校です。エースを務めるのは園城寺選手。一巡先を見る選手で有名であり、不可解な打ち方をした時は何処かから直撃をとり、リーチをかけたら一発和了を多く決めています!』
『そして……最後に紹介するのは、インターミドルで個人戦三連覇、団体戦二連覇、このインターハイにてまだ一度も二位以下になっていない宮永選手です! 彼女がまだ中学生の時、あまりの強さから宮永咲に勝てればプロになれるという話が飛び交っていました。インターミドルチャンピオン、絶対王者、嶺の上の姫……様々な呼ばれ方をしていた彼女が白糸台のエースとしてこの決勝戦でどう戦うのか!?』
東家・井上純、南家・園城寺怜、西家・宮永咲、北家・松実玄。
(やっぱり、か……。フナQの言う通りやな)
席決めにて宮永咲は東南を引かない。中学一年の時は例外として、二年以降は西と北のみ引いている。そのことから咲は親前の二、三局で相手を観察、或いは力を調べている。
(ほな最初の二、三局はうちらのもんやと思いがちやけど、それはちゃう。この子はそんな優しくない。普通に和了を決めてくる。ちゅうことは事前調査をきっちりやってて、その確認ついでに実力を見とる、がもっともらしい)
サイコロが回ると、咲の瞳の奥が鋭い輝きを発した。一度対局者を幻の山頂へと引きずり込み、後に彼女の背後に展開するのみとなる。
髪の毛を最初から解いた状態の咲は手加減するつもりは全くない。このインターハイで、髪の毛を結っていても手を抜いてはこなかったが、己の底を見せることはしていない。
これこそが作戦だ。
宮永咲の実力をあやふやなものにし、決勝にてその真価を発揮する。単純ながら、それを成すには彼女自身に相当の実力が必要となる。特に準決勝は鬼門となり、流石の咲も場合によっては……と考えたぐらいだ。
(気いつけな。一人だけ一年やけど、実力はそれに比例しとらん)
(うう。微妙な手だし、いきなり出たし。怖いよお)
(容赦なしか。誰もトバねえようにしねえとな。つうか、昨夜のあれはマジでやるんだろな)
昨夜。白糸台は取材を受けた。
一部中継で行うところもあった。決勝戦目前かつ史上初の三連覇がかかっている高校ともなればそれぐらい不思議ではない。何より数字が確実にとれるのだから、やらない手はない。
「宮永選手、決勝戦に向けて何かお願いします」
「はい。インターハイは言うまでもなく今回が初出場で、それにも関わらず私を信頼して先鋒に選んで下さった監督、部長をはじめとした部員の皆様のためにも全力を尽くします。どうかご応援のほどよろしくお願いします」
「後もう一つ。明日の決勝戦は何点ほど稼ぐおつもりですか?」
「とりあえず十万点ほどですね。可能なら十五万点稼いで部長の弘世に繋ぎたいです」
見るだけで本当にやってくれそうだと思う、頼りになる笑みを彼女は浮かべた。
とりあえず十万点などと言っていたが、実際それで終わるほど咲は甘くない。昨日のニュースを純だけ見ていたということはまずない。全員見ているし、その上であの発言は達成できなかったという結末にしたい。
(聴牌。しかも次で一発。幸先ええな)
リーチ棒を立てて、宣言する。
「リーチ」
(園城寺さんリーチ。てことは次で一発ってことだよね)
玄は振り込まないように安牌を捨てる。その牌は鳴けねえ、と純は心中で愚痴って安牌を捨てた。
「ツモ。2000・4000」
点棒を受け取った怜は先手をとれたことに安心した。決して大きな和了ではないが、咲が和了するよりは遥かにいい。この調子で点数を増やしていきたいものだ。
東二局目。親、園城寺怜。
五巡目。
思ったように手が進まなく、ほとんど変わらずにここまで来た。
(まあ、よくあることやけど。今引いてきた中を捨てれば宮永がカンするんか。和了はせんから捨ててもええんやろうけど、どうしよか)
中を捨てなくても手に変化はない。一枚浮きの九萬を捨てて、咲にカンをさせなければ一応手を遅らせることができる。
五巡目とあって捨て牌からは何も読めない。後々危険になる中をここで捨てておきたいが、そうすると咲が聴牌する可能性が一気に高まる。
(まだ序盤やし、攻めていくか? それともここは中を抱えて、宮永の和了を潰しとくか。そっちも視野に入れれる九萬捨てがええかもな。状況次第やけど、今は宮永の手を進めるのを阻止しとこ)
九萬を捨てても向聴数は変わらない上に点数も変化しない。それならと咲の邪魔をできる方を怜は選んだ。
「ロン。12000」
「はっ!?」
一二三四五六七八東東中中中
これが咲の手であった。
点棒を渡した怜は困惑の表情を隠せないでいた。
(何でそないな手から中を鳴くんや。普通にしてても跳満やないか。嶺上開花もせんかったし)
『宮永咲は鳴いても和了時の点数はあまり変わってません。この事からあれの能力は点数調整と嶺上開花やと思われます』
フナQの言葉を怜は思い出した。
(そんな手から鳴いて跳満となると、東とチャンタを新たに組み入れての嶺上開花や。そんな遠回りせんでも跳満ならそのままでええやん。嶺上牌で東を引き入れて、ああもうわけわからん。何やねん。普通に和了できんのに何で……)
理解不能とはまさにこのこと。カンする意味分からん、と頭を悩ませる。咲がサイコロを回した時にカン繋がりからある役が頭に浮かんだ。カンを三つすれば三槓子という役になる。
(待て。ほんなら宮永はそっちを見据えてたんか!? それともチャンタ東からの跳満か)
どちらにせよ常人には真似も理解もできない打ち方なのは確かだ。また、今回の和了は普通の和了も組み込んだ二段構えであった。中が出なかった時に備えての聴牌で、それが幸いした形だ。
(来やがったか)
(宮永さんの親)
(阻止せんと)
決意する三人。
六巡目。
「リーチ」
咲が宣言した。
一一一⑦⑧⑨⑨⑨78999
『来た!! 宮永選手お得意の四面リーチ! 決まれば親の跳満だ!』
(次で宮永はツモる。ずらさな)
「チー」
(よし。これでずらせたし、あがり牌も分かっとる)
「カン。ツモ。6000オール」
(ずらしてもあがるんか!? あかん。この子、ヤバすぎる)
仕掛けた怜とは違って、純はそうしようとはしなかった。何度も対局したこともあって、リーチがかかったら手遅れであることをよく知っている。生半可なずらしでは駄目なのだ。咲の支配は絶大そのもので、多少のことでは揺らがない。
咲より早い和了を目指すと、どうしても点数は低くなってしまう。愛宕洋榎がそうであったように、そう易々と高い手を和了できなくなる。この難局をどうするかで彼女たちの運命は大きく変わる。
(どうしよう。まだ東三局なのにもう三万六千点も差がついてる……)
次に咲が跳満をツモしたら点差は六万点に到達する。あまりにもはやすぎる。神代小蒔一人がいなくなっただけでこんなことになるとは。
実力がかけ離れている。咲の表情は真剣でありながらも固すぎることはなく、彼女にとって最高の緊張感があるベストな状態だ。相手が格下であろうと手は抜かず、慢心せず、対等であるように接していた。
玄たち三人がどれほど構えていようと、咲はお構いなしに和了を決め、点数を奪っていく。
「チー」
(園城寺さん?)
「ポン」
「チー」
(もしかして井上さんも協力してるの? 宮永さんを止めるため)
「チ」
「カン」
(えっ……?)
凍てついた絶望という魔物はその時、確かに玄たち三人の背後にいて、肩に手とも前足ともしれないものを置いたのだ。後ろからハア……と吐息する音が聞こえた。
「カン。ツモ! 4000オール!」
白糸台 140000
阿知賀 88000
龍門渕 86000
千里山 86000
(あがらせんようにこっちが早あがりしようとしたら、カン二発で抜かれた……。これは強いとかそういう言葉では片づけられへんで)
(まだ東三局だってのにこれかよ。ツモばっかだから減りは少ねえが、それでも五万点差かよ)
(どうしよう。お姉ちゃん、どうしよう……)
観客席にて清澄メンバーは試合の経過を見ていた。他にも鶴賀や風越もおり、あの日の団体戦を思い出すようなメンバーが多く揃っている。
『これぞインターミドルチャンピオン! 園城寺選手の早あがりを阻止するだけでなく、大きな稼ぎを見せている。これが嶺の上の姫、絶対王者と呼ばれた人の実力なのか!? 既に二位とは五万点もの差をつけている!』
『これはまだ前半戦の東三局一本場なんですよね。だというのにこの点数……』
『このままだと前半戦だけで十万点は稼いでしまいそうだ。他校は何としてもそれだけは阻止したい!』
ここまで咲は大きな和了しか決めていない。そのこともあってこの稼ぎとなっている。その結果早い段階で大量リードとなり、白糸台は余裕の一位についていた。
「ぐうう。宮永先輩の妹さんヤバすぎるじぇ」
「ここまで12000以下の手を和了してないわ。だからこうなるんだけど」
「でも、玄さんだってこれからです。きっとやってくれます」
「それはどうかな? 分かってはいたけど、元々の差がありすぎたから焼け石に水程度。言いたくないけど、覚悟しないといけない」
「覚悟って何をですか?」
「トビ終了だよ。松実さんでなくても、誰かがそうなることはある」
照が口にしたのは冷たいものだった。照は客観的に見て、それはあると考えていた。こうして見る咲は本当に他を寄せ付けず、圧倒的な強さで他者を飲み込み、自分に触れさせず、綺麗な姿を保つ。
誰から見ても特別と分かる存在。だから白糸台は彼女を欲した。麻雀に愛され、予測不可能な打ち方を見せる。それに多くの人は魅了された。
こうして見ると、本当に妹は遠い存在なんだと思う。
東三局二本場は純と怜による連携プレイにより、流れることになる。すると背中にいた魔物は手とも前足とも判断できないものを肩から外して、そっと離れた。しかし、気を抜いてはいけない。魔物は近くで見つめている。
待っているのだ。主の宮永咲が再び暴れるのを。その時が最も力が強まると知っているから、目を爛々と輝かせて待っている。
「ロン。5200」
「はい」
玄が振り込んだ。
順調に点数を伸ばしていく咲を三人は見ているしかない。このままでは本当に十万点以上稼がれてしまう。
「ツモ。1000・2000」
獲得した点数に怜は内心で悔しそうにした。
(これがやっとか……)
それも井上純の協力があってのものだ。一巡先を見るだけでは対抗できない。今回の和了もおそらく咲が手を進められなくて、もしくは高くしようとして先を越された形になっただけだ。
(うちの親が流れたらまた宮永や)
「ポン」
(阿知賀? そうか、宮永の番を飛ばすために)
玄の行動の意味を察して、これで楽になると思ったのも束の間。玄の捨てた牌を咲が鳴いた。
「カン」
ドッ、と場の空気が重くなる。ピリピリと静電気のようなものが腕を駆け抜けた。
「カン。もう一つカン。……ツモ。タンヤオ、三槓子、三同刻、三暗刻、トイトイ、嶺上開花。4000・8000」
電光石火。玄から鳴いた次のツモで決めてしまった。止める間もない。ひたすらに相手を圧倒し、近寄ることさえ許してくれない。ここまで実力が離れているのかと、心が弱気で染まっていく。
(何考えとるんや! まだ前半戦やないか)
弱気になりそうな心を奮い起こす。後半戦が残っているというのにこれでは駄目だ。やれることもやれなくなってしまう。咲がどう出ようと、前に走りつづけるしかないのだ。
南三局。親、咲。
宮永咲。
能力については宮永照さえ勘違いしていた。過去の照は照魔鏡など持っておらず、自ら推察して得た結果のものなのでしょうがないが。
彼女には二つの能力がある。
一つは嶺上開花。
一つは符ハネ。
プラマイ0という途方もないことをやるにはその過程で打点を調整する必要があり、その積み重ねによって彼女はプラマイ0をやり続けた。
この二つは合うべくして合った能力だ。
符の多い形、暗刻やカンなどというものが上げられるが、そういうのがないと符は稼げない。符ハネという能力は要はそれらを集め、符を稼ぐものだ。
そして、嶺上開花はカンをしなければ発生しない役だ。なので当然カン材は集まる。おや、そうなるとこの二つは奇妙かつ恐ろしいぐらいに似ていて、しかし最後の部分が違うものだ。されど、途中は同じ。
これなら勘違いするのもおかしくない。いや、して当然と言うべきか。
どうあれ宮永咲には二つの能力があり、それは強大な力を生んでいる。そうなると今度は扱いが至難なものになるが、彼女は完璧にコントロールしている。それは長年の努力の結果であり、決して才能だけではない。
「ツモ。6000オール」
二三四②③④2233444 ツモ4
(うお。そう来るんか)
綺麗な手だ。普通に和了できることを知り、ますます厳しい戦いであることを悟った。気をより引き締めた時だった。
――グアアアアアアアアア!!
竜の雄叫びが全身を震わした。
(来たんだ。じゃあ、見せてもらおうか。阿知賀のドラゴンロードさん)
咲は笑みを浮かべた。
白糸台 178200
千里山 77600
龍門渕 72400
阿知賀 71800
さあ次は覚醒玄ちゃんです。憎き魔王宮永咲に一矢報いるのか。それともR18展開になってしまうのか!?
白糸台の日常。
私、宮永咲は友人や先輩に恵まれてる。変な打ち方を認めてくれるし、馬鹿にもしない。
休日なんかはみんなで遊びに行くぐらいには仲がいいし、チーム内の空気も関係も良好。うん。やっぱり私は恵まれてる方だ。
みんなで今見た映画の感想を言いながら歩いていると男性の叫び声が聞こえた。
「うわー!! 悪霊が出たぞー!」
「きゃー!?」
淡「原村個人商店がやられてる!」
菫「くそ、早く何とかしないと」
亦野「でも、どうやって!」
尭深「あれ、咲ちゃんは?」
淡「もしかしてパニック起こしたんじゃ」
菫「ああ見えて繊細な奴だからな……探さないと」
亦野「でも、お店は!?」
菫「く、どうすれば」
そんな私だけれど、秘密にしてることがある。それは今回みたいに悪霊が人々に害を及ぼす時、
咲「はっ!」
雀士巫女『百花繚乱』となって、悪霊を倒すの。
彼女は刹那的に輝き、次の瞬間には巫女服となった。彼女の周囲には花牌を含む百四十枚の麻雀牌が浮かんでいて、手には点棒が握られていた。麻雀牌は太陽の光を反射してキラキラと光り、まるで別世界のような空間をつくっていた。
咲「悪い子は嶺上開花しちゃうぞ☆」
今日も百花繚乱は悪霊と戦う。
咲は目が覚め、勢いのままに立ち上がって叫んだ。
咲「何それええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
先生「み、宮永さん?」
咲「顔洗ってきます――――!!」