咲と照のセリフと高校が逆だったら   作:緋色の

22 / 42
オリジナル設定ですよー。ところで阿知賀編に比べて憧ちゃんのおもちおっきいですね。お父さん感激しなくもなかったです。


星と花

 大星淡。

 

 麻雀における特異な才は幼い頃から発揮した。三人家族なので三麻が普通であった。負け知らずというものをはやくに経験した。しかし、プライドの高い父親を負かし続けたことで嫌われ、暴力を振るわれる。母親が淡を守ることで、両親の関係は悪化。麻雀を覚える前の幸せな家庭は雪のようにとけてなくなった。

 

 そのことで彼女は麻雀を好きでなくなる。大切な時間を奪った麻雀というものに二度と関わらないと決める。

 

 その彼女が麻雀を打つようになるのは中学二年生の夏休み明けであった。

 

 何だか違うと思う日々。クラスの友人と会話をして、遊びにでかけて。満たされない。つまらなくはないが、面白くもない。ふとした瞬間に気持ちが普通になり、何故か現実を見直す。

 

「でもやっぱ宮永さんって凄いよね」

 

「インターミドルの?」

 

「そそ。二連覇達成の子」

 

(あー、うざい。たかが麻雀で何なの? あんなの簡単に勝てるつまんない遊びじゃん)

 

 楽しそうに麻雀の話をしている同級生に淡はイライラしていた。前々からそうだが、同級生に限らず、楽しそうに麻雀の話をする人を見るとイライラする。

 

 ビンタでもして黙らせようかと思う。流石にそれは色々と駄目なのでしないものの、インターミドルとやらの話で盛り上がっている。普段なら麻雀の話はすぐに終わるものだが、夏休み明けというのが絡んでなのか、嫌気が差すぐらいに話は続いている。

 

 はじめの内はほっとけば終わるでしょとしていた淡もこれには頭を痛めた。楽しそうに麻雀の話をする姿を長時間に渡って見ると、胸の中にどす黒いものが溜まっていく。

 

 イライラが酷くなっていく。どうして彼女たちは麻雀なんかで盛り上がるのか。運任せの技術なんかおまけのつまんない遊戯にそこまでの価値があるはずもないのに。それの話で曇りのない笑顔を見せる彼女たちが目障りだ。

 

(あいつら麻雀部だっけ? 二度と麻雀できないようにしてやろっかな)

 

 泣きながら麻雀を辞めると言う彼女たちを想像する。我ながらいい考えだと思った。もう麻雀はしないと決めたが、こうも騒がれては精神的に悪い。ここは一つ最強として見せつけておくのがいい。気のせいかイライラはなくなっていた。

 

「ねえ、そいつってそんなに強いの?」

 

「そりゃあね。同年代じゃ最強だろうし」

 

「ふうん。本当に強いの? 実は弱いんじゃないの?」

 

「……そんなに言うんなら打ってみたら? って大星さん麻雀できるの?」

 

「小さい頃に少しね。でも、そいつに負ける気はしない」

 

 淡は冷たく笑った。

 

 

 

 

 

 

 淡は麻雀部の部室に連れてこられた。負ける気がしない発言は、部員には気に食わなかった様子で、びっくりするぐらいに事は運んだ。あとは馬鹿騒ぎした部員とインターミドルチャンピオンとやらを負かして泣かせるだけだ。

 

「ほんとに大星さんが宮永さんと打てるだけの強さがあるのか見てあげる」

 

「どうぞご自由に」

 

 久しぶりの麻雀ということもあり、一応ルール確認をした。軽く目を通すだけで昨日まで打っていたようにルールが把握できた。

 

(久しぶりだ。牌の触った感じ、重さ、指でなぞった感じ。なのに慣れ親しんだようなものがある)

 

 最初から全力だ。相手の強さなど関係ない。それに応えるように聴牌スタートだ。昔打ったときのままで、懐かしいと思うよりもこれが普通なんだと思える。

 

「リーチ」

 

 役? そんなものダブリーとドラ四さえあればいい。わざわざ作る必要はない。これでどんな相手にも勝てる。

 

「カン」

 

 最後の角に移る前にカンをする。

 

 そのあとにあがり牌が出たのであがる。

 

「ロン。12000!」

 

 そう、この感じだ。誰を相手にしても跳満であがれ、高い火力で圧倒的勝利を飾る。負け知らずの最強の自分を思い出し、彼女は気づかぬ内に楽しそうに笑みを浮かべた。

 

 それからは悲惨なものだ。この淡の能力に中学生がどうこうできるわけもなく、その場にいたランキング上位の部員は全員大敗した。

 

「私、宮永さん呼んでくる!」

 

 牌譜を持って出ていった部員を淡は背筋が冷えるような目で一瞥し、僅か一時間でチャンピオンを叩きのめす時を迎えたことに喜びを抱いた。

 

(いいよ。さっさと呼んできなよ。あんたらの希望を砕いてやるから)

 

「宮永さん、お願い」

 

 十五分足らずで目的の人は来た。淡は挑発的な笑みを浮かべ、咲に顔を向けた。咲は手に持っていた牌譜を部員に渡して、淡の正面に座る。

 

 淡は嘲笑う。

 

「さて、はじめよっか。チャンピオン」

 

「うん。いいよ。ルールだけど追加するね。私が同席する二人をトビ状態にしてもそれで勝負は終わらずに続行。つまり、私はあなたしかトバせない。また、本来ならトビ状態の二人からあなたが点をとった場合はトビ終了にしていいよ」

 

「何それ!?」

 

 淡は卓を叩いて立ち上がる。今の咲の発言は淡を格下として見ているもので、裏を返せばそのようなルールもといハンデをしても淡には負けないと言っているものだ。

 

 自分が遠回しに弱いと言われたことに淡は強い怒りを抱き、

 

「ふざけないでよね! それならこっちも同じルールでいいよ! だから他の二人にトビ終了はなし! お互いに相手しかトバせない……これでいいでしょ!」

 

 拳を強く握る。あまりに力んでいるものだからぷるぷると震える。このまま怒りを晴らすために拳をぶつけたい。奥歯をギリギリと鳴らして怒りを撒き散らす淡を見ても、咲は申し出を受け入れるだけで他には何も言わない。

 

(こいつ、こいつ、こいつむかつく! 何勝つつもりでいんのさ! しかもハンデありとか!!)

 

 麻雀が好きではない彼女は何処へやら。本当に好きじゃないのなら勝ち負けは気にしないものだが、今の淡はそうではなかった。自分の強さに誇りを持ち、勝つことを当たり前としている。それは淡が家族で麻雀をしていた頃に持っていたものだ。

 

 本来の目的なんか頭から抜け落ちた。今の淡は自分を弱いと言った咲に勝つことしか頭にない。

 

 親は淡。咲は西家だ。

 

「リーチ!」

 

(牌譜の通りダブリー。ついでに五向聴スタート)

 

 咲の手には対子が三つある。それ以外は見るも無惨なものだ。

 

(牌譜だけじゃ分からないこともあるし、様子見だね)

 

 暗槓以降での和了が目立つ理由は何なのか。それを探るべく、咲は和了放棄を決めた。

 

「ツモ。6000オール」

 

(暗槓してから和了。暗槓すると和了確定能力なら十二巡以降になる理由はない。……次も様子見だね)

 

「ツモ。6100オール」

 

(最後の角に移る前に暗槓か。さっきもしてたし、間違いないね。辻褄はあうし)

 

(やっぱ雑魚じゃん)

 

 二回の跳満ですっかり気分をよくした淡は咲がそれほど強くないとして、見下しはじめる。ツモならあと三回和了すれば勝利。普通の人なら難しいものの、淡には簡単なことなので、能天気に構えていた。

 

「リーチ」

 

 淡のダブリー。

 

 これを見た部員は本当に咲でも駄目なのかと諦めの気持ちを抱く。みんなの希望である咲は特に表情は変えずに打つ。

 

「カン」

 

 咲は上家の捨て牌を鳴いた。嶺上牌をツモり、聴牌する。これを淡は手を進めるために強引にやったな、と軽く見て、意識しなかった。

 

 どうせ勝つのは自分だと。チャンピオンも名ばかりだと。最強に相応しいのは自分だと。咲のことをろくに見ていない。

 

「カン」

 

 最後の角に移る前に淡はキーとなる暗槓を仕掛ける。嶺上牌をツモ切り。

 

「ロン。5200は5800」

 

 ゾクッと表現に苦しむ冷たいものが背筋を走った。安い手を当てられた、それだけの話であるのにどういうわけか大きな絶望を見せられたようだった。

 

 思わず、こいつに勝てるのか? と不安になってしまう。負け知らずで、勝つことを当然としている淡をそうさせるだけのものが今のロンにはあった。

 

(何、何なの。何で私がびびってるの!? あーもう!)

 

 弱気になる自分に腹が立つ。憂さ晴らしするかのようにダブリーをかけた。相手への支配、配牌、全てが淀みなく行われている。それなのに胸の中で確かに根づく不安を消せない。こんなものでは不安を消すだけの希望にはならない。

 

「リーチ」

 

 淡が暗槓をする直前で咲はリーチをかける。

 

 それだけだ。たかがリーチだというのに全身が凍りついた。両腕を見ると粟立っていた。次のツモ牌で暗槓をすれば裏ドラ四が確定し、更には数巡以内での和了も確定する。だというのに淡はツモりたくなかった。決まる。自分に言い聞かせても、どうにもならなかった。

 

 だが、ツモらないわけにはいかず、彼女は震える手で牌をツモった。

 

 暗槓ができる。しかし、

 

(こいつにやられる!)

 

 それを狙っている者がいる。正面には人畜無害そうな顔をしていながら、打つ人に冷たい絶望を与える恐ろしい少女が座っている。

 

(……って、何びびってるの!? さっきのはまぐれ。二度はない。こいつよりも私があがればいいんでしょ! 逃げてたまるか!)

 

「カン」

 

 引いた牌をツモ切り。

 

「ロン。12000」

 

「なっ、そん、な……」

 

 またしても直撃。それも嶺上牌で。

 

(こ、こいつも私と同じ……異常な打ち手)

 

 いつも耳に入ってきたうざい話の中に宮永咲は嶺上開花を得意としてるとあった気がする。もしそうなら二連続で嶺上牌でロンを決めたことに納得がいく。

 

(私と同じ……)

 

 何故か安心感を覚え、しかし彼女は頭を振ってそれを追い払う。

 

(点差は二度の直撃でかなり詰まった。こいつ……)

 

 ダブリーをかけるか悩み、だがその打ち方しか知らない彼女は再びダブリーをかけた。かけずに咲の親を流すという方法をとればいいだけなのに、それを逃げだとして彼女は拒絶した。

 

 七巡目。

 

「カン」

 

 当然のように嶺上牌を手に引き入れて、

 

「リーチ」

 

(リーチ……あれ、確か、こいつ……)

 

「ツモ。6000オール」

 

(高め二枚だけのリーチ……しかも四面待ち。そうだこいつ、一発ツモを得意としてた)

 

 宮永咲は嶺上開花を得意としている。このことはもう真実だ。嶺上開花はカンを成立させなければ発動しない。この四面リーチの高めはそれぞれ三枚ずつ使ってある。つまりカン材の在処を把握していることによって咲は一発ツモを実現している。

 

(これが……インターミドルチャンピオン)

 

「ツモ。4100オール」

 

(私よりも全然強い!!)

 

 認めるしかなかった。咲は強いと。あまりに強すぎる。何をしたって勝てない。麻雀で勝利を諦めたのはこれがはじめてだった。

 

 

 

 

 

 当然のように咲は勝利し、何も言わずに席を立つ。部員から部室で暴れている子がいて、その子のせいで部員の何人かは泣き出したと言われたので来たわけだ。その暴れていた淡を咲は叩きのめし、騒動に決着をつけた。

 

 咲の疑問としては、淡ほどの実力の持ち主がどうして今まで麻雀部に来なかったのか。来るにしても何故入部の話などせずにいきなり打ったのか。何かあるような気もするが、深くは考えずにソファーに座って本を読む。

 

 何やら淡の周りがざわざわと騒がしい。読みはじめて間もなくのことなので、本に夢中になって気づけなかったということにはならなかった。見ていると、淡に部員が何かを言っているようだ。

 

 その様子からしてよいことではない。淡は何も言えず、部員の言葉を聞いている、もしくは耐えているようであった。見ているだけで胸がざわざわと落ち着かない感じになる。

 

「同じ、か……」

 

 パタンと本を閉じて、咲は事態を解決するために淡たちの所へ。

 

「どうしたの?」

 

「えっ、と、その、この子宮永さんに勝てるとか言ってて実際は負けたから謝るように言ってました」

 

「別にそれは誰でも言うことだから私は気にしないよ。それとは別にみんなでこんな風に詰め寄られたらこの子も怖くてしょうがないでしょ。謝りたくても、てか何も言えなくなるよ」

 

「でも!」

 

「私のために怒ってくれるのは嬉しいけどいきすぎたら駄目だよ。ほら、みんな練習はじめて。後は私がやるから」

 

「は、はい」

 

 咲の言葉には逆らえないと部員はその場から立ち去って練習をはじめる。残された咲は、危機が去っても怯える淡に話しかける。

 

「ごめんね。怖かったでしょ?」

 

「う、うん」

 

「私は何もしないから安心して。ほら」

 

 淡の手をとって部室から連れ出す。先ほどまで怖い思いをした場所には淡もいたくない。しかし、残る恐怖から動くことができず、大変嫌々ながら気持ちが落ち着くのを座って待つしかなかった。

 

 部員からじろじろと見られるのは、淡にとっては睨まれているのと同じで、時間の経過につれておさまるはずだった恐怖はその強さを変えぬまま、彼女の心にあった。

 

 こうして咲が連れ出してくれたことで恐怖は薄れはじめた。部室からはなれた所で咲は手をはなし、改めて話しかける。

 

「名前は?」

 

「大星淡」

 

「大星さんか。あれだけの実力がありながら、どうして今まで麻雀部に来なかったの? もしかして中学は興味ないってタイプ?」

 

「ううん。私麻雀好きじゃないから」

 

「勝ってつまんないから? それとも嫌なことがあったから?」

 

「そういうあんたは何で麻雀なんか打ってるの? あんたみたいに強かったら楽しくないでしょ」

 

「好きだから。嫌なことはたくさんあったけど、私は好きだよ」

 

「好き……」

 

「そうだよ。さっきも言ったけど、私は麻雀で嫌な思いもたくさんした。でも、いい思いもその分だけした。だから言えるけど、結局のところ麻雀はきっかけで、最終的には相手の人で全部が決まる」

 

「相手の……人……」

 

 勝ち続けたことで父親に嫌われ、そこから一気に家庭は崩壊へと至った。父親に暴力を振るわれたのは何度もある。母がいる時は父親の暴力から守ってもらえるが、いない時は。

 

 もし咲の言葉が正しいものとした場合、父親に問題があるだけで、麻雀は本当にきっかけでしかなく、詰まるところ遅かれ早かれ最悪な事態に到着していた。

 

 幸せな家庭を壊したのは麻雀だと決めつけた。そうすれば家族の中に悪者はいなくなり、父親が悪者でないのならいつか目が覚めて、また幸せな家庭が、家族関係が戻ってくると希望が持てた。しかし、麻雀をやめてからどうなったかと言えば、関係がよくなる兆しは一向に出てこず、父親にはどんどん嫌われていく。

 

 目を覚ますのは自分の方なのかもしれない。

 

 いつも抱いていた、何か違う、というあやふやな感覚は現実から目を逸らして生きていた彼女が、もう現実逃避はやめようと自らに訴えることで生じたものだったのだ。本当はとっくに分かっていたことなのに、彼女は今日まで気づかないふりをしてきた。

 

 気づくということは、父親は悪者であると認識することで、子供との麻雀でむきになって幸せな家庭を壊した人と認めることになる。それは淡が望んでいた、幸せな時間が二度と帰ってこないことを意味していた。

 

(でも、もう見て見ぬふりはできないよ)

 

 咲の言葉で気づいた、いや認めざるを得なかった。麻雀は何も悪くなくて、本当に悪いのは大人げなく怒り、子供の才能を認めなかった父親。

 

 暗い顔で、前なんかろくに見ていない淡に咲は尋ねた。

 

「これからも私と麻雀しない? 大星さんみたいな楽しい人とはもっと打ちたいんだ」

 

「楽しい?」

 

「うん。私と同じで他人から見たらおかしな麻雀を打つし」

 

「考えとく」

 

「うん。待ってるよ」

 

 その時に見た咲の笑顔は今でも鮮明に思い出せるほどに、明るく希望に満ちたものだった。

 

 

 

 

 

 夜。

 

 ベッドの上で淡は枕を抱いて今日のことを思い出していた。ダブリードラ四で対局者を薙ぎ倒す快感、牌に触れている間は何もかもを忘れて楽しみ、何より自分が自分らしくあれた。

 

 いつもは冷めるはずなのに麻雀をしている間は気持ちは高ぶったままであった。

 

(嫌いになったはずなのに……好きなままだ)

 

 一度は捨てた。もう二度と好きにならないと思っていた。ところが全く逆で、昔と変わっていなかった。最初に気づくべきだったかもしれない。嫌いであったのなら、きっと特別な力は発動していなかった。

 

(あいつ強かったなあ)

 

 手も足も出ないとはまさにあのこと。

 

 咲と打つまでどんな相手も簡単に倒してきた。それこそ敵なし、最強と言えた能力だった。しかし、上には上がいるもので、今の自分では何をやっても勝てる気にはなれない。

 

「宮永咲……」

 

 彼女に勝てたらどんなに気分がいいだろうか。勝ちたい。彼女に勝ちたい。勝てるぐらいに強くなりたい。今よりももっと強くなって勝って、でもその先はどうするか。

 

「なるようになるっしょ」

 

 先のことなんか分からない。分かろうとも思わない。今が楽しくなるのだ。これからのことなんて考えるだけ無駄というものだ。

 

 

 

 

 

 

「来たぞー」

 

「いらっしゃい」

 

 この日も負けた。

 

 

 

「何度でも甦るさ」

 

「元気余ってるね」

 

 この日も負けた。

 

 

 

「おーい、コーラ切れてるよ」

 

「麻雀しようよ。お菓子とジュース狙いって」

 

 むかつくぐらいにお菓子が美味しかった。

 

 

 

「かき氷つくろー」

 

「わざわざかき氷機持ってきたの?」

 

「まあね。そりゃ」

 

 バキンッ! ハンドルがぶっ壊れた。

 

「うえっ、ふうう……ひっぐ、うわああああ」

 

「ちょっ、泣かないでよ!?」

 

 この日、久しぶりに本気で泣いた。かなり恥ずかしかった。

 

 

 

「麻雀しよー」

 

「うん。何か久しぶりな気がするよ」

 

 咲が麻雀を打っている時と打ってない時の違いが気にならなくなってきた。

 

 

 

「リベンジ」

 

「新しいかき氷機だね」

 

「うりゃ」

 

 バキンッ! 

 

 3980円が一秒で殉職しました。正直泣いた。

 

 

 

「遊ぼー」

 

「いいよ。ご飯は食べてきたの?」

 

「私に調理スキルがあると思う?」

 

「変な自信持たないの。一緒に食べよっか」

 

「うん!」

 

 咲の部屋は可愛げのあるものではなかった。麻雀の本ばかりがあり、申し訳程度にファッション雑誌が三冊あるぐらいだ。その他は淡が普段遠慮する小説があり、漫画本は見当たらなかった。

 

 咲の料理は美味しいもので、食堂で出てくるものの数倍美味しい。これからもお世話になろうと密かに決意して、淡はばくばくと食べる。

 

 この日は咲の部屋で麻雀の雑誌を使って勉強した。

 

 気がつけば咲と一緒にいるのが当たり前の日々を送っていた。前まで感じていた何か違う、というものはすっかりなくなっていた。こうして麻雀を打って、友達と遊ぶのが現実であり、本来の自分と思える。

 

 前まであった、麻雀の話を聞くとイライラするというのもなくなっていた。結局のところ、大好きなものを強引に断ち切ろうとして、できずにいた彼女は好きに麻雀を打てる周りが羨ましく、自分だけできていないことに不満と怒りを持っていたのだ。だが、咲との出会いでかつて抱いていた決意は雪のように消えてなくなり、麻雀を打つようになった。

 

 ある時、淡は思った。

 

 どうして麻雀を心底嫌わず、好きでいられたのか。

 

 その答えはきっと、最初から、そして最後まで優しく、暖かく見守ってくれる母がいるからだ。小さい頃のことはあまり思い出せないが、麻雀を打つようになったのは母から誘われたからだ。

 

 複雑なルールも打つ内に覚えていき、勝てば母はいつも笑顔で褒めてくれた。本当に楽しかった。幸せだった。大切だった。

 

 だからこそ父親を許せなくなった。嫌いになった。

 

『麻雀をまたはじめるの? ならお母さん応援するよ』

 

 今では家族と思うのは母だけだ。その母に見守られているのだ。なら最後まで打つしかない。最後に何が待っているか分からなくても、親友が隣にいるのなら恐れることは何もない。




次で大将戦決着です。


決勝戦にはいつ書けるのやら。もうちょっとダイジェストにして話数減らそうかなと思ったりしてます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。