『準決勝も大詰め! 残るは大将戦のみ! 白糸台が堂々かつ圧倒的一位の中他校はどう出るのか!』
『二位と三位以下は点差が33800と大きいです。しかし、引っくり返せない点差でもない。まさにここが勝負どころです』
『そして、白糸台からはあの宮永咲の親友と言われる大星淡選手が出てきます! 宮永選手と誰よりも付き合いが長いだけに対局回数も多い彼女の実力は非常に高かった!』
『姫松の末原選手は前の試合ではこの大星選手に苦しめられましたが、この準決勝でどのような打ち方をするのか。そこが勝負の分かれ目となるでしょうね』
『永水から石戸選手が出てきますが』
『彼女は防御には長けていますが攻撃方面は苦手な印象があります。今回永水は稼げていませんので、今までの彼女ですとかなり厳しい戦いを強いられるでしょう』
『残る阿知賀はこの面子ではかなり厳しそうですよね』
『ええ。やはり阿知賀は四校の中で一番下という印象が受けますし、この準決勝を二位抜けするには実力不足に思えます。仮に抜けれても、決勝はますます厳しくなるでしょうね』
それぞれの選手紹介が終わったところで対局が開始された。
東家・末原恭子、南家・石戸霞、西家・高鴨穏乃、北家・大星淡。
開始してすぐに淡の支配が他家を襲う。まるで星空に飲み込まれたような気がした。その星空はそれ以後淡の背後に展開するのみだ。
(ふっふーん)
能天気に構える淡。
大将戦でこの点数。負ける方が難しい。義務的に素早く場を回してもよいのだが、それではつまらない。
(私のやり方一つでどこも落ちる。姫松の点数を毟って二位争いを見て楽しむもよし。全部トバすもよし。いやほんと、このポジションさいこー)
神にでもなったような気分になれる最高のポジションだ。彼女の実力ならこの座から転落することはまずないし、そうでなくてもそこそこの腕があれば最悪二位にはなれる位置にあるのが今の白糸台であり、逆に言えば三位以下になるのが難しい。
(サキは阿知賀を落として欲しそうだけど、あの様子からだと残っても別に構わないって感じなんだよね。まあ私や先輩方はともかく、少なくともサキが負けるなんてあり得ないからね)
淡はこの準決勝で本気を出すつもりはないし、出すまでもないとしているので適当に打って終わらせるつもりだが、
(決勝にはコロモが来る。使えそうなものがあればそれを残すんだけど)
衣は強い。決勝は満月でないので全力全開ではないが、淡が簡単に勝てるような相手ではない。それこそ相性がよい咲だから連勝できるのであって、そうでなかったら勝つのも一苦労する。
なかなか勝てないのは悔しい。よく負かされる。だが、楽しい。打てば打つほど強くなっていくのが分かり、最初は漠然と使っていた力も今ではしっかりと理解している。
強みと弱味を知り、強みを最大限に生かして弱味をできるだけなくしていく。そうするだけで不思議と強くなれるのだ。今はまだ咲と衣に追いつけないが、いつかは対等に戦えるようになりたい。
色々な人との対局経験は気づかなくても財産になると咲から聞かされたことがあり、淡は咲の言うことならと素直に聞き入れた。
(姫松のは正直あれだし、永水のはまだ分かんないけど阿知賀はなあ……)
普段は咲と、長期休暇の時は衣と打っているだけに物足りなさがある。喉が渇いて水を欲するような感覚だ。
自分を簡単に負かすような強い人と打ちたい。そういう人との対局は咲の言う財産になるのはもちろんのこと、他よりも価値のあるものだろう。
「ツモや。1000オール」
(へえ。私の絶対安全圏の中で和了か)
末原は鳴きを交えることで淡の絶対安全圏内で和了をした。淡は相手を五向聴以下でスタートさせる能力がある。四巡目までは鳴きがなければ一向聴止まりとなる。五巡目は運がよければ聴牌となるが、五連続で有効牌を引けるほど麻雀は優しいゲームではない。
この絶対安全圏で末原はあがった。前回の試合ではろくにあがれず、運よくかつそれまでつけた点差のおかげもあって姫松は準決勝に駒を進めた。
(へえ。私の力に対抗するために研究して、抜け道を使って和了。うん、悪くないよ。けどさ、それだけで私には勝てないんだよねー)
一本場。
「リーチ」
(来た、大星さんのダブリー)
(あらあら)
(くっ。一位でもやっぱお構いなしか)
淡のダブリー。
これは最後の角に移る前にカンをしてあがると裏ドラがもろ乗りして跳満になるというものだ。しかもカンをした後は数巡以内で和了する。淡の支配で五向聴以下スタートを余儀なくされる対局者はこれを止めるのに苦労する。
末原は先ほど和了を決めたが、元々五向聴以下のスタートは手牌がかなり悪いものであり、鳴ける状態でないこともざらにある。鳴いて和了すればいい、という考えも簡単に通用するような相手ではない。
「カン」
(あかん。こっからはベタオリや。跳満に振り込むわけにはいかへんし、何より三向聴や)
(ふむ……苦手分野をやらなきゃ駄目みたい。白糸台……宮永咲だけだと思ってたけれど、とんでもないものを持っていたものね)
霞は優しい顔つきで淡を見つめる。
てっきり白糸台は咲が戦力のほとんどだと考えていたが、どうやらそれは間違いであったようだ。大将の大星淡という少女は相当な実力の持ち主。彼女を倒すのは極めて難しい。
現在三位であり四位でもある霞としては淡たち白糸台は相手にすべきではない。ここを勝ち抜くには姫松を落とす必要がある。
ここまで永水は小蒔以外は結果を残せずにいた。永水メンバーのお姉さん的立場であり、まとめ役とも言える霞はここでみんなの悔しさを晴らしたい。
初美はさっぱりな結果に終わったことで今にも泣きそうで、一言も口にしなかった。気持ちは痛いほどに分かる。だからこそこの大将戦は絶対に負けられない。
そして今度は決勝の舞台で活躍してほしい。
(動画、牌譜からしてダブリーをかけてもすぐにはあがってない。必ずカンをしてからあがる。カンしないと跳満にはならないのかしら? それなら何とかなるわね)
「ツモ。3100・6100」
末原は苦しげに表情を歪めた。
大星が親の時なら他との点差は縮まらずに済むが、しかし親被りになると自然と点差は縮まる。百点でも減らしたくない状況だけに淡の跳満はキツい。
(じゃあやらせてもらおうかしら)
「!? へえー」
(な、なんや!?)
(石戸さんの雰囲気が!!)
霞の雰囲気の激変はあることの合図でもあった。
(いいじゃん! 凄くいいじゃん!)
(絶一門や)
(うーわあ、怖いなー)
絶一門。萬子、筒子、索子の内のどれか一色が完全にない状態を指す。また字牌の有無は問わない。
今回は霞以外の三人に萬子が一枚もなかった。
(そら稀に絶一門スタートはあるけど、さっきの感じからして……これは必然や。しかも大星の五向聴以下にする奴もある。最悪やん)
(萬子がない。もし他の人もそうなら……萬子は……)
(永水いいよ。萬子と字牌のみのスタート。それだと五巡目で聴牌も普通にありそうじゃん)
しかし、淡はそんなのはお構いなしにダブリーをかけた。
白糸台控え室。
「ふあっ」
霞が力を解き放った時、咲も目覚めた。立ち上がって体を伸ばす。んー、と力を入れるような声が妙に可愛らしい。最後に小さな欠伸をしてテレビに目を向けた。
「あれ、淡ちゃんだ」
「咲が寝てる間に私の試合は終わったよ」
「先輩の試合を見ずに寝ててすみません」
「いいよ別に。今は大将戦はじまったばかりだよ」
「なるほど。……絶一門ですか」
「ああ。露骨に石戸霞に萬子が集まっているな」
『リーチ!』
「あいつはいつも通りダブリーか。だが……」
「淡より早くに石戸霞があがりそうですよね」
「でも、点数あるから跳満一発二発は怖くないよ」
『ツモ。6000オール』
「言ってるそばからあがりましたね」
「問題ない。それよりも永水の石戸霞の隠された力が出たのはありがたい」
「強制絶一門。抜け穴は多いですが、しかし強力な力です。準決勝前の試合の神代小蒔に匹敵するものがありますね」
「淡と石戸霞。この二人で大将戦は決まりそうかな。末原恭子は強いけど、愛宕洋榎ほどじゃないし」
「ダブリーは石戸霞にはきつそうですね。相手を絶一門にして、ホンイツ以上になる石戸霞は聴牌が早く、更に早く聴牌すればその分有利になりますし。まあそんなのに対応できないほど淡ちゃんは弱くありませんが」
『ツモ。1100・2100』
「ダブリーは無理として普通にあがったか」
「うーん。やっぱり淡と石戸霞の一騎討ちになりそうですね」
一方淡はというと。
(いいよ、凄くいいよ。何だ、やればできるじゃん!)
この上なくテンションが上がっていた。
普段淡が打つ人に比べたら格は下がるが、期待していなかった分その反動は大きい。
もっと言えばこの大将戦はつまらない消化試合だろうと見立てていた。それもそのはずで、姫松の底は前の試合で知り、阿知賀と永水については何の面白味もない所だと見ていた。石戸霞の防御は固いが、火力は小蒔と初美頼りの高校で、その二人を押さえたら苦労など何もないと、防御だけの相手など怖くないとした。
されど石戸霞には隠された力があり、それは前の試合の小蒔に匹敵するもので、事実ダブリーをしていたとはいえ淡は霞の跳満を止められなかった。
強力な淡のダブリーを打ち破る。これだけで霞の強さは明白となり、淡はダブリーを引っ込めざるを得なくなった。
胸が弾む。咲と衣以外で淡がここまで楽しそうにするのはいつ以来だろうか。
(絶一門……単純だけど強い。いいね、面白くなってきたね)
淡は笑みを深める。輝かんばかりの眩しい笑顔は彼女がこの試合を心から楽しんでいるのを隠さずに伝えていた。
(あら。絶一門をもらっても楽しいのね。ふふっ、羨ましくなるぐらいに麻雀を愛してるのね)
クスッと霞も笑う。霞も麻雀は好きだが、その気持ちは淡の持つそれには敵わないと思った。ここまで露骨に麻雀が好きな子を見たのははじめてかもと思えるほどだ。
(なら、私も精一杯相手をするわ)
「リーチ」
(勘弁してえな)
十巡目に霞がリーチをしてきた。絶一門により、霞の手は高い打点を有している。幸いにも絶一門によって霞がどの色で構えているかは分かり、その色は来ないので振り込みはない。そんなのはお構いなしのリーチは高い手を後押しするものになっている。
霞がいなくても淡のダブリーもある。心が弱気な方向へと一歩だけ踏み出した。
(普通の麻雀させてえな)
愚痴をこぼすしかない展開に末原は気落ちした様子で牌を捨てる。
「ロン。11600」
(阿知賀!?)
すっかり忘れていた。霞と淡で空気になっていた穏乃だったが、ここに来てその希薄な存在感を、私はここにいるんだぞと主張することで二度と忘れることのできない強烈なものへと変化させた。
(うん。やっぱりだ。絶一門になったことで少しは聴牌しやすくなってる)
ほとんど直感的なもの。穏乃は考えて辿り着いた答えではなく、あっもしかして、といった非常に曖昧で漠然としたものからこの和了を決めた。更に末原が霞と淡に意識を置きすぎていたという恵まれた状況もあって、この11600を二位の姫松に当てられた。ありがたいことに霞のリー棒も獲得できた。
白糸台230600
姫松60400
永水59200
阿知賀49800
まだ前半戦の東三局目である。
(阿知賀しぶといなあ。さっさと落ちちゃえばいいのに)
淡にはどうだっていい高校だ。霞という面白強い相手を見た後ではますます評価は下がり、今の和了も悪足掻きにしか映らない。
(照さんたちに稽古してもらったんだ。ここで負けるわけにはいかない)
一方の穏乃はやる気に満ちていた。一日とはいえ稽古をつけてくれた照たちに恥をかかせないためにも素晴らしい麻雀を打ちたい。この準決勝にかける想いはこの場の誰よりも強いと思っている。
赤土晴絵が越えられなかった。当時阿知賀は準決勝まで絶好調そのもので、応援していた人たちは誰も負けるとは思っていなかった。しかし、準決勝にて小鍛冶健夜、後の日本最強と遭遇し、阿知賀は敗北。
準決勝までいけたことに満足してもいいぐらいだが、やはり参加していた晴絵たちとそれを応援していた人たちは納得のいかないものだった。
その後晴絵はしばらく牌に触ることすらできなくなった。
リハビリで指導する姿にはかつての敗者の姿はなくとも、見る人には悲しく、痛ましい姿には見えたろう。昔の穏乃にはよく分からないことで、指導してくれるのが阿知賀のレジェンドだったことに純粋に喜んでいた。
だけど今なら分かる。子供を指導する所は、かつての傷を懸命に治そうとするもので、インターハイに出た晴絵に比べたら涙を誘う憐れな姿だと見る人は思ったのだ。
もしそうなのだとして、それがどうしたと穏乃は言う。憐れじゃない。自分の傷に向き合うという難しいことを晴絵はした。そんなことができる人は少ない。だから晴絵は立派なのだ。
「ツモ。1400・2700」
『白糸台の大星選手が再び相手の親を阻止! こうも親を流されては他校も厳しい!』
「ツモ。2600オール」
あっさりと親番で淡は和了した。
(石戸霞……確かに絶一門は凄い。でも、神代小蒔と違って自由がない。神代小蒔がサキを相手にして稼げたのは自由があったから)
神代小蒔とは違って振り込む危険が皆無で、しかも色を独占してしまうことは弱点にもなった。例えば小蒔の時は萬子を掴んだらその時点で危険となり、捨てるのが怖かった。しかし、霞にはそれがない。つまり小蒔ほど危険になる要素がなく、また振り込むことはないので馬鹿みたいに突っ走っていいのだ。
そのことには末原と穏乃も気づきつつあった。
(阿知賀への振り込みは完全な油断や。もうしなければええ。それにこの絶一門……)
(大星さんの能力と重なってるから何とかなるかも)
淡以外のスタートはみんな同じ。以後の展開で変化はするものの、絶一門を発動しても霞は六巡目以降でなければ和了はない。
(とはいえ、うちと阿知賀は互いに鳴かせるのは無理に近い。おっぱいお化けが上家でないだけうちは有利やけど……)
(白糸台の子の連荘は言うほど痛くないのよね。ツモの削りは同じだし)
字牌以外での振り込みが皆無の霞にとって淡の連荘は恐れることはない。逆に言えば振り込みの危険があるのは阿知賀と姫松のみで、運がよければ姫松が淡に振り込んで二位転落もあるだけに気持ちは楽だ。
「ロン! 6100!」
「はい」
三巡目にて淡は末原に直撃を決めた。
(うっ。一人だけ手が軽いって反則やろ)
「まだ。終わらせないよ」
その言葉は末原と穏乃に強い衝撃を与える。鈍器で頭を殴られたような衝撃に近い。まともに歩くこともできず、
「ロン! 4500!」
今度は穏乃が放銃。
(凄い。強いのは知ってたけど、ここまでなんて)
「チーや」
(確かに大星は強い。やけど、ここで無様にやられるわけにはいかん)
末原は鳴いて手を進める。大星淡。彼女もまた麻雀において特別な力を宿した子であり、普通の人では歯が立たないほどに強い。
(姫松何? もしかして決勝行くの諦めてないの? ていうか来たって何もできないでしょ)
末原は確かに能力なしの人では強い部類には入るだろうが、やはりそこまで。とても決勝の舞台でどうこうできそうな人物には見えない。それどころか穴を見つけたとばかりに衣が食い殺しにいきかねない。
(姫松は落ちなよ)
冷めた様子で淡は末原を一瞥した。
オーラス。
一人だけ手が軽いというのはかなりの強みだ。そもそも淡はダブリーをかけないで手を変えていける。他全員が遅い中で彼女はその強みを生かし、このオーラスまで場を我が物顔で支配してきた。
(何?)
いつでもダブリーをかけられる。相手の手はこれまでのように重い。霞による絶一門。何もかもが今まで通りだ。
しかし、配牌の時点で淡は何か異変を感じ取っていた。牌に愛された子であるがゆえの嗅覚とも言うべきもので微かな、それも普通なら見逃すだろうそれに気がついた。
(何かが変。でも、何もないし……無視して)
――感覚に頼りすぎるのは駄目だけど、信じすぎないのも駄目だよ。自分の力を信じるのと、 慢心するの違いに気づいたら淡ちゃんはもっと強くなるよ。
(自分の力を信じるってのは勝つって思いこむことじゃない。感覚に従って打ってれば弱いやつには勝つ。それに疑問を持たない内は慢心してるだけ。感覚は自分の力の一つだと自覚しないと本当に強い奴には勝てない。信じるってのは勝ち負けに関係なくそうすること)
咲に勝てたことは一度もないが、はじめの頃に比べたら格段とよくなった。自分の力を信じると、新たな可能性を見つけることができる。
(今私の感覚が気づいたおかしな流れを無視できない。様子見だ)
全てツモ切りする。和了の意思はない。
(姫松でないのは確か。永水の巫女……? それとも)
山が深い所に着いた時、寒気がした。今まで弱かったはずのおかしな何かはその気配を濃厚なものにした。何これ、と疑問に思いつつも淡はまたしてもツモ切り。
「ロン。8000」
(阿知賀……? こいつか?)
白糸台248300
永水53200
阿知賀50200
姫松48300
『前半戦終了! ここまでの結果は姫松の大量失点! そして二位に永水が躍り出た! このまま決勝進出となるか!? それとも姫松と阿知賀が永水を落とすのか!? 全ては後半戦で!』
姫松……末原さん勝ち抜け厳しいです。普通に書いてこれでした。でも二位から四位までの点差はあまりないんですよね。淡ちゃんが27300と一番稼いでます。霞さんは4800なんです。穏乃ちゃんは1800です。末原さんはー33900です。いや淡と霞さんに囲まれたらこうなりますよね(´・ω・`)