姫松控え室。
「どやった!?」
「流石姉ちゃんや! ほんまに二位にするとは思わんかったわ」
「お見事です。やっぱり主将は凄いです」
「洋榎さまさまなのよー」
「せやろー。あっ、白糸台のお茶の姉ちゃんの能力分かったで」
「ほんとですか?」
「ああ。あいつの最初の捨て牌がオーラスに戻ってるみたいや」
「よう気づきましたね」
最初の捨て牌となると、么九牌が多い。国士無双、字一色、染め手などでなければ字牌は固まってなければ捨てられる上に役牌でなければ基本的に要らない。暗刻であっても、役牌でないと符を稼ぐか守りに使う程度だ。
尭深の最初の捨て牌というのも、そういった一般常識の枠組みにあり、気づくには難しいものがある。ましてやオーラスの役満に目がいきがちで、大三元などが多く出ているので、尭深はそういう人と見てしまう。少なくとも今回のように多くの枚数を稼いでいなければ、見落としてしまう。
「阿知賀がうちが連荘したら焦ってたんや。そんでピーンと来たわけや」
「なるほど。確かにそう言われると、全てに納得がいきますね」
「これで決勝は楽やわ。次はあがらせへんよ」
「うちも決勝ではやったります! 今度は宮永をこてんぱんにしますわ!」
「おう。期待しとるで」
にっと笑う洋榎に漫もにっと笑う。
元気の出た漫を見て、絹恵は安心したように微笑んだ。先鋒でのダメージを引き摺り、笑うことがなかった漫だが、洋榎の大活躍で元気が出てきた様子で、中堅戦の開始前とは違って笑っている。
(うちもやらなな)
愛宕洋榎の妹という位置は大変なものだ。主将の妹だからレギュラーになれただけだと言われたことは何度もある。大会では目立った活躍はできず、足を引っ張ってきた。
このインターハイでも未だに活躍できていない。年下の宮永咲は羨ましくなるぐらいに活躍し、準決勝前で流石宮永咲、やはり強い、今大会最強候補、今年のインハイの優勝候補、圧倒的エース、実力はプロ並み、と多くの称賛を集めていた。
(でもうちかて、レギュラーになれるぐらいに実力はあるんや!)
自分の姉愛宕洋榎、インターミドルチャンピオン宮永咲、インターハイチャンピオン宮永照、MVP天江衣、個人戦二位の荒川憩、神代小蒔のように人々を驚かせ、夢中にさせるような特別な人でないのは絹恵が一番よく知っていた。
凡人ではあるが、そんなのは関係ない。大好きで、誰よりも尊敬している姉を追うようにして姫松に入学した。
「ほな、いってきます」
「おう。やったりや」
洋榎の言葉を聞くだけで、期待に応えたいと真っ先に思い、勝ち負けに拘らずに誇れる打ち方をしようと自分を奮い立たせられる。
(姉ちゃんの作った道は固めたる!)
副将戦がはじまる。
(さてさて、やりますよー)
薄墨初美はにこにこと笑いながら、手の中にある東と北を見る。初っぱなから北家。何と幸先のいいことか。親は阿知賀と、蹴落とすにはこれ以上ない。
役満の和了で二位に立てる永水は可能であるなら小四喜を阿知賀にぶつけたい。トビ終了時に二位にいれたらそれでいいのだ。が、それは姫松も同じ。
阿知賀か永水を落とせたら目標達成となり、決勝進出の切符を手にすることができる。
(やけど、無理して転落は避けたい。少なくとも永水の北家を流す時以外はきっちりと打って、永水ん時やけ頑張る……がベストなんやろね。そうベストはや)
ここで絹恵は考えの方向を変えた。
(役満の親被りはない。ならあがらせても痛すぎない。むしろ阿知賀を更に落とせる。うちと白糸台が受けるダメージは8000点や。ぶっちゃけ白糸台は振り込みまくらなきゃ決勝確定。ほなうちと永水の争いや)
二巡目に引いた北を見て絹恵は考える。
(二回和了やられたら痛い。けど一度だけなら満貫や。うちが満貫あがれば取り返せる。ツモなら二位に戻れる)
初美の役満を阻止するなら北を抱えるのみだ。しかし、中堅戦で見た姉はそんな日和ったことをしただろうか。しなかった。最後まで強くあり続け、白糸台の暴虐に屈せず、最後に倍満を決めて堂々の二位を決めた。そこが姉と自分の違いだ。
怖くなったらすぐに逃げる者と、逃げずに最後まで戦う者。後者はただの馬鹿では務まらない。大事なのはきちんと状況を把握した上で、押し引きを完璧にできる人でないといけない。
洋榎にはそれができていた。オリる場面では迷わずにオリ、いける場面では決める。いけそうでいけないという状況には惑わされない。
いつも見る洋榎の背中は遠くにあって、自分とは住む世界が異なると思うときもあるが、でも洋榎はどこまでいっても大好きなお姉ちゃんだ。
(姉ちゃんならこう言うな)
「役満ぐらいくれたるわ」
絹恵、北を切る。
「ポンですよー」
(東と北は最初からあるみたいやけど)
(西と南は東北を鳴かないと揃えられない。仮に鳴けても、小四喜テンパイには最低四巡必要となる。はじめから西か南のどちらかがあるのなら三巡だけど、それは今までのデータにはなかった)
(四巡……確かに短いな。けど、鳴いて進めれば薄墨の和了前には何とかなるはずや)
白糸台の亦野と姫松の絹恵はどちらも同じ考えをしていた。全部で四回ある初美の小四喜だが、極端に恐れるほどのものではない。初美の能力は結局東北を鳴かないと発動できず、対策も簡単だ。
(姫松の人、いきなり鳴かせるなんて。永水の特徴分かってるはずなのに……)
むぅ、と不満顔で絹恵を一瞥して、灼は手を見る。幸いにも最後の鍵となる東はない。ツモった牌も有効牌ときた。
(薄墨が東を鳴く前に決める)
(流石にもう出てこないでしょうねー。なら暗槓するまでなのですが、まあ都合よく来ないですよね)
初美は笑みを深くして、灼を見つめた。前回の試合の記憶が新しい彼女ならどうか。
(こちらもあちらも点数が危険なのは同じ。でーも、小四喜への警戒が過ぎると大変ですよー?)
霞から指摘を受けていた。小四喜ばかり狙いすぎると痛い目に合うわよ、と。初美としては今こそ小四喜を狙うべきだと思うが、しかし満貫四回でも小四喜一回分にはなる。
この準決勝で唯一機会があるとすれば、余裕のある白糸台が気紛れで東北を捨てるぐらいだ。点数を稼げずに大将に繋ぐのだけは避けたい。これは初美一人の戦いではない。みんなの戦いだ。小四喜小四喜小四喜小四喜、と騒ぎまくる自分をぐっと抑え込み、ホンイツを目指す
(今回は萬子安いみたいやな。阿知賀の鷺森言うたか。こいつは特に萬子安いみたいやな。多分手には萬子が一枚か二枚、または面子ができてるのしかないはずや)
トッ、と牌を静かに捨てて、思わぬ方向からの攻撃に備えて亦野の捨て牌を見る。見たところまだ聴牌はしていなそうだ。亦野の和了には必ず鳴きが絡んでいる。今回は鳴いていないので和了するつもりはないと見て大丈夫だ。
(よし。ツモなら2600オールの手ができた)
「リーチ」
(リーチか。じゃ、落ちてもらうか)
亦野は東を捨てる。初美がポンをした。これに表情を変えたのは阿知賀だ。
(鳴かへん思ったらそういうことかい。えげつないことするわ)
「ポン」
亦野は鳴いて灼のツモを飛ばす。これに絹恵はほんま酷い奴やと思い、灼に同情の念を送る。
(いつでもトバせるようにしとく)
「ポン」
(全然ツモれない……)
(ツモられても白糸台は痛ないからな。にしたって露骨すぎやろ。誰かリーチかけんの待って、薄墨に東差し込むとか。まあ阿知賀も軽率やけど)
薄墨初美が北家である時にリーチをかけたのは考慮に欠けるというか、怖いもの知らずというか。それとも現在の点数に冷静を失ない、焦っていたのか。おそらくこれだろう。本人が気づかないほどの焦りから思わずリーチをかけてしまった。
まあリーチをかければ他がオリてくれると考えたのだろうが、その程度で引き下がるほど永水の巫女は臆病ではない。通常ならダマで通す。リーチをかけにいったらあがり牌以外は捨てることになり、それは初美への振り込みに繋がる。
「ポン」
亦野の三度目の鳴きだ。
(鳴くんはええけど、でもうちを忘れてへんか?)
亦野が捨てた牌を見て、絹恵はロンを決めた。
「ロン。3900です」
「はい」
(よし。姉ちゃんがつけたリードを広げれた)
大した和了ではない。初美の役満を潰したのが一番の収穫とも言える和了で、点数はそれほどでもない。初美が和了を決めていたら逆転されていた。また阿知賀が役満に振り込む危険性も消した。
(白糸台がうち以外に役満当てようとしてたら止めへんのやけど)
(た、助かった……。気をつけないと)
灼は自分でもあのリーチは愚かしいと思った。初美の恐ろしさを誰よりも知っているのならリーチなんかかけるべきじゃなかった。リーチをかけなかったら振り込む危険は大幅に下がる。
(落ち着かないと……)
阿知賀の点数、部長としてのプレッシャー、永水に対する恐怖。無自覚にこの三点に自分は負け、悪手をしてしまった。今回は姫松に助けられた形だが、次があることにはならない。
(よし。あいつの役満は全力で阻止する。点差を縮める。やってやる!)
気合いを入れ直して、試合に臨む。
阿知賀の控え室。
「よ、よかったー」
一休みする玄は腰が抜けたようにソファーに体を預けた。永水の小四喜が阿知賀を襲おうとしていただけに室内にいたメンバーの緊張は一気にピークに達した。姫松の和了によって最悪のシナリオを回避できたことで彼女たちは脱力して座り込んだ。
「私が大量失点したからだ。じゃなきゃあそこでリーチなんかかけるわけない」
涙目でそう言った憧は申し訳なさそうに俯いた。
白糸台の蹂躙をまともに防げず、されるがままだった。それに比べて愛宕洋榎は諦めることなく、結局独力で尭深を止め、倍満さえ決めてみせた。
その結果姫松は見事に二位となり、三位と大きな点差をつけた。その点差は先鋒でつけられたものならどうにかできたものだが、副将戦開始時のものとなると話はがらりと変わる。
ここまで来たら姫松も防御中心となり、更には安手でもいいから和了を決めて二位抜けを磐石なものにするだろう。
厳しい。姫松はシードに選ばれないのがおかしなことだと言われるほどの強豪で、部員一人一人のレベルは語るまでもなく高い。今からここを落として二位になるのは至難だ。それも白糸台と永水がいる卓でだ。
絶望的な状況だ。阿知賀は十年前の悪夢を再び繰り返す。頭の中をその言葉が通り抜け、憧はビシッと硬直した。その最大の原因をつくることになったのは紛れもなく自分だ。
間違いなく今の阿知賀は十年前以来の最高のメンバーだ。だからこそ今年は悪夢を打ち破り、優勝を果たしたい。が、現在の状況でその言葉は他人からすれば夢を見すぎだと言われるものだ。
身のほどをわきまえろと言われたら、反論する余地すらないぐらいの正論だ。
「憧!」
「ふあっ!? な、何よ!」
「まだ終わってない! 私たちが灼さんを信じないでどうするのさ!」
「シズ……」
「私はまだ諦めてない。試合が終わるまで戦い続ける」
穏乃だって分かっていた。ここからの巻き返しがどれほど困難を極めるか。それでも彼女は前向きな姿勢を、諦めを知らない自分を崩さない。
この副将戦。荒れることはない。最初の時のように初美は小四喜を引き込めず、灼の方も何度もテンパイするが、和了は一回のみ。しかもツモだったので姫松との点差は思うように縮められず、その稼ぎも初美に奪われたりして。
迎えた副将戦オーラス。
永水との点差はなし。つまり同点。このオーラスで大きく稼がなければ決勝への進出は厳しいでは済まされない。
(ここで稼いでみせる)
(上手いこと稼げてる。ここを凌いだらええ。薄墨はもうこわない)
役満小四喜は完璧に不発となり、初美は完全に押さえ込まれた形だ。かといってずぶずぶと沈んだわけではない。落ち込んだところは一切見せず、攻めの姿勢を貫いていた。
(構いませんよー。ここでやってやります)
配牌は悪くない。それは皆同じだ。このオーラスで最悪の配牌を避けられたことに亦野以外はほっと一息吐いた。
白糸台はここで役満に振り込んでも大した痛手にはならない。二回、三回となれば相当なものになるだろうが、しかしそこまで出るほど役満は安くはない。
ここは跳満あたりを最大限として和了を目指すのがいいだろう。白糸台以外は跳満の和了で一気に有利な展開となり、大将戦でヘマをしなければ無事抜けられるようになる。
だが、絹恵にはそれよりもやるべきことがあった。
(あがらせへん。この二人の和了を阻止できたら、それでよしや)
阿知賀と永水に和了をさせない。絹恵は千点でもいいから和了を決めれば、姫松はこの状況を大将に引き継げる。二位抜けしても白糸台には完全敗北した形で試合終了となるが、そこで落ち込む必要はない。ここまでの試合で、白糸台を研究するにはこれ以上ないほどのデータは得られた。
一つ問題なのは咲はまだ全力でなく、淡の方も手加減しているような印象がある。咲の方はもう諦めるしかないが、淡の方は何としてでも全力にさせたい。
(白糸台の次鋒から副将まではええけど、やっぱり宮永の本気がどれほどのもんか分からんのがなあ)
去年のインターミドルはレベルが低い、と言われている。個人戦で咲は最初の親で他家をトバして優勝し、団体戦ではあっさりと逆転優勝へと導いた。
団体戦はともかく、個人戦では咲の親を流すことすらできずに終わってしまったために正確な実力はその時に知ることはできず、また高校入学後からは後半戦は完全な防御姿勢に入るため実力の把握は難しく。
そのためこの準決勝は大チャンスだった。永水のエースがいれば咲も今まで以上に動くと踏んだ。しかし、蓋を開けてみればあまり変わりない結果であった。
(それはそれや。今は薄墨と鷺森の二人や)
どちらも少ないものではあるが点数を稼いでいる。直撃であれば親の阿知賀は跳満、永水は三倍満で姫松を抜くことができる。ツモなら阿知賀は三倍満、永水は役満となる。
どれを見ても姫松は有利な状況にいるのが分かり、つい気を抜きそうになるが、むしろその逆。この状況だからこそ、試合が終わる瞬間まで気を抜いてはならない。
(鷺森は四巡まで中張牌を手出し。うちやなくても分かるやん)
(ここに来てホンロー……それとも国士かチンローですか? いくらなんでも無謀ですよー)
(今二十二万点あるから、別に振っても問題はないからいいけど、それにしても連荘とか考えないのかな?)
(決めてやる)
国士無双を狙うのははじめてではない。普段は多面張で攻めていくが、時と場合によっては役満だって狙う。今回がまさしくそれで、么九牌が多めだったので少しぐらい無茶をすることに決めた。
この準決勝は晴絵が越えることができなかった大きな壁だ。十年前の無念を今こそ晴らすためにも、この手を和了する。
十巡目。灼、役満国士無双を聴牌。待ちは一筒。
手出しで二枚目の九筒を落とした灼を見て、三人は察した。
(聴牌したんか。できることなら聴牌前に和了しときたかったけど)
対子が多い手で、暗刻がなかったので七対子を狙っている。このような手で無理に鳴いても速度は変わらないのは分かっていた。
絹恵は次のツモで七対子を聴牌する。中張牌を捨てて聴牌をとるが、内心不安で一杯だ。灼がツモしなくても白糸台が切れば逆転されてしまう。
次の自分のツモで絹恵は一筒を引いた。
(超危険牌。鷺森が筒子の多面張多いのは分かっとる。多面張やあらへんけど、この一筒はヤバい。鷺森やなくても捨てられへん。幸いにも七対子やからこいつを待ちにできる)
絹恵、灼とオナテン(※同じ待ち)となる。それはごくごく普通のことをしたことでなっただけで、狙ったわけではないが。だが、これで絹恵は有利になったのは間違いなかった。
灼の上家の絹恵はあがり牌が出た時点で頭ハネが発動でき、灼の和了を無効にできる。複数ロンがなしの今大会において、灼が国士無双を決めるにはツモ以外にない。
この頭ハネは複数ロンの際に一人だけ和了の権利を得られ、他の人は無効となるシステムだ。それをどうやって決めるのか。
あがり牌を出した人の、次のツモが早い人に優先される。これだけではよく分からない人もいると思うので、詳しく述べると。
東家A、南家B、西家C、北家Dがあるとする。
ここでAがあがり牌を捨て、他三人がロンをした。ツモの回りは東→南→西→北の順なので、南家Bの和了だけが有効となり、他二人はなしにされる。ここでBがいなければ西家Cの和了が有効となり、北家はなしにされる。
別名上家取りとも言われ、その理由は頭ハネをした人は無効となった人の上家にいるからだ。
以上のことから上家の絹恵には有利とも言える状況だ。あがり牌が場に出たら頭ハネだけでなく、この副将戦も終わる。そうなったら後は大将に任せるのみだ。
三巡後。亦野は一筒を引く。
(一筒……。おそらく阿知賀の当たり。筒子の多面張を得意とするこいつが国士無双なんか和了できるのか? 臨海の風神は確か役満の和了記録はなかった。それと同じなのかどうかだけど)
役満に振り込むのは痛手ではあるものの、次に控えるのは淡だ。彼女なら最下位になるということはまずない。というか淡は虎姫の中では二番目に強い。
咲が桁外れに強いだけで、咲がいなかったら淡はエースとして活躍している。それほどに淡は強いし、己の能力に頼りきりで過信しているわけではない。もっとも大将というポジション故に、豊富な点数があるので遊んだりすることが多々ある。
そういったマイナス要素はあるとはいえ、基本的には渡された点数より下回ることはない。遊ぶとはいえ馬鹿みたいに放銃するのではなく、例えばダマで高め倍満を張った人が出たら、淡はリーチをかけて他の人をオリさせたりする。
そういう意地悪をして楽しむのはどうかと思うが、振り込んだら振り込んだできちんと回収しているので注意は今のところされていない。
(ふぅ。阿知賀が決勝に来ても問題なさそうだけど、来た時のためにデータはとらないと。阿知賀が国士無双を和了できたのなら風神とは違って役満を和了できることになる。調べて損はない)
亦野は一筒を二分近く見つめてから場に捨てた。
「ロン!」
「ロンや」
重なる声。同時に倒された牌。しかし、和了の権利を得られたのは一人だけ。
灼は茫然自失となる。逆転に必要な国士無双が七対子なんかで阻止された。決勝への希望が、夢が粉々に砕かれた。頭の中は真っ白となり、両目から止まることなく涙が溢れる。
「ううぅ……ひっぐ、ええ……みんな……ごめ、ごめん……」
まだ負けたわけではない。負けたわけではないのだが、この国士無双を決められなかったのは表現できない思いがあり、どろどろとしたものが胸の中を渦巻く。
『副将戦終了! やりました! 愛宕洋榎の妹の絹恵ちゃんが阿知賀の国士無双を見事に阻止! その上で点数も伸ばしているのでまさに文句なしの試合でした!』
『愛宕選手はあそこで一筒を引いたのが大きかったですね。他の么九牌だったら阻止できていませんでした。ただ白糸台の亦野選手は分かってて一筒を手放していましたね』
『手放しても手放さなくても白糸台は決勝進出は確定的。それに二位争いは無関係ですし、あまり意味がないですよね』
『ええ。もし理由があるとすれば、二位争いをより熾烈なものとし、大将戦の選手に全力を出させることぐらいでしょうか。何かを隠させることはさせず、決勝に向けて最後の研究材料を得ようとした』
『なるほど。役満に振り込むのさえ気にせず研究する。王者白糸台だからできることですね』
白糸台221000
姫松82200
阿知賀48400
永水48400
次はいよいよあわあわです。あわあわさせたい