晴「みんな、宮永咲の中学生の時の試合動画借りてきたよ」
玄「ほんとに?」
晴「ああ。これを見て対策を立てよう」
照「ちなみに高校からは中学の時とは色々変わってるから中学のが一番いい」
憧「なるほど。じゃあ早く見ましょ」
晴「そう慌てなさんな。ポチッとな」
咲『みんな、おっはよー。今日は中学生になったばかりの子や小さい子にお知らせがありまーす。今度×××にある麻雀教室〇〇〇で今活躍中のプロの人たちが来てくれるんだって。この人たちがみんなに麻雀を教えてくれるから是非来てねー☆』
全『!?』
次のCMに移る。
ナレ『あなたに楽しい一時を……麻雀』
清純的な真っ白いワンピースを着た咲が微かな笑みを浮かべて大きな一索に座っている。彼女の周りにはたくさんの麻雀牌が浮かんでいた。
これで終わっていた。
照「」
和「先輩! しっかりしてください先輩!」
穏「とりあえず私らじゃ勝てない美少女というのは分かったね」
灼「異常」
宥「可愛いねー」
久「えっ? 外見的なものの差を見せつけただけ?」
優「あんまりだじぇ」
晴「そんなわけないでしょ」
口調はしっかりしてたが、動揺していた晴絵は間違ってテレビのボタンを押してしまう。
咲『あなたも麻雀しませんか?』
両手を膝に置いて、前屈みになって優しく笑いかける咲のCMが流れた。服装はフリフリの多いワンピースだ。
照「――――――――――――っ」
和「先輩!?」
照「あんな咲知らないもん。昔は人見知りしてたのに。そうだよね。一人で東京にいたら改善するしかないよね。あんな可愛い、まるで天使咲なんか知らないもん」
まこ「じゃから戦闘力五十三万の化け物と戦闘力五の一般人の差を見せてどうすんじゃ!」
玄「これはおもちが足りないからこそ可愛いのか、それともおもちがないからこの可愛さで止まってるのか。気になるところでありますのだ」
憧「いやいや、私らの目的とは何ら関係ないから」
久「そうね。松実さんの言う通り、気になるわね。これが解決しないと寝れないわ」
晴「奇遇だねえ。私もそう思ってたとこだよ」
穏「これが白糸台の先鋒……宮永咲!!」
憧「シズ!?」
優「初対面の印象が薄れたじぇ」
こうして彼女たちは宮永咲の研究に没頭した。
「あうう、うああああああ!」
嫌でも気づいた。
和了ですっかり忘れていた違和感。
目の前に叩きつけられた残酷な事実。
トイレの一番奥の個室で涙をひたすらに流す。我慢しきれなくて声が出る。
「ひっぐ、えぐ……ああ……」
自分は弱かった。
あの卓にいた誰よりも弱かった。
悔しい、そんなものよりも悲しいという気持ちが胸の中を支配していた。どうして自分は強くないのだろうか。たくさんの打って、麻雀部設立当初よりもずっと強くなったはずなのに、このインターハイにはそんな自分を簡単に転がせる魔物がいた。
「何で、何で、何もできないの……」
ドラを集める。その力は宮永咲の前では通用しなかった。火力を下げることができるはずの力は、咲には効果がなかった。嶺上開花、符ハネが自由自在の少女にはいかほども意味を持たなかった。
「駄目なの、ドラを集めるだけじゃ……」
足りなすぎた。何もかもが。地力も、能力の強さも、場の支配力も。
「ドラを集めるだけじゃ駄目……もっと、もっと強いものにしないと……」
どんな相手でも冷静に対処し、大きなプラスを出した咲と次に戦っても今度はトバされる。全ての点数を奪われて大敗。そんなのは簡単に頭に浮かんだ。
「もっと、もっと強くならなきゃ……強く、強くなりたい……」
そうだ。彼女は気がついた。こんな場所で泣いている暇があったら麻雀をしなくては。強くなりたいなら打たないといけない。決勝まで毎日打っても何も変わらない可能性のが大きいだろうが、それでもやらないとならなかった。
――オオオオオオオオ。
ドラゴンが鳴き声を上げた。そこにどんな感情があったのかを知るのは彼女だけである。
姫松の控え室に戻ってきた漫は土下座をした。とんでもない大量失点をやらかした。合わせる顔などない。正直なところ、このあとみんなに殴る蹴るの暴行を受けても文句は言えないと思っている。
誰が見てもあの九連宝燈への振り込みはしょうがないことだ。親の役満を聴牌し、更に大きなマイナスを記録していたところに来たとなれば勝負に出るしかない。
四巡で純正九連宝燈を聴牌した小蒔が異常であり、本来なら役満の和了を待つことだったろう。それに漫も恐ろしい早さで役満を聴牌したのだ。あれが二向聴などだったら少なくとも萬子を捨てることはなかったはずだ。
しかし、凄まじい失点をやったのは紛れもない事実だ。このことについて何を言われても黙って聞くしかない。
かたかたと震える漫にみんなは何も言わない。それだけなのに心に重くのしかかる。今すぐにここから逃げ出したい。遠くで思う存分泣き叫びたい。恐怖なのか、歯がかちかちと音を鳴らした。
こんなにも控え室は重苦しい空気がある場所だったろうか。もうこの空気だけで立てなくなるほどだ。全身を押さえつけるようにして重苦しい空気が彼女を包み込む。
呼吸をするのがやっとだ。ああ、本当にどうしてこんなことになってしまったのだろうか。先鋒どころかレギュラーになるだけの力がなかった。爆発しても本当の強者の前では弱者でしかないとようやく分かった。宮永咲がいなくても神代小蒔にやられていた。
「顔上げや」
「はい」
洋榎の低い声が耳に入っただけで全身に冷たいものが流れた。
「謝ることなんかあらへん。あの場面でああなったら誰でも振り込むわ。むしろ負けずに戦ったのを褒めたる」
「せやで。確かに漫ちゃんはやったけど、でもうちらで取り返したる。めげたらあかんで」
「そうなのよ。私たちみんなで勝つから大丈夫よー」
「でもあないな点数にしてもうたし。こっからはうちをトバそうと他の高校も……あああああ!!」
「それがなんや。うちが取り返したるわ。せやから土下座なんかやめ」
「上重さん、うちは弱いけど頑張るわ。で、決勝であいつをこてんぱんにしたらええよ。そしたらチャラやん」
「ありがとう、ありがとうございます」
もう涙を押さえようともせず、どばっと流した。鼻水やら唾液やらで汚くなった顔を見て、みんなはシャキッとせいと言って漫の顔をタオルで拭く。
「行ってくるー」
「おう。ぶっ飛ばしたり」
由子はのんびりとした調子で対局室へと向かう。
白糸台の控え室では菫が立ち上がった。
「さて、永水を落としとかないとな」
「可能なら阿知賀もお願いします」
「お前から注文とは珍しい。何かあるのか?」
「松実玄は牌に愛された子です」
「試合を見てた限りじゃ、そんな気配はなかった」
尭深の言葉に咲は確信した様子で言った。
「あれはまだ未完です。まあ、仮に目覚めても決勝までは時間があまりないので恐れるに足らずですが、念には念をと思いまして」
「ふむ。分かった。阿知賀も点を削っておこう」
この大会で、というより春の大会から咲が注文をしてきたことは一度もなかっただけに阿知賀の松実玄に対する評価が窺える。菫たちから見て、玄はそれほど強いようには見えなかった。ドラを集める能力は確かに相手の打点を下げる面と自分の打点を上げる面では強いものがあるが、しかし集まると今度は手が窮屈になり、しかも捨てられないとあって身動きがとりづらくなっていた。
しかもドラを中心とした手になるので、分かりやすいものになりがちだ。初見なら恐ろしいものがあれど、情報が出た今なら勝つのにはあまり苦労しない相手と言えた。
咲のことをよく知らなかったなら、何を馬鹿なことをと切り捨てていたところだが、何度も対局したことのある彼女たちはそうは思わず、むしろ玄に対するイメージはがらりと変わった。
菫は控え室を出て対局室へと向かう。
(あいつが実際に打って、感じたのなら確かだろう。松実玄……、咲が警戒を見せる相手か。あの咲が、な)
大分前のことを思い出した。インターミドルで偉業を成し遂げた咲は、冬には白糸台高校に顔を見せるようになった。週に二回ほどであった。最初に来た時は酷いものだった。
監督から、
「弘世さん、今日来る宮永さんはとことん狙い撃ちしてちょうだい。どんなものか見てみたいから」
と言われた。菫としてはそれはいかがなものかと思い、反論したくなったが、彼女自身も咲の実力を見たいという好奇心から反論を飲み込んだ。
部員も「調子に乗せないために痛い目見せちゃえ」と口にした。まあ、高校からは実力が一気に変わるものなので、はじめに痛い目に遭わせておけば成長に役立つだろうと菫は考えた。
「はじめまして、宮永咲です。今日はよろしくお願いします」
綺麗にお辞儀をした咲に菫は促す。
「ああ。話は聞いている。早速だが、入ってくれ」
部室に来た咲は髪を下ろしていた。コートを脱ぐと、近くのソファーに置いて、菫たちの待つ卓についた。外見は可愛らしい女の子だ。こんな子なら麻雀のチャンピオンよりも雑誌のモデルの方が似合ってるな、と率直に思った。
いざ、対局がはじまると、レベルの違いを感じたのは菫たちの方であった。
「ツモ。6200オール」
「ロン。5800は6700」
(くっ。全てかわされる)
白糸台は二連覇こそ達成したが、それは余裕のあったものではない。何とか、と言ってもいいぐらいだ。宮永照、荒川憩、天江衣のような圧倒的エースが決勝の舞台に出てきていたら二連覇は夢のまた夢であったろう。
それでもと二連覇をやった高校の意地とプライドが彼女たちにはあり、咲の親を流すことに成功した。しかし、それで終わるほど咲は甘くない。
「ロン。8000」
次の親を迎えずに咲は下家に直撃を与えてトバした。次の対局では菫がトビ、その次は三人まとめてトバし。
「これで中学生!?」
「圧倒的……」
「強すぎだろ」
「本当に今年のインターミドルはレベルが低かったの?」
白糸台の部員は咲の実力を見てざわめく。インターミドルチャンピオン、偉業達成、などと素晴らしい肩書きの持ち主である咲も高校生には苦戦を強いられると思っていた部員たちには衝撃的であった。咲が来る前に、痛い目見せちゃえと言ったのが恥ずかしくなってきた。
それほどに咲の強さは抜きん出ていた。先輩を相手にしてもこうしてあっさりと勝利するだけの実力。これが本当にインターミドルチャンピオンなのか。とても中学生とは思えないほどに強い。
菫が相手にしてきた誰よりも強かった。こいつには何があっても勝てないと思ったのはこれがはじめてだ。
「やっぱ凄いわね。プロアマの親善試合とかに呼ばれてるだけあるわ」
「なっ!? それなら対局しなくても実力は分かっていたはずですよね」
監督の話に菫がやや非難的に言った。中学生でプロアマの親善試合に呼ばれるほどの人材だと知っていたなら、今回の対局はほとんど意味がない。実力を見る必要なんか何処にもない。
その菫の言葉なんか何処吹く風と、監督は謝罪も言い訳も口にはせず、むしろ菫の注意を他に向けた。
「あと、この子プロに呼ばれて対局したりしてるみたいよ」
「まさか、トップと?」
「流石にトッププロは稀ですよ。普段は昔からの知り合いやその人が連れてきてくれた人と打つぐらいですし、二週間に一度あるかないかです」
最初の挨拶と対局中の宣言以外では口を開かなかった咲がはじめて口を開いた。彼女の口から出る声は女の子らしいものであるし、親しみさえ感じるものがある。不安な時とかに聞くと安心感を覚えそうな、そんな優しい声も対局中はより恐ろしさを実感させるものにしかならない。
監督は咲にドリンクを渡し、質問をした。
「どう? 高校生、それも大会に出れるだけの人と打った感想は」
「なかなか楽しいものでした。中学の人とはレベルが違うのははっきりと感じましたし」
「それならよかったわ。で、あなたから見て白糸台は次も優勝できそう?」
中学生に聞くのかと思ったが、しかし咲の実力は白糸台の部員を遥かに凌駕している。少し複雑な所はあるが、確かに的確な言葉をもらえそうな人ではある。この際だから年齢はあまり気にせずにいた方がいいだろう。
「それはここにいる部員の方を限定してですか?」
「ええ」
「分かりました。率直に言いますと厳しいかと。去年は臨海が龍門渕以外をトバし、決勝では白糸台は強運もあって何とか勝利できました。もし白糸台が臨海より先に龍門渕と対局していたら、天江衣にやられていたでしょう。龍門渕の天江衣、永水の神代小蒔といった圧倒的エースが白糸台にはいないため、彼女たちとの遭遇は敗北を意味します」
手厳しいコメントだ。咲の話にムカッとする部員は少なくはないが、正論を言われているだけに言い返すことさえできない。
「でも、今年からはあなたがいる」
「監督、まさか」
菫の言葉に監督は自信に満ちた顔で頷き、言い切った。
「そう。白糸台の圧倒的エースがこの子よ」
入学前から期待されていた咲はそれに恥じない活躍を見せてきた。彼女の肩にかかったプレッシャーも相当のものであるはずなのに、それを押し返すだけの働きをしてきた。
そんな昔のことを思い出している内に対局室に到着した。
(本来なら私たち先輩が頑張るべきなんだが……不甲斐ないな。しかし、先鋒のエースたちを一蹴して大量に稼ぐことができるのもあいつだけなのも事実。なら私たちは咲の働きを無駄にしないようにしなければな)
試合が開始してすぐに菫は二位の永水を狙う。
「ロン。12000」
親満を直撃してリードを広げる。
(こっち!? 普通最下位でしょ)
巴からしてみれば予想外の一言に尽きる。通常なら最下位を落として決勝進出を確定させる。巴もそのつもりでいたし、てっきり白糸台もその予定だとばかり考えていた。
(永水、そちらの姫は次は弱いのを降ろすのだろうが、こちらも三連覇がかかっているからな。なるべく危険要素は排除しておきたい。それに優勝を目指すなら、選手を観察しておかないとな)
二位の永水にロンしたことでより安心できるものにはなった。次の配牌も良好と来た。
(もう一度永水もいいが、阿知賀をやっておくか。あいつの珍しい注文もあるしな)
菫の指が微かに動く。それは最初からきちんと見ていないと分からないほどの微かなものだ。更に試合中にそんな場所を見ることはまずない。見るとすれば、菫の癖を事前に知っていて、その動作を見抜くためだ。
(次に視線……)
宥は菫の視線が誰に向くのかを確認。自分に向けられていることに気づく。
鳴いたことで手が変わっても、素直に手を進めても菫は正確に相手を射ぬく。それを回避するには歩みを変えるしかない。例えば普通なら一萬捨ての場面で二萬を捨てるなど、といったことをして回避する。
(玄ちゃん……)
控え室に戻ってこなかった妹の心配をしていた。最終成績は前回の試合よりもずっといいものであった。小蒔、咲も対局してあの点数ならこれからの追い上げ次第で決勝進出も不可能ではない。幸いにも最下位との点差もかなりのものだ。二位の永水も菫によって点数は大きく削られ、阿知賀との点差は三万五千を切った。
悪い結果ではない。しかし、玄は控え室に戻ってこなかった。
(多分気づいたんだよね)
和了は全て咲にもたらされたものと。となると今回の点数も咲の力でなったものだ。そんなことに気づいた玄はどんな気持ちになっているのか。それだけは姉の宥でもわからない。
(でも今は……この人)
菫に狙われている。もし玄の心配ばかりして大量失点でもしたら、私のせいだと玄は自分を責めるだろう。このぐらいのことはすぐにわかることだ。わかっているからこそ、宥は試合に集中する。
三索を捨てようとして、菫に狙われていることを踏まえて宥は別の牌を捨てる。
(かわした? このまま狙うのはやめておくか。無理をする必要もないし、狙いにいきすぎて手痛い反撃を咲から何度ももらったことがあるしな)
宥を狙うのを一旦やめる。菫本人も相手を射ぬく時に癖があるとは思ってもいないが、過去の経験から無理に決めにいかないようにする。
(あと二回やって、全てかわされたらそれはたまたまではないことになるな)
(攻めに来ない? 話と違う)
一度かわしても菫は継続して射ぬきに来るというのを晴絵から聞いていた。その時は無理をしている時なのでカウンターするチャンスになる。一位の白糸台に直撃をして点差を縮めたいところであったが、宥の方も無理はしないとツモ和了をして終わる。
(映像の時とは違ってる)
戸惑いはなくはないが、インターハイまでの間に打ち筋に変化があってもさほど可笑しなことでもない。白糸台なら今日までの間に阿知賀と違って様々な人と打てただろうし、その期間中に無理をするところを直したとしても不思議ではない。
(お姉ちゃんが頑張らないと)
玄の気持ちを少しでも楽にしたい。
プラスは当然。宥は次の憧のためにも二位との差を縮めるつもりで打つ。菫のように待ちを寄せ、狙って直撃をとる技術はない。永水の方も下手な人ではないので、攻めとオリの判断ぐらいはする。
でも、永水から一度ぐらいは直撃をとりたい。チームのため、次の憧のためというのももちろんあるが、玄に知ってもらいたい。例えどんな結果であれ、玄が先鋒で頑張ってくれたから、こうして希望を捨てずに決勝戦を目指せると。苦手な防御を必死にやってくれたから点数を守れたと。
(お姉ちゃんが二位にするからね)
白糸台の控え室。
試合を見ていた咲が疑問を口にした。
「部長って癖あったっけ?」
「んー? なかったと思うよ」
「でも、阿知賀の人またかわした」
「癖が見抜かれてるってこと?」
「分かりませんが、その可能性はあるかと。それか阿知賀のあの人は私のように打点と待ちを読めるかになりますが、前の試合を見る限りそれはないので恐らく癖かと」
「癖見つけないと」
「後半戦前に教えないと」
咲と淡は一緒のタブレットで見て、亦野と尭深はそれぞれタブレットを持つ。
(でもこの短時間で見抜けるかな)
今回の菫のような小さな癖を見抜くのは、咲が麻雀で見せたものとはまた別物になる。そもそも相手の手牌の気配から打点と待ちが分かる咲は癖を知る必要はあまりない。あとは相手の能力、 場全体の流れ、相手の様子から判断し、打っている。ただし亦野のように完オリはせず、字牌やスジに頼りやすいといった傾向などは掴むようにしている。風越の美穂子のように理牌の癖を見抜く、というのはしていない。
(私たちが今まで気づかなかったのを今調べても成果はなさそうかな。阿知賀、よく気がついたな)
咲はテレビに映る宥をチラ見して、タブレットに視線を落とした。
試合も後半戦。
ここまで阿知賀を狙って直撃をとろうとしたが、ことごとく外した。こうなると癖を見抜かれてると考えるしかなくなった。
(まさか癖があったとは)
阿知賀は前の試合から大したことはないと、恐れるほどの高校ではないとしていた。神代小蒔で先鋒はボロボロにされ、大将で何とか二位になれたところだったので若干マークを甘くしていた。されど、この阿知賀、多くの人が見抜けなかった癖を見抜いていた。
(確かコーチが赤土晴絵だったな。十年前に阿知賀をインターハイの準決勝まで導いた。そこで小鍛治プロと戦い、敗北した。……インターハイの恐ろしさをよく知ってる人ではある、な)
基本的に各学校のコーチにはあまり意識を向けていない。過去に活躍したプロをコーチにつけているのなら目をつけるが、阿知賀のように特に活躍していないコーチにはそこまでしない。軽く経歴を調べて終わりだ。
「ツモ。1300・2600」
姫松の由子が和了を決める。
(またか。それならホンイツ、上手くすれば清一色も狙えたろうに。遅めの和了をせず、早めの和了で点数を稼いで次に繋げるつもりか)
姫松は小蒔の役満もあって、大量に点数を吐き出してから次鋒戦を開始した。試合開始時は一位の白糸台とは十一万点以上の差があった。それを少しでも埋めるために早い和了をするのは納得がいく。
名門と言われるだけあり、打ち手のレベルは高い。ここまで振り込みはしておらず、着実に取り戻している。
(二位の永水を落として、二位争いをさせるか)
狙いを永水に定める。
『次鋒戦終了!』
白糸台158200
永水101200
阿知賀90700
姫松49900
『二位の永水が大きく点数を落とし、他校が点数を増やして終わる形となりました!』
『阿知賀はこれで希望が見えて来ましたね。二位との差は5800の直撃で引っくり返る程度ですし、次鋒の勢いがそのままなら永水を抜いて二位になるでしょう。しかし、姫松は次がエースなので気を引き締めないと最下位になりかねません』
『姫松は愛宕選手が鍵となりそうですね』
『はい。彼女も強い打ち手ですので、もしかすると阿知賀だけでなく永水もまくるかもしれません』
『なるほど。そこはかとなく上から目線なのは気のせいにしておきます』
『そんなことないよ!?』
『気のせいじゃなかったんですか!!』
阿知賀の控え室に宥は戻ってきた。
「ただいま。玄ちゃんは……」
控え室にある麻雀卓で晴絵と打っている玄の姿があった。目は赤く、泣いた後であるのが分かる。
玄は口を開かず、更には話しかけるのも躊躇するぐらいに集中していた。その目は先鋒での対局で負ったダメージを感じさせず、力強いものだ。
「玄さん、帰ってくるなりいきなり麻雀をはじめたんだ」
「今のままだと決勝でトブからって。とにかく頑張りたいって」
「そうなんだ。うん。このままにしとこうか。玄ちゃん、今までにないぐらいあったかいし」
「あはは。確かにね。今の玄ならなんかやりそうだよね」
宥たちははじめて見た。
いつもは楽しく麻雀を打つ玄が、強くなるために真剣に向き合っている。インターハイ出場するまでも強くなるためにあちこちに行き、色々な人と打ってきたが、今ほど本気の玄は見たことはない。
(玄、あんたは多分はじめて本気で麻雀を打ってる。正直私じゃ力不足。この子の覚醒には宮永照、宮永咲、神代小蒔、天江衣のようなとてつもない強さを持った……牌に愛された子が必要だ)
晴絵はいつも思っていた。玄のドラ支配は凄まじいと。ドラに限定して見れば今まで誰にも負けていない。他者を寄せつけず、自分だけのものとする強大な支配力。
その玄が本気で麻雀に向き合い、楽しむためではなく強くなるために打っている。その姿を見て、この子ならと期待し、応援したくなる。同時に無力感も覚えた。私では駄目だ、この子の役に立てない、弱音が心中を埋めていく。
(情けないね。インターハイでちょいと活躍したってのに)
今はまだ玄より強いが、もしも覚醒されたらすぐに勝てなくなることだろう。
「玄」
「はい」
「私じゃあんたの覚醒の力にはなれない。今日の試合が終わったら宮永照と決勝まで打ちな。あんたの力になれるのは牌に愛された子だけだ」
「はい。宮永さんと打って、打ちまくります。何も変わらないかもしれませんが、今の私じゃ嫌なんです!」
キッと鋭く前を、未来を見つめる玄のために晴絵は自分ができる最高の麻雀を打つ。
麻雀シーンが少ないですね。次鋒は特別目立ちそうな点が、咲たちの先鋒に比べたら地味なんでこうなりました。これからの予定としては。
中堅→副将→大将前半→咲と淡の過去話→大将後半戦→龍門渕先鋒→次鋒→中堅→副将→大将前半→大将後半。
↓
決勝前夜の話→決勝戦先鋒前半→先鋒戦後半→(次鋒→中堅→副将 こちらは一話か二話か)→大将前半→大将後半。
↓
照と咲過去話→個人戦照視線→中ボス淡→ボス衣→ラスボス咲前半→ラスボス後半(咲の最後の能力発動)→エンディング→おまけは書くか考え中。
CM 宮守編
豊「あれー。秘蔵DVDがない」
トシ「あっ、あれかもしれないね。ごめんね。間違って貸しちゃったよ」
豊「よかったー。なくしたと思ったよー」
トシ「宮永咲って書いてたからねえ。ついうっかりしてたよ。ところで中身は何なんだい?」
豊「CMだよー。宮永さんのちょー可愛いやつ」
トシ「あの子そんなのやってたのか。てっきり麻雀一筋と思ってたけど……。まあ、明日には返してもらうから安心しとくれ」
豊「はーい」
ほのぼの系?