『さあ、お前ら後半戦がはじまるぞー! さっさと戻ってこーい!』
『お前らって……やめようよ。そんなんだからこーこちゃん叱られるんだよ』
『例え怒られても、私は自分を変えない!』
『かっこよくないからね!?』
『夫婦漫才はこのぐらいにして。選手が戻ってまいりました。これから後半戦がはじまります』
(やっとまともになった)
『前半戦はまさしく宮永選手に支配されていました。普段の勢いがないとはいえ、他三人はマイナス。特に神代選手は大活躍が予想されていただけに驚きは大きいことでしょう』
『はい。原点付近の点数とはいえ、前回の試合では大幅なプラスを見せた神代選手をああも押さえ込むとは思いもしませんでした。ですが、宮永選手はこれまで後半戦は防御に徹していました。小さなあがりで相手の手を流しはしてましたが、それだけです。普段よりも点数を稼げていない宮永選手がどうするのか気になるところでもあります』
選手が卓に戻る。
東家・神代小蒔、南家・松実玄、西家・宮永咲、北家・上重漫。
今後半戦がはじまる。
控え室にいる阿知賀メンバーは画面を見つめている。憧は顔を向けず、晴絵に聞いた。
「言わなくてよかったの?」
「いいんだよ。あの跳満は玄が自分であがれたと思わせとけば。わざわざモチベーションを下げる必要なんかない」
ここに来た玄は神代に跳満を直撃できたことを、まるではじめて役満をあがった子供のように喜んでいた。あの跳満が宮永咲によって操作されたものだと知れば、その分だけ気持ちは落ち込む。
それは後半戦にそっくりそのまま繋がり、腑抜けた打ち方を生みかねない。それを危険視して事実を飲み込むのは当然の話だ。
当然試合終了後には話す。その時に落ち込む玄の姿を見るのは嫌である。優しく、世話焼きな玄の笑顔こそ見たい。それは誰だって同じ気持ちだ。本当ならわざと言わないこともできる。だが、それでは玄が強くならない。
彼女の持つ喜びを根こそぎ奪うことになるとは分かっている。チームのためと言いながら、残酷なことをする。やはり分かっているだけに玄の応援を心からできない。心のそこにある暗いものが邪魔をする。
お前が大失敗したのによくそんなことができるなと囁く。晴絵は過去のインターハイにて大量失点をしてしまい、結果としてチームを敗北に導いてしまった。
そんな自分だから強く言うんだと思う反面、資格がないとも思ってしまう。
そういった矛盾を抱えながら晴絵は今日までみんなを指導してきた。彼女たちは軽い文句は口にしても、内容には一切反対しなかった。晴絵への信頼があればこそだ。そんなみんなの気持ちを理解してるから、晴絵は暗いものに負けずにいられた。
(玄。あんたは勝ち負けを気にせずに自分の麻雀を打ってくれ)
東一局はいきなりの荒れを見せた。何と玄がいきなり一向聴スタートした。最初のツモでビンゴ。聴牌をした。発ドラ五。しかも待ちは西だ。字牌は数牌とは違って横の繋がりがないので比較的出やすい。七対子などでも待ちに字牌が使われるのは一般的な話だ。
画面の向こうの玄も、このいきなりの、それこそ漫画の主人公のような最高の展開には驚き、でも感情を精一杯押さえ、微かに震える手で牌を捨てた。
「来たー!」
穏乃の叫びにみんなはごくりと唾を飲んだ。
咲の第一ツモが西だ。しかも手には一枚もない。これなら間違いなく捨てる。咲の手もそれほど悪いものではない。引き入れたら聴牌から遠ざかるだけだ。
確信を多分に含んだ願望がみんなの頭にあった。捨てる、捨てろ、これは捨てる、玄の跳満が決まる、決まって。既に喜びが表情となって出ていた。
『あーっと最悪! 宮永選手いきなり松実選手のあがり牌を掴んでしまった! これは開始早々手痛い出費になりそうだー!』
咲は玄を一瞥する。そして迷うことなく、
『み、宮永選手捨てない!? 西を引き入れ、の一索捨てー!』
『阿知賀からの直撃を回避しましたね。しかし、まだ一巡目なので自風牌を残しただけかもしれません』
「そうだよたまたまだよ」
「あんなのすぐに捨てるって!」
そうだ。あり得ない。一巡であがり牌を見抜けるわけがない。たまたま、たまたま、実況の言った通りに自風牌だから残しただけだ。だからすぐに捨てる。
そんなみんなの期待を咲は打ち砕く。西を捨てれば聴牌で、しかも二面待ちなのに捨てず。むしろ両面搭子の片割れを捨てた。次のツモで聴牌。
七巡目。悪魔の宣告がテレビを通してされた。
『カン。ツモ。1200・2300』
『宮永選手の嶺上開花が炸裂ー! 松実選手のあがり牌を止めるだけでなく、それを使っての和了!! とんでもない、とんでもないぞ、こいつは!』
「そんな、ことって……」
「何なのこれ……」
「玄ちゃんの跳満が」
「あり得ない」
「これが宮永咲?」
あの場にはもしかしたら希望などないのかもしれない。他者の希望を強大な力で捩じ伏せ、抗うことすら許さない。あそこにいるのは人ではなく。人をやめた何かなのではないのか。
この東一局を見ているとそうとしか思えなかった。
東二局。親は玄。
(うん。配牌はいいままだよ。今日はついてる。だけど、そんなのこの子の前では石ころ同然)
さっきのあがりから玄も嫌々察しがついた。咲は両目搭子を落として西を取り込んだ。その落としから考えるに遅くとも五巡目で西を引いたことになる。それほど早い巡目であるのに悪い待ちをとって、危険牌を握り潰した。
それとも嶺上開花できる待ちだから選んだのか。玄としてはそちらを信じたい。もし危険牌と分かっていた場合、咲はリーチをかけない限り放銃しないことになる。
玄の頭には鉄壁の守りを見せた咲の姿しかない。
(姫松、来ちゃったか)
(来とる。これは爆発の流れや。宮永以外は全員高火力で勝負に行くから注意が必要やけど、でもうちも含めたデカイ手を宮永は流しにかかる。でも三人をそうするのは無理や。なら確実に早い奴から対処する。逆に言えば攻めまくってもリスクは普段よりも低い)
見えた。勝利への確かな道が。
(よっしゃ、やったるわ)
(姫松の人急にやる気になったね。もしかして私を利用するつもりかな? 攻撃的にやれないからキツいんだよね。前半戦みたいにやれるならまだしも、防御中心ってのは……しょうがない。阿知賀を殺さないでおこ)
それに姫松は気づいていない。姫松が小蒔を警戒すれば萬子は捨てられない。漫は爆発すると789に偏ると分かりやすい。それは脅威にならない。例えば六を引いたりすれば、捨てるしかない。受け入れたら打点は大幅に下がる。
(そういう可能性はゼロじゃないし、必ず789を引くわけじゃない。さて、萬子の789以外引いたらどうするの? 永水の人が怖くて萬子は捨てにくいんでしょ)
玄も漫も前半戦は萬子が捨てにくいことで苦しいものがあった。上手く手を作り変えられたらいいが、駄目であったら即オリという状況だった。手を作り変える、という道を自ら閉ざしたことに気づいていない漫はやはり脅威にならないと判断した。
(よし、聴牌や)
(聴牌か。まあ別にいいけど)
偏りのおかげで早くに聴牌した。そんな漫に大した興味を示さずにいた。漫が聴牌をとり、要らない牌を捨てると。
「ロン。18000です」
そこへ玄から直撃が入った。
(宮永が何もして、へん)
跳満の点数を払い、漫は咲を見る。玄の和了に対して思うところがないようだ。前半のように流しにいこうとはしていなかった咲を考えるに、
(うちの爆発を止めるために野放しにしおったんか。ツモられたらどうする気なんや)
ツモられたらツモられたで点数を回収しにいってたことだろう。より重要なのはこうして漫に私は阿知賀を止めないよ、と伝えることにある。こうしてしまえばこの跳満が脳裏をよぎり、大胆になれない。ましてやこの卓には玄の格上となる神代小蒔もいる。
萬子は切りにくい、阿知賀は止まらない。咲が流しに来る。これらが揃ったことで漫の爆発は勢いをなくすしかない。
(こんな、こんなことってありなん? せっかく爆発したのに……)
牌の偏りのせいで漫は安手を狙いにくい。安目となる六が出たならともかく、狙ってタンヤオのみ、役牌のみということはほとんどない。更に漫の偏りは分かりやすいという特徴もあるため、小蒔同様気づかれたら当たり牌は滅多なことでは出てこない。安目となる六は出るかもしれないが、高めはほぼない。つまり自力ツモが高打点を生む唯一の方法だ。
(みんなの、みんなのために勝ちたいのにこれじゃ……)
今や姫松は最下位だ。前半戦終了時でも三位な上に四位とも僅差であった。情けない、情けなすぎて涙が出そうだ。もう目が熱い。今にも涙が流れそうだ。
ふと思った。このままあがりを諦め、点数を減らさないようにしてもいいのではと。そうすれば酷い事態には繋がらない。
(何考えとんねん、うちは。名門姫松のメンバーで、レギュラーに選ばれたんや。気持ちで負ける奴なんか駄目や!)
仮に酷い点数になっても、強敵を前にして気持ちでは負けず、最後まで走り続ける姿を見せなくてはいけない。
(うちはやったる!)
テレビを見ていた洋榎はにっと笑う。
「せやで。どんな化け物相手にしても立ち向かう。その結果酷いもんになってもええわ。気持ちで負けるようなアホはうちらの中にはおらん」
「できれば稼いだほうがええけどね」
「絹ちゃんの言うとおりや。負けたら罰ゲーム執行や」
「恭子は容赦なしなのよー」
画面の向こうの漫は強敵を相手にしても負けていない。気持ちだけでもいい。名門姫松のレギュラーとしての強い姿を見せてほしい。
『ポン』
「おっ、ええ鳴きや」
『ポン』
「宮永、後半防御のみはさぞかしきついやろ」
意地悪く笑う洋榎。彼女はインターミドルで咲に辛酸を嘗めさせられた。その時のことは忘れていないだけに、身動きがとれない咲を見ると愉快な気持ちになる。このままやったらどうにもならんで、と内心で言った時、
『ツモ! 3100・6100!』
漫の和了が決まった。
止められなかった。既に後半戦は東三局。これをどう見るか。
(これは予想外。……甘く見すぎていたと認めないとね。でも後半戦防御というのは崩さない。これはこれでいい経験だしね。でも、流石にただ防御してても駄目)
「チー」
(流す気やな。させへん!)
「ツモ。1000・2000」
(永水!)
後半戦に入ってから静かであった小蒔が突然の安あがりを決めた。これには咲も驚いた。手を染めることなく、普通の和了をした。
(これは……私の親を流した? 親で稼がせず、点差を広げさせないために)
今までとは違う行動に驚くしかない。
(高い手を流す私は安手を流すことはあまりない。だけど、それを分かってるとは思えない。つまり永水の人は安手に仕上げることで、私の意識を他の二人に向かせるつもりだ。そうすれば私は他二人の対処に回る。その間に安手でもいいから和了すれば当然差は縮まる)
こればかりは完全な誤算だ。まさか打点放棄をしてくるとは思いもしなかった。思ったよりも柔軟な思考の持ち主のようだ。
(放銃がなければ基本的に大きな失点はない。前半戦で50000点を稼ぎ、流しつつ場を進めたらそれでいい。そうすれば私は145000~150000の間にいられる。でも既に後半戦折り返しで点数は140000点に届いていない。確かに開始時から見ても減りは少ない。でも前半戦では予定点数よりも12200点少なかった。つまり、それを失点と捉えると私は合計で12600点を失点したことになる)
冷静に自分の状況を分析する。それから出た結論は今までの試合ではなかったものだ。
(これは一度跳満を出さないといけないみたいだね)
後半戦で満貫以上を出すのはこの準決勝がはじめてだ。ここまで追い詰められたのはインターハイでは初となる。天江衣、大星淡に並ぶのは神代小蒔だけと考えていた。彼女に注意を払い、他にも気をやれば問題はない予定が姫松の爆発と小蒔の方向転換により崩壊した。
(流石は最強の神、か。でもまあ、常に優勢なのより、こうしてる麻雀のが面白いんだけどね)
他にもこうなった原因としては、咲の防御姿勢にある。後半戦防御になるというのなら、生牌が切りにくいという状況は消えてなくなる。そうなると相手の手を遅らせる要因の一つが欠落する。
東四局。親は上重漫。
「カン」
咲は小蒔の捨てた白を鳴いた。この一局に限り、容赦しない。本来の自分の姿で攻撃を仕掛ける。引いてきた北で暗刻が完成する。既にトイトイが見えている。ここに白と嶺上開花が加わって満貫。それでは足りない。
「それもカン」
今度は八筒を。それを見た漫はがっかりした。何度も書いたが、牌の偏りが789が漫の爆発の特徴となる。その内の八筒をカンされてしまったことで、筒子は九以外は完全に打点を下げる要素でしかない。また、そのように手を進めていたこともあって、作り直しをせざるを得ない。
玄の方も咲のカンのせいでドラが増えてしまい、思うようにいかなくなった。ドラを切ればしばらくドラが来なくなる玄はドラが切れない。こちらは漫とは違い、完全に身動きを封じられた形となる。
小蒔の方は咲の最初の動きを見て防御に入っていた。咲は勘違いしていたが、小蒔は打点を捨てたわけではない。先ほどのは単純に咲の親を流すのを目的としただけだ。そんな小蒔の行動が思わぬ形で火をつけたのは皮肉な話だが。
「カン。ツモ。トイトイ、三槓子、白、北、嶺上開花。3000・6000」
この跳満により一気に目標点数付近までいく。
この和了で再び場は咲に支配される。自ら攻めていく姿は小蒔を除く二人の手を遅らせる。字牌を思うように捨てられなくなり、手を腐らせてしまう。懸念材料たる小蒔にさえ注意を払えばいい。
しかし、拭えない違和感がある。
(おかしい。前半戦で永水の人は私を恐れずに向かってきてた。だから前半戦は稼ぎが少なかった。そして満貫に止めた。でもこの後半戦はそうじゃない。あがれるならあがろう、みたいな感じがする)
前半戦の馬鹿みたいな攻撃性が息を潜めている。それこそ考える頭ないんじゃないのか、というぐらいに攻めてきた。それを柔軟に対応し、押さえつけてきた。相手は押さえてもお構いなしに盛大に暴れ、自分の攻撃を決めてきた。
前半戦終了で原点付近というのは小蒔がはじめてだ。ほとんど沈ませることもできなかった。やはり去年牌に愛された子として選ばれるだけの実力の持ち主と強く感じたし、最後まで目を離さないつもりだ。
その小蒔がどういうわけか大人しい。東場で和了したのは安手のみ。少なくとも前半戦は跳満を決めていた。何かがおかしい。
(目は離せないな……)
迎えるオーラス。ここまで場は静かであった。玄は点棒を減らさないことに意識を置き、防御中心だ。点数も削りは大きくない。稼げなかったのは残念な話ではあるが、無理をしても自分の実力では咲と小蒔を相手にはできないと判断したからこその防御だ。
漫が爆発中というのは分かっており、上目を捨てなければでかい放銃はない。玄は高めになる九は一切捨てずにいた。
一方の漫は萬子の上目を引けなければ一気に手が死ぬとだけあって、厳しいものがあった。五萬なんか引いたらオリるしかない。仮に捨てて、小蒔があがらずとも鳴けばそれだけ和了に近づく。苦しんでいると咲が安手を決める。どうにもならないとはまさしくこのことだと、漫は痛感してしまった。
攻める意思は変わらないが、危険を顧みずに突っ走るのはただの愚者でしかない。無理だと思ったら素直に引いて、点数の減りを押さえてチャンスを待つ。ラストの親をここで生かしたい。
(永水……! まさかここで来るなんて……)
咲は前局の親を永水に流してもらった。連荘をするつもりがなかったので、永水の手が安いと見ると躊躇うことなく安目を捨てた。それを永水はロンした。
ここまではよかった。しかし、これは流石の咲も予想していなかった。何故小蒔が攻めの意思を見せなかったのか。それは全てをオーラスに注ぐためだ。力を溜めていた、温存していたと言っていい。
(配牌からの気配で分かる。聴牌してないからまだ強大ではない。でも大きな気配を発してる。これは役満級のものだ)
前半戦のように攻めても稼げないと知るや、小蒔は方向性を変えた。前の試合のように大きい和了を連発できない。和了しても咲に持っていかれ、稼ぎがままならない。そこで小蒔はオーラスで決めることにした。
オーラスなら咲も小蒔の和了を止めることはできても稼ぎを削ることはできない。己の和了のために力の無駄遣いをやめ、この時のために練り上げ、溜め込んできた。たった一回の和了を決める、ただそれだけのことにだ。
咲がいなければ小蒔もこんな真似はしなかった。普通に打てば何度も大物手を和了し、少なくとも今回のような力の使い方よりも稼げる。だが、思わぬ敵――自分よりも強い――との遭遇でせざるを得なかった。
小蒔の手牌。
一一一二三四五七九九九①⑥
(いや、姫松もだ。……これは流せない)
上家の玄は防御に徹しているので、生牌はあまり出してくれない。チーは可能だろうが、玄が欲しいところを捨てるとは限らない。更に漫の上家の咲は四人の中で引くのが一番遅い。
(永水の人の手が進んだ)
ツモあがりをされたら辛いものがある。小蒔は子なので役満の点数は32000点。ツモだと逆転はされないが、一気に差は縮まり、10000点少しになる。今まで咲は二位との差を50000点以上にしてきた。ところがこの神代小蒔はロンでもその半分以下にすることができる。
咲はスッと横目で漫を見た。彼女もツモはいい。しかも完成すれば役満級の手だ。
(下家じゃないから永水は飛ばせない。なら、姫松に役満を食らってもらおう)
四巡目。小蒔聴牌。
一一一二三四五六七八九九九
(この巡目で純正九連宝燈ってあり得ないでしょ。いやいや、これは無理。うわあ…………)
間に合わないだけでなく萬子を引いた。萬子が捨てられないことで咲の手は死んでしまった。ここから手を完成させるよりも早く小蒔は和了を決める。
小蒔は萬子に偏る。つまり次のツモかその次で和了を決める。
(来た! 聴牌や! 数え役満が見えとる!)
浮いた牌を捨てる。と咲がここぞとばかりに鳴いた。
「ポン」
(させへん!)
(私の勘が確かなら、その牌は間違いなく)
(萬子……。でも神代はまだ萬子を捨ててへんし、この巡目や。親の役満を聴牌してるか分からへん相手のために捨てれん!)
漫がツモ切り。
その瞬間決まる。
「ロン。九連宝燈……32000」
白糸台148500
永水130500
阿知賀84700
姫松36300
『先鋒戦終了ー! なんとオーラスで二人がほぼ同時に役満を聴牌するも、和了を決めたのは永水の神代選手!』
『純正九連宝燈にしては聴牌と和了が恐ろしく早かったですね。こんなに早いのははじめて見ましたよ』
『私も見ててびっくりしましたよ。配牌から凄かったですからね』
『あれは奇跡に近いですよ。しかし、本当に恐ろしいのはやはり宮永選手です。彼女があそこでポンをしなければ神代選手はツモ和了してました。そうしたら点差はより小さくなっていたでしょう』
『いやあ、最後にまとめて来た感じがありますね。そして、宮永選手と打ってマイナスにならず、大きなプラスを記録したのは神代選手がはじめてです。まさに初体験!』
『何でそのワードをチョイスしたの!?』
髪を結った咲は控え室へと戻る。
「ただいま戻りました」
「お疲れ」
「お疲れさま」
「お疲れ」
「お疲れー。最後永水凄かったねー」
「あれは止められなかったから姫松の人に受けてもらった。まさか最後に来るとは思わなかったよ」
「配牌で二向聴だったぞ。四巡目で純正を聴牌した」
「でしょうね。配牌からやばそうでしたし」
「それを普通に分かってる咲もやばいから」
呆れたように言う亦野に何故か淡が胸を張り、さも自分のことのように誇った。
「だってサキだもん。あんな巫女余裕だよ!」
本当に、自分の誇りであるような得意気な笑みだ。フフンと嬉しそうに鼻を鳴らし、ポンポンと自分の隣を叩いて咲を誘う。咲はごく自然に淡の隣に座り、淡が太ももに頭を乗せるとこれまた当然の流れと頭に手を置く。
顔をテレビに向けたまま淡が尋ねた。
「サキはあれいつ使うの?」
「四槓子なら相手次第だけど団体戦の決勝、もう一つの方は個人戦の決勝だよ」
「なあ、お前らが言うもう一つのあれとは何なんだ?」
咲の方はともかく、淡は秘密の一点張りで教えようとはしない。それほどにその能力が特異で、強力なもので、周りに知れ渡るのを防ぎたいのか。そういうのは菫も何となく分かってはいるが、同じチームの仲間にも話してもらえないのは、寂しいものと悲しいものがある。チームの最年長としてもっと頼って、信頼して欲しいと思う。
「少しならいいよ」
ところが今日の淡は少し違った。含みがある笑みを浮かべ、本当に少しだけ言った。
「あれはね、例え十四枚集めたタカミーでも駄目なんだよ」
「はっ?」
「そういうものなんだ。あれは私とサキ以外には本当に鬼畜だからね」
「尭深でも駄目って。かなりだね」
「そうだよー。だから見るまでのとっておき。その方が楽しいでしょ」
「何だ。てっきり信用してないから話さないと思ってたぞ」
「そんなわけないじゃん。みんな大好き、ちょー好きだよ! タカミのいれてくれるお茶は美味しいし、この前なんか私がこれ好きと言ったお茶は切らさないようにしてくれるし、たまに見せる笑顔かわいいよ。セイコはお節介なところも多いけど、でも私の勉強には投げ出さないで付き合ってくれるし、後輩思いで優しいよ。スミレはちょっと、てか結構頭固いところはあるけど誰よりも部活に熱心で見ててカッコいいって思うもん! そんなみんなと一緒のチームになれて私はかなり嬉しいんだよ!」
基本アホの子の淡は後先考えず、自分のありのままの思いを恥ずかしがらずに言い切った。本人がこれなので、聞いたみんなはストレートすぎる想いに照れくさくなって淡から目を逸らした。
不思議そうにみんなを見る淡は何でちょっと赤くなってんの、と疑問顔になっていた。
後半戦終了。小蒔の思わぬ反撃。姫松の爆発の絡みで行動を変える咲。利用される玄。インターミドルでの洋榎と咲。余計なものは増やさないようにしないと。余計なもの増やすと後で泣きを見る。
CMの依頼 白糸台、春の大会直後。
「CMに出てもらえませんか?」
咲「はあ、私がですか?」
「ええ。前人未到のインターミドル三連覇。更に団体戦二連覇。春の大会で大活躍。小学生や今年中学生になられた子などは宮永さんを目標にしていたり、憧れていたりすると思います。その年代の子を対象に今度プロと対局したり、教えてもらえたりするイベントを麻雀教室でやります。その宣伝をあなたにしてもらいたいんです」
咲「なるほど。分かりました。引き受けます」
「ありがとうございます」
そんなこんなで物事は進み。ついにCM放送当日。
咲「おはよう、ございます?」
部室に来ると淡をはじめとした部員みんながにやにやと笑っている。あの菫ですらにやにやしていた。
淡「みんな、はじまるよー」
皆「はーい」
咲「ましゃか……!」
淡がテレビの電源を入れた。麗らかな声が部室に広がる。
咲『みんな、おっはよー。今日は中学生になったばかりの子や小さい子にお知らせがありまーす。今度×××にある麻雀教室〇〇〇で今活躍中のプロの人たちが来てくれるんだって。この人たちがみんなに麻雀を教えてくれるから是非来てねー☆』
右手の人指し指と中指で麻雀牌の一筒を挟み、髪を自然な状態にした宮永咲は女の子らしい服を着ていて、可愛らしい容姿にぴったりの笑顔でテレビに映っていた。
淡「あっははははははは!」
菫「ぶふっ。似合いすぎてて怖いぐらいだな」
誠子「うわあ、はじめて見た」
尭深「可愛いよ」
部室が笑いに包まれる。CMの人は顔を真っ赤にして、下を見てぷるぷると震えていた。
後にこれは咲ファンの間で話題となり、都内と期間限定のCMであったのも関係し、DVDに録画され、県外へ流出。瞬く間に多くの人に知れ渡ることとなる。