咲と照のセリフと高校が逆だったら   作:緋色の

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ようやく咲さんですね。ちなみに衣の回想の星と月と花というタイトルは個人戦決勝オーラスで咲が使う能力になります。


全中王者

 対局室に誰よりも早くに来て、座っている人物がいた。時間を潰すためか、それとも精神を落ち着けるためにか本を読んでいた。彼女の手元には北が置かれてある。

 

(あの子がインターミドルチャンピオン。高校一年生最強の子)

 

 仲間に頑張って来ると言い残し、来るまでに気合いを十分すぎるほどに入れた松実玄は卓に置かれた牌を手にとる。東だ。

 

 起家だ。これをラッキーと捉えるか、不幸と捉えるか。宮永咲との対戦はこれがはじめてだ。映像では見たことはあっても、実際に打たないと正確に実力を把握するとは難しい。

 

 この大会で前に戦った神代小蒔以上の注目を集める選手であり、インターハイ初の試合では苦もなく150000点越えをやってみせた。

 

 玄としては咲の持つ北か西のがよかった。実力者二人を相手にして、起家で暴れられる自信はないし、和了すら無理だろうとも思っていた。それは自分の力量を正確に把握しているからこその考えだ。

 

 自分の親が問答無用で一度消滅したも同然となり、チームのために失点を押さえて稼ぎたい玄としては、この東はまさしく最悪であった。

 

 宮永咲か神代小蒔がツモ和了すればいきなりの親被りだ。対局前から後ろ向きに考える玄だが、こんな弱気なことでは駄目だと気づく。

 

 これから戦う人はみんなは格上なのだ。今から気持ちで負けていたら、しなくてもいいミスをすることになる。もとから勝ち目のない戦いならむしろ開き直ればいい。負けるの結構。その代わり手痛い反撃を食らわしてやる。

 

(うん。よし!)

 

 気合いを入れ直した玄に合わせるようにして、他の対局者がやって来た。永水の神代小蒔。姫松の上重漫。

 

 東家・松実玄。南家・上重漫、西家・神代小蒔、北家・宮永咲。

 

『さあ、はじまりました準決勝! シード二校が初の顔合わせ!』

 

『この先鋒においてシード二校の選手はどちらも注目を集めていますね。二人ともこの大会ではトップクラスの選手と言われていますし、他の選手がどう対応するのかも注目のポイントでしょう』

 

『なるほど。他には何かありますか?』

 

『はい。神代選手と上重選手はブレが大きいのに対して、宮永選手はブレのない安定した強さがあります。宮永選手はともかく、この場は先ほど述べたようにブレのある選手が集まっているので、大荒れする可能性が高いです』

 

『そっちのが見てて楽しいんですけどね』

 

『その大荒れした場で宮永選手がどう打つのかも見所になるでしょう。或いは全く荒れることなく終わるか』

 

 東一局。親は松実玄。

 

 小蒔はこの前の試合では萬子の染め手、ホンイツなどが多かった。照たちから今回は清一色が多くなるから気をつけろと言われているので、不用意に萬子を捨てることはしない。そのおかげなのか五巡目まで安心して打てていた。

 

 だが、永水の姫は眠りにつき、最強の神を降ろして目覚める。

 

「はうっ!」

 

(きっついなあ……かなりやん)

 

(これは力を押さえてちゃ無理だけど、今から押さえにいくのも無理かな)

 

 咲は髪を結ってるゴムをとり、ポケットにしまう。自然な状態にして、神代小蒔が放つプレッシャーを涼しい顔で受け流す。

 

 プレッシャーに当てられた玄と漫は恐れから一歩引いてしまい、弱気なプレイになる。唯一咲だけはそんな姿勢は見せず、まあやれることはやりましょうかと言うように打つ。

 

「ツモ。1300・2600」

 

(ふむ。途中からだったから、点数は低いみたいだね。さて、やりますか)

 

(うう、やっぱ神代さ……えっ?)

 

(なんや、宮永から)

 

 ふわっと、風が吹いた。

 

 玄と漫は慌てたように神代から咲に顔を向けた。

 

 咲の瞳の奥が鋭い輝きを発した。

 

 景色が変わる。

 

 目の前には宮永咲が立っている。彼女の足下には色とりどりの花が咲き乱れている。周りをぐるりと見ると大自然と青空が広がっていた。

 

(山頂……? そして、花。まさか嶺上開花?)

 

 それに思い至った時、玄ははっとなり、正気に戻った。

 

 先ほど見た光景は今は咲の背後にだけある。

 

(神代さんみたいな怖い感じはないけど)

 

 不気味だ。心がざわざわと騒ぎ、落ち着かない気持ちになる。怖い感じがしないのが逆に怖い。気のせいか神代小蒔の恐ろしい気配が薄れた気がした。

 

 涼しげな風が吹く。冷房のものでもなければ、実際に起こってるものでもない。錯覚でしかない。もしかしたらこれが宮永咲から放たれる本来のプレッシャーなのかもしれない。

 

 肌を撫で上げて通りすぎていく。

 

(これはますます注意しないと)

 

 東二局。親は漫。

 

(確か宮永は初期から暗刻と対子を持ってる。ただ中学ん時は暗刻と対子二つか、暗刻二つと対子が連発してて、たまに暗刻三つか対子三つ。さっきのから考えて、三つのパターンと考えるんがええやろな)

 

 末原から聞かされていた情報を思い出し、考慮しつつ打つが、基本的に么九牌が多いとは言え、暗刻と対子の牌は決まっていない。生牌を切らないように、というのも限度がある。

 

 そんなことをやれば聴牌は遅れるし、和了率も低下する。

 

 漫は隙あらば攻撃しに行く姿勢だ。今も虎視眈々と咲と小蒔、そしてこの卓で一番実力が低いと思われる玄を狙っている。小蒔に怖がっていても先ほどのようにあがられてしまう。

 

(うちら姫松は決勝に行き、優勝する)

 

 去年から永水が出た影響で姫松はシードから外された。そのことを主将の愛宕洋榎は悔しがってるかと思えば、

 

「シードやなかろうと勝てばええんや」

 

 などと腕を組みながらきっぱりと言い、シードから外されたことを何とも思っていなかった。洋榎にとってシードというのはどうでもいいものであり、固執するほどの価値はないと捨てている。

 

 名門姫松の主将らしからぬ考えではあるが、しかし言っていることは正しい。過去にもシードに選ばれながら初戦負けする高校も少ない数ではあるが存在している。シードに選ばれても選ばれなくても勝利するという単純明快な答えがあるから、洋榎はシード落ちを大したことはないとしているのだ。

 

 そのことを漫は否定しない。シードに選ばれるために勝つのではない。全国優勝をし、日本一となるために日々練習しているのだ。シードはおまけでしかない。

 

 だから漫はこの先鋒で30000点、可能ならそれよりも稼ぐつもりだ。多くの点数を稼げばそれだけみんなのやる気は高まるし、この準決勝を抜ける確率も上がる。

 

(やるんや)

 

 漫のやる気は燃え広がる炎のようであった。ここに座る三人を出し抜き、トップに立つ。できることなら小蒔と咲に大差をつける。

 

(姫松はまだ爆発しないし、席に恵まれたから前半戦は大丈夫かな)

 

 小蒔の下家となった咲はポンかカンをすればツモを飛ばせる。下家の玄はドラが切れないので、そこを狙えばどうとでもなる。場合によってはカンをしてドラを増やし、身動きも封じる。

 

(神代さん、ほんと凄いな。加速しとかないと危険か)

 

 基本的に跳満の和了を基本とすることで打点と速度を両立している。打点を下げて速度を上げることも可能としている咲はそっちに意識をやる。満貫までを基本として打ち、点数を稼ぐ。

 

(できれば決勝にはいけないようにしておきたいけど、この神代さんじゃ確実にはできないな)

 

 自信を持てない状況ではあるが、咲は別段焦ることもない。爆発の気配を姫松が見せておらず、玄の方も簡単に対処できるとあって、処理に追われることはない。

 

(四巡目で神代さんは一向聴。倍満クラス。しかもここまで切ってるのは一枚の字牌と筒子と索子の真ん中辺り。姫松と阿知賀は早々にオリ、か)

 

 阿知賀にポンできる中がある。次のツモで咲は中を引いた。

 

 

 

 

 

 

 試合の映像を見ていた清澄一同は咲は中を引き入れ、五筒を切って三六索待ちにすると思っていた。そんなみんなの気持ちを口にしたのは京太郎である。

 

「五筒切ってリーチかな」

 

「そうですね。それが妥当です」

 

「まあ、普通はそうするわね」

 

 咲はツモ切りした。

 

「はあっ!?」

 

「あり得ません! 待ちは出にくいかもしれませんが、リーチをかければ神代さん以外完全にオリますし、場にはまだ残っているのに」

 

 宮永咲が増やした安牌を見た玄は前回戦った時に見た神代を思い出し、合わせ打ちした。

 

『ポン』

 

 打五筒。

 

「いや、リーチかけたら裏にも期待できただろ」

 

「私やのどちゃんでもしてるじょ」

 

 この不可解な鳴きは当然玄と漫も気にした。何か企んでいるのではと。その真意を知るのは直後であった。

 

 神代を恐れ、萬子を切れない玄は三索を落とした。

 

『ロン。1300』

 

「リーチかけとったら出てなかったの」

 

「ですが、あの中切りは非効率極まりないです」

 

「でも永水の清一色を潰した」

 

「和了できるとは限らないじゃないですか。それに聴牌もしてませんし」

 

 デジタル打ちの和でなくても理解できない。聴牌を捨てて、ツモ切り。これではまるで見えていたようではないか。玄の手にあった一枚浮きの中が。

 

「でもまだ安いから大丈夫よ」

 

 と和を安心させるように言い聞かせるが、久はこの一局で宮永咲の強者たる一面を見た。また配牌から暗刻と対子二つを持っていた。中学の時のデータが確かならここから咲は最低でも暗刻と対子二つを持ってる状態でスタートする。

 

(松実さん、あなたが相手にしてるのは人間の領域を超えた……神か悪魔、かもしれないわ)

 

 玄の今後に憂いの念を持つ。この準決勝はまだ大丈夫でも、決勝で戦ったらどうなるか。見ているだけの久でも、あの場のおかしなものを感じつつあった。

 

 もし咲が和たちの言った通りの打ち方をしていたら、玄は三索を切らずにいた。そうすると予想の範囲であるが、神代はツモっていたんじゃないか。その未来を予想した咲は打点を捨てて和了することで防いだ。

 

 咲は自分のカン材の在りかを把握していたから中を捨てて、玄から中を出させ、ポンをした。更に嶺上牌にあがり牌がないことも見抜き、カンをせずにいた。また、カンをして三索が新ドラになれば玄に集まってしまう。ダマにしても、玄から中が出たら先述した理由から鳴けず。それらの理由から咲は不可解な打ち方をしたと久は結論づけた。

 

(あの場を支配しつつあるわね)

 

 末恐ろしい。あれでまだ高校一年生なのだ。目には見えないが、徐々に確実に場を支配していっている。

 

 ゾクゾクと背筋に冷たいものが走る。あんな子と対局したら、自分は間違いなく完膚なきまでに叩きのめされる。一方的に点棒をむしりとられ、最後には。そんなことを想像するだけで頭の中は霧がかかったように白んでいき、まともに考えれなくなった。

 

「久?」

 

「えっ?」

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫よ。何でもないわ」

 

 それが嘘なのを照はすぐに分かったが、深く聞くのもあれかと思い、視線をテレビに戻した。

 

(何やってんのよ、私は)

 

 想像だけで何を恐れてるのだ。顔に手を当ててはあ、と溜め息を吐こうとしたが、手がべちゃりと濡れた。溜め息も吐けなかったと、ますます気落ちした様子で、顔に張りつく汗をハンカチで拭き取る。

 

 

 

 

 

 東三局。親小蒔。

 

 東二局の咲の和了で玄は警戒する相手が他にもいたことをようやく思い出し、神代だけでなく咲にもなるべく注意を払う。

 

 あの振り込みもそれほど痛くない。不注意であったのを認め、ここから最善を尽くして打つだけだ。

 

(ツモいいなぁ)

 

 欲しい所を引ける。そのおかげで六巡目で聴牌。手はタンヤオドラ6だ。片あがりなどはない。この前の試合から見てやっといい感じの手が来てくれた。清澄との対局ではみんながレベルが高く、上手く立ち回れなかった。その時は運の悪さもあったが、やはりチャンピオンの照の実力は凄まじく、誰も何もできずに終わった。

 

「リーチ……!」

 

(そんな……)

 

 ツモがいいことを喜んでいたら親の小蒔がリーチをかけた。あぁ、と玄は落ち込んだ。やっぱり駄目だ。跳満の手ではあるが、親の小蒔は清一色が濃い。それによる打点はかなり高い。リーチをかけたことで役も増えた。おそらく倍満。もしかしたら三倍満、数え役満もある。

 

 この局もこうなったら咲が安あがりして小蒔の和了を防ぐのを待つしかないやと諦めた。

 

「チー」

 

(チー?)

 

 玄は違和感を覚えた。咲がチーをするケースは少ない。ツモをずらしたとすれば、カンする牌を引き入れるためだろう。それにしたってこの状況でチーというのも何か変な感じがした。

 

 ツモってきた牌は安牌。玄は当たり前のようにそれを切る。続いて姫松は萬子を引いたのか、嫌そうな顔をしていた。手から九索を捨てると。

 

「ポン」

 

(宮永?)

 

 咲が再び鳴いた。目的の見えない謎の鳴きだ。次のツモでカンをするつもりなのか。まるで暗闇にいるような気になった漫を置いて場は進み、

 

「ロン。12000です」

 

 玄が小蒔に跳満を当てた。この結果を見た漫は暗闇から抜け出し、咲の本当の目的を理解した。

 

(こいつ、神代のでかいの潰して、ついでに跳満の被害なくしおった)

 

 小蒔が最後に捨てた牌は、鳴きがなければ咲がツモっていた。これは咲のカン材と見ていい。それを不可解な鳴きで小蒔に回し、跳満とそれ以上の手の被害をなくした。小蒔がツモっても、玄がツモっても点数は削られる。これは当然の話だ。しかし、咲はそれをなくして点数を守った。

 

(こいつ、ヤバイ……)

 

 和了できたことに喜ぶ玄は違和感のことなどすっかり忘れている様子で、嬉しさをそのまま顔から出している。

 

『次の親はインターミドルチャンピオン!』

 

 四巡目。咲が東を暗槓した。嶺上牌を引き入れて牌を捨てる。

 

 玄が北を捨てると、

 

「カン。ツモ。12000」

 

 ダブ東、嶺上開花を決めた。符のこともあって三翻でありながら満貫に到達した。

 

「カン。ツモ。4000オール」

 

「ツモ。2200オール」

 

(ああうう……)

 

(うちだけ焼き鳥や……)

 

 他人の捨て牌をカンし、嶺上牌をとることができる咲の聴牌速度は早いものがある。最後は二回もカンをしての二翻60符だ。

 

 このまま咲が暴れると思われたが、それは黙っていなかった。

 

「ツモ。3300・6300」

 

「はやいわあ」

 

(止めれなかったなあ)

 

 咲の止めよりも早く小蒔が跳満を和了した。そうなるよねと苦笑して、次に挑む。

 

 

 

 

 

 

 オーラス。親は咲。

 

「カン」

 

「はっ!?」

 

 漫でなくとも驚きの声を上げただろう。親の咲が配牌からカンしてきたのだ。発の暗槓だ。いきなり四枚揃っているというのははじめてのことだ。

 

 この時、漫と玄は嫌な予感がした。そんなことあるわけない、と安心を得るために自分に聞かせるが、そうすると逆に不安は強まり、消えないものとなった。

 

 もしもそんなことが起きたらどうしようもない上に、それこそ天和みたいなものだ。いくら麻雀が偶然性の高いもので、咲がとんでもない新人だとしても起こるわけがない。

 

 だから安心していいのだと思う。ただそれはあくまで普通の相手だったのなら。

 

「ツモ。3900オール」

 

「はい」

 

(何やねん、何やねんそれ。対抗とかそないな話やないやん)

 

(もしかしたら天和だったってことだよね。そんなのどうしようもないよ)

 

 理不尽すぎた。これは事故にあったとして諦めるしかない。まあ、事故というよりはミサイルが落ちてきたようなものだが。

 

 流石に連続はなかった。とはいえ咲にこれ以上連荘させるのはまずいと漫は鳴きをしかけ、玄から和了する。

 

 白糸台137800

 永水98900

 姫松83300

 阿知賀80000

 

『前半戦終了! 終わってみれば宮永選手の一人浮き! しかし、はじめて前半戦で50000点を稼げませんでした。やはり神代選手を相手ではきついものがあったのか』

 

『そうですね。神代選手は大きな手を何度も聴牌していたので、宮永選手はそれを流すのに気を使ってましたね。ですが、それでも40000点近い差があるのは流石としか言えません』

 

『後半戦はいったいどうなるのか!?』

 

 この休憩時間を無駄にすることはないと、それぞれ席を立って目的の場所へと向かう。




まだ前半戦どす。思ったよりも咲の稼ぎは少ないという。魔王の風格足りなくないと思われるかもしれませんが、これは小蒔が、いえ神様の影響があると思ってください。

まあ、小蒔さんいなかったら大変なことになったでしょうが。

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