(綺麗な満月だ。そして、衣の力は今まさしく絶頂そのもの)
自販機から買った飲み物を飲んでいると、背後に気配を感じた。それの持ち主が誰であるか分かった衣は振り返る前に名前を口にした。
「藤田か」
「よっ。順調そうだな」
「当然。あんな奴らに負ける道理がない。鶴賀と風越は衣の海に抗う力のない凡人。清澄は己にかかる支配を無効とするだけで、それ以外はやはり凡人」
「去年のお前とは大違いだな。去年のままならお前は遊んでいたはずだ。何がお前を変えたんだ?」
「出逢い。宮永咲との出逢いが衣を変えた」
それは去年のインターハイ敗退後のことだった。
東京で観光でもしようかという話になった時にハギヨシがいつものように現れ、報告してきた。
「テレビを見て、衣様と対局したいという方がおります」
「衣と? そいつの名は何だ?」
「宮永咲でございます。どうしますか?」
「インターハイの衣を見て打ちたいって、そいつ相当の馬鹿なんじゃねえのか?」
「純君、気持ちは分かるけど失礼だよ」
「宮永咲……何処かで聞いたことがありますわね」
「インターミドルチャンピオン」
「そう、そうですわ! 去年、一昨年のチャンピオンですわ!」
「ほう。ならば少しばかり楽しめるか。ハギヨシ、そいつに対局すると伝えろ」
「あーあ、可哀想に。そいつ麻雀できなくなるぜ」
「流石に同情しちゃうね」
苦笑いを浮かべる一とは違い、衣はうきうきとしていて、目はきらきらと輝いていた。自分の活躍を見て対局を申し込んで来たということは、ある程度の自信と実力があると見ていい。問題は自分と打って、どうなるかだ。
この時の衣は本気で咲を壊しにかかろうと決めており、その結果咲が麻雀を打てなくなるとしても構わなかった。衣は壊れることなく、自分と友になれる人を求めていたので、壊れるようなモノには興味を示さない。
三日後。咲は龍門渕家に招かれた。
衣は今か今かと咲を待っていた。他の四人も同情の念を送りながらも、心の何処かで期待をしていた。
そして、咲が到着した。一般の家とは比較するのも馬鹿らしい大きさの豪邸に気持ちが引きぎみになる。今まで見たことのないものという他に生活レベルの凄まじい違いは、庶民でしかない咲には少々インパクトが強かった。
自分から対局を申し込んでおいて、今更逃げるわけにもいかない。気を持ち直して豪邸にお邪魔した。
玄関で待っていた透華たちは咲を見ると、ゾクンッ、と寒気が走ると共に一瞬思考が停止した。今日まで衣以外では感じることのなかったプレッシャーを咲から感じたのだ。
「おお、これは中々の」
見事だ。衣はまず第一の段階をクリアした咲を心中で褒め称える。全国でも体験することのなかった強者の威圧感を咲から感じることができた。それだけで咲は全国に通用する逸材であるという証明になった。
咲は腰まで伸ばした髪を自然な状態にしていた。外見は可愛らしい少女という感じだが、中身は魔物、魑魅魍魎、怪物と呼ばれる者たちだ。
「皆さんはじめまして。対局を申し込んだ宮永咲です。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
深くお辞儀をする姿を見て、透華たちは正気に戻った。やはり見かけは問題ない。最初に感じた恐ろしいプレッシャーも今では鳴りを潜めている。
「前置きはいい。さあ、今から衣と戦おう!!」
今度は衣がプレッシャーを放つ。またかよと透華たちはげんなりするが、咲の方は違った。それを感じると来てよかったとばかりに衣と同様楽しそうに笑みを浮かべた。
雀卓のある部屋へと案内され、咲と衣は対局した。打ってるシーンは割愛させてもらうが、昼間ということもあって咲は勝利した。
「おお、昼間とはいえ衣に勝つとは!」
「昼間とはいえ? もしかして夜の方が強いんですか?」
「うむ。特に満月は衣が絶頂に達する日だ。それと敬語はやめてくれ」
「うん。分かった。満月の日の衣ちゃんと戦ってみたいな」
「ほんとか!? 満月の衣は何倍も強いぞ!」
「それが目的だよ」
「そうか。衣の最強状態が目的か」
とても嬉しそうにする衣であったが、不安が頭の中を駆け抜けた。本気の衣と打ったら咲は嫌になるんではないか。今まで壊してきたモノと同じになったら、また一人ぼっちになってしまう。せっかく孤独から抜け出せそうなのに。昼間ではあるが、衣と戦って勝ち、更に面白い打ち手だったことで、咲に対する考えは以前とは逆のものになった。
恐れを抱く暗い顔になった衣に咲は尋ねた。
「どうかしたの?」
「衣の本気と戦って、壊れなかった奴はいないんだ。もしかしたら咲も……」
「私は心配ないよ。……それと衣ちゃんは勘違いしてるよ」
「何を?」
疑問の眼差しを送る衣に咲は優しく笑いながら言った。
「衣ちゃんの近くにいるみんなは壊れてないでしょ」
「そうだが」
「だったら大丈夫だよ。私だって衣ちゃんの友達みたいに壊れないよ」
「友達? いや、みんなは透華が集めただけで衣の友達じゃ……」
「ああん? 何だそりゃ。俺はお前の友達じゃねえのか?」
「うわあ、結構ショックなんだけど」
「でも、みんなは……」
「はじめはそうだったけど、でももう友達」
「深く考えすぎだっつの。単純に捉えていいんだよ。ここにいんのはみんなお前の友達だ」
「そして、家族ですわ」
ふふんと鼻を鳴らして、どや顔する透華から視線をみんなにやる。ずっとずっと一人だと思っていた。それは生まれがどうとかではなく、持っている力が孤独にしていると考えていた。
特別な力であったし、それで衣は麻雀で圧倒的な強さを誇っていた。それ故だった。あまりにも他の人と違いすぎたことで、自分は他人と相容れないものとばかり考えていた。ところがその認識は誤っていた。
この力があったから、咲と出逢えた。咲と出逢ったから透華たちの本当の気持ちを知ることができた。本当は何もなかったのだと。壁を感じる必要もなかったのだと。一人ではないのだと。特別な力に呪いなんかないのだと。たくさん分かった。
「そうか、みんな衣の友達か。うん、みんな友達だ」
その時透華たちははじめて見た。
心の底から笑顔を浮かべる衣を。
そこから衣たちは話をして、遊んで、麻雀をして。
翌日からも咲は時間が合えば一緒の時間を過ごした。ある日、みんなで集まった時に咲は言った。
「実は私と同い年で面白い子がいるの。その子も麻雀強いよ」
「ほんとか!? 衣と咲と互角か?」
「そこまでは流石にないかな。でも普通の人なら勝てないと思うよ。私に会うまで負け知らずだったみたいだし」
「おお。是非戦ってみたいものだ」
「次の休みに連れて来てもいいけど、東京に住んでるからお金がね」
「問題ありませんわ。衣のお友だち候補の百人や二百人招待してあげますわ!」
「百人は流石にないですって。ふふ、それじゃ次の休みの時にここに何日か宿泊させてもらっていいですか?」
「問題ナッシング!」
「ありがとうございます」
そんな約束をして、冬休みを迎えた。
淡は母親に友達の家にしばらく泊まると伝えた。それだけで母親は多くのお金を渡してくれた。母親は淡と仲がよく、夫との仲は冷えている。普通は中学生の淡がしばらく外泊するというのは許されることではないが、そこは家庭内での事情があることで特別に許された。
「サキー、ほんとに強い人いるの?」
「うん。少なくとも今の淡ちゃんじゃ勝てないよ」
「ほー。サキがそこまで言いますか。よろしい、ではこの淡ちゃんの秘められた力で倒してみせましょう」
(これは泣くね)
ハギヨシが迎えに来た。車に乗り込むと、すぐに話しかけられた。
「ご足労をおかけしました。衣様は今日が来るのをとても楽しみにしてらっしゃいました」
「そうですか。衣ちゃんの期待に応えれるといいんですけど」
「むっ。サキ、まるで私が期待外れみたいな言い方しないでよね」
「ごめんごめん。でも衣ちゃんはほんとに強いんだよ。正直カンなしだと厳しいからね」
「うし! 勝てる!」
「ふふ。お二人はとても仲がよろしいのですね。これなら衣様ともお友だちになれそうです」
「なれますよ」
龍門渕家に着くまで楽しく話をして過ごした。目的地に到着すると、荷物はハギヨシが運んでくれると申し出たので任せることにした。彼は淡と咲の荷物を持ちながら案内してくれた。
前回と同じく、玄関で衣たちは待っていた。会話もそこそこに切り上げ、早速麻雀をする。
はじまる前に咲は淡に言った。
「思いっきりやっていいよ」
「分かった。全員飛ばしてもいいんでしょ?」
「そのつもりでやって」
「よし」
(ほう。咲が面白いと言うだけあって、いいものを持っているな)
(入らなくてよかったー。咲ちゃんの友達もヤバそうだよ)
淡以外の全員の手牌が五向聴以下でスタートする。これだけでも淡の力が分かる。
(何で俺はここにいるんだ……)
「ふふっ。じゃあ行くよ。リーチ!」
「ダブリー……」
「いきなりかよ」
「ふむ」
最後の角に移る前に淡はカンをする。そして、
「ツモ! 3000・6000!」
「裏めくる前に申告ですって?」
「うわあ、これって」
裏ドラがもろ乗りして跳満だ。ダブリードラ4。
「普通なら運がいいだけだが」
「まだまだ行くよ。リーチ!」
再びダブリー。しかも手牌は五向聴以下でスタートするセットつき。
最後の角に移る前にカンをする。そのあと純からあがり牌が出たのであがる。
「ロン! 18000!」
「また裏もろ乗りかよ」
「うわ。咲ちゃんの友達本当にヤバイね」
「淡ちゃんはかなり強い方だからね。どう、衣ちゃん」
「うむ。予想以上だ。だが、まだまだだな」
「おおっ」
衣から放たれるプレッシャーを感じると、淡は楽しそうに笑う。こちらも予想以上の相手と会えたことに喜びを噛み締めているようだ。会わせてよかったと思い、咲は観戦をやめて読書を開始した。
読み終えると、ちょうど麻雀をやめたところだった。
「ぐあー。全然勝てないよー」
「たまに勝つのでも凄いことですわよ」
「でもサキはいっつも勝つんでしょ?」
「嶺上開花できますもの」
「私も嶺上開花したいなあ」
卓から離れると、淡はソファーに座る咲の隣に座り、体を横にして咲の太ももに頭を乗せる。衣を見ると、勝ち誇った顔で口を開いた。
「麻雀では勝てないけど、こんなことができるぐらい私とサキは仲がいいんだぞー」
「それは挑発しているのか?」
とことこと歩み、淡と同じく咲の隣に座ると体を横にして空いていた太ももに頭を乗せた。にやにやと笑うと、これまた勝ち誇ったように言った。
「衣にもできてしまったな。おや、衣はいつの間にか淡よりも咲と仲良くなっていたようだ」
「ぐぬぬぬぬ」
「全く。そんなことで争わないの。二人とも大事な友達だよ」
「ふあ。あちゃまをなでりゅな」
「ふにゅー。もっとー」
ご要望に答えて頭を撫で続ける。途中で衣が大変なことになったので透華に怒られてしまった。
衣に新しい友達が増えた。
別れの日に三人だけで散歩に出た。雪に足をとられながらも気ままに散歩を楽しんでいた。不意に衣は立ち止まった。
「お前たちはインターハイに出るのか?」
唐突な質問に二人は面食らう。質問の意図するところは分からないが、咲は返事をした。
「私は出ると思うよ。淡ちゃんは頑張れば出れると思うけど」
「サキが出るなら出ます。高一最強コンビとして活躍します」
「そうか。なら衣も次のインターハイに出よう。そして、みんなで遊ぼう!」
言いたいことがやっと分かった。咲と淡は顔を見合わせるとにっと笑い、衣の手をとった。咲と淡は互いの手をとる。
「うん。遊ぼう」
「私、コロモ、サキの三人でインターハイ荒そう!」
「ああ。これは約束だ!!」
「うん。約束だよ」
「約束!」
――もう寂しいからと落ち込まなくていい。
――もう一人ぼっちだと泣かなくていい。
――誰とも相容れないと絶望しなくていい。
――友達が欲しいと渇望しなくていい。
――もう衣には家族と莫逆の友がいるのだから。
「おい、どうした」
「いや、何でもない。衣は戻る」
「そうか。頑張れよ」
買ったのにあまり飲めなかった。中身が入ったものを藤田に押しつけて、衣は対局室へと戻る。
淡の設定はオリジナルでいきます。情報ないから仕方ないんですけどね。そして、絶望の大将戦。