「……ZZZ」
わたしは眠っている。
「……ZZZ」
ユーノ君も眠っている。
「
けどレイジングハートは寝ていなかった。まあ機械が寝るわけないわよねぇ。でも、人間は寝なきゃいけないの。そういうわけで。
「んにゅ。眠い~……もう少し寝させて。今日は学校もお休みだし」
うん。この抗いがたい誘惑をはねのけるのは無理ね。
「……ZZZ」
ほら、ユーノ君なんて起きる気配すらない。
「………………」
沈黙した。呆れてるのかな? でも、それなら――
「あと半日~」
ああ。お布団が気持ちいい。
「なのは~。起きなさーい、そろそろ準備しなくちゃいけない時間でしょう?」
「……ママ?」
むくりと起き上る。
「んお? ああ――なのは起きろ。もう10時だぞ」
ユーノ君までそんなことを言う。いや、3度寝はしないわよ?
「ああ。今日は試合か……わたしがやるんじゃないけど」
「サッカーか。お前はやらないのか?」
「やってもいいかもね。でも、自慢じゃないけどわたしはちょっと前まで有名な運動音痴だったのよ?」
マラソンはいつもビリ。ドッヂボールじゃ一番初めに当てられて。サッカーじゃボールに触れたことすらなかったわ。
「そうは見えんが」
「アリサちゃんやすずかちゃんと張り合ってるうちに、ね。まあ今のところは二人に追いつくことしか考えられないわね」
うん。ホントにあの二人の運動神経はどうなっているんだろう。
「身体強化を使えば楽勝だろう?」
「それは違うって、あんたもわかるでしょう?」
「まあな。俺も前世じゃあ負けまくったようなもんだが、自分だけズルして勝っても気持ちよくはないな。まあ……あいつなら逆に利用しそうな気もする。結局は俺が負けるのかなぁ」
「ああ――あいつね。まあ、あんたの知ってるあいつと、わたしの知ってるあいつじゃあちょっと違いがあるんでしょうけど」
鈍色の鋼鉄を思い出す。ユーノ君……ロートスはあいつと戦争時代からの親友だったと聞いた。
「お前、あいつと知り合いか?」
「そうね。仲間――なのかしら? それとも同志か」
本当になんなんだろうね? あいつとの関係――っつか、ほとんど話したことすらないんだけど。あいつ、誰とも話さないから。
「あいつも色々やってるな」
「鋼鉄の英雄様。でしょ? 結局のところはそんなもんよ。あいつなんて」
思えば、あいつはじゃべりもしていた気がする。……いや、それは口を開いた時が印象的だっただけか。
「それだけでもなかったがな」
「……?」
「まあ、それについては今はいい――というか、時間大丈夫か?」
「……ああ! この寝癖で外は出歩けないわね、乙女として。それに、かわいい応援団としておめかしもしないと――」
慌てる。ちょっと本当に時間がない。話をしてる場合じゃなかった。
「……馬子にも衣裳」
「何か言った?」
がしりとユーノ君をわしづかみにする。
「なんでもない。似合ってるぞ」
「ありがとう、ユーノ君」
とびっきりの笑顔をあげた。なにせ、ユーノ君に見せるためにこの衣装を着たんだもの。
……え? 応援する子には、って? そんなのおまけに決まってるじゃない。さすがのわたしもあの年代の男の子を口説く気はないわ。
「かっこよかったねー」
すずかちゃんが翠屋のチームを誉める。
「そうね」
適当に相槌を返す。わたしとしては微笑ましいとしか思えなかったのだけど。
「みんながんばっていたわよね。ああいうのを見ていると気持ちがいいわ」
「うん。なんだかあったかい気分になるよね」
それには同意する。
サッカーは一人じゃ勝てない。だからいい。協力して勝利をつかみ取る――ああ、それはなんて美しい姿でしょう。
(面白いもんだな)
(でしょう? 一人だけじゃ成り立たない。一人一人に役割があって、チームとして一人が皆のために、皆が一人のために。こういう世界なら悪くない)
(そんなもんか。ミッドチルダの方だと魔法が絡むことが多い――だが、そのキャパシティは才能に依存する。魔力に頼らない身体能力なら努力で伸ばせる。……これとは違う)
(魔法、か)
「……なのは?」
「にゃはは。なんでもない――っ!」
誤魔化そうとして失敗してしまう。
「本当にどうしちゃったの? なのはちゃん」
前方のいちゃついてやがるカップルの男の方――ジュエルシードを持っているのがちらっと見えたような。
「いやぁ、応援してたらお腹すいちゃったなぁ~、なんて」
これで誤魔化せるかな?
「なのはちゃんったら」
「むむむ。仕方ないでしょ~」
いや、小学生ならこんなもんでしょ?
「なのはったら、もう少し乙女らしくしなさいよ」
「あ、ちょっと席外すわね」
さて、さっきのはちょっと確かめる必要があるわね。
「次は何よ?」
「乙女にそんなこと言わせないでよ」
「ああ。はいはい。行ってらっしゃい」
「行ってきまーす」
「あ、ごめんなさい。ちょっとどいてね」
そそくさと小さいカップルの間を通りぬける。
「いえいえ、こちらこそ。周囲を見てなかったみたいで」
つか、ここにはこんなに大人びた小学生しかいないのか。と思いつつも笑顔笑顔。怪しまれちゃいけない。
「気にすることないわ。彼女さんもよろしくね。しゃ、ちょっと急いでるから」
手を振ってから歩き出す。
……ジュエルシードげっと。
(おい)
(なぁに? これ元々あなたのでしょ)
(どこでスリなんか覚えやがった)
(もちろん遺跡管理局時代に、ちょっとね。ともかく人間に発動されなくてよかったわ)
(まぁ、な――)
「待たせてごめんね」
待たせていたアリサちゃんとすずかちゃんに声をかける。
「別にそんなに待ってないわ」
「じゃ、早くいこうか? なのはちゃんのためにもね」
「むー。わたしは食いしん坊キャラじゃないぞー」
「知らぬは本人ばかりなり、ってね」
「え? うそ……わたしってホントにそんなキャラしてた?」
「翠屋でおいしいお菓子が待ってるよ。なのはちゃん」
「すずかちゃんまで~」
……よかった。この日々が乱されることがなくて。
「ジュエルシード集めは順調ね」
サッカーの日から6日後。つまりはアリサちゃんのお屋敷に行く1日前。
「だな。街の被害も最小」
「ま、多少の土木工事くらいは大目に見てもらいましょう」
「そうだな。新品というわけでもなかろうし、いい新調の機会になっただろ」
「明日はアリサちゃんの家に行くのよね」
「大丈夫か? キャンセルしたって怒らないだろ」
「そうね。あの子たちはそれを茶化したりもしないと思う。でも、行くわ」
「ホントにいいのか? 震えてるぞ」
「問題ないわよ――目を合わせなければ」
「そりゃ……微妙に問題ありだろ」
「でも、いつまでも膝を抱えてるままじゃいけないと思うの」
「そうか――なら、助けが必要なら遠慮なく頼れ。けっこう頼らせてもらってることだし、な」
「ありがとう、ユーノ君。いつまでも前世を引きずっていられないもの……!」
「……さて、怖くて寝れないかと思ったらぐっすり。意外とわたしって図太いのかしら?」
「夜更かしできない体質なだけじゃないか?」
「このわたしが夜更かしできないって……魔女の面目が立たないわ」
「じゃ、魔法少女として面目を立てればいいんじゃないか?」
「そうね。そのためにも――」
「犬屋敷に立ち向かう、か」
「ええ。わたしは負けない」
「いや。たかが友達の家に行くのにそんな覚悟が必要なのもどうかとおもうがな」
「――行くわ」
覚悟を決めなさい、わたし。どでかい門の横にあるインターホンを押す。
「はい。どちら様でしょうか?」
初老の男の人の落ち着いた声。執事さんかしら?
「アリサちゃんの友達の高町なのはです。ご招待にあずかって来ました」
にっこりとかわいらしく微笑む。ぎこちなくなってないわよね?
「……おお! お待ちしておりました。すずか様もすでにいらっしゃっています。門を開けるので、内側でお待ちください」
「はい」
門が開く。自動式らしい――お金がかかっているわね、と苦笑する。
「さて、行きますか」
ざわざわと風が鳴る。
「なんか――不気味ね」
「いや……そんな風には思えないんだが。のどかな光景だろ」
「もしかしたら、あの茂みから犬が襲い掛かって来るかも――」
そう考えると怖くなってきたわ。
「たくましい想像力だな」
「いや、すでに囲まれていることだってありえる。戦術的撤退をする必要があるかしら……?」
恐ろしい。――衛生兵! 衛生兵はいずこ?
「ま、戦争用に調教された犬は怖いな。けど、ここにいるのは飼い犬だろ」
「冷静な人と居ると慌ててるこっちが馬鹿みたいに思えてくるわ」
「なのはちゃーん」
あら、すずかちゃん。
「今、あんた誰かと話してなかった?」
アリサちゃんまで。お出迎えご苦労様ね。
「ううん。早く迎えが来ないかなーって言ってただけだよ」
「じゃあ、行こうか。アリサちゃんが犬さんをケージに入れてくれたから、いきなり抱き付いてこられはしないよ。よかったね」
「べつにいつも放し飼いにしてるってわけじゃないわ。たまたまよ、たまたま」
照れたようにそっぽを向くアリサちゃん。
「そっか。じゃあ、なのはちゃん。あっちで犬さんたちが待ってるよ」
「なのは。逃がさないわよ。ちゃんとあんたに慣れさせるための第1号を用意してあるんだから」
「茶色い子犬だよ。噛みついたりしないから、パニックになったらダメなんだよ」
上等じゃないの。
「じゃ、ちゃちゃっと終わらせてゲームでもしましょうか」
「そーっと、そーっとね。なのはちゃん」
やっぱり怖……くなんてないわ。そう。怖くない。怖くない。
目の前にいるのは小さな子犬じゃない。あんな小さな爪じゃひっかかれてもすぐに治るわ。それに、小動物すら狩れない。
それに茶色――赤でもなければ黒でもない。わたしにとっての鬼門である白とも違う。だから大丈夫。わたしがこの子犬を怖がる要素なんてない――
「うん――」
やった。触れた……持ち上げられた。
「じゃ、次は抱きしめてみましょうか」
抱きしめる!?
「いつまでもお見合いやったってしょうがないでしょ。ユーノを抱きしめるみたいにやってみなさいよ」
「……むむむ」
大丈夫かな? ――大丈夫だ。この子はおとなしいから吠えたりしないし。
「うにゅにゅ」
そろそろと胸に近づける。犬が体に密着して、爪が肩に当たり――わずかに力が込められて。
「――っ!?」
落としてしまった。器用に着地した子犬は不思議そうな目でわたしを見上げる。
「やっぱり駄目なのかな」
「そんな簡単にあきらめるもんじゃないわ。なのは、もう一回試してみなさい」
「う、うん」
そろそろと持ち上げて――ダメ。抱きしめてしまったら、首筋をかみ切られてしまう。……ってそんなわけはない。
「う……く……」
あれは狂乱の白騎士のなれの果て。忠誠心すら失った残骸。神の玩具。あれは犬じゃないんだから、わたしは犬を恐れる理由はどこにもない。けど、それは理屈じゃない。
「うう――」
無理。できない。こんな恐ろしいものを抱きしめるなんてわたしには――っ?
「なのはちゃん」
「……すずかちゃん?」
犬ごと抱きしめられた。よほど悪い顔色をしていたのかしら?
「大丈夫だよ。怖くない。私もいるから――ね」
「……うん」
今のわたしは犬をだっこしていて、さらに上から犬ごとすずかちゃんに抱きしめられている状況。
「怖くない。大丈夫」
「けっこう慣れてきたわね、なのはも」
アリサちゃんが感心したようにしきりにうなづく。まるでがんばってピーマンを食べる子どもを見ているみたいに――って、あんた何歳よ?
「うん。ただ白い犬だけはやっぱり苦手だけど」
「昔、白い犬に手を噛まれたことでもあるの? ちょっと苦手ってレベルじゃないと思うんだけど」
すずかちゃんは鋭い。いや、まあわたしの普段の態度を見ていればわかるかもだけど。
「うん。とっても昔にちょっとね」
ま、あったっちゃあ――あったわよ。そりゃあ最悪な経験がね。手を噛まれるってレベルじゃないわよね。年中走り回ってるからそんなイメージがあるから犬なんだけど、わたしを殺してくれたあんちくしょうは、別に忠誠心なんぞ持ってたわけではない。
「ま、いいわ。お茶にしましょ」
わたしが暗くなってるのに気付かれたちゃった。
「そうね」
ま、感謝してあげましょう。
(――なのは)
(ええ。ジュエルシードね……こんな時に)
(俺が先に向かう)
(ええ。お願い)
「……っわ!」
ユーノ君がするりと腕の中から脱出して森に向かう。
「なのは? あ、ユーノが」
「なにか気になるものでも見つけちゃったのかな? 探してくるわ」
よっこいせ、と席を立つ。……おばあちゃんじゃないからね?
「私も手伝いましょうか?」
「わたし一人で大丈夫。すぐに済むから」
さて、追いかけるとしますか。