「……ユーノ」
「フェイトは大丈夫だ。安静にしていれば、2,3日で目を覚ますはずだ」
バルディッシュに協力してもらい、リンカーコアを可視化して診察したユーノはそう結論を下した。もっとも、致命的に割れてはいないということを確かめただけで実は大丈夫だなどと専門家でもないのにいえるはずがなかったのだが。
「しかし、なのははわからん。あの分身――どういう仕組みになっていたのか知らんが、本物のようだった。魔力を加工した偽物なら、いくら壊れても問題ないんだけどな。これは、オリジナルとリンクがあったのか?」
じっとなのはを見つめる。
「どういうことだ? これは――傷が消えている」
恭也がなのはを見つめると、なぐり合っていた時にできた痣が見当たらない。とてもではないが数えきれないほどの青痣や切り傷があったはずなのに。今眠っているなのはの身体はきれいなものだ。
まあ、可能性拡大で引きずり出したなのはのうち、傷を受けなかった可能性のなのはに収束しただけだが。
「とにかく、二人を安静に。すずかも眠たくないか?」
「え? だ、大丈夫だよ。むしろなのはちゃんとフェイトちゃんが気になって眠れないよ。ユーノ君のことも話してもらいたいし」
「まあ、そうだな。とにかく、場を移そう」
そこはコンクリートが踏み割られ、巨大な刀傷が刻まれ、砲撃に抉られた惨憺たる戦場痕。病人を寝かせておくのにふさわしい場所とはとても思えない。
そういうわけで、場をすずかの家に移すこととなった。高町家はただの喫茶店で、こういうことには向いていない。
夜の一族の総本山に来たわけだが、ユーノはあっけらかんとしたものだ。
「すずかの家にこんな地下室があったなんてな」
「ここなら、盗み聞きを心配しなくても済みます」
紫色の髪の女性が答えた。安堵と心配が入り混じった顔をしている。妹が助かってよかった、けれどお友達が目を覚まさず恭也や美由紀も致命傷こそ負っていないが満身創痍。そんな状況で明るい顔ができるはずもない。
「すずかの姉の――なんだっけか」
「忍と申します。あなたのことはすずかから聞いています」
「ああ。さて、こう勢ぞろいするとがらにもなく緊張するな」
すでにこちらの方がおなじみとなった人間の姿で、嘆息する。しかし、その姿からは面倒だなぁ、などと思っているようなふてぶてしさが感じられる。少なくとも緊張などと殊勝な心掛けはその姿からは見受けられない。
「君が緊張しているようには見えないな、ユーノ」
「そういうなよ、恭兄。実をいうと、オレはけっこうのんびりとした性格なんだ」
「それは知ってる」
うなづいた。ユーノとフェイトがなのはの家に来てから、そう長い時間が経ったわけでもない。2カ月ほどというのは、長いようで短い。けれど、同じ家に住んでいるから気心は知れている。
「ところで、すずか」
「ひゃい?」
なのはを心配そうに見つめていたすずかが少し驚いて返事を返す。
「アリサはいいのか?」
「アリサちゃん? でも」
「いや、別にアリサが同類とか言ってるわけじゃなくてな――仲良し3人組だろ。いや、今は4人組か。仲間はずれにしていいのか?」
「それは――お姉ちゃん」
忍に伺いを立てる。夜の一族の秘密ともなれば、そう気軽に公開できることではない。だから、まずはこの年若い当主に聞いてみなければならない。
「まあ、いいでしょう。けど、彼女一人だけですよ」
「ありがとう。あとね、ユーノ君。4人組じゃないよ」
「……うん?」
「5人組だから、間違えないでな」
なのは、すずか、アリサ、フェイト。そして、ユーノで仲良し5人組だと何の疑いもなく言った。むしろ、自分を抜かしてしまうのは許さないと。
「あ、ああ」
すこし気恥ずかしげにうなづいた。男の子はこういう時大変である。
「それで、フェイトちゃんとなのはちゃんは」
「わたしはいま起きたわよ」
寝かされていたなのはが上半身を起こす。顔色は最悪で、まさに幽鬼といった感じである。しかし目はつかれたと全力で主張していて、むしろナマケモノっぽい。
「なのは、大丈夫か」
「ええ、ふがいないわね。わたしが猿真似した大本の暴力女は何回死んでもピンピンしてたってのに。魔法を使ったのとダブルパンチとはいえ、寝こけるなんて不覚だわ」
「って、本当に大丈夫かよ」
「問題ないわ。あんなの、二度と使いたくないけどね。なんか、今も重度の乗り物酔いの気分よ。視界が4重にぶれてるわ。視界だけじゃなくて聴覚も。ま、気になることもあるだろうし、話が終わるまでは起きてるわよ」
本当に顔色が悪い。ふらふらしていて、今にも倒れそうだ。
「では。悪いですが少々話に付き合ってもらいます」
「……忍。あまりなのはに負担をかけるようなことは――」
「だからこそ、さっさと話を済ませて横になってもらうべきでしょう」
「それもそうだな、うん」
「恭ちゃん、カッコ悪い」
「ほっとけ!」
「んで、わたしに前世の記憶があるっていうのはなんとなくわかったでしょうけど、詳しく話す? 正直、わたしの人生って波乱万丈すぎて自分でもよくわからない有様になっているのだけど」
「いや、ユーノにも言ったが話したくないならそれでもいい」
「恭也。あなたはそれでいいかもしれないけど、私には聞くことがあります。あなた、私たちが夜の一族だと知っていましたね」
「ええ。とはいえ、ただの人間と普通じゃない力を持つ人間を見分けられるってだけ。別に吸血鬼ってんでも、輸血パックがあればいいんでしょ? 別にどうってこともないわよ。すずかちゃんは人を襲わないし」
「そんな……そんな、保証なんて、ない!」
すずかが立ち上がる。
「かもしれない。なら、その時はいっしょに悩んであげるわ」
「なのはちゃん」
「……はぁ。あなたのことがよくわからなくなってきました」
忍が頭を抱えた。本当によくわからない子だ、この子……と信頼できるのかできないのかよく判断に困る。
「大丈夫。わたしもよくわからないから」
「まったく。ああ、そうだ――すずかがアリサちゃんも呼びたいと言っているのですけど、なのはちゃんはそれでもかまいませんか?」
「ん? ああ、問題ないわよ。念のために聞くけど、アリサちゃんは別に変な力を持ってたりしないわよね?」
「そのはずですよ。私の知っている限りでは」
「少し待っていてください。すぐに来るそうです」
ここでメイドが口をはさんだ。武器系統は壊滅的だが、日常動作には問題ない。
「じゃ、少し休ませてもらうわ。二回説明するのは正直キツイから」
なのはは椅子に座って、だらんと怠け始めた。
「で、なによ? というか、なんですずかの家にこんな地下空間があるのよ?」
「こんなトコに来てもらった理由は他でもないわ、アリサちゃん」
半分眠りかけていたなのはが立ち上がって、手を広げる。まるで独裁者の様に。
「は? いったい何を始めるのよ?」
「わたしの秘密を教えてあげるわ。実はわたしは前世では悪い組織の幹部で、正義の味方はわたしの想い人の転生だったわけよ。これが。そして、わたしは心を入れ替えたり入れ替えなかったりして、組織を裏切って仲間に殺されたり、組織を裏切る前に仲間に殺されたりしたわけよ」
「そして、世界が二巡したわ。そこで最悪な神様が生まれてさあ大変。正義の味方は邪神になって対抗して、味方に付いたわたしを含む仲間たちが8000年も戦い続けたの。そして、生まれた次世代の英雄たちに託して逝く――なんて、人生を過ごしたの」
「は? え? なに?」
意味が分からない。なんだその濃い人生は。英雄譚だって、そこまでハチャメチャにはならないだろう。むしろ、聞きかじった英雄譚を時系列も考えず適当に並べてみました――なんて印象を受ける。
つまり、何言ってるのかわからない。一から説明しなさいよ。
「で、そこから更にここに転生して高町なのはになったわけよ。少し前に事件が起きるまでは一般人らしく暮らしてたんだけどね。未だに魔術使えないし」
「魔術?」
「前世で使っていたもの。今わたしが使えなくもない魔法との違いは――そうね。剣術と槍術の違いとでも思ってくれればいいわ」
「そう、あれはわたしが転生したユーノ君と初めて会った時だった。そして、フェイトちゃんとの初めての出会いでもあった――」
「というわけで、今ではユーノ君とフェイトちゃんは高町家のお世話になることになりましたとさ。……フェイトちゃんの身体が心配だけど、ここでできることはないのよね」
そう締めくくった。話はかなりはしょってあって、正直なのはが大変な事件に首を突っ込んで、解決はしたものの後遺症が残った。そのくらいしかわからなかったが、とりあえず――
「なのは。レイジングハートは没収だ」
「……わたしの相棒なのに」
くすん、と泣きまねをして見せる。余裕な表情だが、実はその相棒に殺されかねない。結果的に今回は保ったものの、魔法を使えば命の保証はなかった。
「いや、そうはいってもだな。こんな危険なもの」
「魔法使わなければいいだけでしょ」
「さっき使ったがな」
ジト目でにらみつける。
「それはノーカン。わたしとフェイトちゃんがいなくちゃ、死んでたわよ。すずかちゃんも、お兄ちゃんも、お姉ちゃんも」
「……むぐ」
「まあ、めったなことじゃ使わないわよ。痛いのは嫌だしね」
やれやれ、と首をふって沈黙が下りる。もはや処置なし。魔法を使えば命の危険があるのはわかっているのだから、それこそ命の危険がなければ使わないだろう。
死に片足を突っ込んだなら、そのまま走り抜ければいいだろうとでも言いたげな暴論だが、なのはは好んでそんな危険に突っ込む性質ではない。これまでのことは、あくまで周りの人間が危険だったから首を突っ込んだのだ。
結果的に、放置しかない。むしろ、結論としてはなのはを守りたければ町の平穏を守るしかないというなんともあやふやなものになる。
「ねえ、アリサちゃん。今度は私の話を聞いてくれる?」
「すずかも? なのはみたいに魔法とか言い出すってわけ。頭がパンクしそうよ」
「私、吸血鬼なの。それでも、友達でいてくれる?」
言葉少なに自らの秘密を明かした。
「もちろんじゃない」
そして、アリサは迷うことなく受け入れた。親友なのだから今更見捨てるなんてありえない。秘密にしたって、人間は誰でも秘密を持っている。だから何も問題はない。あるなら、いっしょに悩んであげる。
「……なのはちゃんは?」
「当然」
こちらも迷いはない。そもそも手の付けられぬ狂犬を知っているのだから、子犬なんてむしろかわいい部類に入る。
「そういや、すずかちゃんは日光とか大丈夫なの?」
「それは大丈夫。それに、人の血を吸う必要も実はそんなにないの。輸血パックはたまに飲まなくちゃいけないんだけど」
「じゃ、問題ないわね」
「そういえば、あの吸血鬼さんはどうだったの?」
「あのベイもどきにさんづけする必要ないわよ。あと、アレの吸血鬼の元ネタはアルビノだから。『俺は吸血鬼だぜ、ヒャッハー』とか言い出す前から日光には耐えられなかったはずよ」
「そうなんだ」
「ま、別にいいじゃない。秘密を共有したところで、何が変わるわけでもなし。いや、吸血鬼事件はそうも言ってられなかったけど、始末したから。明日からまた学校ね」
「……学校って」
「そうね。頭痛い気がするから、さっさと帰って寝ることにするわ。でも、なのは。フェイトと合わせて体調がすぐれなかったら寝ときなさい。顔色が最悪なのよ、あんた」
「あはは。アリサちゃんはいつも厳しいのに、鬼の霍乱かな。じゃあ、お言葉に甘えて明日は惰眠を貪らせてもらうわ」
「そうしなさい。すずか、聞いた話じゃ怪我はないようだけど、精神的にかなり来てるんでしょう? うまくごまかしておいてあげるから、あんたも明日はゆっくりするといいわ」
「……ありがとう」
「友達だから、当然でしょ。私は明日学校があるから、これで失礼させてもらうわ」
これで本当に終わりです。
今までつきあってくださり、ありがとうございました。心から感謝します。