「なんとかなったわね」
わたしたちはとある岬に結界を張って、その中に次元航行艦アースラを隠している。そして、廃墟と見間違うばかりの艦長室で甘ったるいお茶を飲んでいる。
「死者が一人も出ないって奇跡よね」
艦はもう飛行すらできない状況。まあ、床が割れているのは不時着したときの衝撃が原因でしょうけど。それで死者ゼロを達成するんだからリンディさんってば凄腕よね。
「私としてはクロノもなのはちゃんもユーノ君も無事だったのに驚いていいやらうれしがればいいやら。とにかく、生きていてよかったわ」
ごめんなさい。ジュエルシード使いました。本当は黒焦げでした。……言わないけど。
「ま、結末としてはこれ以上ないハッピーエンドじゃないかしら。ただ――」
「……なのは」
くっついている。しなだれかかるというより――のしかかる? 全力で体重を預けてくる。子どもとはいえ――わたしも子どもなんですけど。
「なんか犬みたいになついてくるんですが」
「……引きはがそうとすると泣き喚くのよねぇ」
困ったわぁ。と顎に手を当てる。わたしはのんきにしてられる状況じゃないのに! どうせならクロノ君にくっついてほしかった。わたしはそんな百合百合しい道に入りたくはないわ。
「これは――予想外ね」
「お前の責任だ。面倒を見てやれ」
「クロノ。こんなときばっかりしゃべるのはどうかと思うわ」
「どうしようかしら」
困ったわね。てか、フェイトちゃんは天涯孤独の身になってしまった。プレシア・テスタロッサに親類はいない。そして、実験で作られた彼女に戸籍などあるはずもない。さらにその上。
「この子を裁判とかで遠くに連れ出せば精神崩壊するんじゃないかしら」
「そうよね。まあ、そこはどうとでもなるわ。相手がとんでもなかったんですもの。プレシアは別に他人の精神を操れたところで不思議はないでしょう。それどころか――」
「リンカーコアを破壊されて廃人にされるところだった。生き延びられたのは運が良かった――彼女は自らの意思を捻じ曲げられた犠牲者だ。そういう風にまとめる?」
「ええ。別に事実に反してはいないでしょう?」
「まあね。実際にフェイトちゃんの体は壊された。まあ、地球で日常生活を送る分には困らないけど――」
「スポーツを志すのは無理があるでしょうね」
「特に損傷しているのは心肺。機能が低下していて、激しい運動は1分が限界。それに何より魔法が――」
管理局の技術を使っても、内臓機能が完全には元に戻らないそうだ。まあ、連続で1分しか運動できないのを3分に伸ばすくらいのことはできるはずだと言うけれど。
それでも、割れたリンカーコアを繋ぐことはできない。
「リンカーコアが過負荷で割れて、魔法を使おうとしたら激しい痛みを伴う。実質的には二度と魔法は使えない」
魔法の総本山であるミッドチルダに送ったら、それこそどうなるものやら。
「あなたたちみたいな優秀な素質を持つ魔導士がそうなってしまったら、普通は自殺を心配するところですが……」
「いや、わたしは舌がダメになって顔が薄ぼんやりと光るくらいになんなきゃ絶望なんてしないわよ? というか、わたしの夢はパティシエだし。戦うパティシエとか誰得よ」
「フェイトさんも――」
「……なのは」
相変わらずくっついている。話なんか聞いちゃいない。
「どうでもいいって感じよね。この子は高町家でひきとれるかしら。ま、舌は大丈夫だし、頭も大丈夫――よね? いや、後遺症は頭には残らないから日本で生きていくのには困らないはず」
「できれば、そうしてほしいところではありますが……可能ですか? 私たちの方で引き取り手を探すというのは中々難しいです。――ミッドチルダなら伝手はあるのですが」
「どうなんだろ。戸籍のこととかよくわからないし」
別に前世ではパスポートなんかなくっても密入国には困らなかったもの。ああいうのの偽造って簡単にできるものかしら。
「まあ、そこらへんは私たちの方で何とかしましょう。お願いできますか?」
「ええ。助けた責任は取らないとね。パパもママも説得するわ。で、あなたの責任はどうなってるの? 艦長さん」
「1か月以内に管理局の次元航行艦が迎えに来てくれる手はずになっています。それまでの間のことも何とかできます。皆には苦労をかけることになってしまいますが」
うんうん。さすがはリンディさんね。手際がいい。
「生きてるだけ儲けもんよ。あんなものの相手をしていたんですもの」
あんなもの――プレシア・テスタロッサに宿った神の欠片。
「――EXクラス。プレシア・テスタロッサ。彼女は一体“何”だったのですか? あれほどまでの魔力を振るう存在など、それこそおとぎ話に出てくる神しかいないでしょう」
「さて。知らない方がいいこともあると思うわ」
「気になっているのはあなたたちのこともです。ユーノさんとなのはさんは仲が良くても、それほど不思議はない。あなた方の年なら短い時間でも通じ合うことは不可能とは言えない。けれど、クロノとはそうじゃなかった。あなたは――あるいはユーノさん以上にクロノとの絆がある。信頼がある。何年クロノと仲間で居たのです?」
「――」
答えられない。高町なのはの前世――天魔・奴奈比売はクロノ・ハラオノウンの前世――天魔・大獄と何千年もの間、プレシアの宿った欠片の根源が支配する民と戦っていただなんて。
突飛に過ぎる。魔法が存在するこの世界でさえ。
「言えないのね。まあ、それでもいいわ。クロノとあなたたちの信頼には及ばなくても――信用していますから」
「……ありがとう」
「まあ、後処理の話はこれくらいでいいでしょう。せっかく勝ったのですし、喜びましょう」
「そうね。頭の痛くなる話はここでおしまい」
パーティだ。倉庫も施設も全滅しているから、スーパーの出来合い品と缶ビール、あとはジュースだけど精いっぱいはしゃぎましょう。勝利を祝って。
「いやー、嬢ちゃん。本当によくやってくれたよ」
「ありがとう、おじさん」
そう言って、乾杯を――
「なのはさん。飲酒はダメです」
「……むぅ」
こっそりと抜き取った缶ビールを置く。バレないと思ったのに。
「あっはっは。いいじゃねえかよ、艦長。硬いことは言いっこなしさ。それに俺の故郷じゃこんくらいの年から慣らすもんだぜ」
「郷に入っては郷に従えと言います。ここでは20歳未満は飲酒禁止です」
「やれやれ――」
なんかお説教が始まったのでわたしは逃げる。
「――クロノ」
オレンジジュースを傾けていた。きっと、カクテルなら絵になっていたでしょうね。
「酒は好かん」
「まだ何も言ってないんだけど?」
「……」
「いや、何か言ってよ」
「艦長さんの眼をかいくぐるのは無理だぜ、なのは」
「ユーノ君。いないと思ったら二人で飲んでたの?」
しかも人間形態で。
「オレンジジュースだがな。ちなみにスクライア一族は年齢が二ケタになったら呑んでもいいことになってる」
「あら? じゃ、クロノは」
「こいつは無理だな。ミッドチルダじゃ飲酒は14からだ」
「なるほど。この体で酒を味わったことがあるのはユーノ君だけか」
「やめとけ。ウチだとぶっ倒れるまで飲まされる」
「あは。それはちょっといやねぇ。じゃあ、大人になったらユーノ君に素敵なバーに連れて行ってもらうことにするわ」
「クロノと呑みに行った後でな」
「え!? ちょ、ちょっとあなたたち――何話してたの? 男がライバルだなんてわたしイヤよ」
「なに言ってるんだ、お前は」
「まさか……二人に間にはわたしの入り込む余地はないの? もうすでにバラ色の空間ができてしまっているということ……!」
「いや。だから何言ってるのかさっぱりだぞ」
「ま、NTR展開も燃えるからいいわ。それはそれとして、乾杯。まだやってなかったわよね?」
「3人そろってオレンジジュースだがな――乾杯」
「生き残れたことに乾杯」
「そして未来に乾杯――だ」
これで魔法少女リリカルあんなは連載終了となります。
今まで付き合ってくださってありがとうございました。この物語に根気よく付き合ってくださった皆様に感謝を。
さて、物語は終了になりますが、ちょっとした番外編を用意しているので、よければそちらにもおつきあいください。