「滅塵滅相!」
雷が走る。人類には決して到達できないエネルギー。けれど、よく考えてみて? たかが原子力発電の600倍のパワーに――そして新幹線以下の速さ。
「レイジングハート。チャージ!」
こんなものは防御するまでもない。なぜなら――
「ぬん!」
クロノが拳の一撃で雷を砕いた。これで射線が通る。ええ、信じていたわ。あなたならやってのける。だから、わたしは全力で一撃を叩き込める。
「|Divine Buster≪ディバインバスター≫」
行けえ!
「……」
ちら、と見て――それだけでジュエルシードによって強化された城塞の一つや二つは消し飛ばせる砲撃が砕かれた。
「なんなの、これは? 下手な小細工を見せられた私はお上手お上手とでも手を叩けばいいのかしら。攻撃とは、こうするのよ――サンダーレイジ」
魔法陣!? いや、相手は魔導士――最初からわかっていた。ただ自然に放出している魔力が大陸を砕けるレベルのものであるだけ。敵は魔法を使えるのだ!
「クロノ!」
「ああ」
言葉を交わすまでもない。アレはまずい! なら。
『『
二人分の必殺技で止める。
『チェイテ・ハンガリア・ナハツェーラー』
『ミズガルズ・ヴォルスング・サガ』
影で止め、拳で幕引きを与える。
「……ぬぐ」
「壊しきれない……クロノの創造でも。いえ、なるほど研究者ね。速攻で幕引きを与えるという性質を理解して、新たな歴史を生み続けることを選んだ」
数千の攻撃を束ねて打ち出し続けている。ようするに、連続攻撃だ。そんなことができるのも異常だけど、なにより頭脳が明晰すぎる。すぐに対抗策を用意するなんて。
「ぐぐぐ――」
幕引きを与える速度より、プレシアの連続攻撃の方が速い。これだと、わたしの影で食い止めている分を考えなくてもすぐに破たんする。
「このォ!」
ユーノ君?
「――あ」
停止の力が強くなった。攻撃が新たに生まれても、ここまでは届かない。そしてすでに生まれた雷は砕かれた。
ユーノ君の愛の力ね。実際は単なる二重掛け――コンビネーション技ということで、やっぱり愛の力。あなたごときには砕けない。
「ああ、なぜだ」
攻撃を止められたプレシアはガリガリと全身を掻き毟り始める。
「――うえ」
なにやら子供には衝撃的な絵柄なんですけど。でも、そういうことね。ミイラになってるのはすでにあふれ出る魔力にあらゆる内臓が破壊されてしまったから。そして血みどろになっているのは、全身くまなく傷ができるまで掻いたからということか。
「狂人が」
ユーノ君が吐き捨てた。そう、あれは狂人というのにふさわしいだろう。己の皮膚という皮膚を刻み付けるなど、精神病を思わせる病的さ。
「痒い」
ぽつりと妄執じみた想念を吐き出す。
「痒くてたまらない。他人というのはこれほどまでに忌々しい」
ふと、思い出したように彼女は嗤う。
「お前らはこれのために動いているのか?」
空中にウィンドウが出る。映っているのは多数の管を繋がれているフェイト。見るからに山場を乗り切った重病人と言った有様である。
このまま安静にしていれば治るだろうが、何かの拍子に死んでしまわないとも限らない。そんな、抜き差しならないとまでは行かないけれどもやはり油断はできない姿。
「うう」
眼をうっすらと開けた。彼女も見えているのだろう――揺れる焦点を空中に合わせた。
「聞こえていて? フェイト」
「母さん?」
「あなたの復讐のためにこいつらは死のうとしているわ。フェイト」
「――?」
「うっとうしいことこの上ない。それはあなたもよ」
「なにを……言って……?」
「あなたなんて掻き毟って平らにしてしまいたくてたまらなかった。けれど、私が直接動いてはいろいろと面倒」
「なのは……? それに管理局の人?」
「だから我慢したのよ。けれど、お前は期待外れだった。これなら、お前に我慢するよりも私が直接動いた方がよかった」
「復讐ってなに? わからないよ」
「あなたなんていない方がよかった。ああ、フェイト。もうお前なんて必要ないから言うけど、私は最初からずっとお前のことが大嫌いだった」
「……」
「そこで朽ちろ、人形。要らなくなった駒は捨てられるが定めよ。管理局にどうとでもされるがいい」
「あんなこと言われてるぜ」
「ええ。アレが外道なのはまあ当然として。なんかわたしたちの理由がねつ造されているような気がするわ」
「俺は次元震を止めに来ただけだが」
と、にべもないクロノ。まあ、今更にこやかに語り始められたら気色が悪い。
「私はちょっとした清算と、あとは地球を守るためね。わたしとユーノ君の愛の巣が壊されちゃたまらないもの。あと色々」
「俺はお前を手伝うために来ただけだ。あと、寝言を吐くのはベッドの上だけにしておけ、なのは」
「あら? じゃあ、ここに居る誰が復讐なんか志しているのかしら」
「しょせんは浅知恵だ。適当に嫌がりそうな言葉を見繕っているだけの細胞に論理など期待するだけ無駄というものだ」
「それもそうね。けどあんなこと言われたから、フェイトちゃんの心は折れちゃったわね。どうしたもんかしら」
「お前が考えろ」
「――ちょっと、それは酷くないかしら」
「フェイト・テスタロッサはお前の管轄だ。どうにかしろ」
「いやぁ、あんなふうに心が圧し折れる音が聞こえるほどに叩きのめされちゃうと、かける言葉が見つからないのよ」
「俺もパスだ。女の子の扱いはどうにもわからん」
「ユーノ君まで」
「あなたたちも聞こえていたでしょう。どうするの? フェイトを見捨てるなら、見逃してあげてもいいわ」
ふざけたこと言ってくれちゃって。
「いや、どうせ次元振起こして一切合財滅塵滅相する気でしょーに。一応聞くけど、あんた何を目的として動いているつもり? 一応そういうのがあるんでしょう。親のためとか恋人のためとかそういうの好きでしょ? 死んだらまともに埋葬もせず、恋人すら腐らせるあなたたちでも。ま、そういう演出をこそ愛しているのだろうけど」
「私の目的はアリシアを生き返らせること。そして、フェイトはその失敗作。記憶を転写したクローンは、オリジナルとは全然違った」
「死者蘇生、か。それを詰る権利はわたしたちにはないわね。例え無色の大極下では死者はただ消え去るだけだとしても」
「だから、アルハザードを目指す。そこでなら、失った時間を取り戻せる。ああ、思えばあの事故も上の人間が介入して暴走させたのだった。本当に、他人というものは邪魔しかしない」
「――なるほど。アリシアを邪魔だと思っていたのね」
ここで、攻めてみる。こういう奴は、自分が大好きだから簡単に己をだましてしまえる。研究者として生きて、娘を心底邪魔だと思って放置しても――死んだ後なら、大好きだったとか平気で言う。
「そんなことがあるものか! あの子が生きていたころは、それこそずっと一緒に居たいと思っていた。研究なんて放りだして、ピクニックに行きたかった。あの子とやりたいことがいっぱいあったの。させてあげたいことがたくさんあった。いくらでも遊んであげたかった」
関係ないけど、血だらけミイラがピクニックってホラーよねー。気合入った演劇みたいな台詞を右から左に流しながら、わたしはプレシア・テスタロッサの矛盾を探す。
「けれど、研究はやめなかった」
そして、見つけた。
「――あ?」
「重要なのは行動。そうでしょ? だって、行動した結果は変わらずとも、想いは忘れ去られてしまうもの。忘れたものは好き勝手に捏造できるわ」
ふふ。これが真実。あなたが都合よく忘れ去って――ねつ造の過去に隠してしまったものをわたしが暴き出す。
「お前、何が言いたい!」
「あなたはアリシアを愛してなんていなかった! 同じ顔、同じ声だから、かわいさ余って憎さ100倍? あり得ないわ、そんなの。いいことを教えてあげる。本当にアリシアを愛しているのなら、フェイトに鞭打つなんてできない。愛しつつも憎み、ゆえに遠ざける」
「私はアリシアを愛している。あんな失敗作じゃない――本物のアリシアだけを愛しているのよ」
「いいえ」
バキン、と音が響く。プレシアの後ろにあるドアのカギを影でこじ開けた。さあ、真実は事実から成るもの。一つの“モノ”を晒しましょう。
「――ひ」
フェイトが呻く。そこには腐り果てて原型とどめぬアリシアの姿があった。アレ、刺激キッツイわよねえ。つか、スクリーンで見てるフェイトには届かないけど、腐敗臭がわたしのところまで浸食してくるわ。
「あなたが愛しているのは――娘を失ったかわいそうな自分でしょうが!」
けれど、そんなものはなんでもないのだ。そう、プレシア・テスタロッサという心が発する腐臭に比べれば。
今こそ、穢れた真実を叩きつけた。
「……」
フェイトちゃんは無言だ。気絶しないだけ誉めてあげたい。けれど、そこにいるのなら真実に直面してもらう。
「フェイト。あなたは母親を愛しているのかもしれない。けれどね、やめなさい――そういう幻想を持つのは。母は子を愛するもの? 確かに世の中にはそういう人ばっかりで、大抵の人はそう言われればその通りだとうなづくかもしれない」
「けれど、違うのよ。母の愛で狂った吸血鬼を知っている。母の愛に乾いて血を求める殺人兵器を知っている。愛を破壊という手段でしか表現できない人間を知っている。“ここ”じゃなくても、しっかりと生きていた人間よ」
「フェイト。あなたは自分で決めなさい。わたしには水銀を飲ませるなんて真似はできない。自分で選ぶの。それが例えどんな道でも、自分で選んだ道なら――きっと歩き続けることができると思うから」
「なのは。私はどうしたら……?」
「自分で決めなさい。フェイト」
「何していいのかわからないよ」
「本来、それは誰かに強制されることじゃないのよ。あなたはどうしたいの? フェイト」「私は――」
「うん。あなたは?」
「私は、ただ――抱きしめてほしくて」
「いいよ。わたしが抱きしめてあげる」
「なのはが?」
「うん。そして、友達になりましょう」
「友達? 私、そんな人いなかったからどうしていいのかわからないよ」
「大丈夫よ。二人で手探りしていきましょう。それが友達というものよ」
「……フェイト」
プレシアがその名を忌々しげに吐き捨てた。
「あら――あなたは捨てたのでしょう? 勝手に立ち上がったところで、文句を言う筋合いなんてないはずよ」
「認めない。それは私の糞よ。それを弄って――気持ち悪いのよ、あなた!」
「あら? 自己陶酔するお化けミイラほど気持ち悪いものはないと思うけど。ねえ、おばさん」
「高町なのは。お前はこの手でつぶしてやる。虫みたいに潰して、潰した手足を引きちぎって、それから砕いて撒いてあげるわ」
「そう。じゃあ、私は害虫掃除に精を出すことにするわ。誰のことかはわかるでしょ? ――害虫」
「死ね!」
今までで一番の攻撃。避けられるわけないし、防げるわけもない。その一撃は神の力が宿った極大の雷。
余波がいくつもの次元世界を砕く。けれど、人の気配を嫌がる主人を乗せた無限庭園は無人世界の近くにいる。砕かれた世界に生命はない。
「――とはいえ」
「……」
ぶすぶすと黒煙を上げるわたしとクロノ。ジュエルシードの力で生きながらえているけれど、まあここまで炭にされたらふつうは死ぬわね。
「もう腕をふる力さえ残ってないわ」
「……」
全身から煙を上げる――いや、右腕をかばっていた。ためにクロノは3割ほど輪郭が削れている。
「っらァ!」
ピ、とわずかな音が響く。先ほどの一撃の安全圏内は本人の近くだ。自らをこよなく愛する彼女に、自分まで攻撃しかねないようなことはできるわけがない。
だからユーノ君を影に飲み込んで、プレシアのそばで吐き出した。そこなら攻撃が来ない。そして、あれだけの力を放出した直後は守りが手薄になる。
「ああ」
彼女に刻まれた傷はごくわずか。浅手とすら言えない――針の一刺しの方がまだ痛い。薄皮一枚爪に引っかかれてわずかに血がにじむ程度。ユーノ君の全力でこれだ。
こんなもの、自分で掻き毟った傷の方が深いに決まっている。でも。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
プレシア・テスタロッサには耐えられない。自己愛が深すぎて、他人から与えられた傷にどう対処していいかわからないから。
「――」
クロノ、と声にならないかすれ声でささやく。わたしは黒こげになったまま命をつなぐ魔法だけかけてそのまま。
余力はクロノの治療に全てつぎ込んだ。それでもジュエルシードがなければ死に至る深手というのは変わらない。けれど、あなたならそれで十分でしょう。
あとはお願い。ああ、声が聞こえる。
『
彼は戦争の時代に生きた。全力で戦い、そして朽ちることができればそれでよかった。
『
しかし、その願いは水銀により汚された。彼は生き返らされてしまった。望まぬ不死、望まぬ生を与えられた。
『|das es zernagt, erstarre das Herz!《忌まわしき 毒も 傷も 跡形もなく消え去るように》』
ゆえに願ったのは唯一の死。
『
意味のない死など認めない。ただ、誇りを胸に戦って死にたかった。
『
であれば、自らに死を許さない。
『
死ねば生き返るのが不死の法であったゆえ。
『
3度目の生など認められるものではない。
『
だが、彼は自ら3度目の生を選んだ。
『
それは許せぬものがあるから。見捨てられない友がいるから。
『|von selbst dann leuchtet euch wohl der Gral!《至高の光はおのずから その上に照り輝いて降りるだろう 》』
3度目を駆け抜けた先には4度目。しかし、それは泣きたくなるほど暖かったから――
『
奪わせない。堕とさせない。そして何より――壊させない。
『
ここに幕引きの一撃がわずかな傷から侵入し、プレシア・テスタロッサという存在に幕を引いた。