「最終決戦。少しばかり、道程が厳しすぎやしないかしら?」
「雷のカーテン。中々に洒落てると思うぜ」
「……」
目の前には何層もの雷が渦を巻いている。おそらく、直撃してしまえば世界すら砕いてしまうだろう。
ここを通らなければならない。次元航行艦で突っ込んだとしたら、1秒持たずに海の藻屑――いえ、雷の燃え滓になるわ。
「荘厳ね。目に入らないほど大きい」
「この道を踏破しろってのかよ」
そうだろう。この厚いカーテンは何十キロもある。それは遠くから見ると球体で……まるで天体の様にすら見える。雷王星という言葉が浮かんだが、まあ地球と比べるとピンポン玉程度だろう。月よりは大きいかもしれないが。
「けれど、わたしたちならこの道を征ける。違うかしら? ――クロノ」
「違わん。やるぞ」
「ええ。では、恥ずかしながら」
会釈を一つ。そして、わたしの渇望を披露しよう。宝石を握りしめて、声高らかに。
『私は地べたを這いずりまわる。空を見て。空だけを見て。あの高みに届きたい――恋焦がれて病んでいく』
振り返るまでもなく、わたしの人生は誰も救えなかった。いくら願っても、その手はただ空を切る。
『他の物は何もいらない。あれが欲しい。あれが欲しい。ああ――だけど悲しい。届かない』
だから願ったのだ。それに触れられるのなら、他には何もいらないと。そのためなら、なんだってできた。無限の生を必要だったんだ。例え、水銀を飲み下そうとも諦めることはできなかった。
『だから祈ろう。私という存在の全てを賭けて。あの星に届く手が欲しい』
ああ、だから願う。戦う。ジュエルシードは願いをかなえる力。ただひたすらに願わなければ自らを巻き込んで破滅するしかない。そして、それすらも意識の外へ。でなければ、一つのことを願うなどできはしない。
「……斬る」
だからこそ想いを。私の前を歩く閃光――やっと追いつけた。パパがいて、ママがいて、アリサちゃんとすずかちゃん。それにユーノ君がいる。クロノやリンディさんだっている。わたしはもう一人じゃない。
……だから!
ここで立ち止まってはいられない。歩き出そう。今度こそ、遅れることのないように――前を歩く閃光について行く。
「……すごい。ここまでの魔力を制御できるなんて――あなたは一体何者だというのですか。なのはさん」
看板の上に立つなのはとクロノをモニタで見つめるリンディ。その目に映るのは、驚愕と恐怖。それはそうだろう。ここまでのことができる人間など見たことがなかった。伝説に聞いたことはあるけれど、それもプロパガンダにすぎないと思っていた。けれど、これを見てしまえばあながち星ごと斬っただの、永久に凍結する管理世界は実は一人の魔導士による魔法が現在まで効力を残しているからだとかいうのを与太話と笑ってもいられなくなる。
「でも……」
これは確かに大陸でさえ両断できる一撃かもしれない。国ならば確実に両断できるだけの威力があるだろう。それは計測機器が示す測定不能という表示からもわかる。
そもそもこれだけの魔力が発生する事態なんて想定さえされていない。理論的に次元世界を消滅させるためのエネルギー量をシミュレートしてみようというのでもなければ。
「ロストロギアを制御下においている。こんなことができるなんて」
そして、その莫大なエネルギーを放ち、自滅していない。自分の意志でやってるのだから暴走しないなど一見普通のように思えるが、操るエネルギーの次元が違う。
「それでも、破れない」
エイミィが呟いた。コンソールを見つめ、砂を吐くように。
「――え?」
「威力が弱すぎる」
「そんな」
言われてみれば納得できる話だった。目に見えるほど高密度の魔力――しかし明らかになのはの周りに集まる魔力よりも雷のカーテンの方が色は濃い。
それは当然、密度の差を表している。ということは、砕けるのは雷の星ではなくなのはの刃。
「言われてるが?」
「大丈夫よ。ユーノ君。やるわよ――クロノォォ!」
疑いなんていらない。仲間をほんのわずかでも疑えばタイミングが狂う。わずかな一瞬でさえ、タイミングが狂いしっぺ返しが来る。コンマ1秒の狂いもなく針の穴を通すように斬撃を放つ――無論、魔導士のわたしにそれができるだけの技量はない。
「右30度」
理屈じゃない。わたしはただクロノを信じる。永い間をともに戦った彼を、心の底から信じている。彼ならわたしをうまく操縦してくれる。ゆえに、刃の持ち手はわたしであっても、振るうのはクロノ・ハラオウンだ。
『首飛ばしの颶風ェ!』
渦を巻く――切り裂く。信じていた……彼なら斬れると。
「「斬った!?」」
後ろで驚いている。けれど、正しくはこじ開けたのよ。
うごめく雷の間を、ほんのわずかな狂いもなく正確に切り込む。土台、雷で盾をつくるなど無理なのだ。それでは隙間ができる。文字通り雷速で動く1mmもない隙間に切り込む馬鹿げた発想を実現することができたならば、隙間を広げることができる。
「さあ――行くわよ!」
「お前が言うな」
呟いたクロノの存在感が解き放たれる。彼もまた宝石を握りしめている。ジュエルシードの力を解放する。
『――自由を!』
一言。そして――
「一撃だ」
言葉通り、一撃であった。その一撃で道が開かれた。たったの一撃で必要な分だけの雷を打ち据え、終焉を与える。それは幕引きの一撃。ただの一撃で終わらせるご都合主義の必殺技であり、一撃でしかない何の衒いもない普通の拳。
そして彼は自らの武器の名を呼ぶ。
「――
「やっぱり、寒気が走るわね」
この拳に触れれば終わり。同じくジュエルシードを使ってるとはいえ、わたしが一歩も二歩も劣っていることは認めざるを得ない。
「すぐにふさがるぞ」
ああ、その通りだ。あれは雷が束ねられて天体となったもの。穴が開けば、当然ふさがる。
「――ええ。行くわよォッ!」
もとより欠片に対する恐れなどない。あんなものはおぞましいだけの力の塊。ゆえに処分する。だから駆け抜けよう――敵のもとまで疾走しよう。
「「――おお!」」
男二人の咆哮が重なる。頼もしいわね。
そして、駆け抜けた私たちを待ち受けてたのは――
「こういう言い方はなんか怒られそうだけど……あえて言わせてもらうわ。気色悪い」
「悪趣味なのは確かだな。しかし、らしいと言えばこの上なくらしいと言えよう」
「おいおい。大量のクローンを配置するとか、どこの狂人だよ」
このおぞましさに耐えられねぇ、とユーノ君が漏らす。
まあ、それはそうよね。同じ顔がずらりだなんて、精神衛生に大変不健康な結果をもたらすことは疑いようがない。
けれど、アレにとっては別。自分と同じ顔がずらりだなんて、天国じゃないかしら。ナルシストと言えばそうだけど、純粋さが違う。強度が違う。次元が違う。
それは自己愛の究極。
「こんなん、もしわたしの顔でやられたら精神崩壊してたわよ」
「そりゃ同感だ。自分の顔に囲まれて過ごすってどんな気分だろうな」
「アレにとっては小躍りでもしたいほどじゃないかしら?」
「つくづく、かけ離れてやがるな。力も、精神も」
「けど、勝つのはわたしたちよ」
「そう願いたいな」
「不安は心のうちに閉まっておけ。口に出せば、心が委縮する」
「クロ……」
「ぬん!」
破砕した。目の前にたくさんあるプレシア・テスタロッサのクローン体、その一つを。
「消滅しなかったってことはある程度硬いってことだけど」
わたしは鎖でそれの首を折り、言う。ジュエルシードによる聖遺物の複製――もっとも、形を真似ただけだけれど。
「本体には比べようもないわね」
車輪に縫い止め、轢き殺す。発条のついた注射器で血を吸い尽くす。切れ味の悪い鉈で首をへし折る。
あっさりと殺せる――まあ、欠片は宿っていないようだから不思議はない。それに手ごたえはないと言っても、おそらくSランクの魔力を持っている。
「これなら、殺し尽すことも不可能ではない。しかし」
神業としか言いようのない無駄を完全に殺した体術が、急所の身を突き、後にはちりも残らない。
「数が多すぎる」
見たところ、ここには20人程度しかいない。自分とはいえ、身動きができなくなるほど密集するのを嫌がったのでしょう。
けれど、もうすでに20人程度は殺している。けれど、数が減ったようには見えない。これは目の錯覚とかじゃなくて――
「おそらく、自分のクローン体を量産するプラントがあるはずだ」
「そうね。だからこれは無尽蔵に出てくる」
殴りかかるプレシアの首に鎖を巻く。そして、手加減なしで突進してきた彼女は自分の力で首を折って動かなくなる。
左から飛び蹴りをかましてくるプレシアは鉄の処女の中へ。薬品漬けの血が臭気を放つ。そしてくるりと体をひるがえし、懲りずに襲い掛かってくるプレシアを電気椅子に乗せた。
「ならば、打開策は一つ」
「もとから時間がないのはこっちだものね」
「いくぞ、クロノ、なのは」
「「――応」」
そう、わたしたちは3人で戦っている。例え何千人のプレシアがいたところで、しょせんは1人。負ける気なんかするわけがない。
「クロノ、一撃で道を拓け。なのは、お前は道を広げろ。そして、俺が道を維持する」
「「ヤー」」
その瞬間。城が断末魔を上げた。道を開くのに城ごと潰す勢いね――ってか、この階が完全に崩落する。けれど!
「魔法少女に不可能なんてないのよ」
鎖を広げる。そして、トンネルをつくる。それはとても狭い――子供一人が通れるかといったところ。
「……がぎ。ぐる。がぁぁぁ!」
魔力全開。鎖を押し込めるプレシアの手を圧し折って無理やり広げる。何人かのプレシアが巻き込まれて鎖のトンネルに赤い意匠が施されてしまった。悪趣味ね。けど、機能さえ果たせるなら文句は言わない。
だが、壊される。鎖は元々もろいもの。プレシアの我が身を省みず、逆に自分が圧死してしまうほどの攻撃が、あと5秒もしないうちに鎖を引きちぎる。
「結界!」
なら、強化すればいい。そして、それは私でなくともいい。
「いっしょにあいつをぶっ殺すわよォ!」
叫び、奥へ通じる扉を蹴り開けた。
「――あなた」
そこにいたのはミイラ。すでに死んでいる? いや。
「ああ。なんだ塵がいるわね。うっとうしい」
ひび割れた口からはっきりとした言葉が漏れる。しかし、それは誰に向けてのものでもない。ただの独り言。
なぜなら、彼女は他人というものを認めていない。ありとあらゆる他者はわからずやで、そのうえ無能なうえに自分を邪魔してくるだけの有象無象。
「そんなになっても生きているっておぞましいわね。ねえ、あなた――鏡見たことあるかしら?」
正直、ミイラになるとか死んだ方がましだと思うのよね。どうせなら、若い体を維持したいと思わないのかしら。
そりゃわたしも生きぎたない方よ。身体が半分になったって、生首になったって何とか生き伸びようとするでしょう。けれど、さすがに醜くなった体は隠すわ。いや、治せるならそれに越したことはないけど。
だって、全身に青痣が浮き出て――そこが破れて出血さえしている。むしろ、肉の芽に覆われていると言った方がいいのかしら。もちろん皮膚は乾燥して変色、委縮すらしている。
「そんなもの毎日見てるにきまってるでしょう。他に何を見るというのかしら。娘を気取る役立たずの顔? イラついてしょうがないわね。目の前の乳臭い失禁を我慢するガキ? あいにくとペドフィリアの趣味はないわ」
口。アレは口でいいのよね。開閉する血と肉の塊。飛び出しているものは歯かしらね。おぞましくて吐き気がする。
「ごきげんうるわしゅう。とでも言っておこうかしら。もちろん嫌味だけど」
「で、あなたは何しに来たの? ああ、あの失敗作のことで文句でもいいに来たの。どうせもう死んじゃったのでしょう? お前は死人の後を追いかけるのが好きなようだから」
――死人の後を追いかけるのが好き。よくも言ってくれたな。たしかにそうとしか見えない人生だったかもしれない。けれど、夜刀と生きた日々を汚されるのは許せない。
「……っ! プレシア・テスタロッサ。あんただけは殺してやる。あの子に詫びろなんて言わない。ただ――消えろ。とっくに朽ちた細胞がぁ!」
「落ち着け」
クロノの肩に置かれた手が強制的に押しとどめてくる。ジュエルシードの強化がなかったら破裂してるわよ?
「クロ……」
「お前が激昂してどうする。むやみに突っ込んでいっても、炭にされるだけだぞ」
二人が抑えてくれた。うん。大丈夫。仲間がいるなら、きっと絶望なんてしない。だから、感情に囚われて大局を見失うこともまたない。
ぎょろりとしわしわになった目がユーノ君を向く。吐き気のするような眼光。その目は光を宿しているが、その実なにも映していない。
「ユーノ・スクライア。いえ、ロートス・ライヒハート。お前はただ化石が好きなだけでしょう。なら、お前自身が化石になってしまえ。ああ、そんなのも居たんだな――程度の足跡に。どこかの物好きが胃の中身でも骨でも大喜びで鑑定してくれるでしょうよ」
「見透かしたこと言ってるんじゃねえよ。確かに俺は化石が大好きだ。だがな、お前に指図される覚えはない。好きことやって娘を殺したお前とは違うんでな。俺はきちんと社交性とか持ってる」
どこか斜に構えて、強烈な皮肉を返した。また、おぞましい目が向きを変える――次はクロノ君へ。
「クロノ・ハラオウン。ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン。あなたはただ終わりだけを求めていたのでしょう? ならば首でも括っていろよ。そうすれば、労せずしてお前の求めたものが得られるわよ」
「俺の求めた終わりを侮辱するか。貴様など、求めるものすらないくせに」
殺気を込めて、心臓を抉るような一言を返した。
「本当に、面倒くさいわ。石ころが私の前に落ちている。手で払ってもなくならない。ああ、なんで私の邪魔をする? 私の人生は屑が踏み荒らして、初めに敷かれていたレールなんて見えなくなってしまった。人生のレールに起伏なんて要らない。まったいらでいいのよ」
ギロ、と初めて睨んだ。宿ったのは殺気ですらなく――子供の癇癪。気に入らない気に入らないと泣き喚き、当り散らすだけの傲慢な幼さ。
「ああ、なんだ。目の前に石ころがある。消してしまおう」
神の怒りが振り下ろされる。