「「……っ!」」
顔を見合わせる。
やれやれ、タイミングがいいのやら悪いのやら。
「なのは」
「……クロノ」
うなづきあうだけでわかる。なんせ、あの薄汚い気配を感じたのですもの。ただの残滓――の欠片でこれとはね。嫌になって来るわ。
「行くぞ」
「もちろん。しかし、あなたってホントに変わらないわね。いや、一言でもしゃべったってのは変化なのかしら」
「……」
姿を消した。――転移ね。って。
「何も言わずに行っちゃわないでほしいわね」
「すみません。うちの子が迷惑をかけるわね」
「いいわよ。アレがクロノなんでしょ。――大丈夫。信じてるから」
あいつは不器用なだけだもの。鋼の英雄ってことは、それだけ頑固ってことで――女の子との付き合い方も知らないのよねえ。まあ、興味もないでしょうけど。
「……なのはさん」
「さ、いい加減わたしも行かないと」
あいつはあいつのやることがある。わたしはわたしで――フェイトちゃんを助けるという目的がある。……急がないと手遅れになってしまう。
「お気をつけて」
「当然。わたしは自分を犠牲にする気なんてさらさらないわ」
好きな人とケーキ屋さんを開く……そんな女の子らしい夢を抱いて、今は戦いに臨みましょう。友達になれるかもしれない子と杖を交えよう。
「
6つの弾丸がまっすぐに彼女に向かう。そして――
「――おおっ!」
気合の声、ただそれだけで撃ち落とされた。
「……まったく、人の身に堕ちてみると波旬の細胞どもがどれだけ厄介だったか痛感しないわけにはいかないわね」
牽制が牽制にならない。この分では、直撃させても痛がるかどうかすら……
「嵐起こしてジュエルシードを起動させるなんて無茶苦茶やる、と言いたいが」
ちら、と雷が走るのが見えて――
「う……ぬぐ……うああああ!」
身体を置いていく勢いでひた走る。魔力を術式に叩き込んでさらに速く! でなければ、あれから逃げられない。
最大限度に手加減した――手で優しく包み込むかのような一撃を。
「……は!」
雷が拳によって砕かれる。クロノだ。しかし、いくら彼でも接近するのさえ難しい。手数と威力が圧倒的に不足している。それでも、追い詰められているようには見えないけどね……!
「やれ」
もう――そっけないわね。とはいえ、わたしにも悠長にお礼を言っている暇なんかあるはずがないのだけど……!
「レイジングハート! それにクロノ!」
気張りなさい、相棒。ここが正念場よ。あの子を助けるには今しかない。今を逃せば、彼女は幻想となってしまう。二度と触れられぬ幻想へ。
――そんなことを許しはしない!
「右78度。……撃て」
ねえ、力を貸してマキナ……クロノ。永い時を共に過ごした仲間……黄昏によって繋がれた絆。しょせんは同じところを見ていただけにすぎなくて、あなたはわたしを嫌っていたのかもしれない。でもね、信じてるから。
「
桜色の射線が雷嵐を縫うようにたどり――
「……っふ!」
ぞんざいな一撃に粉砕された。フェイトちゃんがやったことと言えば、バルディッシュの残骸を振っただけ。魔法なんて使っていない。
「そんな……」
現時点で出せるのはこれが最高威力なのに。あれだけ完璧に砕けるなんて、どれだけの力の差があればあんなふうに――
「……」
ずん、と腹に拳がめり込んだ。痛くはない。そういう殴り方をしたのだろう。衝撃が肉を突き抜けたからダメージはない。
「――クロノ?」
まさか。今の一撃でわたしは弾き飛ばされた。では、弾き飛ばした彼はどうなったのだろう? 見てみる。
「いない」
まさか。わたしを助けるために……?
「ぼけっとしてんなよ! なのは」
――あ。
「フェイトちゃん」
まずは落ち着こう。憤怒で勝てる相手じゃないし、それで勝ってもいけない。あくまでわたしはあの子を助けるためにここにいるのよ。
どんなにあくどいことをしてでも……助けるとそう決めたから。
「あなたを助ける。フェイト・テスタロッサ」
まずは、ちょっとした策で挑発してみましょうか。それに、どうせクロノのことだから海中に逃れて小休止でもしてるわよ。だから、心配なんてしない。
さあ、遊びましょう。
雷をひらりひらりと避ける。
「なんで……消えない!」
やれやれ。前は可愛い声だと思ったんだけど、汚染されちゃうとこんなものか。怨霊みたいにのっぺりとした声なんてあまり聞きたいものじゃないわ。
「まあ、この雷雨の中じゃ鼓膜が破れる寸前なんだけどね!」
軽口をたたかなくちゃやってられない。
なにせ、やってるのは等身大イライラ棒なのだ。竜巻の間を縫って、雷の合間を潜り抜ける。ジュエルシードを盾にしながら、ね。
……いや、別に壊されてもわたしとユーノ君は困らないし。
「というわけで、散々困ってもらうわよ?」
精神がガリガリと削れてく音が聞こえるけどね。けど、ある人が言っていた。100年もあれば凡人でも世界を踏破することは可能――つまりはたくさん生きてりゃ、それだけ何でもうまくなるってこと。
わたし、これでも人生何十回分も生きてるのよね。だから――
「いくらでも付き合ってあげるわ。たかが1週間くらい集中し続けたって、問題なんてないんだから」
イライラ棒で精神が削れる大きさはわたしの方が数十倍でしょうね。けれど、先に集中力が削りきれるのはあなた。
だって、ほら――穴ができた。そしてあなたはわたしを見失う。あなたを汚染しているそれは滅塵滅相。全てを滅ぼしつくす力。一々対象なんて区別する必要がないゆえに鈍い。あらゆるものを破壊する力を、ジュエルシードを破壊せずにわたしだけ壊そうなんて無理よ。
「さあ――わたしの全力全開を受けても平気な顔をしてるか、見てやろうじゃない」
幸い、つうか実は辺りの魔力濃度が濃すぎて呼吸が苦しいんだけど――魔力ならいくらでも周辺に漂っている。それを回収し、砲弾と化す。ユーノ君が言うには、Sクラス難易度の魔法でわたしが使うのはレアスキルらしいけど。
「喰らえ」
「|Starlight Breaker ≪スターライトブレイカー≫」
忌々しげに周囲をきょろきょろとにらみつけるフェイトちゃんにとびっきりの一撃をお見舞いしてあげた。
「さて、これで――」
ぞくっと肌が泡立った。悪い予感が刹那の時に極大にまで膨れ上がる。……マズイ。マズイマズイマズイ――っ!
「いた」
一言。無傷のフェイトちゃんがわたしを見る。心底嬉しそうな声、邪魔な蠅をやっとつぶせるといった――滅塵滅相に歓喜する顔。
「……あんた。まさか、ジュエルシードまで壊すつもり? そこまで」
「邪魔。全てがわずらわしい。波の音も、あなたの声も、私以外の全てが私をいらだたせる。だから消えろ。この世には、母さんを想う私だけがあればいい」
……あ。もうダメ。天空には雷の層――幾重にも折り重なって飽和した魔力が荒れ狂っている。あんな空が海に堕天したならば、海の生物が死滅する。いや、それだけではない――絶滅するのは海の生物だけではない。
あれだけの雷のエネルギーは想像を絶する。そのエネルギーは海中を走り抜け、一瞬にして海そのものを焼き尽くす。爆裂した水蒸気は地球を覆い、あらゆる生物は煮え滾る水蒸気に内側から焼かれてしまう。
「まあ、あんなものが堕ちてきたらわたしなんて触れる前にお陀仏でしょうね。先立つ不孝をお許しくださいパパ、ママ、お兄ちゃんにお姉ちゃん……って、どうせ1秒後に死んぢゃうんでしょうけど」
いや、無理無理。無茶、無謀、蛮勇ここに極まれりって。こんなん相手にして勝てるわけないじゃない。
「……ごめんなさい、夜刀。わたしの人生、ここで終わりみたい」
そう言って、目を閉じる。
「やれやれ。こんなことになるとはな」
「……ユーノ君?」
「悪かった。俺のせいだ」
「なに言ってるのよ。悪いのは、全部波旬じゃない」
「……誰だ?」
「あの残りカスの大本。最悪な神様よ」
「だが、俺がいなけりゃ」
「それは言わないで。いいのよ。あなたは悪くない」
「……悪い」
「もう。いいって言ってるのに……」
わたしは雷雲を瞳に映す。
――ああ、あれがわたしを焼き尽くすのか。きっと、痛みはないだろう。消し炭すら残らない。心配なのは、町の人々。水蒸気で体の中から焼き尽くされるとうのは、とても苦しいもの。いや、実行したのはわたしじゃないけれども。
思えば、乙女に似合う代物じゃなかったわね――
「それに比べて、あなたはいい相棒だったわ。レイジングハート」
「You too.《あなたこそ、最高のマスターでした》」
さあ、神の怒りが堕ちてくる。覚悟は決まったのだから、心安らかに――
「まだ、諦めるには早い」
声が聞こえた気がした。
ぱん。と集中しなければ聞き取れないほど軽い音が響いた。あれは――クロノ?
「……ふぅ」
やさしく撫でるような一撃だった。それだけで、撫でるように首筋に触れられただけでフェイトちゃんは首をかくりと傾けて――眠るように気絶した。
「あんた、よくやるわね。ほとんどの魔力をアレに使ってたとはいえ、見られた時点で雷に焼き尽くされてたわよ」
今まで隠れてチャンスを待ってたってわけ。ブチ切れて、見境を失った相手なら気取られずに動けるから。
「座していても変わらん」
ま、そりゃそうか。一か八か……って、そんなことできる奴はそうそういないけどね。
「……最後に勝ちを狙って何が悪い。そう言った奴もいた」
「ああ、あいつね。諦めない。絶対に、何が何でも勝ってやる。そういう素敵な意地を持った、けれど底意地の悪い彼。懐かしいわ」
わたしは懐かしむように目を細める。
「……」
するとクロノも目を細めた。彼も昔を懐かしむことがあるのかしら。
「これで終わったのかな」
「まだだ」
「――え」
クロノの視線は上に向いていた。
そして、荒れ狂いながらも徐々に収束し始めていた雷雲があっさりと消え去った。音もなく、前触れもなく唐突に。
そんなものに一々大振りなリアクションなどとってられないとでもいうように――気軽に地球上の生物を全滅させられる魔力を砕いて消してしまった。
「――死ぬ!?」
「いや――海に飛び込め! とにかく、高度を下げろォ――できれば海底まで、な!」
ユーノ君の叫び声が届いた。何かを想う暇はないし、そうする意味もない。ここはなにがなんでも――
「
「逃げる! フェンリルモード」
フェイトちゃんにタックルをかましてひっかける。腹に肩が当たって呻くような声がしたが無視。
最高速で己を顔面から海面にたたきつける。そのまま深く、更に深く――ユーノ君の結界のおかげでけがはない。つか、気付かなかったけどあの速度で顔面ダイブしてたら顔つぶれてたわね……!
「……クロノ」
ちらりと視界の端に捉えた。彼も逃げたようで一安心――だなんて、思ってると“来た”。
どどん、と音がする。
間の抜けたような音だが、次元ごと引きちぎる神の手による一撃だ。いや、これは一撃などとは呼べないのかもしれない。なにせ、手はジュエルシードを持って行っただけだ。
だが、世界に刻まれた損傷は想像を絶する。人が、とかいう話じゃない。世界が壊れかけている。
なんとおぞましいのだろう。他のもの一切を考えない神様が出現したら、当然世界は砕けていく。存在の規模が違うのだ。容量を超えている。世界という受け皿は、神様の髪の毛一本すら受け止められない。その重さで受け皿がつぶれてしまうから。
「エイミィ!」
「今残っている艦の機能を全て先ほどの影響の被害の隔離に回します!」
「結界魔術師は全員現地へ赴いてください! 他の魔術師はそのサポートを」
「結界が崩壊します! このままだと大規模次元振に発達し、他の管理外世界まで運命を共にする危険があります」
「結界の維持を最優先。受け止めきれない魔力は外に流しなさい!」
「しかし、それでは――」
「他に選択肢はありません! 責任は私が取ります。……急ぎなさい!」
「りょ、了解!」
「転移ゲートが不安定です。このままでは他の世界へ飛ばされる恐れが」
「すべての責任は私が取ると言いました。……強行」
「な……!」
「どうか――生きていて。なのはさん、ユーノさん、そしてクロノ。無事でいてとは言わない。けれど、せめてこれだけは願わせてほしい。もう一度会いたい、と」