――だが、逃げられるはずがあろうか。神にも等しい力を振るうプレシア。彼女が次元世界を崩壊させた姿をもアルフは見てきた。
「……フェイトぉ」
万に一つ、いや――億に一つも勝算があったらいいと思う。けれど、それすらもない。自分がプレシアに勝つ確率など那由他の彼方にすらないのだろう。
「それでも……!」
見捨てられない。隠れているわけにはいかない。どんなに恐ろしかろうと、フェイトを見捨てて自分一人だけで逃げる真似ができるはずがない。たとえ、力の差が絶望的であろうとも、それが例え敗北が決まっているほどの断崖だとしても決して逃げ出すことはできないのだ。
「プレシア・テストロッサ! 私がお前からフェイトを解放してやる」
泣きながら叫んだ。フェイトはうめき声をあげてぴくりとも動けずにいる。生きていることが分かるだけでも御の字と言ったところだろうか。目を背けたいほどの有様になっている。それでも、生きている。生きているのだ。だから――
「あんたを倒してフェイトを助ける」
魔力を拳に集中させ――
「……」
無言。無言であった。ちらりとも見もしない。プレシアは魔法さえ使わない。邪魔だ、と蠅を払うように手を振った。それだけで――
「が!」
アルフの意識が断絶した。当たってすらいない。魔力の余波が触れただけだ。ろくに魔力を込めることすらしていないのに、プレシアの一撃とも呼べない動作は小規模の次元断層さえ引き起こした。
堕ちていく。いや、吹き飛ばされたのだろうか。どちらにせよ、アルフの意識は飛んでいる。それでも即死しなかったのはさすがの丈夫さと言うか、プレシアの適当さ加減と言うか。もしプレシアがまともにアルフを認識していたら粉みじんになっていただろう。
アルフはとある管理世界。幸運にもなのはの住む世界に墜落した。そして――
「あら?」
瀕死の彼女は通行人に見つかった。
「なのはさん。彼女の協力者を発見しました」
「――は? どういうことよ。戦闘の気配はないけれど」
疑問に思う。あれに影響されたのなら、他人などそもそも概念からして存在しない。ただ自己愛がそこにあり、初めから自分すら持っていない。
そんなだから、自分勝手に騒ぎを引き起こして見つかるはずだ。この世界に来たのなら、すぐにでもそうなるはず。
「いえ。戦闘なんて起きていませんよ」
はぁ? じゃあ、あっちからお茶でもしに来たっての――ありえない。んなことがあるものか。どれだけ予想外の展開だ。
わたしもフェイトちゃんも真剣だ。遊びでやってるわけじゃない。気軽に会いに行けるような、そんないい加減さが存在する余地などない。
――では、どういうことだろう?
「ちょっと状況を説明してもらえるかしら?」
「説明とはいっても、こちらもそれほど状況を把握しているわけでもありませんよ?」
「それでもいいわよ」
つか、ホントにわけわかんない。どんな話でも聞きたいわよ、そりゃ。
「まず、私たちが観測したのは――というか、襲われたのは次元断層です。それも、ウエザレポートにはない」
「わたしは何も感じなかったけど。というか、何を言ってるのかわかんないんだけど。なに?」
次元断層。なんかすごそうね。あと、うえ……なに?
「そのままだよ。まあ、次元断層は空間に起きる地震。ウエザレポートは読んで字のごとく天気予報――もっとも、次元航行艦が飛行する次元空間のだけどな」
なるほど。要は次元の海も、塩水の海も航行したかったら天気予報を頼りにするしかないってことね。
「なんとなくわかったわ。つまりは予期せぬ嵐にあったということでしょう」
ものすっごくアバウトにまとめるとそうなるわよね?
「ええ。物わかりが良くて助かります。そもそも私は次元空間の専門家ではないので、どうもそこらへんは詳しくわからないのですよね」
「それで、嵐に会ってどうなったの? けが人が出たのかしら」
「いえ。幸いにも、艦の機能のいくらかが壊れるだけで済みました。現在は突貫で修復作業中です。しかし、残った機能の中で彼女を見つけました」
まさか、フェイトちゃん――!?
「アルフさんです」
なんだ、使い魔の方か。見捨てられたのね、かわいそうに。けれど、天狗道に堕ちなかったというのは誉めてあげてもいいわ。
「彼女はあなたの世界の人間にかくまわれています。というより、そのお方は何も知らないままただの大型犬として保護されたのでしょう。アルフさんは運がよかったわ」
「へぇ。いったいどこの物好きがその哀れな犬さんを助けてあげたの?」
「表式から読み取っただけですが、どうやらバニングス家というところに引き取られたようです」
「バニングス!?」
アリサちゃん、なにしてるのよ!
「――ええ。偽名でなければ」
「それ、わたしの友達の家よ」
「はい? ああ、そうなんですか――いろいろと都合がよいですね」
リンディさんは呆れたご様子。まあ、ご都合展開っちゃあ、そう言うしかないわねえ。
「よすぎるくらいね。こういうときは大抵どんでん返しが来るのよねー……それも特大の」
ぼそっとつぶやく。
「なにかおっしゃいました?」
「なんにも。ただ、嫌な予感がするなぁって。……で、なにか話を聞いたの?」
「はい、念話で少々。しかし、こちらの都合のせいで直接会いに行ってはおりませんが」
「……そんなに艦の調子が悪いの?」
「あまりうなづきたい問いではありませんわね」
はぁ。そっちに暗い顔をされるとこっちまで暗くなるわ。いわく金を使わないでください、隠ぺい工作にどれだけお金がかかってるんと思うですか、修理費はどこから出していると思っているのですか――うるさいのよ、シュピーネのくせに。組織って大変ね。
「……頭の痛くなる話はやめましょう。で、何か話は聞けたの?」
「はい、色々と。この事件の黒幕はプレシア・テスタロッサという女性のようです」
「テスタロッサ?」
「ええ。フェイトさんの苗字と同じですね。しかし、公式記録には彼女の名前は残っていません」
「隠し子とかじゃなくて?」
「ありえません。彼女はSSランク魔導士ですから。その行動には自ずと制限もつきます――といっても、好き勝手されてる現状を見れば信憑性は高いとは言えませんが」
「ま、いろいろとやったのでしょう。それこそ――」
「タイミングと発生源から見て次元断層を引き起こしたのは――彼女だと状況は証明しています。アルフさんからの説明もそのようでした。しかし」
「SSランク魔導士にそんな真似ができるわけがない、と?」
「その通りです。よくお分かりですね」
「わたしのランクのたかが3つ上くらいで自然災害なんか起こせるとは思えないわ」
「まあ、そのとおりです。アルフさんの説明では、そう――プレシアのランクはEXクラスとしか言えないのです」
「EX? エクシード……つまりはSSSクラスを超えるものってことかしら」
「いいえ。測定不能、ということです。わけがわからない。そんなものがどうしてあり得るのかわからない。それはきっと違う世界のもの。それがEXクラスです。これが使われるときは滅び去った文明を調べるとき、なぜ滅んだのかわからない、仮にそれをEXクラスの災害で滅んだのだと仮定しよう。それこそが
……うわお。わけがわからない、あったかすらわからない災害と同クラスと捉えられてるわけね。しかも、ただの残滓にすぎないものが。
「実を言うと、私たちは途方に暮れています」
「まあ、そうよね。相手が悪すぎる――さっさとケツまくったほうが賢いものね」
「……え?」
あ、ヤバ。こんなかわいい子の口からこんな言葉が飛び出るなんて、て驚いた顔してる。……自重しましょう。
「……こほん。さすがにどう対処していいのか、ってことでしょう」
「そうなりますね」
さっきのことは記憶から削除したらしい。
「ところで、お願いしてもいいかしら?」
「なにをでしょう?」
「そいつ――プレシア・テスタロッサのこと、わたしとクロノに任せてくれない? 事情は言えないけれど」
できるだけいたずらっぽく、ウインクして言った。
「……なのはさん、事情を聴くなというなら問いはしません。あなたとクロノ――出会うはずのない人間がなぜ知己のような振る舞いを見せるのかも。しかし、自殺行為を止めないわけにはいきません」
「……平気よ。わたしには、ユーノ君と二人で喫茶店を開く未来が待っているんだもの」
「――」
苦い顔をしている。真意を測りかねたのだろう。
「納得してくれとは言わない。けれど、信じてほしいの」
「……あなたを、ですか?」
「いいえ。あなたの子どもを、クロノ・ハラオウンを信じてあげて。実際、わたしはあいつのおまけみたいなもんよ。あいつがいなけりゃ、わたしだって戦おうとは思わなかったかもしれない」
そう。彼はわたしとともに黄昏を守った最強の英雄様なんだから。
「あなたたちは、自分のことを考えて。きっと、あなたが死んだらクロノは悲しむ。顔色は変えないかもしれないけど、きっと深く傷つくわ」
「……なのはさん。やはり、あなたとクロノと二人では――」
「ユーノ君だっている。あなたは艦に集中して。きっと、地震がどうだなんて言ってられない事態になるはずだから」
「やはり、知っているのですか? 彼女がEXクラスとなった原因について」
「……」
答えられない。あれを自分の口から説明するのはためらわれる。
「そうですか。では、お任せします」
「あら? ずいぶんと簡単に言ってくれるわね。わたしとしては、勝手にやるってことも考えていたのだけど」
たまには真面目にお願いしてみるものもいいわね。まあ、リンディさんみたいにいい人じゃないと、無駄だろうけど。
「クロノも言ってましたから。あれのことは自分とユーノ・スクライア。そしてあなたに任せてくれと。あなたは、信用できないけど信頼できる、と。いつもは一言も話してくれないあの子がそういうんですもの。聞かないわけにはいかないでしょう?」
「ふふ、そうね。覚えがあるわ――あいつも、そんなことを言っていた。ああ、確かに人として最低の部類に入る女だったかもしれないけど、わたしはあいつのことをそんなに嫌っちゃいなかった」
「クロノのこと、お願いします」
「ええ。任せてちょうだい」
リンディ・ハラオウン――予想以上にいい女じゃない。
最初は12話で終わらせるつもりでしたが、まだ続きます。