アドルフ・ラインハルトは戸惑っていた。
彼は現在日本へ向かっている。両親をバグズ2号計画で亡くし、その後はずっと軍の元でバグズ手術の次の段階・M.O.手術の実験台となっていた彼は、まさか自分が海外に行けるとは思ってもみなかった。
だが、彼を困惑させていた一番の原因はそこではなかった。
「IS学園。全校生徒中男子生徒は現在…1名…何の冗談だこれは…」
彼が向かっていたのは一人を除いて全員女子という高校だった。なぜか。入学するためである。
きっかけは、ある日の出来事だった。
5月のとある日。その日も、アドルフは軍の研究施設に来ていた。厳しい守秘義務と監視と身体検査があるものの、学校に通うことは許されていたため、昼間は学校、放課後はU-NASAドイツ支局の研究員のもとで実験に協力したり、将来の軍役のために訓練を行ったりするのが彼の日課だった。
いつも通りの道を通って、いつも通り科学者や軍の高官が待つ部屋へ行き、いつも通り感電する。逃げることは出来ない。だから監視の目を盗んで死ぬことが目標となった。
だが、その日はいつもと少し違った。準備あるいは片付けの為か、見慣れたはずの通路に見慣れない物体が置かれていた。まるで鎧とメカを掛け合わせたようなそれは、最近話題になった
(ISか…そういえば
以前敷地内で偶然耳にした話を思い出す。とはいえ、アドルフは男でISとは縁が無かったし、同じドイツ軍の中でも、アドルフやM.O.手術、テラフォーマーなどの存在については上層部しか知らない秘匿事項であったため、IS部隊や
「こんな兵器があるのに…今更人間と虫や鰻を掛け合わせて役に立つんだか……」
少し自嘲気味に呟きながら、何気なく置かれていたISに触れる。本来、男である彼がISに触れたところで全く意味の無いはずだった。だが……
(な…!?なんだこれは…情報が大量に流れ込んでくる…?)
有り得ない。だが、確かにそのISは起動した。同時に、アドルフは直感的に理解した。
―――自分はこれを扱える―――
それを確信したのとほぼ同じタイミングで、アドルフの背後から驚愕したような(というか本当に驚いていたのだろう)女性の声が聞こえてくる。
「アドルフ…お前は……」
彼女はアドルフにM.O.手術を施した科学者で、現在ドイツがいくつか進めている『モザイクオーガン』に関する研究の第一人者でもあった。
「ああクソッ!なんてこった!色々とややこしいことになった!」
「お、おい博士…」
アドルフは彼女に話しかけるが、どうやら聞こえていない様子だった。
「おそらくISにデータが残っちまっただろうからバックレは出来ない…。だが確かアドルフの年齢だと、日本の教育制度では…3年間研究が止まってしまうか…。だがまあ、ツノゼミによる上乗せ技術など大体は完成しているから…仕方ない、その間は例のウィルスの研究を進めよう」
そこまで言ってから、彼女はようやくアドルフの方へ向き直る。
「ずいぶんと長い独り言でしたね」
「やかましい。それよりアドルフ、君は女性は好きかね?」
「…は?」
「悪いが君には転校してもらうことになる。どこかで聞いたかもしれんが、来月
「な!?」
「今までの通り守秘義務と定期的な身体検査はあるが、そんなに心配することは無い。当分の間実験に関しては免除されるだろう。あの学校の規則によって監視も無くなる。それにあそこには各国の女子高生が集まっている。悪い話では無いだろう?」
「…それはそうですが…女子高生云々はともかく」
「無理にとは言わんよ。だが、残ったところでM.O.手術の実験に加えて、今度はISに関する実験も行われるだろう。…お前に手術を施した私が言うのもなんだが、そうなってはもはや学校に通うことすら困難だろうな…」
突然のことにアドルフは戸惑いを感じていた。だが、この状況から抜け出せる術があるならそれを拒む理由も無い。
「わかりました。IS学園への転入を受け入れます」
「…承知した。詳しい話は後で担当の人間がするだろう。それと、転入までに日本語を勉強しておきたまえ」
こうして、彼はIS学園行きを承諾したのだった。
それから1か月後の早朝。転入のための手続きなどを急遽済ませ、アドルフたちはIS学園の前にいた。
「博士…これはもう女子高では?」
「何を言っているんだアドルフ、聡明なお前らしくもない。織斑一夏が現れるまで女しかいなかったのだから当然だろう」
アドルフは頭を抱えた。そんな様子を彼女は面白そうに眺めている。
「まあそう言うな。私が言うのもお門違いだが、これまでキツイ人生を歩んできたんだ。少しくらい華があってもバチは当たらないだろう。これを機に彼女でも作ってきな」
「いや…それは…」
「ま、君の性格ではこの状況は少しキツイかもしれないがな。だが、覚えておきたまえ」
そう言って彼女はアドルフの顔を真っ直ぐに見る。
「『強い男』とは、強い女との信頼関係があって初めて生まれるものだ。せっかく女の園に行くのなら、これを忘れるなよ」
「はぁ…覚えておきます」
アドルフの答えに彼女は満足そうに頷くと、踵を返す。
「それでは頑張りたまえ。私はこれで失礼する。」
荷物を係員に預け、必要な手続きなどを済ませたアドルフが職員室に着いたとき、そこには教師と思われる日本人女性が二人の生徒に何かを説明していた。
と、そこでアドルフが入ってきたことに気付いた教師は、彼に向って声をかける。
「お前がアドルフ・ラインハルトか。私は織斑千冬。ここの教員だ。そしてこの2名もお前と同じく今日から転入する者達だ。全員クラスは私の担当する一年一組となる」
「…了解しました。」
アドルフが返事をすると、千冬は今度は驚いた様子の二人に向き直る。
「デュノア、ラウラ。お前たちにも紹介しておく。こいつはアドルフ・ラインハルト。男性でありながらISを動かせる三人目の人物だ。デュノアとは同じ境遇ということになる。」
「「な!?」」
千冬の話に二人は驚きの声を上げる。一方アドルフも、千冬の話に驚きを隠せずにいた。
「三人目…?」
「ああ、ここにいるデュノアも男でありながらISを扱える。そのために転入してきた」
千冬の言葉に続くように、デュノアと呼ばれた金髪の少年が前に出る。少女のような顔立ちに、気品のようなものを感じさせる少年だった。
「初めまして、シャルル・デュノアです。まさかもう一人ISを使える男性がいたなんて驚いたけど…よろしくお願いします」
「ん…ああ。アドルフ・ラインハルトです。よろしく…」
アドルフはシャルルと名乗った少年と挨拶を交わす。その様子を見ていた千冬は、もう一人の銀髪の少女に声をかけた。
「ラウラ、この際だ。お前も挨拶しておけ。」
「はい、教官」
「教官…?」
ラウラの千冬に対する受け答えや、軍から聞かされていた話から、アドルフはこの少女がもう一人のドイツ軍人だと察する。綺麗だが無造作に伸びた銀髪と、左目の眼帯が特徴的な小柄な少女だった。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
それが、アドルフとラウラの出会いだった。
思いのほか進みませんでした…。
次回から、ようやく一夏たちも登場します。あと、読んでいただいて分かる通り、原作2巻からのスタートとなっています。
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