「あれ?…」
気がついたら私は彼に担がれていた。
「お姉ちゃん!起きた!!」
「お、お嬢ちゃん、目が覚めたか?」
テファは彼に手を繋がれていて、彼は泣き疲れて寝てしまった私を担いでくれていたようだ。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
テファが心配そうにこちらを見てくる、体が動かない緊張の糸が切れて疲れがどっときたんだろう。
「まだ少し、眠いかな。テファは?」
「私は大丈夫だよ!おじちゃんもう少しテファお姉ちゃんをお願い。」
「言われんでもそのつもりさ。嬢ちゃんもう少し寝てな。俺は平気だから。」
「すみません。ありがとうございます…すぅ。」
と私は彼の体温を感じながら微睡みに落ちて行った。
私が次に目覚めたのは小屋の中のベッドの上だった。
隣でテファがスヤスヤとぐっすり寝ている。テファも本当に疲れたんだろう口からヨダレを垂らしながら爆睡している。久しぶりに寝れて幸せそうな顔をしている。
私はテファを起こさないようにそっと起き上がった。泥まみれだった服は綺麗白いワンピースに着替えられていた。
「ここはどこなのかな…そう言えばあの人は?」
私は彼を探す為ベッドを出る。思いの外すぐ見つかったのだが。
ドアを開けると彼がいた。椅子に腰掛け足を組み、こちらも口からヨダレを垂らしなが寝ている。
本当にさっき私達を救ってくれた人なのだろうか、一瞬疑ったが腰に掛けてある奇妙な剣で本人だと分かった。
「寝てるわ…起こさない方が良いのかな?」
「いやー、もう起きてるぜ?」
と彼がいきなり話しかけてきた、口のヨダレを拭きながら。私は絶対今起きたなと思うのだが。
それはともかく礼を言わないといけない。
「あの。私達を助けてくれてありがとうございました。」
「なに、気にする必要はないさ。たまたま俺が森で迷ってお嬢ちゃん達を見つけ、俺の信じるがまま好きでやったことだ。」
と彼は当たり前の事をしたまでだと、得意げな笑みを浮かべる。
「それよりも妹さん、心配してたぞ。お姉ちゃん大丈夫かな?ってずっと俺に聞いてくるもんだから何度大丈夫って言ったものか。」
それよりも俺の心配をしてほしいがね。と彼は脇腹をさする。
「あっ。すみませんでした。なんて言ったらいいのかわかんないです。」
私は彼を刺したことを思い出した。助けてくれたのに本当に言葉が見つからない。
しかし彼はしょげてる私に、笑いながら「気にすることはねぇさ」と笑い飛ばしてくれた。
逆に良く俺を刺せたと褒めてくれた。
「お前は自分の信じる事でそのナイフを抜いたんだ。恥じることはない。それだけ護りたい妹さんなんだろ?」
「う、うん。そうですけど…。」
「それに俺はそんな簡単に死なない。ナイフ一本どころじゃどーにもならないさ。」
俺は強いんでね。と彼はヘラヘラと笑った。本当に彼はナイフなど気にと止めても無いようだった。
それともナイフ刺された事など気にしている暇も無いような世界に生きているだからかもしれないが。
「そーいや。テファちゃんは?まだ寝てるのか?」
「なぜ妹の名前を知っているんですか?」
「いや、テファちゃんが俺に名前教えてくれたんでね。」
あの警戒心が強く人見知りのテファが名前を教えるなんて。
そうとう彼はテファに気に入られたらしい。
「嬢ちゃん、名前は?」
「マチルダです、おじさんは?」
「おいおい、まだ俺はおじさんって歳じゃないんだかな。」
うーん。と彼は困った笑みを浮かべ、形のいい顎をさする。
「そうだな…ミヌアーノ…。俺の名前はミヌアーノって呼んでくれていい。」
「面白い名前なんですね」
「まぁ確かにミヌアーノなんて名前は珍しいからな。」
ははは、と彼は笑う。そんなミヌアーノを見て私は安心してしまったのか急に空腹感が押し寄せてきて腹の虫が鳴いた。無理もない数日間ろくに食べてないのだから。それはお腹も減る。
「マチルダ腹減ったのか?」
ニヤニヤと彼が見てくる。私はすごく恥ずかしくなって来たけど、本当にお腹が減ったのでコクンと頷く。
「そーか。なら俺が飯でも取ってくるかな。」
よっと。と彼は立ち上がって、「嬢ちゃん達には悪いが肉になるけど我慢してくれ。」と言って小屋を出て行った、と思ったら扉を少し開けて、「マチルダ、お前火を起こせるか?」と聞いて来たので、頷いたら「流石お姉ちゃんだな」とニヤリと笑い今度こそ出て行った。
本当に面白い人だと思う。そして彼の言うとうりに火を起こす為のかまどを発見し丁寧に薪まであったので薪を運ぼうと思ったときにテファが起きて来た。
「ふぁぁ。お姉ちゃん…。何してるの…?」
「ん?ご飯の準備、火を起こそうとしてるのよ」
「え!ご飯!」
と目をキラキラさせてこちらを見てくる、そうとうお腹が減っているんだろう
「そうよ。ミヌアーノさんが取って来てくれるからテファも手伝って。」
「ミヌアーノさんが!?やったぁ!ご飯だ!ご飯!」
テファがすごく嬉しそうな顔をしている。こんなテファをみたのは久しぶりだ。
「ミヌアーノさん。早く帰ってこないかなぁ。」
「あら。テファ。ミヌアーノさんに恋でもしちゃったの?」
「そ、そ、そんな事ないよ!!変なこと言わないでよお姉ちゃん!」
顔を真っ赤にして動揺している。冗談で言ったつもりだったんだけど、全く困った妹だ。
「早くしないとミヌアーノさん帰って来ちゃうから、テファ、早く手伝って。」
「うん!お姉ちゃん!」
私達は仲良く真っ黒になりながらも火をつけた。火をつけてひと段落した頃には、雨はすっかり止んでいて、窓の外をみて見ると彼が帰って来ていて、真っ黒な私達を見て爆笑していた。
「ははは!なんだお前ら!真っ黒になってるじゃないか。」
腹を抱えて彼は笑う。私達は思わず顔を見合わせてお互いの真っ黒ぐらいに笑ってしまった。
「いやー。笑ったね。ほらほら腹を空かせたお嬢ちゃん方」
と彼は片腕にイノシシを抱えて帰ってきた。そして。
「今から解体するから、テファちゃんは火の番しててくれ。マチルダは外に来な。」
テファは分かったと元気に返事をして、火の番を始めた。私は彼の言うとうりに外に出る。
「それじゃ、マチルダ。今から解体の方法を教える。妹さんには少々刺激が強いだろうし、あの子には恐らく出来まい。」
「確かに妹には無理かもしれないです。」
急に彼が真剣な面持ちになってこっちを向いた。
「それに、恐らくだがお前ら、いく当てないんじゃないか?」
「え?。どうして。」
「お前らの格好や身体を見れば分かる。ちょっとした家出にしては痩せすぎだ。それにあんな物騒な集団に追われてるなんてな、普通の子供じゃないのだろ?」
私は黙ってしまう。その沈黙は肯定を意味しているも同然だった。
「お前らの事情に深く踏み込むつもりは全く俺には残念ながらない。」
彼は私達をたまたま救っただけなのだ、そう。ずっとは守ってくれない。明日からまた逃亡生活が始まるのかと思うと…体か震える。しかし彼はフッと笑った。
「そんな顔するな。ここはどうやら誰もいない村のようだ。住めばいいさ。あとなお前らの前着てた服を使ってちょっとしたマジックをしたから追っては来ないだろう。まぁ…少しぐらいの間なら俺が一緒にいてやるさ。」
「本当…?本当にもう追っては来ないの?」
「来ないだろうな。こう見えてもマジックは得意な方だ。」
彼は得意気に頷く。本当だとしたら何て嬉しいことなんだろうか。
それに彼が言うなら信じられる気がしてきた。
「まぁ…俺が一緒にいるのはお前ら二人、ここで暮らせる最低限の事を教えたら俺は行く。それまでは面倒見てやるさ。」
「ミヌアーノ…ありがとう。」
「いいさ。でだ。まず始めに解体の仕方を覚えてもらう。これからは二人で狩りをして過ごすんだ。落ち着いたら近くの町にでもいけばいいがしばらくはここで暮らしな。」
「分かった。あたし頑張る。」
そうか。と彼はつぶやくと解体を始めた。私は飛び散る血や出てくる臓物に吐きそうになりがらも必死にその姿を焼き付けた。きっと優しいテファはこんな事出来ないだろう。ミヌアーノは見抜いたのだと思う。これは私にしか出来ないことだ。
そして解体が終わった。周りは血だらけになり毛と皮と肉に綺麗に分かれていた、彼は途中私にも解体を手伝わせた、肉を斬る感触や骨を断つ感覚が今でも手に残って震えていた。その後彼と一緒に手を洗いに行った時に彼は、「よく頑張った」と褒めてくれた。
その後テファとミヌアーノと三人で食べたイノシシの鍋はとっても美味しくて涙が出た。久しぶりにまともな食事を取ったこともそうだが、自分でやったんだって言う実感もあって。本当に美味しかった。
そしてミヌアーノは私達に色々なことを教えてくれた。魚の釣り方や食べられる植物の見分け方。そして私には狩りの仕方。何故かテファが植物の見分け方がとても長けていてテファに聞くと「声が聞こえるの!食べれるよーってみんな教えてくれるんだ!」て自慢気に言っていた。ミヌアーノは苦笑いをしていたが。あとナイフの研ぎ方なんかも教えてもらった。もちろん私が解体する時にナイフがオシャカにならないように、研ぎ石の見分け方も教えてくれた。
彼がいた数日間は本当に楽しくて発見の連続だった。
そして私達が色々出来る様になった、ある日の夜に彼は言った。
「よし。んじゃテファもマチルダも出来る様になったから、俺は明日ここを出るな。」
とあたかも軽く出かけてくるかの様に。私は元から知っていたから覚悟が出来ていた、だけどテファはものすごくショックを受けて固まってしまった。
「えっ。ミヌアーノ、明日行っちゃうの?」
「テファ。俺にはやることがある。もうお前らだけで生きていけるさ。」
「やだよ!!!」
テファは一番彼を慕っていた。いつもミヌアーノの近くにいた、寝る前までずっと。
きっと安心出来る存在を見つけて、本当に嬉しかったんだろう。
危険な毎日から解放してくれた彼がいなくなる。その事に酷く拒絶を示した。
「なんで?なんで行っちゃうの?やだよ…。いいじゃんマチルダ姉さんとミヌアーノと一緒にずっとずっと暮らしてけば…」
「テファ、それはダメよ。」
私は。私はテファに強い口調でそうハッキリ伝えた。
「姉さん…どーして?」
「ミヌアーノはやる事があるの。ここまでやってくれた事だって奇跡に近いの。テファ、ミヌアーノを思うのなら笑って送ってあげよ。」
テファは泣き出して走って寝室に行ってしまった。正直に言えば私だってミヌアーノといつまでもいたい。けれど、彼が私に話してくれた。「俺はこの剣一つでどこまで世界を変えれるか、試してみたいのさ。」とその夢の邪魔は私には出来ない。
だから…私はそっけなく寝室に戻ることにした。
「ミヌアーノ。ありがとうございました。私テファを慰めて一緒に寝るから。もうおやすみなさい。」
彼は目を細めた。それが何を意味してるかは私にはわからなかった。たった一言。「ああ、おやすみ」それだけ言って彼は剣を抱いて寝てしまった。
寝室に戻るとテファは布団にくるまって動かない。私はそっと隣に横になった。何か話そうとしたけれど話す言葉も見つからなかった。だって私もミヌアーノといたい気持ちはとてもあったから。
何故か涙が出て来て、声を殺して泣いた。私はそのまま泣き疲れ寝てしまった。
深夜。隣のテファが動き出す気配を感じて目が覚めた。私はあえて寝るふりをした。テファはベッドから降りてミヌアーノの所へ向かったようだ。私はそっと耳を立てた。
「ミヌアーノ?起きてる?」
「どうした?テファこんな時間に?早く良い子は寝な。」
テファは涙声で彼に話し始めた。
「わた、私ね。ずっと考えたの。ミヌアーノが居なくなるって聞いてすごく悲しかったんだけどね。私ね。あのね…このお願い聞いてくれたらね。ミヌアーノが居なくても頑張れる気がするの」
「なんだい?」
「今日だけ、テファ達と一緒に寝て…、そしたら私ね頑張るから…マチルダ姉さんと頑張るから。ミヌアーノ居なくても頑張るから。」
テファなりに一生懸命考えたのだろう。ミヌアーノは私達と寝ることを絶対にしなかった。
いつもテファが頼んでもやんわりと断っていた、何故ならその一線を許してしまったらきっと私達は彼から離れられなくなってしまうだろうから、きっとミヌアーノはそれを分かっていたんだと思う。
テファは涙声でしゃくりながらお願いをした。
「はぁ…仕方ないな。今夜だけだぞ」
と彼はテファの手を握り寝室まで来て一緒にベッドに入った、テファは相当嬉しいのだろう、彼の腕を抱きしめてすぐに寝てしまった。
「マチルダ…起きてるのだろ?」
彼が話始めた、私は今話してしまったらきっと泣いてしまう。だから寝たふりを決め込む。
「まぁ…寝ててもいいさ。マチルダ、テファと頑張るんだぜ。負けんなよ。お前は強い女の子だ。俺が保証してやるさ。悲しい時には空をみなきっと心が晴れる。って聞いてないか。」
彼が私の頭を撫でる。私は思わずその手を握り締める。彼が「おっ」とビックリしたようだか、私を抱き寄せてくれた。私は泣いた、彼の腕で、もうこれから涙は流さないと決めて。思いっきり泣いて泣き疲れて。心地よい眠りに飲まれて行った。
硝煙と血が作る彼の匂いに包まれながら。
そして朝。私とテファは彼を見送る為に外で待っていた。彼が出て来て苦笑いを浮かべていた。
「まだ寝てろ。寝る子は育つぞ?」
「いいの、テファ達が見送るの。ね、マチルダ姉さん。」
「ミヌアーノ。見送りぐらいさせてよ」
「はぁ仕方ねぇなぁ。ま、ありがとよ。」
「ねぇ、ミヌアーノ。テファ達。またミヌアーノに会えるよね?」
「きっとな。また生きてれば何処かで会えるさ。心配するなテファ」
「う、うん。テファ頑張る」
テファはまた泣き出してしまった。
「マチルダ、泣き虫な妹の面倒しっかり見んだぞ。」
「大丈夫。任せて。だってお姉ちゃんだもの。」
「そうか。じゃあ俺は行くかな」
ミヌアーノはテファと私の頭を撫でた後歩き出した、テファは泣きながらも一生懸命笑って手を振っている、私もこの時ばかりは涙が止まらなくて、でも一生懸命笑って手を振った。
途中で彼が振りかえって、私達に何か言った。
「おーい!俺の本当の名前は……」
私はそこで夢から目が覚めた。いつもここで目が覚めてしまう。
もう、彼が何処で何をしているかはわからない。
会えるかも分からないけど、ミヌアーノあなたは、私達に生きる術を教えてくれた。
テファに生きる希望を与えてくれた。
そして、私には。
生きる強さを与えてくれた。
今の私の生き方が正しいかどうかは分からないけれど。
あなたが強さをくれたから。自分を信じる強さをくれたから。
名前も変わって、容姿だってあなたが言うような、良い女になったつもりよ。
だからいつでも会いに来てね。ミヌアーノ。
そう星空につぶやき、彼女はローブをかぶる。
そして不敵に微笑み。
「さて。今夜もお宝頂くかね。」
そして、土くれのフーケは、深い闇に溶けて行った。
今夜も彼女の信念の元に盗みを働く。
お尋ね者の大泥棒として。