『101番目の哿物語』   作:トナカイさん

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話の展開上、一部ストーリーを端折っています。
理亜がDフォンを受け取るシーンは、番外編3。にて載せていますので、そちらを読んだ後に読まれると、話の内容が理解しやすいかと思います。
あらかじめご了承ください。


第八話。千夜一夜夢物語③ ハグは涙と共に……

「じゃあ、お姉さん。生きてたら『また』ね? バイバイ」

 

理亜に漆黒の携帯電話。『Dフォン』を渡し、『他人に触れられるのを嫌がる』理由を説明した少女、『ヤシロちゃん』は手を振って消えた。いつの間に? と思う間も無いほど速く、気配や音すらもなく。

気がつくと、辺りの様子が元の世界に戻っていて。

その光景に安心したのも束の間______理亜の体がぐるりと回転し、片膝をついた。

 

「っ⁉︎」

 

あれは!

 

たった今まで理亜がいた場所。

そこには見覚えのある真っ白い『手』が地面から伸びていた。

 

 

 

 

 

すでに、『ロアの世界』は解除されているのに、白い手が伸びている。俺はその事実を認めたくないが、目の前にその手が伸びているせいか、認めざるを得ない。

何度見ても、やはりそうだ。

あれは______!

 

『夜霞のロッソ・パルデモントゥム』、スナオちゃんのロアの能力だ。

それを思い出した途端、チリッと、頭が痛み、霞かかっていたものが何かを思い出す。

俺はついさっきまでスナオちゃんに関する情報を思い出しにくく、なっていた。

夢の世界に入った影響だろうか?

今は全て思い出した。彼女は『少女を攫う』ことで存在を維持する有名なロアだということを。

俺がスナオちゃんのロアの能力に意識を向けている間。

理亜は通りかかった女子生徒に「あの、すみませんっ」と声をかけていた。

しかし、女子生徒は理亜の声がまるで聞こえていないかのように。

 

「でね、その先輩がとっても面白い人なんっスよ!」

 

「へえ、陸上部ってOBの人がたまに来てくれるんだね」

 

理亜の横を通り過ぎてしまう。

その存在に気がついていないかのように。

 

「私の声が届かない?」

 

理亜は赤く発光、発熱したDフォンを強く握り締めると、自分の携帯電話を取り出して、連絡を取ろうとした。

 

「っ‼︎」

 

だが、白い手はそんな理亜の行動を妨害するかのように、再び理亜に襲いかかる!

視界がぐるりと回転し、体勢を整えた理亜が目にしたのは、今まで理亜がいた場所の壁から白い手が伸びていたことだった。

壁から白い手が伸びる。そんな異常な事態にも関わらず、理亜の横を通行人が何事もないかのように通り過ぎていく。

これも一種の『ロアの世界』なのかもしれない。

誰もいなくなるのではなく、そのままの世界で自分だけが世界から切り離される。

まるで自分が幽霊にでもなったかのような、そんな感覚を覚えそうになる場所。

『当たり前の空間からすらも人を切り離して攫う』、それがスナオちゃんのロアの能力だとしたら?

 

「手……私を捕まえようとしているのですね?」

 

ただの人間であるはずの理亜はどうやって切り抜けたのだろうか?

 

俺の疑問に答えるかのように。

理亜は何も解らない恐怖に怯えるように、周囲の人々や白い手を交互に見るとその視線が自身の携帯電話のストラップに行った。昔の俺、一文字が理亜にプレゼントした『眠り猫』のストラップだ。縋るようにそのストラップを握り締めた。

 

「これがさっき注意された人攫いでしょうか?」

 

理亜はやや震える口調で話しながらも、ただ怖がるのではなく、情報を一つ一つ整理していた。

直後、理亜の体が前に飛びつき、ぐるりと回転して立ち上がる!

理亜がいた場所にはやはり白い手が生えていた。

白い手が生えるより速く、それを感知出来るのだとしたら______理亜の才能は本当に、聖女や女神とか、そういった超常的なものなのかもしれない。

それはおそらく……。

『前兆の感知』。

理亜の意思とは関係なく働く、超感覚的な力なのだろう。

 

「もし、この『手』が私を攫うというだけなら、こうして避け続けていればなんとかなりそうですが。それではいつか私が疲れ果ててしまいますしね」

 

そして、理亜本人がその才能が『ロア』にも通じると把握しているようだった。

自身の才能を把握した理亜。彼女が落ち着きを取り戻していくのに、そう時間はかからなかった。

まるで、こういった経験が過去にあるかのように理亜の体は動く。

 

「それにしても、どうしてでしょうね。これを回避し続けるだけなら出来る気がします。以前にもこういったものを受けたような……」

 

理亜も同じことを感じていたようで、そう呟くと。

 

「ならばどこまで出来るのか。確かめてみましょうかっ」

 

自分自身を試すかのように走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

走り続ける間も、理亜はヒラリヒラリと地面から生えてくる白い手を躱し続けていた。

時には通行人にぶつかりそうになりながらも、走行中の車を避けたりしつつ、転ばないようにアクロバティックに。理亜は通行人が自分のことを気にもとめないという不思議な世界の中を我が物のように駆け抜けていく。

向かっている場所は一つ。

かつて、俺がキリカと戦った場所。

市立十二宮公園。

戦闘では広い場所で対処するのは戦いの基本だが、相手から狙われやすいというリスクもある。

それをどうするつもりなのか。

公園の入口が目の前に迫って来たその時。

 

「はっ」

 

公園入口の柵の両側。そこに白い手が伸びたのを見て。理亜は柵に手を付くことで高らかにジャンプして乗り越える!

理亜はこんなにも運動神経が良かったのか、と驚きつつも。Dフォンを受け取った時点でハーフロアとして片足を突っ込んだ状態でいるのだから当然か、と思い直す。

理亜が柵を乗り越えた瞬間、スカートを抑えていた為、見えなかったが兄としては安心したような、ちょっと残念なような……複雑な気分になった。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

そして、公園の中心、噴水がある位置まで理亜は一気に駆け抜ける。

広場の中心に向かって行く理亜を見て、俺は彼女の狙いを察した。

ヒステリアモードの俺なら、理亜と同じ目に遭ったらきっと同じことをしただろう。

 

「ふぅ……早くなんとかして。兄さんにご飯を作りませんとね」

 

理亜は握っていたストラップを額に当てるくらいに持ち上げると祈るように囁いた。

 

「だから、絶対に生き残ります。兄さん、勇気を下さいね」

 

ギュッと、ストラップをより強く握り締めると。

 

「さあ、来なさい、人攫いさん! 私は納得しなければ貴女に攫われてあげたりするつもりはありませんよ!」

 

凛とした声でそう告げた。

理亜が宣言した瞬間、地面いっぱいに白い手が生えてきた。

手の大きさ、長さは一緒で。それが理亜を求めるように波のように押し寄せてきた。

 

「なんとかなくそうなるんじゃないかと思っていましたが。いざ、本当にこの光景を見ると、気味が悪くて足が竦みそうになりますね」

 

誰かに語りかけるかのようにそう口にする理亜。

 

「もし私が帰って来なかったら、兄さんは泣いてしまうでしょう? だから、私______絶対に帰って、当たり前に生活しないといけないんです」

 

そう呟くと理亜はそのまま、自ら飛び込むように白い手の方に駆け寄っていく。

大量の手が理亜に迫るのを理亜はじっくりと見つめると。

 

「この手ですね!」

 

その中の一つに向けて手を伸ばし、がっしりその手首を握った。

 

「っ⁉︎」

 

「やや半透明な手が多い中、たまにはっきりと見える手があるのを逃げながら確認していました。貴女が、本体の手ですね!」

 

そのまま理亜はその手を引っ張り上げると。

地面ざまるで水溜りのようにゆらゆらと揺らいで、そこから______。

 

「う、うそっ⁉︎ どうして⁉︎」

 

赤いマントを纏ったスナオちゃんが飛び出し、驚いた顔で見つめていた。

スナオちゃんが現れると同時に、地面に生えていた手も消える。

 

「あてずっぽうです、スナオさん。まあ、この手の正体が貴女だった、というのは今知ってビックリしているところですが」

 

「リ、リア……」

 

愕然とした表情をして、理亜を見つめるスナオちゃん。

理亜はそんなスナオちゃんに告げる。

 

「申し訳ありませんが。私は攫われるわけにはいかないんです。兄さんにご飯を作ってあげないとらいけませんから」

 

理亜が握っていたスナオちゃんの手を離すと、スナオちゃんは腰を抜かしたのか、ペタンと地面に座り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

______何という洞察力だ。

 

 

ヒステリアモードの俺はスローモーションの世界で、理亜に襲いかかっていた手の中に、本物の手があるのを見ることは容易に出来たが。驚くべきことに同じことを理亜はやっていた。

俺とは違い、ヒステリアモードにもなれないのに。

理亜は、戦いの中で、回避と観察を重ねながら『赤マント』の弱点を見抜くべく動いていたんだ。

『それが失敗するかもしれない』という恐怖を乗り越えて。自分の方法を、信じて実行した。

運命を引き寄せたかのように。

 

「うくっ……うううっ!」

 

手を離されたスナオちゃんは抵抗する力すら失ったのか、そのまま地面に座り込んで泣き出してしまう。

 

「うくっ、どうしよう、どうしよう……このままじゃ、わたし、消えちゃうっ」

 

その目から大量の涙を流す。

そうか。彼女も一之江と同じなんだな。

ハーフロアである彼女は、誰かを攫わないと消えてしまう。

学校にいる時、理亜にバイバイと手を振った時から……或いはもっとまえ、初めて教室で出会った時から攫う対象を理亜に決めていたのだろう。『赤マントのロア』の標的として。だが、その理亜は一筋縄でいくような相手ではなかった。

理亜を攫う事に失敗してしまい、このまま『少女を攫えないロア』として噂が定着してしまえば、彼女はその存在ごと、消えてしまうかもしれない。

 

「消えちゃう、ですか?」

 

「ふぇぇぇ‼︎ やだ、やだよう、消えたくないー‼︎」

 

スナオちゃんは理亜の問いかけには答えずに、泣きじゃくってしまう。

 

「ん……私が尊敬する兄さんなら。女の子が泣くのを放っておいたりしませんね」

 

スナオちゃんは手慣れていた。

おそらく、こういった犯行は初めてではないのだろう。

決して許されることではない。

被害者達からすれば決して許しはしないだろう。

だけど……俺は。

俺はこんなに泣いている女の子がいたら、自業自得といって見捨てることなんてできない。

 

「ううん……もし、私を攫えないと貴女が消えてしまうというのなら、私の兄はきっと……こう語るのではないでしょうか」

 

「ひくっ、ふぇ?」

 

理亜はスナオちゃんの前にしゃがみ込むと、その両手取って、自分の胸元に引き寄せた。

 

「スナオさん、みたいな子が誰かを攫う理由が……一人でいたいくないから、誰かと一緒にいたいから、みたいなものだったとしたら。自分でよければいくらでも一緒にいる、と」

 

優しく語りかける理亜の顔をスナオちゃんはハッとした顔で見つめる。

 

「ただ、嫌がらせとか、困るのを見て笑うとか。そういった悪い理由なら許せません、ですが、もしそこに寂しい気持ちがあるのだったら、絶対に見逃せないし、見逃す理由もない、と」

 

「リア……」

 

スナオちゃんの手を、自分の胸に押し当てて、安心させるかのように笑みを浮かべて頷くと。

 

「もし、誰かを攫わないとスナオさんが消えるというのなら。自分は攫われてもあげてもいい______きっと兄さんなら、そんな風に言うと思います。だから______」

 

ぎゅっと、スナオちゃんの手を握り締めたまま、理亜はその言葉を口にする。

 

「私、貴女に攫われてもいいですよ?」

 

「……え、リア……?」

 

スナオちゃんの目が見開かれる。

自分が襲った相手から、攫われてもいい、そんな言葉を言われるなんて。

信じられない。

スナオちゃんの顔はそんな顔をしていた。

 

「私は兄さんの見ているものを見たい、兄さんの感じているものを感じたい。尊敬する……大好きな兄ですから。兄さんが私を大事にしてくれるように、私も兄さんを大事にしたいんです。だから、私はこうします」

 

スナオちゃんの目が驚きでさらに潤み始めるのを見ながらも、理亜は言葉を続ける。

 

「スナオさん、私は貴女がどんな罪人であろうと、どんなオバケであろうと、泣くのは嫌です。そして消えられるのはもっと嫌です。なのでそんなこと、私が絶対に許しません。

そして……もし、私を攫って少しだけでも後悔するようなことがあれば、絶対に攫われてあげるつもりはありません」

 

「リア……」

 

ポロポロ、スナオちゃんの目から涙が溢れ出す!

 

「だって、そうでしょう? スナオさんが私を攫って『あー、攫うのすっきりした! 超素敵』って気分でないと、もし攫われて殺されるだとしても、攫われ甲斐がないじゃないですか。なので、スナオさん」

 

「…………ん…………」

 

「一緒にいてあげますから。いつでも攫われてあげますから、だから、泣いたり、消えたりしないで下さい。せっかく今日、お友達になったんですよ?」

 

「う……あ……うあああああああああん‼︎」

 

理亜の胸にそのまま抱きつき、顔を埋めるスナオちゃん。

理亜はそんな彼女を静かに抱き締めていた。

 

「はい、これが、待望のハグ、ですよ」

 

「ふえええぇぇぇ、リアぁぁぁあ‼︎」

 

 

 

 

 

 

ピロリロリーン。

 

 

 

Dフォンが二人の友情を祝福するかのように、軽やかなメロディーを奏でる。

俺はそれで理解した。

こうして、スナオちゃんは理亜の物語になったのだと。

理亜は胸で泣きじゃくるスナオちゃんの背中を撫でながら、小さな溜息を吐く。

 

「攫った方がいるのなら、帰してあげてくれませんか?」

 

「ん……解った。みんなまだ生きてるから、家に帰しておくね」

 

「はい。……よかった、生きているのですね。はふっ」

 

溜め込んでいた息を吐き出すかのように、溜息を吐くと。スナオちゃんの頭をヨシヨシと撫で続ける。

解放された人達が『赤マント』は解決した、という噂を流してしまえばスナオちゃんの存在は危険な事になるのかもしれないが、それでも理亜はそうしたかったのだろう。

そう思った、その時______だった。

 

「千夜の一夜目の物語、確かに見させて貰ったぜ、リア」

 

 

 




ちょっと、短め。
前話が長かった反動が……。

なお、理亜の前兆の感知に関しましては、作者の予想です。
原作では語られていません。

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