『101番目の哿物語』   作:トナカイさん

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キリカ「トリック・オア・トリート!」

金ちゃん「どうしたんだ、突然?」

キリカ「だって、今日ハローウィンだよ! ハローウィン!
『魔女』の日と言ってもいい日だよ?」

一之江「確かにそうですね……今日は私みたいな超美少女オバケが活躍する。
お菓子を与えない奴を合法的に殺害してもいい日ですしね」

金ちゃん「いや、そんな日じゃないんだが……」

キリカ「というわけで、お菓子ちょうだい、キンジ君」

一之江「トリックオアトリートっていう奴です。
『もしもし、私よ。早くお菓子くれないとバキューンしちゃうぞ?』」

金ちゃん「いや、お菓子なんか持ってねえし。
そもそも可愛い声で言っても渡さねえよ⁉︎」

???「ねえねえ、私、綺麗?」

金ちゃん「何か増えたし……」

一之江「ま、ハローウィンですし。未来の世界から来てもいいじゃないですか。
それより、作者にしては頑張りましたね。去年脅した甲斐がありました」

キリカ「そうだね、去年はハローウィン過ぎてから更新したからねー」

金ちゃん「……。(言えねえ。本当ならとっくに更新出来てたのに、新しく始めたスマホのゲーム(白猫)に夢中になってたせいで更新遅れたなんて。言えねえ……)」

キリカ「一年で成長したんだね、うんうんいいことだよ」

一之江「ですね。っと、こんなことしてる場合じゃないです。早くお菓子もらいにいかないと」

金ちゃん「……来年はもっと安心できるハローウィンになればいいなー」





……というわけです。
はい。スミマセン。


今回の話はとても苦労しました。
これは本当です。
本当です。

……というか、やっちゃいました!

うん、まあ。
賛否両論あると思いますが、連載を決めた当初から考えていた能力ですので、どうかご理解ください。
では、また。
感想か、次話で。


第十八話。目覚めの刻

『兄として、弟に教育してやるよ!』

 

俺は目の前にいるキンゾーに高々とした態度で宣言した。

キンゾーは俺が戦線布告ともとれる態度をしたことに、苛立ちを募らせたのか……。

 

「ケッ、兄貴の分際で何言ってんだよ?

そんなこと言っていいのか? Eランクの落ちこぼれのくせによ」

 

「こっちじゃ、そんなランクなんて意味がないだろ?」

 

「……本当にいいんだな? 俺はRランク。兄貴はEランク。

武偵ならこの意味わかるよな?」

 

キンゾーの言い分は正しい。

確かにEランク武偵が喧嘩を売っていい相手ではない。

ランク付けされることなんて(模試の結果を除いて)普通の高校生は早々ないことだが。

俺達武偵はランクによって格付けされていて。

通常E〜Sランクまで格付けされる。

Eは落ちこぼれ。Sは人間離れした、いわゆる超人が格付けされる。

Sランクは世界中に(前世での話だが)500人弱しか格付けされていない。

エリート武偵だ。

俺も武偵高時代に一年の三学期までは強襲科(アサルト)でSランク認定されていた。

探偵科(インケスタ)への転科に伴い、Eランク落ちしたのだが……。

 

(キンゾーはSランクより上のランクに格付けされている世界に7人しかいない『Rランク』武偵で。

エリート意識は俺よりも高い……負けず嫌いだからな)

 

だから、自分よりも弱い相手に舐められるのは嫌なはずだ!

だから、俺はキンゾーの性格を把握した上で喧嘩を売る。

相手を挑発させればさせるだけ有利になる。

冷静さをなくせばなくすだけ隙が生まれるからな。

上手くいけば、場を支配できる……と思っていたが。

 

「ま、でも解らなくても仕方ねえか。兄貴だしな……」

 

「どういう意味だ?」

 

「兄貴はバカだからな。

普通の人間がやらないことを平然と行うのが兄貴だろ?」

 

おい! それはどういう意味だ?

 

「兄貴の分際で俺をバカにするなんて百年早えんだよ」

 

キンゾーはそう言って、全身の筋骨を連動させる技である『桜花』______キンゾーの呼び名では『流星(メテオ)』を放ってきた。

俺は『橘花』で減速防御をして受け流し、カウンター技である『絶牢』を放つが。

キンゾーは全く同じタイミングで『絶牢』を繰り出してきた。

『絶花』……『絶牢を絶牢で返す二重カウンター技』だ。

俺はキンゾーが放つ蹴りを『絶花』で、受け止めて。

再度『絶花』を放つ。

しかし、キンゾーは俺が放つ『絶花』を『絶花』でまた返し……その繰り返しが20回行なわれ。

21回目の『絶花』がキンゾーから放たれた。

俺は再び『絶花』で返そうとして気づく。

……氷澄の姿が見えないことに。

一度繰り出してしまった『絶花』のモーションはキャンセル出来ずに。

キンゾーに繰り出したその瞬間。

キンゾーの姿が突然目の前から消えた(・・・)

 

「⁉︎」

 

煙のように消えたキンゾーを見て。

頭の中に過ぎったのは。

前回の戦いでのラインとキンゾーのこと。

俺はキンゾーが目の前にいるはずだ、と思って戦っていたが……。

 

『俺の首を撥ねたのは……お前か?』

 

その声が聞こえ。

ゾクリ。

背後から感じる冷たい気配に身体が膠着してしまい。

その瞬間。

俺の身体が突然、自分の意識とは別に動き始めて。

 

______ヒュン。

 

俺の首があった場所を何かが通過した音が聞こえた。

 

「チッ……また避けられたか。誇っていいぜ、兄貴。俺の『不可視の線糸(インヴィジビレ・ライン)』を何度も躱したのは兄貴が初めてだからな」

 

地面に倒れこんだ俺の頭上からそんなキンゾーの声が聞こえてきた。

 

(い、今のは……まさか)

 

「『幻の邪眼(ファントムアイズ)』。

今のを躱すとは……どうやらお前の認識を改めねばならないみたいだな、一文字疾風」

 

氷澄の瞳が蒼い光を放つ。

______何かしてくる!

 

「それを待っていたぜ……」

 

直後、ゾワッとした寒気と。

その光が強くなっているのを感じた俺は……。

 

「これを喰らえ!」

 

すぐさまジャージのズボンのポケットに入れていた手鏡を取り出して、氷澄の顔に突きつけた。

 

「つ⁉︎」

 

「邪眼には、鏡だ!」

 

わざわざ、家に戻った理由。

それは、この手鏡を取りに行く為だ。

昔、映画で、見ただけで相手を石に変えてしまうという『メデューサ』という名の怪物を倒す方法が、『鏡に映ったメデューサを倒す』といったもので。

それとは微妙に違うが、ヒントにはなった。

つまり、相手の眼から何かが出るのなら、光を反射させるとか、自分と相手の間に障害になるものを割り込ませるとかすればいいんだ。

 

「くっ⁉︎」

 

氷澄は苦しげに呻き、後ろによろけた。

何かをする気だったのかはわからないが……チャンスだ!

そう思った俺は左手にDフォンを構え______。

俺は氷澄に向かって右手で『桜花』を放つが……。

 

「⁉︎」

 

「させるかよ!」

 

パシュ!

『橘花』と同じ技を使われて。

その突きは、キンゾーによって防がれる。

左手に持ったDフォンのカメラを氷澄に向けたが。

俺はキンゾーに脇腹を蹴られDフォンで氷澄の姿を撮ることはできなかった。

 

「チッ……」

 

「マナーがなってないぜ兄貴。写真撮影はNGだ」

 

「くっ……やるじゃないか、一文字疾風。だが、それもここまでだ!」

 

氷澄はその目を抑えながら、よろめきつつ立ち上がるが、すぐに倒れそうに体が傾いて、慌てて持ち直そうとしていた。その姿はまるで酔っ払いのようだ。

 

「それに、Dフォンを構えたか……百物語め。やっぱり殺さないという甘い認識で戦うのは無理のようだな」

 

……Dフォンを構えたのは、なんとなくそうした方がいいような気がしたからだ。

カメラで捉えたら解決する。ロアを相手にするならそんな認識が自然と付いている。

 

「あー、もうちょこまかと……」

 

苛立つ音央の声が聞こえて視線を向けると。

あちらも、音央の放つ無数の茨かシュルッとラインに向かって伸びては、ヒラリと躱されていた。茨の蔦はさらに音央の手首辺りから伸び始めると、それが独特の生き物のようにウネウネとラインに向かっていた。

鳴央ちゃんはそんな様子をじっと見つめていた。

おそらく、音央が茨でラインを誘い込み、そして動きを封じてからあの真っ暗な暗闇。全てを忘れる暗黒の穴。『奈落落とし(アビスフォール)』に落とす! それを狙っているのだろう。

______『主人公』対『主人公』、『ロア』対『ロア』。

それが理想の戦い方なら、俺は今この戦いの場で、この瞬間から強くなるしかない。

みんなを。俺の物語を守る為に。

 

「せやああああ‼︎」

 

そんなことを考えていたその時。

音央の鋭い声と共に大量の茨が俺達の方にも伸びてきた。

あの茨はかなり痛かったのを思い出す。一つ一つが鋭い刃のような棘を持っているので、囚われた相手はひとたまりもないのだ。あの痛みはもう味わいたくない。

だから俺は慌ててその場から遠ざかった。

 

「チッ、ラインの奴邪魔しやがって」

 

「敵味方関係なく攻撃するとは恐ろしいな。あれが『神隠し』か……」

 

ジーサードと氷澄も、ほとんど同じタイミングでその場から遠ざかっていた。

 

「ほっほっほっ、なるほど。わらわの速度には敵わんから、ここら一帯をその茨で包もうというのか」

 

「素早い相手には手数で勝負って一之江さんに聞いたもの!」

 

「ふむ……そして、そちらの黒髪の方はわらわを……何かの効果範囲に入れる為に待っておるようじゃの」

 

「うくっ……」

 

鳴央ちゃんは狙いを読まれて、下唇を噛んでいた。

おそらく『妖精庭園(フェアリーガーデン)』。あの場所にラインを取り込もうとしているのだろう。

だが、ラインの速度は音速。

鳴央ちゃんが『妖精庭園(フェアリーガーデン)』でその姿を捕らえるより速く移動されてしまったら、『奈落落とし(アビスフォール)』に落とすこともできないのだろうな。

 

 

「あんなに素早く動くのに、どうやって捉えればいいのよ……」

 

「ほっほっほっ、わらわの強さが身に染みたか、神隠し?」

 

「なーんてね、弱音を吐いたフリをしてみただけよ!」

 

「ぬっ?」

 

その言葉通り、ラインの背後から迫っていた茨が、一気にラインの背中に向かって伸びた!

 

「フンッ、そんなもの……」

 

「逃がさないわよ! 左右どっちに避けるのかはもう見抜いたんだから!」

 

音央の両腕から伸びた蔦がラインの両サイドから迫った。

 

「うおっ! なるほど! 先ほどまでの無闇な攻撃は、わらわの回避の癖を読んでおった、というわけか!」

 

「え⁉︎ そ、そうだけど、説明ありがと!」

 

「じゃが、わらわには真っ直ぐが……」

 

「『奈落落とし(アビスフォール)』!」

 

「ぬおおお⁉︎」

 

ラインの逃げ場は前方しかない、が。前にはすでに……巨大な口を開けた、漆黒の暗闇が待ち構えている。

 

「待て待て、わらわは急に止まらぬー‼︎」

 

「ラインっ⁉︎」

 

氷澄の焦った声が響き渡るが。

そのまま、ラインは言葉通り止まることなど出来ずに。

すっぽりと暗闇の穴の中に入り込んでしまった。

 

「え、あれ、あっさり?」

 

「これで終わりでいいのでしょうか?」

 

二人は戸惑いの声をあげる。

それも無理はない。

一之江や俺が苦戦した相手。

それがあっさりと倒せたのだろうから。

だが……俺は知っている。

ラインはこの程度で『いなくならない』ということを。

 

「まだだ、二人共! まだ終わってない!」

 

「フッ、その通りだ。ライン! お前は______『いなくなったと思ったら、目の前にいる』ロアだろう?」

 

「えっ?」

 

「っ⁉︎」

 

そして、俺達の前を一瞬で何者かが横切るような気配を感じて。

 

「わっ、誰かいた⁉︎」

 

「まさか、出てきたのですか⁉︎」

 

二人の焦った声が聞こえた。

ラインがあの空間から抜け出せるはずはない。

神隠しは『最強』クラスの能力を持つロアなのだから。

だが……。

 

「ばぁ」

 

 

「きゃあ⁉︎」

 

「め、目の前に⁉︎」

 

ラインが再びその姿を現した。

 

「ふむ、やはり『ばぁ』はどうかと思うんじゃが」

 

「気にするな。その方が怖いだろう?」

 

氷澄の言葉にラインは「そうかもしれんが……」などとボヤいている。

 

「どうやって出たのよ⁉︎」

 

「お主らは暗示にかかりやすくなっておったのじゃ。いるはずがないわらわを見るくらいに」

 

「いるはずが……ない?」

 

「うむ、つまりお主らはこう思ったはずじゃ。わらわが……『ラインは目の前にいる』と」

 

「ラインは『ターボ婆さん』のロアだからな。『目の前にいる』と思わせれば、現れることができる。そういうロアだからな」

 

そう、それもまた都市伝説のルール。

俺達は氷澄の幻惑にかかってしまったせいにより、ラインが『目の前にいる』と思い込んでしまったのだ。だから、ラインは『奈落落とし』に閉じ込められても、出てくることができた。

 

「ま、幻とかずるいわよ!」

 

音央は抗議するが、氷澄は取り合わずに首を振った。

 

「勝利を間近に控えた瞬間の油断……勝ったのかどうかも解らない、思考の隙間。そこに俺の言葉による誘導催眠を行ったに過ぎない。つまり______俺を窮地に追い込んだと思った、お前達の油断が幻を受け入れさせたのさ」

 

『窮地こそ自身の転機に変える』。

それが氷澄が描く主人公像。

氷澄はすでに持っているのだ。俺にはない主人公としてのイメージや具体的な形を。

 

「さて、氷澄。起死回生も成したのじゃから、そろそろ終わりにするかの?」

 

「そうだな。まあ、よくやった方だったよ」

 

「ケッ、兄貴を抑えたのはほとんど俺だろうが!」

 

「わかっとるよ、キンゾー。じゃから最期にアレをやるぞー?」

 

「アレか。ま、いいか。兄貴ならアレを喰らっても死なないだろうしな」

 

氷澄の瞳が蒼く輝き始める。

ラインとジーサードは、真っ直ぐ俺の方を見つめている。

そして。

ジーサードはラインと俺達との間に立った。

ラインの姿が見えなくなる。

 

来るぞ。

______『音速境界(ライン・ザ・マッハ)』と『流星(メテオ)』が来る!

 

「ふぇ……『妖精……』」

 

音央が技名を言おうとした時には。

 

「遅いわ‼︎」

 

ラインの叫び声が聞こえて。

 

 

「『厄災の眼(イーヴルアイ)』」

 

「『音速境界(ライン・ザ・マッハ)』」

 

「『流星(メテオ)』」

 

もの凄い衝撃音と共に。

ジーサードの体がラインによって押され。

音速の速度からさらに加速して向かって来て。

 

「『流星境界(メテオ・ザ・マッハ)』!」

 

その姿を俺の視界が捉えた時にはすでに______俺の体は派手に吹き飛んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2010年6月19日。午前4時40分。 ???

 

 

気づけば俺は知らない場所でプカプカ浮いていた。

そこは実に不思議な空間だった。

色とりどりの花が咲き乱れているが、どれもこれも毒々しい色合いをしていて、ステンドグラスのような彩られた様々な光が四方八方から差し込めている。キィキィと小さな虫が鳴いているような耳障りな音が辺りから響いてきて……。

虫……蟲だと⁉︎

 

つまり、ここは______。

 

「『魔女の工房(ウィッチアトリエ)』にようこそ、モンジ君」

 

その声の方に視線を向けると。

プカプカと浮いている俺のすぐ傍に、黒い帽子とフードマントを纏ったキリカがふわふわ浮いていた。

 

「こんなことも出来るのか。魔女って凄いよなぁ」

 

「魔女だからね!」

 

お決まりの台詞を吐いたキリカの言う通り。

その場所の印象は魔女らしかった。

キリカの愛らしさとはまるで逆の『気持ち悪さ』を詰め込んだような。

そこにいるだけで吐きそうになる感じの。

まるで邪悪な万華鏡だな、という印象の場所だ。

 

「モンジ君は一時的にここに入れるように、さっき契約の証をつけておいたの」

 

キリカの指摘通り。

手の甲がメチャクチャ熱かった。

……やっぱり、キリカにキスされると何かしらがあるんだな。

 

「キリカ、音央と鳴央ちゃんが大変なんだ」

 

「そうだね、瑞江ちゃんほどじゃないけど、立てないくらいは痛めつけられたみたい」

 

「立てないくらい?」

 

「だって、君が負けたらあの二人は氷澄君のものになるんでしょ?

だったら、氷澄君だっておいそれとは傷つけないよ。

……なんだ、そういう交渉じゃなかったんだね? 最悪、あの二人は無事に済むっていう」

 

「ああ……うん。言われてみればそうかもしれんな」

 

キリカはクスリと、笑うと俺の頭をナデナデしてきた。

かなり恥ずかしいのだが……。

 

「交渉上手くなったなー、と思ったけど偶然だったんだね。ま、相手が女の子じゃないからモンジ君らしいと言えば、モンジ君らしいかな」

 

それはどういう意味かな、キリカさん?

 

「ちなみにここは、私が色々と悪巧みをする為の秘密の工房なの。鳴央ちゃんの『妖精庭園(フェアリーガーデン)』の簡易版かな。魔女はこうやって秘密の工房を持っていて、それぞれ人の道を外れた研究をしている______そういう逸話があるからね」

 

「なるほど、逸話があるからこういう工房をキリカも持っているのか」

 

「魔女の逸話っていっぱいあるから楽でいいよ」

 

キリカはクスクス笑うと。

 

「それで、モンジ君。どうするの?」

 

そう、尋ねてきた。

 

「どうもしない。戻って、氷澄とライン、ジーサードを倒す」

 

「そんな体で?」

 

「……どんな体なんだ?」

 

「内蔵破裂、頭蓋骨粉砕、脳や臓器がピー、で。ピーで。ピーみたいな……」

 

「え、本当に?」

 

「う・そ☆」

 

「おい、キリカ!」

 

くっ、魔女の口車にまた引っかかちまった。

 

「それは冗談だけど、かなりズタボロにされてるのは本当かな。血まみれで大変な大怪我。今は私の工房にいるから大丈夫だけど。氷澄君も、君を侮るのは辞めたみたいだよ?」

 

「あー、なるほど」

 

氷澄は俺を全力で倒したいってことか。

 

「だけどさ、キリカ」

 

「うん?」

 

「いつも通り、一部分は無傷なんだろ?」

 

確信があった。

そこだけは無事だと。

そこは無傷だと。

何故ならそこは約束の場所。

だって、俺を殺せるのは一人しかいないのだから。

 

「あははっ、まあね。なんだ、解ってたんだ?」

 

「俺の物語だからな。それに氷澄のおかげでようやく理解したんだよ。俺がどんな物語を描きたいかを」

 

「ああ……そうなんだね」

 

俺の言葉を聞いたキリカは……どこか遠い目をしながら俺を見た。

 

「そっか、モンジ君は本当になっちゃうんだ。『百物語』の主人公に」

 

「うん。だからヒロイン役の一人として、サポートよろしくね」

 

キリカや一之江がそれを望んでいないことは聞いた。

俺が逆の立場だったら……やっぱり望まない。

だけど、そう。

前に進みたいんだ!

 

「だって俺は、俺の主人公だからな」

 

自分の人生の主役は、いつだって自分だ。

だから、自分で選んで、自分で勝ち取らないといけない。

だから。

 

「あはは! うん、OKだよモンジ君っ!」

 

キリカも笑って頷いてくれた。

 

「それにしても、モンジ君ってやっぱりハーレム野郎だね」

 

「一之江に言われた呼び方だなぁ」

 

「それじゃ、女たらしの方がいい?」

 

「ハーレム野郎でお願いします!」

 

女たらしなんて、不名誉な呼び方は嫌だ。まあ、ハーレム野郎もあまり変わらないと思うが。

だって仕方がないじゃないか!

みんなを幸せにしたいのだから。

 

「じゃあ、ちょっとだけモンジ君がちゃんと動けるように、私の力も預けておくね?」

 

「そんなことをして、またキリカ……」

 

代償が大変なのに……。

 

「私も君の物語なんでしょ? だったら……後で優しくしてくれればいいから」

 

「……ああ、優しくするよ。約束だ」

 

儚げに微笑むとキリカは俺の手の甲に口づけをして。

そこが、さらにやたらと熱くなった。

それと同時に体の底から漲る力を感じた。

 

「いい女は、こうやって大好きな人を頑張って送り出すものなんですよ」

 

「自分で言っちゃうのか、それ」

 

「あははっ! じゃあモンジ君。ガンバ!」

 

キリカの応援が俺にさらなる炎を宿してくれる。

そうか。そうだな。

俺はまだ______。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2010年6月19日。午前4時50分。

 

 

「負けてないんだあああぁぁぁ‼︎」

 

俺は自分の体から出た血だまりから一気に体を動かして起き上がる。

 

「何っ⁉︎ 貴様……」

 

「ほう、結構ズタズタにしたんじゃが……」

 

「ハハハハハッ! 流石は兄貴だ!

やっぱり兄貴は人間辞めてんなー」

 

「も、モンジ……?」

 

「む、無理しないで……ください……」

 

振り向くと、音央も鳴央ちゃんもアスファルトの上に苦しそうな顔をして倒れていた。

大怪我はしていなさそうだが、それでもダメージはあるのだろう。

 

「ごめんな、少し休んでいてくれ」

 

俺は震える手を膝で殴りつけながら、ゆっくり氷澄達の方を見た。

 

「氷澄、ジーサード……感謝するぜ。お前らのおかげでようやく出来た」

 

「何が……だ?」

 

氷澄の警戒の色が高まるのが解る。

無理もない。今、窮地に陥っているのは俺の方で。

『主人公』は窮地こそ、自身の転機に変える。

そう言ったのが、他でもない。氷澄なのだから。

 

「俺の『百物語』さ」

 

ようやく理解出来た。

『主人公』や『百物語』で考えていたから駄目だったんだ。

キリカのヒント通りで良かったのだ。

そう、つまり。

 

 

「行くぞ、氷澄、ライン、ジーサード」

 

脳の中で『物語』をイメージする。

『イメージ』出来たら、力を使う為の言葉を唱える。

そうすれば。

俺は自分の『物語』を描ける。

そう。好きに描けばいいんだ。

作家みたいに。

自分だけの、物語を……。

 

俺は出来る限り、厳かな雰囲気になるように______真剣にその言葉を口した。

 

 

「さあ、不可能を可能に変える百物語を始めよう______!」

 

 

その言葉を言い放った瞬間、俺は自身の体が軽くなっていくのと俺の周りから音が消えていくのを感じた。

それは、まるで空中に浮かんでいくような無重力空間を漂うような不思議な感覚で、だけど不思議な事にそれは決して嫌な感覚ではなかった。

そして、体が軽くなったのと同時に、痛めつけられた身体が軽くなるのも感じる。

自分の体を改めて見渡すと動かせなかった体全体からは赤い、緋色の光が溢れていた。

その光の源を探すとその光は制服のズボンから溢れている。

その光源の中心はズボンのポケットだ。

ポケットに左手を突っ込んで光源の元である緋色に光り輝いくDフォンを取り出すと俺はそれを握りしめたまま、熱い左手の甲をジーサードに向けた。

 

 

直後Dフォンが勝手に動作し、俺自身を写真に写す!

すると、今までにない不思議な和音のメロディーが動作音として鳴り響き______。

 

「チッ」

 

ジーサードが舌打ちして。

雨が降り注ぐ路地を黒と金色の光が包み込んだ。

俺の周囲を蝋燭の炎に似た無数の緋色の光が回転していく。

その炎を見つめると炎が変化し、一条の光の線となって俺の頭の中に入ってきた。

頭の中に入った光は俺が持つ力の使い方の情報として頭の中に流れ、ヒステリアモードの俺はその情報により俺の力の使い方を理解していく。

それは、例えるならば、脳がもう一つある感覚。

その脳を名付けるならば、『ロアの知識』。

その『ロアの知識』により俺は知る。

その頭の中には、常に大きな書物が、幾つもの蝋燭に照らされて大量に浮かんでいるという、『書庫』のイメージがある。

その中でも二冊の本が俺の前に浮かんでいた。

『月隠のメリーズドール』。そして……もう一つ。

その本に手を伸ばすと、それは『不可能を可能にする男』の物語だった。

俺はその一冊を自身の本として、共に歩むことを選択する。

途端に『不可能を可能にする男』の物語が、俺の中に溢れ始めた。

物語に『干渉』してその物語の存在性を『変化』させることができる存在。

それが……!

 

『不可能を可能にする男』。

(エネイブル)

 

それは俺自身を示す二つ名。俺自身の事だが、その姿、その存在とは一体どんなものなんだろうか?

俺が思い描くその物語とはなんだろうか?

それはきっと、こういう物語に違いない。

『不可能を可能にする男とは……人々が嘆き、絶望し、諦める現実に、たった一人になっても立ち向かおうとする存在』。

 

絶望しても、挫けそうになっても、ただひたすら前へと進んで『絶望を無くす』為に奔走する存在。

 

『たった一人になってでも挑み続けるヒーロー』。

 

『最後の希望』

 

そう、それがきっと……。

 

『不可能を可能にする』といった存在なんだ!

 

武偵憲章第10条。

『諦めるな。武偵は絶対、諦めるな!』

諦めの悪さなら、誰にも負けねえ!

そう思いながら、『不可能を可能にする男』の本を手に取ると、イメージの中で手に取った本が実体化した。

そして……自身の姿をイメージすると自分自分が想像した姿へと俺の姿が変化していく。

『不可能を可能に変える男』なら、きっと……その姿は。

 

「ハハハ、面白れえ。さすがは兄貴だ」

 

「なぬ⁉︎ 変身しただとぅぅぅ⁉︎

いかん、氷澄、キンゾー!

ささっと、倒さないとマズイぞ。

音速境界(ライン・ザ・マッハ)』!」

 

「馬鹿な……二つのロアを融合させた……だと? くっ、行くぞ。『厄災の眼(イーヴルアイ)』」

 

「ハハ、流石だぜ。やっぱ兄貴は『天才』だな。俺も本気で行くからよォ、楽しませろよ? ぶち抜け、『不可視の線糸(インヴィジビレ・ライン)』」

 

ラインの大声が聞こえ。

キンゾーが技名を叫んだ次の瞬間。

それまで見えていたラインの姿が消えた。

それは一瞬の出来事だった。

 

だが……。

 

「そこだ!」

 

俺は自身の前方に向けて『橘花』と『桜花』を放ち。

さらに右手を差し出し、前方へ掌を向けた。

次の瞬間。

パーアァァァァァァンと、衝撃音と。

パリーン、と何かが弾け飛ぶような音が聞こえると。

 

受けた衝撃は、ラインの『音速境界(ライン・ザ・マッハ)』。

弾け飛んだのは、キンゾーが作り出した糸。『不可視の線糸(インヴィジビレ・ライン)』だ。

そう。今俺は……音速で突っ込んできたラインを『橘花』で受け止めただけではなく。

キンゾーの技を消した(・・・)のだ。

ずっと考えていた。

俺のロアとは何かを。

そして、気づいたんだ。

俺というロアの特異性に。

キリカ戦で出来た事象。

『物語の改変』。

相手の物語に干渉してその物語を変えられるなら……その物語を消すこともできるはずだと。

そう。俺の能力とは……。

 

『消去と干渉』。

 

俺はありとあらゆる物語に干渉して、その物語を作り変えたり、あるいは消すことができる。

そういった存在ではないかと。

 

「全てを無に還せ。『削除(デリート)』。そして、物語を描き直せ、『改稿(リメイク)』」

 

キリカが言っていたように『作家や編集者のように物語を作り変える存在』……それが俺のロア。

不可能を可能にする男(エネイブル)』なのだから。

 

俺が思い描いた姿は、全身は黒い背広姿で、その上から白のロングコートを羽織り、頭に黒いシルクハットを被っている。

『百物語』用のDフォンはモノクルに変化した。

左右両眼にそのモノクルを装着している。

見た目はかなり怪しい人物だが、一応学者賢者っぽくも見えなくはない。

百もの物語を集めるならば、学者や賢者っぽい感じで。

不可能を可能に変えるなら……それはきっと探偵っぽい感じだろう、と思ってイメージした姿がこれだ!

ただ、普通の学者にはない……胸の内ポケットにホルスターを付けていて。

左右のホルスターには俺の愛銃、ベレッタM92Fsと黒いデザートイーグルが収められている。

さらに右手に握っていた『(エネイブル)』用のDフォンは緋色に光り、今や細身の刀。

直刀に近い形状の……スクラマ・サクスに変化している。

『ロアの知識』によって把握すると。

今の俺はすでにただの『百物語』の主人公ではなくなっていることを知る。

そう。『物語が書き換わった』のだ。『不可能を可能にする男』の力によって。

今や『不可能を可能にする男』の力は『百物語』と完全に融合していた。

 

「主人公は変身してからが本番だろ?」

 

スクラマサクスを右手に握り、ラインへの返事を返しながらジーサード達を睨み付ける。

スクラマサクスを振るい、ジーサードが張ったピアノ線を全て切り裂いていく。

今の俺にはどこにピアノ線が張られているのかが、手に取るように解る。

見える(・・・)からだ!

ヒス化している今の俺には、全て見える。

ジーサードがどこにピアノ線を張ったのか、とか。

高速で動き回るラインのその姿でさえも……。

全て、見える(・・・)

世界が、視界が超超スローモーションの映像のようになって見えてしまう。

『ロアの知識』に接続した俺は、これが俺の能力の一つだと知る。

 

加速する思考(アクセルワールド)』。

 

『不可能を可能にする男は起こる事象をスローモーションで見ることができる』

そういった逸話から生まれた能力だ。

ま、実際はヒステリアモードの空間把握能力とか、加速した思考力とか、そういった要因でできることなのだが……その噂を利用しない手はない。

『ロアは噂に左右されるもの』だからな!

 

そして。

百物語の主人公とは何か……を考えて得たイメージ。

俺にとっての『百物語』とは何か?

それはきっと。

______手に入れた大切な物語達と共に歩み、戦い、どうしようもない出来事を一緒に変えていく為の力。

それが俺の『百物語』だ!


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